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Sainen

 「だからさ、素直な気持ち。オレお前が声かけてくれてマジ感謝してんだよ」

若者言葉を多用して、目の前のイスに腰掛けた例の少年にそう言うと、やはりというべきか、苦笑いで首を振った。

「本当はもっと早く行動するべきだったんですけど、すみません」
「謝んないでいいっての。さっきも言ったけど、南波だ。」

職業年齢ともに不明。性別は見ての通り。そこまで言い切ると、ようやく彼はぎこちなく笑みを浮かべた。

「あっ、に、西森フユキと言います。学生ではない……と思うんですが」
同じく記憶がないもので、すみません。

弱々しく謝られると、胃の中がもやもやと面白くない。眉間を親指でぐるぐると揉んでやると、照れたように顔を隠してしまった。

「でもおれ、南波さんが記憶取り戻せるように頑張りたいです」
まるで何かにすがるように、赤い顔のままフユキはそう宣う。

頭のどこかが、荒いブラシで刺激されるようにぞわりと震える。
全く会った覚えはないが、確かにこの人物をオレは知っていた事がある。

「お前自身のも、な。オレだけ思い出すんじゃ意味ねぇじゃん」

お前が誰か皆目検討もつかないが。
それでも今、こうして勇気出して声をかけてくれたんだ。それだけは感謝をしないといけない。

「そう……ですよね、おれももっと、南波さんの事思い出したい」

その“南波さん”がどんな人物かも、全然覚えていないはずなのに、それでもフユキは思い出さなきゃいけないと決意を新たにしている様子だった。

(すげぇな。オレには真似出来そうにねぇのがちょっと申し訳ない)

せめて先に思い出してサポートでもしてやれればいいのかも知れないが。
オレ自身はもちろんの事、こんないきなりな事態を受け入れ受け止めてくれたこの少年のために、記憶を探す事にした。

 「どうせオレ達には毎日滝のように時間があるんだから、15時のおやつまでは自由行動ってどうだ」

オレの提案に、フユキは小首を傾げて続きを促す。

「つまり何て言うか、各々が探してきて答え合わせ?みてーにしたら効率いいんじゃって思ったワケよ」
「一緒に歩き回るんじゃ、延々としてて意味なさそうですもんね」
「まぁ手がかりがあった所を一緒に行くのはアリだと思うがな」
「それ、すごくグッドアイデアだと思います!」

頷きながら、フユキがひっそりと目を細めて笑った。
眩しい、彼の年齢に合った相応で純粋な笑顔は、正直眩しい。

「なんだ、ちゃんと笑えるんだな」
小さく呟いた言葉が、フユキに届いたのかどうかは分からない。

それでもオレは、今までとは別の意味で、何か面白くない気がした。

 (……“前のフユキ”は、もっと笑っていたんだろうか?)
かつてのオレが、フユキを笑わせる事が出来ていたのなら……。

その答えを知るのは、もう少し先の話だ。
オレはこの後、もっともっと早くフユキと話しをするべきだった事を、強く後悔する事になる。
オレが先にフユキに関する事を思い出せていたら、何か違っただろうか。

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