帝王院高等学校
可愛い顔してあの子わりとシックスナイン?
「尻に噛みついた程度で妊娠するなら、今頃俺は大家族のビッグなダディだ。だから努めて冷静に、且つ些かの八つ当たりを込めて、父は息子の為に言ってやったのさ」

晴れ渡る空、眼下には広がる海原。
青と蒼のコントラストに彩られた四月最後の日曜は、鮮やかにして穏やかな午前だった。

「確かに稀に男でも妊娠する」
「…って、言ったわけ?小6の子供に?マジで?」
「何か不味かったか?これを言った瞬間、佳子に頬を引っぱたかれたんだ。未だに何が悪かったのか良く判らん」
「ショー兄って何型?」
「何型って、血液型か?O型だけど」
「あー、メンタル強そうだもんな…」
「へー、判るもんなのか?女子っぽいな千明」

まるで憂う人の心を、嘲笑わんばかりに。

「男が男に惚れる事はままあるが、大半は人間性の話だ。それが男女の恋愛と同じ訳がないってな、これも間違ってるか?」
「どうだろ、一般常識だと正論かもな。でも何とな〜く、アンタのキャラじゃない感じがする。マイペースなセクハラ親父も、息子の前ではお堅い父親になるって事か」
「言ったろ、八つ当たりを込めてって」

針はただ、零へ向かうばかり。
戻る所など何処にもない。東から登り続けた太陽が、いつか沈む様に。

「健吾が何となく裕也君を気に入ってるのは判ってたさ。歩くより早く、玩具代わりのオカリナを覚えて、初めから一度聞いた曲を即興で吹けた様な子供が、自分から近づいた相手だ」
「何それ、マジで天才っぽい話ぶっ込んで来んのな」
「世界中を点々と回る間、それこそ天才と呼ばれる大人達に囲まれて育ったんだぞ?あの頃の健吾は生意気を極めてた。少しでも音を外すと、世界的ソリスト相手でもお構いなく『へたくそ、おっさんは今日で音楽やめろ』っつー訳だ」

ぐるり、ぐるり、廻り続ける。
いつ如何なる時も、何一つの例外なく、いつか終わるその瞬間まで、きっと。

「親としてはひやひやするが、団長としては『良く言った褒めてつかわす』だな。健吾が言わなかったら俺が言ったかも知れない」
「…底意地悪くね?」
「今頃知ったのか?」
「ほんの少しのミスなんだろ?」
「天才は総じて完璧主義なのさ。ま、以降、俺の電話には出てくれなくなった。アイツの事だ。…どうせ、自分を病気だとでも思ってるんだろう」

正午は尚、遠かった。





















「………ふぁ?!」

何だか暗い気がする、と思った瞬間、安部河桜は飛び起きた。
それと同時に背中からバラバラと落ちた感触に気づき、四つん這いのまま振り返れば、ぽかんとした表情で覗き込んでくるオフホワイトの作業着が見えたのだ。

「ぇ?ぁのぉ?」
「す…鈴木ちゃん!こっち起きた…っつーか生きてたぁ!」
「良かったぁ!Sバッジつけてるの見た時は心臓止まるかと思ったぜ、マジで!お前、大丈夫だったか?!」
「…ぇ?僕は平気ですけどぉ、何かあったんですかぁ?」
「気絶した所為で覚えてねぇのか?!アンダーラインとアンダースクエアの継ぎ目の一部が崩落して、この辺りが巻き添え喰っちまったんだよ!」

まるで芋でも掘り出されるかの様に、抉れた芝生と土に埋まっていた桜を力強い腕が引っ張り出す。改めて態勢を立て直してみれば、先程まで傍らに居た筈の西指宿らの姿が見えない。
引き換えに、敷き詰められていた青々とした芝生と煉瓦敷きの歩道が、見るも無惨に崩れているのが見える。見慣れた美しい景観の校庭が、大災害に見舞われたかの様な恐ろしい有様だ。余りにも現実味がない。

「な…っ、何これっ?!ぁ、あの、すみませんっ、セイちゃん…清廉の君とぉ、此処に女の子が居たんですけど、ご存じありませんかっ?!」
「清廉の君と王呀の君なら、地面が崩れる時にアンタらを庇って怪我してたから、真っ先に保健室に運んだ。どっちも意識なかったけど倒れた時に脳震盪起こした程度だろ」
「えぇ?!ほ、本当に大丈夫なんですかぁ?!」
「ンな事より、あの女は何なんだ?!」

地面が崩落した時に巻き込まれたのは桜達ばかりではなく、桜から少し離れた場所で同じ様に助け出されている川南北斗の姿を見つけたが、彼の意識がある事を喜ぶ暇はなかった。
かぶりつく様に顔を寄せてきた工業科の生徒は、助け出した桜を一通り確かめて目立った怪我がないと見るなり、すぐにまた近くの瓦礫を手探り始める。他の怪我人がいないか探しているのか、緊迫感が滲む声音で問われ、桜は瞬いた。

「何、と言われましてもぉ…」
「生き埋めになったかと思ったら、自力で飛び出してくるなり、傷だらけで第5キャノン方面に走って行きやがった!止めても聞きゃしねぇ、先生が追っ掛けてったからすぐ捕まるだろうがな!」
「ま、まさか、リンちゃんってば、イチ先輩を助けに行ったんじゃ…っ」
「ちょ、こら!お前は行くな、保健室行け!Sクラスがチョロチョロされたら迷惑っ!」

駆け出そうとした桜は、あっさり追い掛けてきた作業着に捕まり、救助の手伝いにやって来ていた風紀委員に引き渡される。自身も被害にあったばかりの川南北斗は、既にキビキビと指示を出しながら、風紀役員として行動しているではないか。

「っ、川南先輩!」
「お、安部河も無事だった系〜?イースト達はちょっと頭打ってるみたいだから先に運んだらしいよ〜」
「ぁの、部活棟の下に僕らの…っ」
「知ってる!判ってるから、あんま口にしないで欲しい的な感じっ!」

自棄糞げな北斗の台詞に目を丸めれば、風紀委員らに指示を終えた北斗は、ひょいひょいと覚束ない足元を飛び越えてきた。

「…此処だけの話、北緯が一緒かも知んない」
「………えぇ?!」
「しー!…だからあんま大きな声出すなって言ってる系っ」
「ご…ごめんなさぁい…」
「セキュリティカメラに、北緯が一年Sクラス方面に向かってるのが映ってた系。一年Sクラスのセキュリティカメラは、レンズの前に不審な物体が写り込んでて、この数時間の映像が残ってないんだ」
「そんなぁ…っ。み、皆はぁ、うっ、大丈夫なんですかねぇ?ぐすっ」
「も〜、泣くなって、僕が泣かした的な状態になってる系じゃんか〜」

ぽんぽんと軽く頭を叩かれた桜は、震えながら歪む唇を必死で真一文字に引き結びながら、力なく頭を振る。

「ぼ、僕、混乱しててまだ良く判ってなぃんですけどぉ…、こぅなって何分くらい経ったんですかぁ…?」
「そんな経ってない、15分くらいだと思う」
「全然覚えてなぃですぅ…。うぅ…」
「部活棟から、第4キャノンまでのアンダースクエアが剥き出しになってたんだ。っつっても、部活棟の周辺は旧水道とかが埋まってて重機での掘削が無理そうだって事で、アンダースクエアから作業するつもりで工業科一同がやったんだけど…」
「あ、それで地盤が弱くなってた…とか?」
「無関係じゃないと思う系。ただでさえ水分を含んで弛くなってた所だから、このままじゃ中央キャノンにも何らかの影響が出るかも知れない…って言ったら、困る系?」

悪戯めいた北斗の笑みには、反して若干の怯えが見えた。
困る困らない所の話ではない。校舎がなくなれば、授業所の話ではないからだ。それもこの規模の建物が崩れるとなれば、怪我人がどうだの所の被害で済むのか否か。

声もなく青褪めた桜は、今はまだ立派に聳えている巨大な宮殿を見上げ、恐る恐る後退った。が、足場は抉れた芝生が広がっており、焦げ茶の土が剥き出しになっている。
すてんと転がりそうになった桜を、泥だらけで作業していたジャージ姿の生徒が助けてくれた。工業科の生徒に負けず劣らず力強いその腕の感触に顔を上げれば、やはり体育科の生徒の様だ。

「川南さん、君、此処は危ないから離れた方が良いですよ」
「おーい、霧島ー!加賀城が穴にハマって抜けなくなった、手を貸してくれー!」
「何やってんだよキャプテン!アンタ遠征決まってんだから部屋に閉じ籠ってろっつっただろ!」
「すまーん!俺も、俺も一日くらい練習サボって青春したかったんだー!バスケは好きだけどお祭りも好きなんだー!女の人とお知り合いになりたかったんだー!」
「誰か加賀城キャプテンを黙らせろ!この人はバスケやってない時はただの顔が良い馬鹿だっつったろ!工業科の奴らにバレたらカモられちまうよ!」
「大丈夫だって、キャプテンの従兄弟はあのカルマのメンバーだから!」

楽しげな騒がしさが辺りを満たし、北斗と共にポカンと辺りを見回した桜は、泥だらけで作業している面々が作業着だけではない事に、今更気づいたのだ。

「馬鹿野郎、お喋りしてぇなら帰れDクラス共!部活じゃねぇんだぞ!」
「下手に転んで怪我して成績に響いても知らねぇからな!後で吠え面掻くなよ!」
「ホエーヅラ?ホエーって鯨だろ?鯨のカツラって何だ、物凄くでかい…毛髪量ハンパない感じじゃないか?」
「もうダメだ!今すぐ加賀城を黙らせろー!馬鹿がバレるー!」
「もうバレてんだよ!加賀城は三年の最下位じゃねーか!」
「こないだ梅森に追試のヤマ聞いてんの見たぞ!あの工業科最下位の梅森に!」
「結局、見かねた竹林さんに2000円でカンニングペーパー作って貰ってたのも見たぞ!バスケ馬鹿が!」
「マジかよ加賀城!お前の従兄弟はAクラスなのに、何でお前だけ馬鹿なの?!それとも従兄弟だけ賢いの?!」
「違う、単に俺が馬鹿なんだ!勉強とかもうどうでも良いから、バスケと青春がしたい!俺は…俺はバスケ王に、なる…!」
「「「黙れっつってんだろっ、加賀城ー!!!」」」

泥だらけで叫んだのは、オフホワイトのジャージ。
泥だらけで爆笑の合唱をしているのはオフホワイトの作業着。ただ、どちらがどちらなのか目を凝らさなければ判らないほど、誰もが泥だらけだった。

「ぁ、ぁはは…。DクラスとEクラスが、仲良くしてるなんてぇ…」
「…世も末、的な?馬鹿馬鹿しくてさ〜、真面目に悩んでる方が負けた気になるよ」

呆れ混じりに呟きながら、水色の頭を掻いた北斗の疲れた表情に笑みが滲むのを見た。
作業着らに怒鳴られては怒鳴り返しながら、ひたすら汚れていくジャージ姿の生徒らの中には、全国大会で名を連ねている生徒や、テレビ取材が来る程の生徒さえ混ざっている。

「なぁなぁ、この惨状を今日中に直せるのか?」
「直せるのかじゃねぇ、直すんだよ!うまくいけば学園長代理から褒めて貰えるかも知れねーだろ!」
「隆子先生か…。褒められるより食堂のフリーパスが欲しい」
「ああ?!学園長代理のお褒めの言葉が飯に負けるっつーのか!これだから喰う事しか考えらんねぇ体育会系はッ」

ただただ、崩壊した地獄の様な世界を、目映い光が照らしていた。
見上げた空は何処までも青く、ただ、青く、今は。

「っせーな、食っても食っても減るもんは減るんだから仕方ねぇだろ!俺らは頭使わない代わりに体使ってんの!体育科のモチベーションの高さは工業科なんかに負けてねーからな!」
「はっ。モチベーションばっか高くても効率が悪けりゃ意味ねーから!後先考えて行動しろっつーの、脳筋共!」
「何だと!何なら腕相撲で勝負するか?!」
「ああ?!男なら黙って拳で掛かって来いっつーのっ、無駄筋共!」

西の空に灰色の重たい雲が立ち込めている事になど、誰もが、まだ。
























「はぁ?蛇食ってたって、何がどうしたらンな事に?!(°ω°`)」
「ンな樹海の中でキャンプファイヤーとか、オメーら頭大丈夫かよ」

目を見開いた高野健吾の隣、心から呆れたと言わんばかりの藤倉裕也の台詞は、燃え尽きつつある焚き火からくゆる白煙と共に大気へ溶けた。

「何と言われても、そこに蛇が居て、腹が減っていたからに決まってるでしょう?」
「そーそー。地獄の持て成しは受けたら駄目って言うけどさあ、自分で狩ったもん食べたら駄目なんて聞いた事ないしねえ」
「ハヤトさん、さっきのより大きな蛇が本当に居たんだって。カナメさんが巻いてる奴、きっとアイツの脱け殻だと思うし。シロ、お前も見たよね?」
「はいはい、夢の中だもんねえ。ちょっとくらい見栄張ってもよいと思うよー」
「見栄じゃないって言ってる。俺はハヤトさんと違って嘘は吐かない」
「はあ?ホークの癖に反抗期なのお?あは!腕相撲でいっぺんくらい隼人君に勝ってから調子に乗んなさい」
「は、ホットドッグのマスタードで泣く癖に。腕相撲で一度もカナメさんに勝ててない癖に」

蛇柄のマフラーを巻いている錦織要の隣、シダの葉を豊富に敷き詰めた神崎隼人は長い足を持て余し気味に座っており、膝を抱えて背を丸めている加賀城獅楼は一言も喋らない。

「まーまー、オメーら喧嘩はやめろや。仲良くしよーぜ、オレら仲間だろ?」
「…キモいんだけどユーヤ、何か変なもの食べたあ?」
「ユーヤさん、何かいつもより機嫌良い感じする。目がぱっちり開いてるし…」
「あー。実は寝ようとしても眠気が来ねーんだぜ」

睨み合う隼人と川南北緯は、草の上でごろりと寝そべった裕也の男らしさに沈黙した。こんな場所で寝転がれるのは、カルマの中でもこの男だけだろう。

「で、タイヨウ君が荒ぶってんのは理解したけどよ、探すにしても見当つかねーんじゃお手上げじゃね?┐('〜`;)┌」
「だから作戦会議すんでしょおがあ。馬あ鹿、猿馬鹿日誌」
「釣り馬鹿日誌みたいに言うなし!(*´Q`*) あっ、カナメ、腕相撲やる?富豪とDQNってどっちが強いか興味あるっしょ(*´`*)」
「全く、DQNLv.80で喜んでるのはお前くらいですよ」

要に腕相撲を挑んで、裕也の横腹の上で行われた健吾VS要の一戦は、ただでさえ強い上に蛇の脱け殻パワーでレベルアップした『富豪Lv.68』に瞬殺されてしまった。ボキッと健吾の腕が鳴った気がしたが、痛ぇ!と叫んでいる健吾のダメージはないに等しい。やはりDQNだからか。
健吾を倒した要のレベルが上がり、垂れ目を細めた隼人は思わず『シックスナイン…』と呟いたが、突っ込みはない。

「つーか、いつの間に着替えたんだよ、高野…」

健吾を眺めたまま、西指宿麻飛が呟いた声音は力なく、誰にも届かなかった。賑やかしいカルマメンバーは獅楼を除いていつも通り、マイペースに思い思い口を開いている。

「それにしても、メンツが揃いましたね。ユウさんと総長も近くに居るんでしょうか?」
「此処にシロップとホークが居るっつー事はよ、松竹梅が居る可能性もあんべ?(´Д`) あっ、でも俺らタイヨウ君は見てねぇっしょ(´▽`)」
「最後まで山田と一緒に居たハヤトが判んねーなら、オレらに聞くだけ無駄だと思うぜ。大体、作戦会議って何だよ。『ガンガン行こうぜ』で良いんじゃね?」
「あ、それなら『ハヤトに任せろ』でも良くね?(´ω` )」
「『無駄金使わず』も追加して下さい」
「あは。…全員、ドラクエから離れなさい。ったく、ドイツもコイツもサブボスに毒されてるよねえ」

顔に似合わぬ男らしい態度で胡座をかいている北緯は、未だにバチバチと向かいに座った東條清志郎と睨みあっており、東條の隣で屈み込んでいる西指宿と言えば、そんな二人の視線で焼き殺されそうだ。

「お、おいおい、クラスメートなんだし、啀み合うのはやめろって二人共」
「アホ自治会長は黙ってて。これは俺とイーストの問題だから」
「自分より順位が上の人間に阿呆とは何だ阿呆とは。確かにウエストは馬鹿だが阿呆じゃない」
「イーストさんイーストさん、フォローが間違ってんよ?ちょ、二人共マジで俺の事そんな風に思ってたんかよ!俺アレだよ?!嵯峨崎の後ろだよ?!」
「黙ってろクソボケアホ自治会長、何が王呀だ小蝿の分際で…。お前の写真に釘打たれたいの?夜中に」
「相変わらず陰険な奴だ。ノーサと同じ血が流れてるとは思えない」
「いや、流れまくってるよ?!キタさんそっくりだよ?!次席の俺を馬鹿にしてるとこ、お前ら三人共クリソツだよね?!」

何故同じ次席でありながら、西指宿と隼人の扱いが違うのか。
滝の如く涙を迸らせた西指宿は、和気あいあいと顔を突き合わせている1年陣を羨ましげに眺める。

「かくかくがしかじかでえ、隼人君は絶対にサブボスを見つけてお尻を叩く事にしたんだからあ。あのやろー、絶対この状況楽しんでたもんねえ。あんなのが隼人君の深層真理に存在したとか認めないんですけどおって感じい」
「まだこれがただの夢だと思ってるんですか?俺はただの夢とは思いません、この脱け殻の手触りは現実に近いと思います」
「うん、カナメちゃんは何にせよお金持ちになりたいんだねえ。知ってた。知ってたからカナメちゃんに関してはもう諦めてる」

よしよし。
要の頭を悟りの表情で撫でた隼人は、殴られると素早く身構えたが、想像に反して殴られはしなかった。余程蛇の脱け殻ゲットで気分が良いのか、いつもより十倍はにこやかだ。
すりすりと巻いている蛇柄に頬擦りしまくる要に関しては、最早何を言っても無駄だと誰もが諦めモードだった。

「あー、もー、ハヤトの好きにしろし(°ω°) 俺、いっぺん殴った事あっからよ、タイヨウ君には優しくするって決めたっしょ。ハヤトがタイヨウ君に恨みあんなら止めねーけどよ(ヾノ・ω・`)」
「おやおや、それに関しては私が止めますのでお構いなく」
「…ほらな、こちらの白百合が邪魔する気満々だべ?オメーも諦めた方が良いんじゃね?(´°ω°`)」
「つーか何で四重奏会議に白百合が混ざってんだよ。誰かリストラすんのかよ」
「ああ、それなら白百合をリストラすれば良いんじゃないですか?」

にこやかな要が冷ややかな眼差しで叶二葉を見やる。
その程度では何のダメージもない鋼鉄の精神力を持った当の二葉は、白い目で見つめてくる西指宿にも構わず、膝を抱えている獅楼の背中を椅子代わりに腰掛けたまま、眼鏡を押し上げた。

「夢だのどうだの私には全く興味もありませんが、敢えてこの状況に名をつけるとすれば、一種の催眠状態でしょう」
「催眠?(´°ω°`)」
「感覚共有ですよ。それぞれがそれぞれで感じ、考えて行動していると仮定して、その証明をします。仮に私が高野君に質問したとします。これが私の夢、または高野君の夢であれば、どちらかの思考回路が優先される」
「あーね、それだと俺らの答えは同じになるぞぇ(;´Д⊂) いやー、同じになりたかねーし俺の夢にオメーが出てくんなっつー話だけど、説得力だけは認めるっしょ(*´`*)」
「この証明には一つ弱点があります」
「弱点?(´°ω°`)」
「互いを良く知る関係性だと、お判りの通り、効果が薄い」

二葉の話など聞く耳持たぬとばかりに、健吾以外はそっぽ向いていた。然し二葉が健吾の隣の裕也と要を交互に見つめ、わざとらしく肩を竦めたので、意味に気づいた健吾は同じく気づいていたらしい隼人と目を合わせる。

「気の合う奴だと、意見が合う率が高いっつー訳か(//∀//) 長年知ってる奴も、証明にゃなんねーっしょ」
「ハヤトとオレなら知り合って間もねー感じだから、いけんじゃねーか?おいハヤト、オレの趣味当ててみろや」
「はあ?ユーヤの趣味とかキョーミないんですけどお」
「答えてやれし、ユーヤが可哀想だべ?(´・ω・`)」
「えー、面倒臭いなあ。ユーヤの趣味なんて昼寝…つーか、睡眠じゃないの?」
「あ?オレの趣味は筋トレだぜ?」
「嘘つけし(´°ω°`) 鍛えてるとこなんざ見た事ないぞぇ」

まともに答えるつもりがないらしい裕也に鋭く突っ込んだ健吾は、バシッと裕也の頭をはたいた。

「例えば、俺らが答えられそうにない質問のが良いんだべ?白百合の趣味とかよ(;´Д⊂)」
「おや、私の趣味ですか?」
「「「山田ウォッチング」」」

健吾の言葉に首を傾げた二葉へ、カルマ四重奏の声が重なる。
これに関して誰からも突っ込みがない所をみると、獅楼までも同意見らしい。質問が簡単すぎたのだろうか。

「おやおや、いつから私の趣味は一年Sクラス山田太陽君の観察になったんでしょうかねぇ」
「マスター、流石に言い逃れられそうにないんで諦めた方が良いんじゃないっスか?アイツら山田としか、ましてアキとは一言も言ってませんし、つーかアンタ自分からばらしたみたいなもんだし」
「ウエスト、神をも恐れぬ美しさに目が眩む気持ちは理解しますが、この私に気安く喋り掛けないで頂けますか?ABSOLUTELYの癖に」
「はい?!貴方もABSOLUTELYでらっしゃいますよね?!」
「おや?いつから私をABSOLUTELYと錯覚していたんですか?この私は、実はカルマのメンバーだったんですよ」
「な」

西指宿と東條は同時に目を見開いたが、カルマ四重奏の全員が無表情でふるふる首を振ったので、二人の狼狽はすぐに収まる。
冗談にしては質が悪いと胸を撫で下ろした東條は、肘で小突いてくる西指宿にアイコンタクトを寄越されて微かに目を細めた。恐らく彼は、二葉の前でバレかねない真似をするなと言っているのだろう。

ならばこれ幸いとばかりに、東條は隼人と要を見やった。
二葉の視界には入らない位置で己を指差し、突如として聞いた事もない言葉で喋ったのだ。

「にゃにゃにゃはふんわわわわん!からしマジからすぎなり」
「あらん?ぷはんにょーん、にょりっす、わさびしびしび、きゃふ〜ん?」

二葉の眼鏡が曇り、西指宿が破顔した。
東條に反応したのは要だったが、要の口から『わさびしびしび』と言う単語が出るなり口元に手を当ててそっぽ向いた隼人は、どことなく顔が赤い。
ふんふんと無言で頷いている健吾と裕也は真面目な表情だったが、やはり体が震えていた。獅楼はポカンと目を丸め、無表情の北緯に『今何って言ったの?』と尋ねて睨まれている。

「シロ、お前はカルメニアの勉強やり直しだね」
「えーっ、だって今の略語だったよねっ?」
「おやおや、カルメニアねぇ?」

胡乱な眼差しで東條を見つめた二葉の眼差しは『何故そんな事を知っているのか』と尋ねていたが、東條は敢えて気づかない振りをした。今はカルマだとバレるよりもっと不味い話があったからだ。

「…はあ?え、今のどゆこと?」

カルマメンバーの大半が覚えているとは言え、翻訳には些か時間が懸かる嵯峨崎佑壱製作のカルマ言語は、賢い幹部には日常会話の様なものでもある。要が答える前に眉を跳ねた隼人は無意識で疑問を口にしたが、すぐに口ごもる。二葉と西指宿が邪魔だ。

「今のが本当だったら、眼鏡のひとが言ってた催眠説が現実味帯びてくるかもねえ…」
「確かに…俺ですらうろ覚えな母親を完全再現していた事も、見覚えのない女も、それなら説明がつきますが…」
「オメーらも変な奴らに会ったのかよ」

背中に健吾を乗せた裕也が、隼人と要の会話に割り込んだ。
ちらりと二葉を一瞥した裕也は暫し考え込んだが、面倒になったとばかりに頭を掻いた。

「オレの所には『叶芙蓉』と『リヒト=グレアム』が出たぜ」
「かのーふよー?」
「りひとぐれあむ?」
「おやおや」

隼人と要が首を傾げたのと同時に、目を見開いた二葉は吹き出した。

「叶芙蓉はともかく、リヒト=グレアムですか。困りましたねぇ、君がその名を知っている理由が説明出来ない」
「催眠状態だからじゃねーのか?」
「ランクSのみ知る事の出来るデータベースにその名が記されています。私が知っているのは単に、陛下から特使権限を頂いているからです。メア同等の」
「は、マジかよ。アンタ陛下の嫁って事か」
「いいえ、権限だけです。メアの証明は、オニキスプレートとプラチナリングですからねぇ。ご存じでしたか?中央委員会役員の指輪は、プラチナに似せたホワイトゴールドなんですよ」

二葉は手袋を引き抜いて、己の指にはまる指輪を晒す。
眉間に皺を寄せた裕也を健吾が覗き込み、もみもみと眉間を指で揉みほぐしてやる。何となく二人の距離がいつもより近い様な気がした獅楼は目を丸めたが、流石にこの状況では口にはしなかった。

「ですが今まで、陛下の指輪はだけはプラチナ製でした。然し状況が変わりましてねぇ」
「状況が変わった…?陛下はまさか、総長に?!」
「おや、珍しく鋭い様ですねぇ青蘭。そのまさかですよ。遠野君に贈られた指輪は、左席委員会のシルバーリングではありません。中央委員会会長の証である、クラウンリングです」
「な」
「あっは!何それ、やっぱ最初から神様はボスの正体が判ってたんじゃん!」
「いいえ、単に暇潰しでしょうねぇ」

にこやかな二葉の台詞に西指宿すら痙き攣ったが、

「去年、陛下の遊び相手が居なくなりました。たった一度手を出しただけで逃げられた、相手の名はシン=ミカドイン」

然し、二葉が笑いながら続けた言葉に対して、誰も口を開かない。

「一昨年、模試で二人の帝王院姓が並びました。どちらも満点一位、帝王院神の不敗記録はそこで止まります。止めたのは勿論、帝王院神威。本名はイクスルーク=フェイン=ノア=グレアム、彼の機嫌一つで大統領の首をすげ替える事が出来る、恐ろしい男爵ですよ」
「…笑ってんじゃねぇ、カス野郎」
「口が悪いですねぇ、青蘭。然しお前はどう思いますか?2年前、当時中学2年生だった遠野君を君達は記憶していますよねぇ?彼はどんな男でした?例えば、彼が陛下の様に本名を名乗っていれば、」
「黙れ洋蘭、お前の戯れ言なんて聞きたくありません」
「ふふ、面白味のない男ですねぇ。全く、誰に似たんだか…」

二葉の足元を這っていたムカデが、白い手袋に捕まり焚き火の中へ消えていった。容赦なく。

「遊び相手が居なくなった年の夏の暮れ、去年の話です。珍しく陛下は高坂君を自室へ呼びつけました。何を話したのかは知りませんが、以降、高坂君が君達のカフェへ足を運ぶ事はなかった様に記憶しています」

焦げる匂いと同時に消えた火種。
細く長く空へと登る煙が消えても暫く、口を開く者はなかった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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