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死を思え。





(起きるんだ。目を開けて)


小さな声が聞こえる。


(起きないと、死んでしまう)


いつもの、青い人魂ちゃんだろうか。



(早く!)


その声に促されるままに、私は目を開けた。




「いったぁ……」

真っ先に知覚したのは、砂煙の向こうに広がる青い空と、左脚の激痛だった。
瓦礫の折重なりの下敷きになってしまっているらしく、左脚は押せども引けどもぴくりとも動かない。痛みに耐えながら苦労して上半身を起こすと、やはり砂煙の向こうに人影が見えた。どうやら重吾くんも、崩落に巻き込まれたらしい。



(……マズい、すごくマズい)


今は怯んでいる重吾くんも、やがて再び私の姿を捉えるだろう。しかも私は脚を挟まれて身動きが取れない状態。まさにまな板の上の何とやらだ。
混乱する頭では、パニックにならないようにするだけで精一杯だ。



(−−こんなときは、いつも)

誰かが助けに来てくれたよな。と思い出す。
デイダラ君とか、角都さんに助けられたこともあったっけ。そう言った意味では私、結構ヒロイン力高かったのかも知れない。
けれど今は、そんな風に助けてくれる人はいない。物凄くタイミング良く、サスケくんか大蛇丸さんが通りかかってくれたりしたら別だけど。


甘ったれたことを考えているうちに、体勢を立て直した重吾くんと目が合った。にやり、と悪意に満ちた笑みに唾を飲む。

助けを期待するのは現実的ではない。
じゃあ、どうする?



−−名前、


ふと思い出したのは、低く落ち着いた、あの声。いつか言われた、あの言葉。


−−名前、自分のヘマの責任は自分で取れ。




「……ああ、そうデスね、イタチ兄さん」


重吾くんの狂気的な笑みに不敵にも笑い返す。

手を伸ばし、少し離れた床に放り出されていたそれを掴む。鞘から抜くのに少し手間取ったが、問題ない。鋭い刃は、午後の陽射しを受けてギラリと光った。


「死ねェェェ!!」

大きく振りかぶられた拳は、今度こそ私を真正面に捉えている。これをまともに喰らったら、ほぼ間違いなく死ぬ。
だが、しかし。


「死んで、たまるかーーー!!!」



金属と金属が擦れるような、甲高い音が響いた。重吾くんの、硬化された腕と刀との間で、ガリガリと眩い火花が散る。


「ぐっ……う…」


ぱたぱたと、液体が垂れた。真っ赤なそれは刃を伝って、石の床に血溜まりを形作る。


「良い……獲物を、持ってやがる」

何がどうなったのか、理解できなかった。
正直、刀は折れると思っていた。それでも少しくらい威嚇か盾にでもなればと思って構えたのだ。
素早く身を引いた重吾くんの拳には、鋭い刀疵がついている。
なるほどサソリさんのコレクションは、伊達ではないらしかった。



「やりやがって……だが次だ。次で刀を折る。お前も殺す……」

バキバキと音がして、今しがた傷を負った部分が、堅い外皮に見る間に覆われていく。あれっぽっちの傷、重吾くんにとっては屁でもないらしい。


再び刀を構えるが、今度こそ防ぎきれない予感はしていた。力押しになれば勝てる見込みはないし、瓦礫に挟まれた脚も当然痛いし、さっきので上半身にも結構軋みが来た。刀も私も、次が限界だ。

だけど。



刀を構えたまま、しっかりと前を見据える。


「死ね!」

振り下ろされた第二撃を、正面からまともに受けた。刀を弾き飛ばされないようにしっかりと両手で握り、刃を立てて斬り込もうと試みる。
しかし、意識的に硬化を強くしたらしい重吾くんの外殻には、今度こそ傷ひとつ付かない。


「う……ぐう……っ!」

「弱い……弱いなお前は!弱い奴がなぜここにいる?」

「さ、さあ……なんで……でしょうね……!」


不意に、重吾くんが腕を大きく跳ね上げた。押し合っていた刀はあっさりと、大きく弧を描きながら弾き飛ばされる。



「あ……」

丸腰になった私を、重吾くんは満足げに見下ろす。

「これで、終わりだ」


身構える暇もなかった。ただ、固く固く目を瞑る。


しかし、どれだけ待っても衝撃は来なかった。
その代わりに降ってきたのは、声。



「そこまでよ。悪い子ね、私のお気に入りに手を出すなんて」

目を開ける。この人の姿を見てほっとする日が来ようとは夢にも思っていなかったけれど、どうしようもなく安心してしまった。
もう大丈夫だ。

安堵と同時に、とんでもなく情けなくなる。結局また助けられるのか。こんなんばっかりだな、と。




重吾くんは攻撃態勢のまま、大蛇に巻きつかれ動きを止めていた。毒でも注入されたのか第2形態は解除され、呪印もみるみるうちに引いていく。


「……大蛇丸さん」

「無事……じゃないみたいね」

ズキンと、脚が痛んだ。見ると、瓦礫の隙間に蛇が何匹か入り込んでいる。瓦礫をどけてくれているようだけど、蛇が動くたびに激痛が走った。


「私は重吾を回収しておくわ。カブト、その子を宜しくね」

「はい」

いつの間にいたのか、カブト君が畏まった返事をする。
見上げると、カブト君は思いっきり軽蔑するような視線をこちらへ落とした。


「だから最初に言わなかったかな?あまり調子に乗ってると、痛い目を見ると」

「言いましたっけ、そんなこと?」


カブト君の嫌味にいつものように軽口を返そうとするけど、緊張がとけたためかどっと襲ってきた痛みに、自然と息が上がる。
以前マダラさんとやり合った時も思ったけど、痛いのはホントにいやだ。慣れない。


「ああ、折れてるね」

「まじ?名前ちゃん人生初骨折……うわっ」

無表情の(多少呆れ顔の)カブト君に抱えられる。ここでお姫様抱っことかではなく俵抱きというのがカブト君らしい。


「…………懲りたかい?」

「何がです?今回は私……何も悪いこと、してないですし……ちょっとタイミングが悪かっただけ、デスもん」

痛みからか、額に汗の玉が浮かぶのが分かる。骨折ともなると、流石に強がっても顔に出さないというのは難しい。


「今に死ぬよ、キミ」

「あーまあ、今回はヤバかったですね、確かに」

よくもまあ、こんなにもタイミング良く助けが現れるものだ。というか、ちょっとタイミングが良すぎる気もする。


「……あのーカブト君、もしかして」

「まあ、気付いても口にしない方が良いこともあると思うよ」

「………………」

考えることさえしんどくなって、私はそれっきり黙り込んだ。死にかけたこと、そして、死にたくないと足掻いたことについてぼんやり考えながら。


マダラさんに殺されかけた時は、あの時は相手にその気がなかったからというのもあるかも知れないけれど、何となくぼんやりと「ここで死ぬんだな」と思っただけだった。

それが、今日は。



死にたくないと強く思った。死んでたまるかと刀を構えた瞬間の、あの鮮烈な感情。


痛みに喘ぐ脳味噌では、難しいことは余り考えられない。
唯一はっきりと認識できるのは、あんなにも無様に、強烈に、死に抗ったという事実。それでも、助けが来なかったら死んでいた。自分ひとりの力ではどうにもならなかったという現実。



「…………生きてる」

手のひらを見つめる。刀を強く握った感覚が、まだ残っている。今さら、身体が震える。
情けなくて、みっともない。だけど、ようやく分かった。ようやく実感できた。


死ぬということ。存在が、永遠に失われてしまうということ。



「……ああ、イヤですね」

「担がれてるのがかい?降ろしても良いけど歩けないだろ」

「あー、そうではなく。こっちの話です」



痛くて痛くて頭はぼんやりするのに、何となく、目が覚めたような気分だった。
きっとこの痛みが取れたら、もっとはっきりするだろう。自分が何に気が付いたのか。


今はただ、漠然と。



「私、逃げてばかりじゃ駄目ですね……」






(あっ!そういえば刀置いて来ちゃいました!カブト君、戻って戻って!)
(きみ、足折れてるのに元気だね)

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あきゅろす。
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