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そして彼女は愛を紡ぐ。




月の綺麗な夜だ。

アジトで唯一空を臨める場所で、名前は寝転がって月光に照らされていた。満月まであと1日。よく見ても分からないくらい、端のやや欠けた月がぽっかりと浮かんでいる。暑くも寒くもない、湿気をはらんだ6月の風が、優しく頬を撫でてゆく。

日付けが変わるまで、あと半刻ほど。の、はずだ。手元に時計が無いので正確な時間は分からないが、部屋を出てきた時間から考えて多分それくらいだろうと、名前は持ち前の適当さを以てそう考える。



去年のこの日は、そう、月の綺麗な夢を見た。

赤い紅い満月の夜、身を削って魂を引き裂いて、自らの運命を決定的な闇の中に堕とした、あの人の夢を。



私には、どうすることも出来ないと。

哀しい無力感を伴うあの夢は、他でもない自分自身の言い訳だったのではないかと、今になってはそうとしか思えなかった。


確かに、あの夜あの場に名前は居なかった。あの惨劇を無かったことにする事は出来ない。ただ、今は。


「"今"、私はここにいる」


読者ではなく、当事者として。この世界に存在している。馬鹿をやって呆れさせることも、迷惑がられることも出来る。もはや誰の気に留まることのない「生まれた日」を、こうしてひっそりと祝福することも。




「ハッピバースデートゥユー、ハッピバースデートゥユー、ハッピバースデーディア……」



そこまで歌って、名前は口をつぐんだ。気配を感じて上体を起こすと、月光にぼやけた深藍色の闇の中に、あの人によく似た少年が佇んでいた。


「おやサスケ君、こんばんは。どうしたんです、こんな時間に」

「お前こそ何をしてる」

「いえ、少し月見をば」


隣来ます?と柔らかな草地を手のひらで叩いて示せば、サスケは意外にも素直に、しかし示された場所より少し離れた所に腰を下ろした。


「……月か」

「明日が満月デスよ」


きっとこの少年にとっても、満月は特別な意味を持つのだろう。そんな事を考えながら、名前は頭の中で先ほどの歌の続きを歌う。


「……そういえば、サスケ君の誕生日って7月でしたっけ」

「何でお前がそれを…………いや、いい」

名前という人間の不可思議さは、今に始まったことではなかった。


「お祝いしなきゃですね。誕生日は」

おめでたい日なんですから。と呟いた言葉は、サスケよりも名前自身に向けられた言葉のように思えた。

誕生日を祝う。
当たり前の事なのに、奇妙な響きを伴って聞こえる。あの日以来、何かを祝うとか喜ぶとかいった感情を忘れて生きてきた。最後に自分の誕生日を嬉しいと思ったのはいつだったか。もう思い出したくもない。

そして今夜、名前が「お祝い」したい人物が誰なのか。それに思い当たってしまう自分が嫌でたまらなかった。



「俺は、そういうのは、いい」

「そうですか?いいって言われても私は勝手にお祝いしますけど。カブト君の時もやりましたし、誕生日知ってるってバレると面倒なので大々的にはやってないですが、大蛇丸さんの誕生日も一応……」

サスケの「こいつマジか」みたいな表情を見て、名前はけらけら笑う。

「いやほんと馬鹿みたいにささやかにデスけどね。間食に茹で卵丸ごと出してみたりとか。あっ卵って大蛇丸さんの好きな食べ物なんですけどね」

「…………」

丸呑みするかなあと思ってたんデスけど、普通に噛んで食べてました」

「流石にそこはそうだろう」


馬鹿馬鹿しい思考回路に呆れながら、サスケは名前に出会って以降ずっと気になっていた疑問の答えを掴みかけていた。



−−なぜ、こんな人間が、イタチに近しいところにいるのか。

名前がイタチの仲間だと知ったときは、驚いたなんてものではなかった。こんな、平和ボケの象徴のような、阿呆で間抜けで呑気な人間がなぜ、と。


「……サスケ君、なんか失礼なこと考えてません?」

「いや…………」


表情からバレたのだろうか。サスケは気まずそうに咳払いをする。


ともかくだ、今ようやく分かりかけていた。

要するに、名前は闇でも光でもないのだった。
名前が何ゆえに暁に居たのかは分からないが、ここでの言動から、嫌悪を催すような邪悪な人間ではないことは分かる。そう言った意味で決して闇ではなく、しかし光−−闇に身を置く人間には時に眩しすぎて目を逸らしたくなるような−−そんな存在でも、決してなかった。


闇に在る者を引っ張り上げようとせず、かと言って共に堕ちることももしない。こちらが許す許さないに関わらず、ただいつの間にか隣にいて、呑気に歌でも歌っている。

きっと名前は、そういう存在だ。



「……月が綺麗デスねえ。………………あっ今のはそういうアレではなく、普通にですね?そのままの意味で」

何を言っているのか分からなかったので無視すると、名前は「そうか、そもそも通じないのか」などとブツブツ言っている。


「……名前、お前は」

「はい、なんです?」

「あの男に対しても、こう馬鹿な事ばかりしていたのか」

「あの男…?ああ、イタチにい……えーと、イタチさんですか。っていうか馬鹿なことって言いました?心当たりありすぎてどれを指してるのか分からないですけど、誕生日はお祝いしましたね」


やっぱり馬鹿だ。とサスケは思う。
あの男が何をしたのか分かっているのか。暁がどういう組織なのか分かっているのか。
しかしその呆れは怒りを伴うものではなく、むしろどこか清々しさすら感じるものだった。

こいつは、こういう人間なのだと。



「…………月が綺麗だな」

「えっ!あーはい、うんうん、綺麗ですねえ」


そして人知れず、日付けは変わる。

6月9日の夜は、穏やかな闇をたたえていた。




(お誕生日、おめでとう)

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