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Sainen

 「マジで!?」、「ヤバすぎ!!」、「あり得ないんだけど!」
周りを完全無視した自分達だけの世界に入りきった黄色い声があちらこちらから響いてくる。

ティーンエイジャーは会話をする事が仕事とはよく言ったものだ。
身内びいきに通じるネタを延々と繰り返して、その音量は徐々に沸き上がっていく。

それは、楽しそうだと思う反面、少しだけ不愉快なもので。
こんな気持ちを誰かと共有できれば、いっそオレも一人でさえなければ、きっと解消出来るのではないかと思った。

(そのうち知り合いでも出来れば、何とかなるだろ)

だから今は、少しだけ我慢を強いられてやってもいい。
誰に言うわけでもなく、オレは一人頭の中で自嘲する。
まさかこのオレが寂しさを感じているだなんて、嘘であって欲しいと思った。

 それにしても、どうしてこのドーナツ屋に並んでしまったのだろうか。

確かに人の流れに押されるように合流した形ではあったが、離れる事だって出来たはずなのだ。
しかし、オレの足は頑として動こうとせず、依然として行列の中で堂々巡りをしているのだった。

ちらりと店内を覗いてみる。席は空く気配がまるでなく、店員もせわしなくポットを片手におかわり行脚をしている。
先刻も目の前の女性がコーヒーについて熱く語っていたが、もしかしたらここはそういう意味で人気なのかも知れない。

 不意に、テイクアウトの紙袋らしきものを持った人物が入り口のドアを開けてこちらを通り過ぎた。
焦げ茶のロゴマークが入ったパックを目で追った時、オレは、ハッと息を飲んだ。

例えるならそれは、鈍痛。

じわりと広がる毒のように、頭の片隅から、記憶の波が侵食してくる。

「……どうしてこんな大事な事を、オレは」

額を伝う汗がいやで、指でそっと拭う。
シナモンの甘い香りが鼻をかすめて、一気に目の前が潤む気がした。
生唾を飲みこむと、甘く優しい食感が今にも味わえそうだ。

目を閉じると浮かび上がるビジョンは、山のように皿に乗せられたドーナツと、それにげんなりとした様子の目の前の声。

「毎度毎度、よくそんなに飽きないでいられますね」
(オレは誰が何と言おうと甘党だしそれは変えられねぇよ)

余計なお世話だと思いながらも居心地のよさも感じて、堂々とそう言ってやって。
それから口に含んだドーナツのなんと幸せな事か。

ただ食べるだけよりも、きっと何倍だって美味しかった。

「そうだ、オレは、ここのドーナツが世界で一番好きだったんだ」

どうしてこの事実が頭から抜け落ちてしまっていたのか。
むしろ、大切であるが故に真っ先に消えてしまったとでもいうのだろうか。
一度思い出すと、財布を開けて、今日は一つくらいなら買えるとガッツポーズをしていたのが、なんだかひどく懐かしい。
大人の特権だからと好きなだけ買って、いつも金欠になっていたのも、今では自然な事に思えた。

 「だからなおさら、早く食べてぇって思ったんだよな……」

オレの回想に、目の前のフユキ−西森フユキは神妙な面もちで頷く。
ひとまずは続けろという事か。オレは再び口を開いた。

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あきゅろす。
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