オレンジ信号機 2 放課後、中庭のテラスで待っています。 そんな短い一文だけが記された名前のない手紙で、そう易々とそこに行く馬鹿がどれ程いるだろうか。 一見すればそれはまるで告白の呼び出しのようにも見えるが、そうではない事は平井が一番よく分かっていた。 (これ、角をしっかり書いてるし、夏夫の字だな) 二つ折りを開いた瞬間一瞬だけ漂う香りも間違いなく腐れ縁の彼のものだ。 だから平井にはこれが告白の為のものではない事がはっきりと理解出来た。 「夏夫が俺になんて絶対にある訳がない」 八年間間近で見ていたのだ。 目の前にいる誰かにふらっと心を寄せているような姿はあれど、横にいる自分に気づいた事など一度たりともなかった。 (昔はそれでも良かったけどな) 手紙を再び二つ折りに戻して、靴箱の中に戻す。 おおかた、休みの間の事でも聞かれるのだろう。 大丈夫、何を聞かれようとも“東江の理想のヨースケ”を貫いてみせる。 東江が靴箱に手紙をいれようとしていた時の緊張した様子の息づかいを思い出して、平井は少しだけほくそ笑む。 そうして鞄を片手にたどり着いた中庭に、東江は一人座っていた。 時刻は十七時三十分。耳を澄ませば遠くで野球部の練習が聞こえて来そうな空気の中。 「ま、まぁ取りあえず座ろっか」 「お、おう」 ひどくぎこちなく萎縮した東江を目の前にすると、平井も影響を受けてしまいそうになる。 ベンチに並んで腰をおろすや否や、東江はすぐ口を開く。 「あの時は本当、助けてくれてありがとう」 「いいって。そんなんもう何回も聞いたし。その話がしたいんじゃないんだろ?」 普通の親友だったら、きっとこうして続きを促してやるのだろうと平井は相づちをうつ。 「それもちょっとは関係してるんだけど−ねぇ、何で?」 「何でって、何がだ?」 「僕があの時見ないでって言ったらさ……ヨースケ」 “知ってる”って即答したじゃんか? その言葉は、平井にとっても予想外の質問だった。 くるであろうと考えていたものと、それに対しての答え。 その全てが不必要となった時、平井は初めて沈黙した。 「僕、うまく隠してるつもりだったんだけどな」 静かになったせいだろうか。 無理に話を続けようとしている雰囲気で東江は小さく呟いた。 だが、平井はそれどころではなくなっていた。 (どうして知っているかって事か?どうして知っている事を言わなかったって事か?隠せてるつもりだったのか?どうして隠そうとしていたんだ?俺じゃ駄目なのか?俺が嫌なのか?どうして?何で?) 「よ、ヨースケ、僕−」 そっと覗きこんでくる目の、何とも思っていない色が腹立たしい。 思わず目の前の東江の口を片手で塞いで、思考回路もシャットダウンする。 「どうしてって言うのは、方法か?理由か?」 手の中で東江があやふやに答えているが気にしない。 掴んだままその片手を上に持ち上げて、苦しそうな表情の東江を見つめ返す。 「俺さ、夏夫のそーゆーとこ、嫌い」 目を見開いた東江を一瞬で解放すると、彼は重力に従いベンチへとしなだれ込んだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |