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異能審神者の憂鬱
泣き虫審神者
それからしばらく、表面上は穏やかな、しかし内にピリピリとした空気を抱えたまま、その本丸は運営されていた。何度かケンカっ早い同田貫や倶利伽羅などが刀傷沙汰を起こしかけたが、そのたびどこから出したのか、巨大ハリセンで死織に後頭部を引っ叩かれていた。
今日もまた、そんな感じで。
「同さん、そんなに元気が有り余ってるなら手合わせしてくれば?さっき長谷さんが燭さんとやってたで」
たった今その役目を終えたハリセンを肩に担ぎ、死織は呆れたようにそう言った。言われた同田貫は気まずそうに目をそらす。
「別に、そういう訳じゃねぇ」
「じゃあなんなんだ。………出陣もねぇ、しなくちゃいけないけど俺行けないじゃん。だから怖くて。ごめんね、わがままで」
「お前が謝る必要はねぇよ」
申し訳なさそうに笑う死織の頭を、同田貫は撫でる。その様子を目を細めて眺めていた次郎太刀の口角が上がった。
「ずいぶん仲が良いね」
「そう?」
「ああ。アタシ達の知ってる同田貫は、単騎出陣させられて折れたけどね」
「………何、それ」
す、と死織の顔から血の気が引いた。それを見た同田貫が射殺せそうな視線で次郎を睨む。それを気にせず、彼は人の悪い笑みを浮かべて続けた。
「知らないのかい?前の審神者はよくやってたけど。気に入らない奴を、刀装もつけずに1人で戦場に放り出す、なんてことは」
「次郎、お前っ!!」
同田貫が吼え、刀の柄に手をかける。それに気づいた死織が、慌てて抱きつくようにして止めた。
「だ、だめっ!」
「けど………っ!」
「俺は大丈夫!大丈夫だから………っ」
自分の服を掴む死織の手が震えていることに気付き、同田貫は舌打ちする。あやすように背中に手を回すのと、次郎が最後の一言を放り出すのは、同時だった。
「アンタは、そうしないと言い切れるかい?」
「―――おい、次郎太刀」
びくり、と怯えたように肩を跳ねさせた小さな審神者をすぐさま抱き上げて、同田貫は静かに声を発する。驚きに目を瞠る次郎が見たのは、燃える怒りを瞳に宿し、ただ主を思う刀剣の姿だった。
「てめぇの前任者とこいつを一緒にすんな。主は、違う」
声も出せずに立ちすくむ次郎にそう言って、同田貫は彼のそばをすり抜けて去って行った。

眼鏡は畳の上に放り出され、死織は同田貫の膝に顔を伏せて寝そべっていた。その光景を見た燭台切と長谷部は一瞬固まり、慌てて彼女のそばに駆け寄る。
「主!?主、どうしたのですか!!」
「………うぅ」
長谷部の呼びかけに、死織は唸りながら顔を上げる。真っ赤に泣き腫らした目尻を、新たな涙が伝っていった。
もう一度固まった2人に構わず死織は袖で涙を拭い、それから酷く嫌そうな顔で2人を見た。
「2人にちょっと聞いてもいい?」
「な、何?」
「………単騎出陣、聞いたことある?」
その単語を聞いた瞬間、2人の顔が強張った。それを見た死織の顔も歪み、―――ぼろぼろと、また涙をこぼし始める。
「………っ、んとに、前任者って、奴は………!血も涙もないんか!!もうほんとやめて、間接的に俺の正気度削りにくんのやめて………っ」
その後はもう声にならず、ただしゃくり上げるだけ。顔を覆って泣く彼女を抱き上げて膝に乗せ、同田貫はぽんぽんと背中を叩く。
説明を求めるように燭台切が彼を見やると、同田貫は怒り冷めやらぬという風に言った。
「次郎太刀の奴が、こいつに『単騎出陣をさせないと言い切れるか』と言ったんだ」
「……………は?」
燭台切は間抜けな声を上げ、長谷部は同田貫の肩に顔をうずめる死織を見る。いつもよりも小さく見える、その背中。―――できるはずが、ないのだ。
長谷部は身を持って知っている。傷付きすぎた優しい彼女は、自分よりも゙家族゙を失うことを恐れるのだ。そんな彼女が、単騎出陣などという愚かなことをするわけがない。それは、死織への冒涜だった。
立ち上がろうとした長谷部の腕を燭台切が掴む。視線をやれば、彼は緩く首を振った。
「主はそんなことを望まないよ」
「そんなことはわかっている。だが………」
「今は、どこにも行かないで」
同田貫の肩に顔をうずめたまま、2人の言い合いに死織は口を挟んだ。黙った彼らへ、さらに言葉を重ねる。
「目の届く場所にいて。この手が届く場所にいて。………お願いだから、」
これ以上、独りにしないで。
恐れるように同田貫の服をぎゅっと握り、死織は体を縮ませる。宥めるように同田貫が頭を撫でると、少しずつ体の強張りが抜けていった。
長谷部は一瞬止めていた呼吸を再開し、小さく、わかりましたと答えた。

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あきゅろす。
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