オレンジ信号機 4 この日の為に一人部屋を用意しておいて正解だった。 自分の部屋の横、空き部屋となっているスペースに用意した一人分の家具を眺めて、平井はうっとりとため息をつく。 シングルサイズのベッドには、いつの日か東江が欲しがっていた家業で作っている最高級の羽毛布を乗せて。 その中で穏やかに寝息をたてるその存在のなんと愛おしい事か。 再び息をつくと、そこから脱出してドアに外から鍵をかける。 寮長に気づかれないように、また部屋に遊びにくる誰にも知られないように、内側からの鍵を壊すことなどたやすい事だった。 (それでも哲也くらいにはばれているかも知れないな。アイツとは一回くらいは対立しそうな気もするけど) 素性を隠したままだった、いわゆる真の幼なじみで、東江夏夫にとっての初恋の相手。 平井にとって、十回息の根を止めても足りないくらいの因縁がある相手だ。 だが、しかし敵ではない、と平井は微笑む。 「自分から積極的にいけない時点で負け犬だ。 ……遠くで見ているだけで満足なら、お前はせいぜい安全圏から指くわえて見てろ」 それから時間が経つ事二時間と少し。ようやく東江が目を覚まして、平井は状況を説明してやる事にした。 「ヨースケ……?え、何で僕こんなとこで寝て……?」 「こんなとこって酷ぇな。お前の為に用意した部屋なのに」 「用意って、何、何で僕の腕、鎖ついてんの?」 東江は自らの腕の手錠を揺らして困惑する。 その顔に手を伸ばして触れてみれば、滑らかな皮膚にしっとりと汗をかいていた。 「ちょっ、やめ、説明してよ」 「このまま普通に登校してたら、またお前が襲われるかも知れないじゃないか」 「だからって、これは……!」 「−また、俺には心配させてくれないのか」 東江が目を見開く。つい先刻話し合った事を思い出しているのだろう。 平井の言う事を理解しようとして、しかし何かがおかしいといった表情だ。 あと少し、背中を押してやれば墜ちるな。 平井はそう確信して、顔を撫でていた手を顎に持っていく。 焦りが浮かぶ目すら、愛おしいという気持ちを込めて、軽く額にキスを落とす。 「へ、何で、何して……!?」 「俺、ずっと夏夫が好きだったんだ。だからここにずっと居て貰う事にした」 「ヨースケが!?僕を−んっ、ちょ、待って、ストッ、ふ、ぅ……っ」 拒否はさせない。キスを繰り返して息も絶え絶えになってしまえば平常な思考回路など続けまい。 案の定、上気した顔色で東江は数回目には受け入れると言わんばかりに目を瞑った。 初恋の人だなんだと言っても、押し切られれば流されてしまうのだ。 そういう風に彼を誘導してきたのは平井だった。 「っはぁ、夏夫は俺が助けてやるからな」 小学生の時に、救いを見いだしたのは。 心の底から安心を与えられたのは。 自分だけじゃないのだという事を、教えこんでやる時がきたのだ。 そこには同室者だって幼なじみだって、親衛隊ですら必要ない。 平井洋介と東江夏夫の二人芝居の、始まりだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |