帝王院高等学校
魔王も魔女も炙られて小麦色ですか?
「その上で、誰もが知る筈のはないリヒト=グレアムについて、少しだけ教えてあげましょう」

語る声は酷く愉快げに、響いた端から乾いていく。

「お察しの通り、彼は男爵グレアムの男でした。対外的にはキング=ノア=グレアムと呼ばれ、二十歳で爵位を継承した彼は、三十歳で亡くなった様です。死因は…推測に過ぎませんが、直接的な言い方をすれば『火炙り』」

魔女狩りの様でしょう?と、囁く声だけが支配する世界。
風はそよぐ。静かに。燃え尽きた焚き火は沈黙したまま、白く燃え尽きた薪炭が、風に煽られカタリと鳴いた。

「火炙りねえ。流石は海外、よい趣味」
「ハヤトさんがさっき蛇焼いたみたいな感じって事なら、確かに良い趣味かもね」
「ホークの癖に反抗期なんですけどお。オメー、下の毛焼くぞコラー」
「はっ、俺の陰毛力舐めないでくれる?俺の無駄毛の無駄さ、凄いから」

兄である川南北斗とは違い、双子なのに表情に乏しい川南北緯は、然程変わらない表情をキリッと引き締める。確かに北緯の無駄毛は無駄に濃いとカルマ一同沈黙し、西指宿も眉間に皺を刻んだ。
初等部の頃に二年ほど同室だった北緯の脇毛は、西指宿が知る限り四年生の頃には繁っていたからだ。

「おやおや、顔に似合わず男らしいんですねぇ、二年Sクラス川南北緯君。一切の無駄を許さない私の体には必要な毛以外は生えてこないので、羨ましいですよ」
「あは。眼鏡のひとがさりげに自慢してるんですけどお、うっざ」
「うふふ、さりげなくスパイを送り込んできた君達に言われるとはねぇ」

ちらっと東條清志郎を見やった性悪の麗しい笑みを前に、神崎隼人の愛想笑いに亀裂が走る。何を言ってもその上を行く送球が戻ってくるのだから、侮れない。流石は魔王だ。

「古くから魔女を迫害していた欧州では珍しい事ではなかったんですけどねぇ、王宮の勅命で秘密裏に葬られた貴族は、グレアムくらいでしょう」
「潰された理由、知ってんの?(°ω°`)」
「さて、生き残ったのは陛下の祖父でらっしゃるレヴィ=グレアムだけです。燃え落ちる屋敷を捨て、グリーンランドへ渡り貿易力をつけて、アメリカ大陸へ渡ったそうですがねぇ。それ以外のデータは、少なくとも自社サーバーには残されていない。憶測の範疇を越えない推測や、噂話ならともかく」
「ふーん?アンタが知らねぇんなら、誰も知らねぇんじゃねぇの?(;゚∀゚) で、それとリヒトっての、どう繋がる訳?」
「没落の切欠となった当時のキング=ノア、つまりレヴィ=グレアムの長兄の名こそ、リヒト=グレアム。勿論これもサーバーに保存されていません。その8代キング=ノアの本名を、何故藤倉君が口にしたのか…愉快ですねぇ」

意味深な微笑を浮かべた叶二葉に対して、がりがりと頭を掻いた高野健吾は傍らの相棒へ目を向ける。珍しく起きている藤倉裕也は元来口数が少ない為、この沈黙が何かを考え込んでいるのか単に眠たいのか、判断に迷った。
恐らく喋るのが面倒なだけだろうと隼人は片眉を跳ねたが、だからと言って強いるだけ無駄だ。北緯の無駄毛以上に。基本的に、カルマで最も人に従わないのは裕也だからだ。究極のマイペースと言えるだろう。

「あのー…」

何となくシリアスムードの中、そろそろと手を挙げた勇者の名は、加賀城獅楼。
見た目はヤンキーだが授業をサボった事など一度としてない、学年40位付近をウロウロしつつ、一度も選定考査で勝ち残れた事がないカルマ最弱の犬である。

「何、しっこしたいなら見えねぇとこでやれや(・∀・)」
「そこの茂みがお勧めですよ、一年Aクラス加賀城獅楼君」
「ケンゴさんと白百合様、その顔で下ネタやめて下さい」

誰も彼もシリアスが似合うイケメン揃いの中にあって、今現在最も人相の悪い男は、然し180cmの巨体を丸めたまま膝を抱え、一斉に集まった視線にビクッと震えた。トイレに行きたくなくてもチビりそうな、この気の弱さが獅楼のチャームポイントだ。
但し見た目が弱そうな相手には強気に出る、中々のチキンでもあった。

「あのさ、皆わざとスルーしてるのかな〜って思ってたんだけど…。さっきからあそこで倒れてる人、誰なの?」

恐る恐る獅楼が指差した先、派手に吹き飛んできた男がぐったりと倒れている。
片腕のない男は恵まれた体格を惜しげもなく晒しており、羽織を引っ掻けている片腕の、二の腕より先がなかった。

「おや?どなたですか?」
「くっそわざとらしいっス、マスター」
「ウエスト、わざとらしいとはどう言う意味ですか?適切な日本語で説明なさい、殺しますよ」
「説明した方が命の危険を感じるので前言撤回します、すいませんでした白百合閣下」

ぱちぱちと瞬いた二葉は今気づいたと言わんばかりに首を傾げたが、聡い彼が気づいていない筈がないと、それまで黙って様子を窺っていた西指宿麻飛は眉を潜める。
どうせ気づいていたが敢えて無視していたのだろうなどと、二葉の心境を指摘した所で、このひねくれものがまともに答えるだろうか。

何にせよ痛めつけられるのであれば、口を閉ざした方が賢い。ダメージが少ないからだ。二葉に頬をつねられながら、幸の薄い西指宿はそう考えた。

「お。コイツ、結構な男前だべ?(*´`*)」
「おいケンゴ、不用意に近づいてんじゃねー」

怖いもの知らずな突撃隊長は倒れている男を覗き込み、不機嫌げな裕也にふくらはぎを蹴られる。痛い痛いと宣うものの、笑いながら転げている所を見るに、大したダメージはなさそうだ。

「コイツに見覚えある奴、挙手(・∀・)」
「ケンゴさん、そこの阿呆馬鹿自治会長が会話に混ざりたいからって手を挙げてるけど、無視して良いから」
「おい、ノーサの弟。テメーと言う奴は俺をトコトン馬鹿にしてんな?あ?やるのかコラ、優しい麻飛さんも怒るんだぞコラ」
「黙れ汚物。優しい隼人君も怒るんですよお、ゴラァ」

舎弟の北緯を庇ったのか、単に個人的な苛立ちからか、西指宿に笑顔で睨まれた北緯の代わりに口を開いたのは、満面の笑みでボキボキと拳を鳴らしているモデル(休業中)だった。
休業中だからか、頭上のステータスゲージにはサバイバーと表記されている。サバイバルな行為を行う度にレベルアップしている様だったが、シティーボーイの最上級に君臨すべきトップモデルが背負う肩書きではなかった。誰の目から見ても。

「隼人君、お兄ちゃん、たまには優しくして欲しいなぁ…」
「はあ?死ねば?」
「酷い!俺はこんなにお前を愛してるのに…っ!グフッ」
「いやあ、ねーわ。キモい、即行死ねやクソが」

サバイバーに顔面を蹴られた『ナンパ師』のレベルが上がった。弟だろうと全力で口説くのが、西指宿のチャームポイントである。但し全力過ぎて二葉すら呆れている様だ。

「おやおや、そんな阿呆でも一応高等部を代表する自治会長ですからねぇ。お手柔らかに願いますよ、一年Sクラス神崎隼人君」
「アンタらさあ、神様にしてもアンタにしても、クラス名とフルネーム続けて言うの癖なのー?略して隼人様って呼んでもよいよ?ついでにカナメちゃんにも様つけなさい。あ、ケンゴとユーヤは呼び捨てでもよいけどねえ」

二葉の頭上にあるステータスは、魔王Lv.99で止まっており、他の皆にはない冠のマークまで点灯している。恐らくカウントストップ状態であるのは、これまた誰の目から見ても明らかだった。
うっとりと蛇柄の升目の数を数えていた要は、149目あると幸せげに呟く。

「ふ…ふふ…。まさか素数だなんて、やはり数えておいて良かった…ふ…ぐふ…ぐふふふふふ…」
「青蘭、その薄気味悪い笑い方はまだ直らないんですか?ふぅ、一体誰に似たんだか」
「「「スいません」」」

何故か隼人と健吾と裕也の声が重なった。
要のドスが利いた笑い方は、通販で頼んだ新しい調理器具を初めて使う時の某オカンそっくりである事は、カルマの誰もが知っている。オカン親衛隊長の獅楼はそれを気味が悪いものとは思っていない為、不思議げに首を傾げた。
クラスに友達が全くいない一匹狼な北緯は、西指宿と東條を交互に威嚇している為、二葉の発言は完全にスルーだ。

「おいぃ。睨むなっつってんだろ、キタさんはもっとにこやかだぞ?」
「まぁ、ノーサが良いのは外面だけだがな…」
「コラコラ、お前はどっちの味方なんだイースト!」
「俺は常に桜の味方だが?」
「えー!ちょ、そこで桜ちゃんの名前出しちゃうんだ?!お前、お前ーっ!初等部から築いてきた俺らの友情は何だったんですか?!」
「ウエスト、悪いが俺はお前とそんなものを築いてきた覚えはない」

西指宿の儚い友情は始まっていなかったらしい。
やーい、ぼっちやろー、と実の兄を笑顔で貶めた金髪は垂れ目を細めて心底嬉しそうだ。

「君の義弟君は性格が悪いですねぇ、ウエスト」
「アンタ以外に言われたら否定出来ねぇかも」
「ふぅ。君は年々高坂君に似てきますねぇ、そんなに高坂君の真似ばかりしても嵯峨崎君は振り向いてくれませんよ?」

爆弾発言を落とした二葉は真顔で、特に嫌がらせをしたと言う雰囲気はない。
硬直した西指宿を余所に、聞き流しそうだった他の面々もピタリと動きを止め、脳内で反芻してから西指宿を凝視したのだ。

「え?」
「は?」
「…あ?」
「うひゃ(°ω°)」
「ウエスト、俺じゃない」
「おや、自分をどう評価しているか知りませんが、君は大層判り易い人間ですよ。もう少し神崎君を見習った方が良いでしょうねぇ、お兄さん」

固まった西指宿からギギギと見つめられた東條はふるふると頭を振ったが、神も見惚れる様な微笑を零した二葉は追撃の手を弛めない。
自分が判り易い人間だと今の今まで思いもしなかった西指宿の顔が爆発し、哀れなほど真っ赤に染まった。

「あ、や、ち、ちが…っ」
「…何なんですか?王呀の君が似合いもしない光王子の真似をする事とうちのユウさんと、どう関係があるんですか?」
「はあ?オメー、ユウさん狙ってんの?はあ?何それマジどの面下げてんのって感じなんですけどお、ちょいテニスコート裏に来いや」
「ハヤトwおまwテニスコート裏って所謂『楽屋裏』の事かよwおまwそれ帝王院の奴にしか通用しねぇからw(*σ´Д`)」
「あー、光王子の親衛隊が制裁してる所かよ。そいつ絞めんのは良いけど、あの坂登るのダリーぜ」

鈍い錦織要の肩をしょっぱい顔で叩いた隼人は、垂れ目を限界まで頑張って眇めながら、西指宿の顔を睨んだ。鈍すぎる要の肩をやはりしょっぱい顔で叩いた健吾は、今にも殺すとばかりな隼人に親指を立てて、ヤるなら交ぜろモードだ。
然し佑壱の為とは言え、徒歩十分はあろう裏山のテニスコートには行きたくない裕也は、切ない表情だった。が、ボキボキ拳を鳴らし、ヤるなら今でしょモードである。即断即決男だった。

「ちょ!死ぬ死ぬ、オメーら全員相手にしてられっか!俺を殴りたけりゃ隼人だけにして!」
「「「キメェ」」」
「は?何でハヤトだけなんですか?殴られたいなら殴ってあげますよ、俺が」
「カナメさんがやらなくても俺がやるし。西指宿なんか一撃で抹殺するし」
「ユーさんに手ぇ出す奴はおれが抹殺するっ!ユーさんは皆のユーさんなんだから!部外者は死ね!紅蓮の君親衛隊のフル制裁コースで手始めに社会的に抹殺するしっ!」

カルマ最弱だが金は持っている獅楼は、加賀城財閥社長の肩書きで西指宿の家を消してしまおうと牙を剥き出す。恐ろしい目で見つめてくる狂犬らに、たらりと冷や汗を掻いた西指宿は身を縮めた。

「イ、イースト、マスター!せめて少しくらい庇おうとする態度くらい取れや!」
「男を見せてこい、ウエスト。骨は拾ってやろう」
「さっすが清廉の君、優し〜い…っつってる場合か!あぁ!隼人に睨まれるのはゾクゾクすっけど、他が余計だっつーの…!」
「死ぬほど愛しているなら、死ぬまで愛したまま生きる方が罪深いと思いますがねぇ」

何とした事だ。
性悪理系がロマンティックな事を宣っている。要と北緯以外が頬を染め、照れながら早速裕也の顎をクイっと持ち上げたオレンジは、アイドル顔負けの美貌に笑みを浮かべた。

「死ぬほど愛してっから、死ぬまで揉み続けて良いかよ?(*´`*)」
「ケツかよ」
「はあ?何の話?」

流石の隼人も、健吾の台詞と裕也の冷めた表情の意味は判らないらしい。沈黙したまま健吾と裕也を見やった要は、さわさわと蛇の脱け殻を撫でながら、ぱちぱちと瞬いたのだ。

「…ホーク、これはもしかしたらフラグですか?」
「え?何のフラグ?」
「ケンゴがユーヤを口説いてる様な気がしたんですが、気の所為か…」
「カナメさんはまだまだ萌えが判ってないよね。大丈夫、俺の取材が纏まったら真っ先にカナメさんに報告するから」

鈍いのか鋭いのか、根っからの理系男子二匹は顔を突き合わせてグッと親指を立てる。左席委員会の中でも人の感情の機微に疎い要と北緯は、俊がハァハァするBLが理解出来ていないのだ。
理解したくなくても理解した聡明な隼人と裕也に関しては、自分に被害がなければどうでも良いと言う考えなので、楽しければどうでも良いと言う健吾と大差ない。

「俺の個人的な意見ですが、フタイヨーはタイフーの間違いではないかと思います」
「どう言う事それ、カナメさん詳しく」

何せよ、総長が興味あるものは舎弟も興味を持たねばならないと言う生真面目な考えの要と北緯は、カルマ諜報班であり今季からカメラ部の部長でもある北緯を主体に、BL修行中だ。
北緯のお手伝いとしてチャラ三匹もたまに駆り出されていたが、俊が懲罰棟最下層に放り込まれた辺りからそれ所ではなくなり、取材と言う名の盗み撮りが上手く行ってなかった。

「訳の判らないピエロを総攻した白百合…か。あんま萌えない気がするよね、それ」
「洋蘭なんぞに萌えを感じて堪りますか。ともかく、山田君は平凡ですが平凡受けと言うカテゴリーには入らないと思います」
「判った、一応メモっとく。でも山田が白百合を攻めてるの想像出来ないよね」
「いや…攻めてましたよ、あれは確実に。洋蘭を痛めつけてレベルアップしているのをこの目で見ました。実に悪びれない晴れやかな笑顔で…」
「山田って性格悪かったの?」
「さぁ…?洋蘭に毒されて来たんじゃないですか?」
「ハニーの話をしているなら交ぜてくれても宜しいんですがねぇ、青蘭。ですがハニーの愛らしさは私だけが理解していれば良いのです」

連日の行事と騒ぎで心身共に知らず知らず疲弊していた所で、この状況に陥り、正常な判断が出来なくなっているのだろうか。寧ろリラックスし過ぎて脳細胞が死滅したのかも知れない。
いつの間にか会話に入ってきている二葉を見つめた要と北緯は、暫し沈黙し、揃って「山田の何処が良いのか?」と言う異口同音の質問を投げ掛けた。

「うふふ。仕方ありませんねぇ、話せば長くなりますが…」
「「あ、だったら話さなくて良い」」
「つーかハヤト、コイツ何なん?(´▽`)」
「知るかあ。さっき吹き飛んできてえ、カナメちゃんに衝突してたのは見たけどお?」
「吹き飛んできたって何なん?(´°ω°`)」
「さあね。ただ、あのおっさんが飛んできた方向から眼鏡のひとが満面の笑みで出てきた」
「あ、それな(;´Д⊂)」

最早説明など要らない。
見事に気絶している片腕の男をこの有様に追いやったのは、山田太陽と言う麻薬が切れている魔王と言う事か。
見知らぬ男に同情する訳ではないが、二人掛かりで挑んで勝てなかった覚えのある隼人と健吾は、そっと要に近寄った。現状のカルマで最も強いのが要だからだ。

「そう言えば、女が一緒に居たんだけど、何処に逃げちまったんだろうな」
「女?」

然しまぁ、二葉が最も強いのは言うまでもない。
せめて佑壱が居てくれればと願うばかりだが、此処には寝そべってハァハァしている巨大な蛙と、その股の間で気絶している片腕の男の姿があるばかりだ。
西指宿の台詞に反応したのは律儀な東條だけで、わざとシカトしている隼人以外は、そもそも視界に西指宿が入っていないらしい。振り向きもしなかった。

「ホークの所は大蛇、此処には大蛙…ですか。蛇に睨まれた蛙と言う言葉はありますが、他にも変な生き物が存在する気がしないでもないですね…」
「他って?」
「おや、例えば蛞蝓などですか?」

二葉の惚気話など聞きたくもないので、手早く己らの状況を確認しあった要と北緯は、めげず会話に加わってきた二葉を見た。

「「ナメクジ?」」
「三竦み、じゃんけんの様な喩えです。石、紙、鋏、それぞれがそれぞれと対比していると言う。ロールプレイングゲームに五行と言う属性がありますが、ご存じですか?」
「洋蘭、お前はいつからゲームなんてする様になったんですか?玩具だの遊びだの、趣味じゃなかったでしょうに」
「ふ、いつの話をしていますか青蘭。お前と違ってこの私は常に進化しているのですよ。そう、全てはハニーの為に」
「白百合がキリッとしてる。これは萌え?」
「ギリッと首絞めてやりましょうか。こんな外面ばかりで中身がない男にはなりたくないものです」
「何とでもほざきなさい。今の私は格下の雑魚にでも心から優しく出来ますよ、ええ。真実の愛を前に、人は生まれ変わるのです」

お前は生まれ変わっても魔王だろうが、と言う苛立った要の呟きは届かない。心なしか目を輝かせた北緯は二葉の台詞に心のシャッターを切りまくり、一仕事成し遂げた表情だ。

「へー、山田ってただの平凡じゃないんだね、やっぱ」
「そうですねぇ、言わば私ハンターです。もう何度ハートを奪われたか、数える限り8887回ほど私の心は蹂躙されています」
「萌え。で、離れた山田を探してたら偶々森の中にそいつが居た訳?」
「ええ、理解が早いですねぇ、川南君。邪魔だったので思わず蹴り払いました」
「つーか、目の前に居たから蹴り飛ばしたって、人間としてどうだっつー話だぜ」

やさぐれた要が雑草をぶちぶちと抜きながら二葉への呪詛を唱えている為、他の面々も流石に二葉達の会話に割って入る。要の背中を撫でて宥めてやるのは痙き攣った隼人だけで、要がダークなのはいつもの事なので、健吾も裕也も見事なスルーだ。

「因みに吹き飛んできたおっさんを無表情で振り払ったカナメ様はこの通り、無傷ですう。ねっ、カナメちゃん!」
「ヒュー、流石っしょ!カナメ、俺を白百合から守ってくれたまえ(・∀・)」
「…ふん。金持ちになる事が確約されたも同然なこの俺が、その程度で怪我などすると思いますか」
「おやおや、蛇の脱け殻など私に言わせればゴミ同然ですよ一年Sクラス錦織要。この期に及んでゴミ拾いとは君の奉仕精神にはほとほと感心しますねぇ」

誇らしげな要の台詞を一笑に伏したのは、勿論、性格がねじ曲がっている二葉である。
蚊も殺さない様な表情で蛙のぷにぷにな足を見つめていた男は、


「Do you know, cut the crap Mr. stupid?(無駄骨って知ってるか、お馬鹿さん)」

要に微笑み掛けた瞬間、上から飛び降りてきた女を見上げ、麗しい微笑を粗野な笑みへと染めた。

「っ、」
「やっとお出ましですかマダム。女性の方から男に飛び掛かってくるとは、随分情熱的ですねぇ」

どう見ても、木陰に隠れていた女が二葉目掛けて飛び降りてきた様に見える。皆が目を見開いた時にはもう、濃い紅の髪を乱した女は二葉の白い革靴の下、豊満な胸元に散り落ちる葉を受け止めていたのだ。

「ちょ、女を足蹴にするとか!アンタそれでも風紀局長っすか?!」
「黙りなさいウエスト、私より美しい女がこの世に存在する筈がないでしょう?」
「あは。凄い自信だねえ」
「汚らわしい足を退かせ、十口…!」

トクチ、と言う台詞に反応したのは、真下から睨まれている二葉だけではなく、健吾に尻を揉まれている裕也もだ。

「何か誰かに似てねーかよ、そのババア」
「おま、女にババアはねーべ、ババアは…(´`) うひょ!巨乳じゃんか!( °8°)d」

裕也の尻から顔を離した健吾が目を輝かせたが、無言の裕也に顔を鷲掴まれて慌てて謝りまくる。完全に裕也の尻に敷かれている気配だが、いつもの事なので、やはり誰も怪しんでいない。

「私を十口と呼ぶ人間と言う事は、紛れもなく灰皇院の誰かでしょうねぇ。…ふぅ。自白を強要するのは骨が折れるんですが、致し方ありませんか。ただ、女子供だからと言って一切手加減しませんがねぇ」
「白百合が手加減するのは山田だけ?それってベッドの中でも?」
「おやおや、痛いところを突かれましたねぇ。それこそ手加減出来るかどうか判りませんが、努力はしますよ。ええ、努力はねぇ」
「萌え。判った、応援は出来ないけど見守ってるから頑張って。エッチする時は撮影させて貰える?」

二葉と北緯の台詞に言葉もない獅楼と西指宿は目を合わせたが、弄られキャラ二人が心を通じ合わせる事はない。
佑壱は渡さないと恐ろしい目で西指宿を睨む獅楼は、何処から見てもヤンキーだったからだ。

「それでは口を割らせましょうか。すみませんが、彼女の手足を押さえつけておいて下さいますか?」
「判った。応援は出来ないけど、それくらいなら総長も許すと思う。あ、でも、痛めつけるなら外から見えない所にしてくれる?総長にバレない感じで」

ともあれ、人として色々足りてない二葉と北緯が美女に何をしたかは、詳しく書かない方が彼らの為かも知れなかった。

「努力しましょう」

残念ながら、現状、女子供に優しいのは西指宿くらいであった為、止める者は皆無と言っても良いだろうと思われる。























「…あれ、何か暑苦しい」

その上、異常に体が重い気がする。
湿った匂いと、濡れた土の様な匂いに迎えられて瞼を開けば、それでも視界は真っ暗だ。

「電気つけなきゃ…」

枕元にある筈のシーリングリモコンを手探ろうと右手を持ち上げてみるものの、まるで簀巻きにされたかの様に腕が動かない。ぱちぱちと瞬きをして、瞼の感触を確かめた上で、自分が確実に起きている事を確かめた山田太陽は、腹筋の限界に挑戦するかの如く、起き上がろうとする。

「っ、うっ、もー!何で起きられないのかなー?!何だこれ、何かが俺の体に巻きついてる…っ」
「巻きついてるっつーか、抱きついてる感じじゃねェ?」
「あっ、そうかも!」
「退かしてやるからあんまデカい声出すなょ、兄ちゃん」

暗闇の中から聞こえてきた声に無意識で返事をしてから、太陽ははたりと我に返った。俊の口調に似ていた様な気がしたが、声は全く違う別人だったからだ。
ならば誰だと、不安を込めて動きを止めた太陽の体から、重みが消える。それと同時に花の様な匂いが鼻を擽り、飛び起きた。

「えっ、もしかして二葉先輩っ?!」
「あ?フタバセンパイ、ってコイツの事?」
「えっ?!誰?!」
「悪い悪い、見えねェよな。待ってろ、今灯りつけてやるから」

聞き慣れない男の声と共に、眩い光が網膜を襲ってくる。
反射的に瞼を閉じた太陽は、徐々に瞼を開きつつ、白衣を纏う誰かの下半身を網膜へと焼きつけていった。完全に目を開けられる頃には、その男の腕に二葉と野上の姿がある事を認め、目を見開いたのだ。

「え、ちょ、何、え?!」
「大丈夫か?ざっと見た所、大怪我してる奴は居ねェみたいだけど、やばそうな奴から運び出してる所だから、意識があるならお前は後回しにさせて貰えっか?」
「あ、えと、はい、俺は大丈夫です…けど、あの、先生…ですか?」

見覚えのない男だった。
背の高さは太陽と然程変わらないが、艶やかな黒髪に艶やかな黒目、随分存在感のある眼差しが誰かを思わせる。顔立ちも声も全く似ていないのに、だ。

「先生じゃねェ。ま、その辺はあんま気にすんな」
「気にすんなと言われても…」
「お前、名前は?」
「あ、はい、山田太陽です」
「山田?おい、レヴィ。コイツのデータ寄越せ」
『構わんが、人前で私を呼び出すのは良いのか?』
「はぁ?何が、」

一人の男から違う男の声が聞こえてくる。
この違和感に気づかない人間が何人居るのか、と言うのはともかく、トランシーバーだろうかと瞬いた太陽の前で、ピタリと動きを止めた白衣の男は、片腕に抱えていた二葉をどさりと落とした。

「え…っと、今の、聞いちまった…よな?」
「え?聞きましたけど、駄目でした?」
「駄目っつーか何つーか…」
『あァ、良い良い、そいつは「俺」の弟子の太陽だ。精巣は小さいが悪い奴じゃない』

また、今度は聞き覚えのある声が聞こえてくる。
ピキッとこめかみを痙き攣らせた太陽は、転がる二葉を抱き起こしながら笑みを浮かべ、

「ははは、…誰がチビだと?」
「は?言ってない言ってない、チビは言ってない」
「んだとコラ白衣、お前さんは何センチだコラ、俺は170cmだけどどこがチビか言って貰えますかー?」

頭上からふよふよと降りてきたバイクの灯りに照らされたまま、吐き捨てたのだった。
彼が吐いた嘘は嘘と言うより見栄だったと、最後に記しておこう。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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