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Sainen

 ベンチに腰かけて、一人悩む。
目を閉じれば浮かんでくるのは、何故かあのひどく悲しげな表情で。

記憶を取り戻したいというのにその存在が邪魔をするようにでてくるのは、正直なところ面白くない。

アイツのせいとは言うつもりはないが、結局ドーナツだって未だに食べられていないのだ。
前途多難。このままでは非常によくないという事だけが、無性にあせりをかきたてる。

焦って。かと言って何かが出来るわけではないという諦めのようなものもあって。オレの日々はその繰り返しになりつつあった。

 しかし、ある時から、日常の中にささやかな非日常を感じる事が増えてきた。
そう、あの少年−というか、あの独特の目線だった。

こうして座っている今だって、遠方から延びてくる戸惑ったようなそれははっきりと分かる。
分かるのだが、その度にオレはあの妙な表情を再び思い出してしまうのが嫌で、気がつけばすぐにそちらを見るようにしていた。

時に勢いよく振り向き驚かせたり。時にゆっくりと一瞥した時にはもう遅かったり。
とにかく、オレとアイツは会話らしい会話をする事などなく、すぐに逃げられてしまうのだ。
だからこそ、わざと逃げて貰うためにこちらも見ている節があった。

(……何にしたって、ここに来てオレを見てる奴なんて一人しかいないんだから、そうじゃなくてもすぐ気づくわな)

自分で思うのも何だがオレは結構奇抜な格好をしていると思う。そのせいであの少年がためらっているのなら、もう仕方がない話だ。

「逃げると分かっているから見てんだけどよ、それでもあんなあからさまだとちょっとはショックだよな」

オレも人間なワケですし。何となく一人ぼやいてみても、返事など返ってくる事もない。

 そうやって何度かあの姿を思い出すのも割り切れるようになってきたある時。
さすがに一人の人間にここまで執着するだろかとオレは思案した。
ストーカーとまではいかないが、こう何日も見ているだけでよく飽きないな、と。
そこで出した結論は、至ってシンプルなものだった。

(彼はもしかすると、以前のオレを知ってんのかもな)

気弱そうに見えるあの表情だ、もしかしなくてもオレの方が何も言わないから戸惑っていると見た。
いやそれよりも、今までと違っている所に気がついて怪しんでいる可能性だってある。

(いっそ、“記憶喪失だから助けて”とでも言えば、何とかしようとしてくれそうじゃねぇか)

まだろくに会った事もないのに、そういう性格だとはっきりしているのは、やはりかつて知り合いだったという事実がオレの中にあるからなのだろうか。

恐らくは、自分が危険な状況にあっても、お互い頑張りましょう、なんて思ってもいないような震えた顔で、応援してくれるような奴だ。

まぁあくまでこれは想像にすぎないのだが、だからこそオレの方から捕まえて打ち明ける事は少しだけ怖かった。

「もっとアッチからぶつかってきてくれりゃいいのに」

どんな人間だって、初めましての挨拶は緊張するものなんだよ。
それは大人になったって同じだ。

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