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オレンジ信号機

 黙りこくってしまった東江に、平井は段々と馬鹿らしささえ感じるようになってきた。
どうしてと聞けば答えが返ってきて当たり前なのは幼子くらいではないか。

「夏夫はさ、時分ばっかり大変みたいに思ってるとこあんじゃねーの」

ぽつりと。こちらの方こそ聞いてみたいと思っていた一言を尋ねてみる事にする。
すると東江は、まるで怯えた表情で平井を見た後、目を泳がせて悩みだす。
だから、平井は更に続けるのだ。

「俺はお前の事心配したかったから、何で辛い顔してるんだろうとか色々調べたんだ」
「っな、何それ、冗談キツイよ……」

はは、と頭をかく東江の手を掴んで、こちらの方へと振り向かせる。

「いつかは話してくれるって、誰よりも俺が一番近いんだから頼ってくれるって、ずっと待ってたのに、お前は」
「待ってたって、僕はヨースケに迷惑かけたくなくて−」
「誰もそんな事言ってねぇだろう!?何で俺だけなんだよ」

首を見られないように気遣いだしてから、東江は教師などに相談する事が多々あった。
その姿を、ただ見ているだけしかない事のはがゆさが、彼に分かるというのか。
睨むように答えを急かすと、今度は東江が声を荒あげた。

「それこそこっちだって頼んでない!相談したって、受け入れて貰えないかもって思って、それの何がいけないんだよ!」
わなわな震える背中はまるで雨にでも降られたかのように寒そうで。
お互いに、初めて聞く本音だった。
これまで、数年来に渡り友好的に交友関係を続けていた二人だったが、時折ぶつかりそうになると、避けて通ってきてしまう程臆病なものだったのだ。

“もしこれで拗れてしまったら、最後になってしまったら”

そんなありもしない疑心暗鬼は、お互いを雁字搦めに結びつけていくだけだと言うのに。

 「この際話してない事あったらもっと言えよ」
どうせ全部知っているのだが、それとこれとは話が別だ。
平井はもう、東江の口から聞けるのであればどんな秘密だって一緒に抱えて、それごと包み込んでしまえる気でいた。

しかし、俯いて頭を抱えてしまった東江から返ってきたのは、ただひたすらの無言で。
嗚咽混じりに首を振られると、平井は無性に空しくなっていくのだった。

「だってヨースケだってまだ僕に言ってない事あるじゃない……」

小声で疎ましそうに吐かれた言葉は、東江がいつから考えていた事だったのだろうか?
平井は東江がこちらを見ていない事に安心をしながら、その後頭部めがけて一気に手刀を振り落とした。

(夏夫、許してくれ。これはお前の為なんだ)

音もなくベンチから地面へと倒れ込む東江を抱き上げて平井は一人笑う。
気を失っている姿は無防備そのもので、しばらく彼のそんな顔は見ていなかったからだ。

時刻は既に十九時を廻っている。
彼には心配して探し回るような同室者はいない。

「天はやっぱり俺に味方しているんだな。全て計画通り、上手くいきそうだ」

柳のように垂れる東江の細い手の甲にキスを落として、平井は自室へと連れていくのだった。

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