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Sainen

 自分に関する重要な手がかりを手に入れる事がた。
それなら、やる事は一つしかない。オレがこの店に入ればきっともっと記憶を取り戻せるはずだ。

そう思うオレの気持ちとは裏腹に、列は一向に進む気配がなかった。

真後ろに一人で並んでいる女性のように、スマートフォンやら端末やらを持っていれば少しは時間が潰せたのかも知れないが、生憎とオレは着の身着のままの状態だった。

(つーかそもそも、スマホとかあったら自分の事分かるはずだしな)
個人情報とか、少なくとも今よりは手がかりがあっただろうに。

自分の事はあやふやなままだと言うのに、物の名称ははっきりと分かっている。この感覚は、何とも奇妙だ。

いずれにしても、この列の動かなさは異常だった。
オレが前にきていた時は、もっと空いていた。
たった数分の間に、些細な記憶は、あっさりと引き出せてしまえるようになっていた。

「店に入った場合、お金がないんだけどな」

そしてこれが実は一番要だったりする。ただ店内を見せて回りたいというだけでは、きっと許されないだろうから。

 やる事もないまま、ぼんやりと立ち尽くしているのは本当に退屈だった。

前を見る、女子高生が三人。やはり飽きてしまったのか指のゲームを始めて盛り上がっている。
初めて見るはずなのにルールがおぼろげに理解できてしまうのは、昔やった事があるためか。
後ろを振り向く。女性が一人。相変わらずスマートフォンを片手に一人でも生きていけるといった風に過ごしている。

まぁこれはあくまでオレの主観にすぎないが。
それにしたってどうしようもないこのオレの体たらくよりは十分に幸福そうに思える。

もしかしたら、同じようにドーナツ屋に癒しか何かを求めているのかも知れない。

 キョロキョロ周りを見回していると、不意にどこかから見られているような感覚に陥った。

殺気−ではない、普通に、でもただはっきりと、“オレ”が見られている事は察知出来る。
どこだ、列の中にはいないようだが。
視線をぐるり360度回転させて、ようやくその出所を掴む。

「居た。間違いねぇアイツだ」

小声で、思わず呟いてしまう。
大きい道路を挟んだ向かい側、ガードレールの前に事も無げに立ちすくむ一人の少年がいた。

視線がかち合って、それから慌てたように目が震える。

自分より少しだけ背が高いくらいだろうか。眉をひそませ目を背けようとするその表情は、一言で言えば悲しそうに見えた。
幸せそうな奴もいれば、あんな顔をする奴もいるもんなんだな。

「元気出せよ」

なんて声はかけてやれそうにないが、せっかく目が合ったんだから何かしてやりたいと思った。
だから、笑ってみる事にしたのだが。

「……っ」

ドン引きしかたかのように、というか事実その通りなのだろうが、ぱっと目を逸らしたかと思えば、その少年はあっさりときびすを返して走り去ってしまう。

その姿に、そしてこのいつまでも動かない列に。
何やら面白くないものを感じて、オレもそっと、その場を後にした。

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