帝王院高等学校
お日様とまんまるメビウスの秘密のワルツ☆
真っ逆さまに落ちてくるオレンジへ、ただ条件反射で腕を広げ、半ば転がる様に薔薇の絨毯を踏み締めた。

その花は誰かの愛した花だった。
その花はその誰かの残してくれた、たった一つのものだと。

思っていた時が、なかっただろうか?

「ひょわあああぁあぁぁぁっ!!!」
「おい、ジタバタすんな真っ直ぐ落ちてこい!受け止めてやっから!」
「むむむ無理言うなし…!おま、退けやコラ!マジ確実100%の勢いで二人共死ぬって!」
「死なねーよーにすんだろうが。つーかオメー、…その不細工な顔どうなってんだ?」

見上げればすぐ目の前に、面白い顔が見えた。
空の上から落ちてきた親友を前に、今の自分は何を考えているのかと呆れた様な気もするが、覚えていない。

「不細工関係ねーっしょ、阿呆か!⊂(・8・)⊃」

ただ、抱き止めた体から真っ白な翼が生えていた様な気がしたのは、間違いない。















落ちる。
落ちる。
落ちる。

大地の下へと体も魂も、落ちていく。

その時、恐怖など欠片もなかった。
舞い散る桜吹雪の様な光の破片に呑み込まれ、誰かが笑う声を聞いた様な気がしたのです。








『大丈夫』
『連れていってあげる』
『僕の所為で悲しんだ君を』
『今度こそ』
『守りたいと願ったから』

『神様に捧げた力の全てで』

『君が一つ一つ』
『鳥居を潜る度に落としていった』
『家族の骸を掻き集めれば』



『…また、会えるでしょう?』








千には、僅か一つ足りなかった。
私の命はそこで消えたのだろう。


ああ。
最後の鳥居、あれさえ潜れば、真の神に会えたのに。
999の朱を潜る度、磨り減る気力と共に、必死で抱えていた家族の亡骸が、腕から零れ落ちていった。

最期の瞬間、私が抱き締めていた黄金色の毛並みは、いつも傍に居た、大人しい狐だろうか。
私が物心ついた時には傍に居て、恐らく他の狐よりずっと長く生きていた老いた体は、どうして、凍えているのだろうか。


私には何もなかった。
親も、家族も、今は、命さえ消えようとしている。



神よ。
私が贄に捧げられた、白蛇の社におわす神よ。
せめてもの慈悲が許されるなら、私の声を聞いて下さいませんか。




『あまつもり様。人はとても恐ろしい生き物なのです』
『あまつもり様。その鳥居を潜ってはいけません』
『戻れなくなります、あまつもり様』
『私から空を奪い、地を這う犬へと陥れた人を、許してはいけません』

通りゃんせ
通りゃんせ


『輪廻を覆す鳥居を潜った果てに』
『真理を視てはいけません』
『私を失い狂ってしまった天照大神が』
『金色の狼としてお下りになられた事をご存じですか?』
『神はそこにはおりませぬ』
『あまつもりさま…』

此処は何処の細道じゃ
天神様の細道じゃ


『ああ…』
『這うてはなりません』
『今にも消えん命を燃やしてはなりません』
『そこでお眠りなさい天守様』
『人は真理を知っては、なりません』





本当に?





「こんにちは」

それは呟いた。
神無月、神の社は空蝉の如く静まり返り、それ以外には何もなかった。


「こん、にち、は」
「ん。こんにちは」
「神様はどちらに…?」
「神?あの子が言ったカグツチなら死んだ。日蝕と共に力を失い、天照の生まれ変わりと共に人を守りながら、息絶えた」
「そんな…」
「悲しいのか?」
「…」
「俺の中であの子も泣いている。涙とはどんな感じだ?俺には判らない事が多すぎる」

私は最期の力を振り絞り、人とは到底思えないそれはそれは無様な姿で、最後の朱を潜り抜けたのです。

這う様に。
まるで蚯蚓の様な無様な姿で。
けれど私を迎えたのは神でもましてや人ですらない、何かだったのです。

然し絶望した私の命はそこで途絶えました。

私の骸は神なき神の玉座で、余りにも惨めな。
それはそれは惨めな姿で、冷たく凍えていくばかり。



「動かなくなった。俺が人の言葉を覚えて初めて出逢った人間が、目を開いたまま動かなくなった。
 眠るのとは少し違う様だ。でもどう違うのは俺には判らない。時間が止まってしまったからか?大丈夫、輪廻とは繰り返される事だと俺は知っている。虚から産み出された物は全て、俺と言う刻が終わらない限り、新しく生まれ変わる」

ゆらゆらと、陽炎の様に白と黒が混じり合い、この世のあらゆる色を混ぜ固めて、軈て混沌は人の姿へと変わっていった。

「俺は命を得た。次に得るのは何だ?勇気か。そうだ、お前の勇気を貰おう。俺は全てを吸収し、いつかお前達の涙の意味を知るだろう。回り続ける運命に逆らった長針は、見守り続けた短針の呼び声に逆らった。長針とは龍、短針とは陽。零時で出逢う筈の二つを引き裂いたのは、人間」

歌う様に。
然し何ら感情を宿さない平坦な声音で。

「輪廻に戻れないのはお前だけだ、イザナギ。可哀想に。お前を呼び続ける女の声が俺には聞こえる。お前にも聞こえただろう?そしてお前は恐れた。前世で裏切った妻が、帝として転生したお前を地獄へと落とすのではないかと。恐れて閉じ籠り、お前の元にやって来たのはただ一匹の、猫だけ」

人の形をした人でないそれは、無表情で己の掌を見た。
その手にじわじわと生まれた漆黒の塊は黒猫へと姿を変えて、にゃあと鳴く。

「そう、この猫こそイザナミの転生した姿だと知らず、お前は二度目の生でもまた、同じ魂を愛してしまった。お前の愛を得たイザナミはもう恨んでなどいない。ただ、お前を悲しませてしまった己を悔いている。そしてお前の命を奪った俺を憎んでいる。そうだろう?」
「にゃー」
「奈落の女王はたっぷり白粉を纏い、化ける。狸へと。そして、猫へと。そうか、お前は冥界の王を誑し込んだ」
「にゃー」
「ああ…喰らったか。恐ろしい女だ。女王の身でありながら冥王を喰らい、今のお前は女なのか?男なのか?」
「にゃー」

猫は此処から離れる気がないらしい。
輪廻に戻らないと言う事は、永遠の凍結、死そのものだ。

「闇に落ちた女でも男でもない猫。お前から全ての光を奪う。お前は宵の中で立ち止まるだろう。炎の父であるこの子は、光の世界に落とす。それでもいつか出逢う事が出来たら、その時、お前達は運命と呼ばれるのだと思う」
「にゃー」

はらり、はらり、虚無の果てに光の花弁が舞い踊るのをただ、それは無機質な眼差しで眺め続けるばかり。

「人でありながら化物と謗られた哀れな炎。イザナギに殺されたカグツチ、お前は帝を憎んでいた。都を怨霊で沈め、恨みを晴らしたかった。それで世がどうなるか、考えもせずに」
「はい」
「恨みは晴れたか?」
「友を失いました。人でありながら化物と謗られた私を、蛇神の贄と呼ばれた天守だけが、人として扱って下さったのに」
「悔いているのか」
「心を蝕む程に」
「お前の力を俺は奪う。陰陽を渡る神の御遣い、お前には俺が神ではない事が判るだろう?」
「畏れながら、八百万の神々よりずっと、尊い方であると…」

人ではない何かはその日、沢山のものを手に入れた。
人の命、人の勇気、朝と夜をつなぐ力。けれどそのどれも、彼の望むものではなかった様だ。

「虚の恐れる虚しさが知りたい。虚の考える全てを知りたい。俺を産み、俺を失う事を恐れる虚の憂いを取り除く為に」

理の果て。
神の玉座よりまだ高く、無限に広がる黒を見上げたまま、短針も長針もない文字盤の上で。


「俺は朝と夜を繰り返す者。
 俺が消えた後、憂いた貴方が新しい俺を産み出す事がないように、負の輪廻を終わらせたいと思う」

それは初めて産み落とされた黒だった。
光も色も時間さえ存在しない世界に穿たれた唯一の、『空』だった。





(空だった箱に宝物が増えていく)
(白紙に文字を刻む様に)
(針を失った時計は尚、刻を刻み続ける)







「天守、様…」
「…征ってしまったか」
「私達を失った『空』は、きっと、怒ってる」
「…」
「貴方を追い掛ける事で世に光を巡らせる使命を放棄して、引き裂かれた私をただ一人弔ってくれた人の子を、どうしても近くから見守ってやりたかっただけなのに…」

月に覆われた太陽は黒へ染まり、軈て、一枝の桜が咲き綻ぶ町並みを新たな光が照らし始めた。ゆっくりと、ゆっくりと。

「なんて悲しい光だろう」
「富士の頂きで帝は新たな太陽に変えられた。私の代わりに」
「空はとうとう、人を喰らってしまった。苦しいばかりの輪廻を終わらせる為に」
「…いずれ人の世は終わる。初めから判っていた事だ。だから戻ってこいと、言ったのに」

身を寄せ合う様に重なった二匹の骸は、太陽が再び世界を照らし切るのと同時に、消えた。
暁を迎えた東の果て、光に呑み込まれた二匹の行方を知る者は、ない。









通りゃんせ、通りゃんせ。

 もういいかい?
  …もういいよ。






「…」
「…」

ひらひらと、派手に舞い上がった赤が、一枚ずつゆっくり落ちてくる。
額に、頬に、肩に。

「い…生きてる、っぽい?」
「死んでねーなら、そうだろ」
「マジか」
「オメーこそマジか。何つー高度から落ちてきやがった?オレの奇跡のレスキューがなかったら、あの世逝きだぜ?」
「つーか此処があの世だったらどうすんだよ(´°ω°`) 見渡す限り、毒々しいくれぇ副長カラーなんスけど?」

何とも扇情的な体勢だ、などと、他人事の様に考えた。
狙った様に顔に振り掛かってきた花びら。視界の最も近くにぼやけた赤が見えたので、鼻息で落とした藤倉裕也は、仰向けに倒れた己の真上に馬乗りになっている男をくまなく観察した。

「うっひゃー。何かアホみてぇに晴れてんな、オイル塗ったら良さげな日焼け出来そ(*´3`)」

四つん這いの体勢でキョロキョロと辺りを眺めているオレンジ頭は、何処からどう見ても、高野健吾そっくりだ。

「あー、面倒くせー。よりによって、今度はオメーとか」
「あん?(°ω°`)」
「四季だか死期だか言ってたな、そう言や」
「何ぶつぶつ抜かしてんの?おら、いつも口が酸っぱくなるほど訳判んねぇ所では寝るなっつってんべ?」
「そうだっけか?」
「都合の悪い事は覚えてねーってかwもうw流石はヒロニャリスタイルwww」
「そんな褒めんな、何も出ねーぜ?」

爽やかな笑顔から頭を叩かれた。
ついでに頬やら肩やらを叩かれ、眉を寄せるのと同時に、花びらを払ってくれたのだと理解するが、それにしては力が強かった様な気がしないでもない。

「うぜ。オメーなんか助けに来てやった俺の優しさが犬死にした模様、誰でも良いからボコボコにしてぇ気分っしょ(//∀//)」
「今オレを軽くリンチしたのはなかった事になってんじゃねーか」
「うっせ!助けに来てやったのに助けてくれやがって、オメー、後で覚えとけ、こんにゃろーが!ヾ(・ω・ )」
「何イライラしてんだ?あー、あれか。生理かよ」
「ケツ出せケツ、ハヤトの前に捧げてやるっしょ(・∀・)」
「オレが妊娠したら誰が責任取んだよ」
「ハヤトだべ?」
「そんならシングルマザーになるぜ」
「マジかよw慰謝料と養育費は多目に貰っとけってwwwハヤト金持ちだからwww」
「笑い事かよ」

何故だか、同じ顔見知りでも、健吾だけはいつもと何一つ変わらない様に思える。知らない人間も出てくる夢か幻か判らない、はちゃめちゃな世界で、健吾だけが。

「何だよ、ガン見すんなし(´°ω°`) つーか此処、何処?」
「薔薇しかねーとこ」
「そりゃ見れば判るし!もっと詳しめのヒントを頂戴?」
「かくかくしかじかだぜ」

裕也は無駄だと判りながら、己に振り掛かった出来事を話し始めた。所々面倒臭さに負けて略したが、粗方理解して貰えたらしい。

「ふーん」
「ふーんって、そんだけかよ」
「母ちゃんに会えて良かったじゃんか。で、他には?」
「欲しがる奴だな、オメーはよ」
「そーそー、アタシ意外と欲しがり屋さんなの☆…つーか、ノーヒントでお花畑を延々彷徨うとか俺的に無理だべ?花より団子、団子よりオッパイを求めてるミステリーハンターが俺な訳だから(´艸`)」
「そうかよ」

こんな時まで女の話が出るのかと、正確な高野健吾像に感心するべきか、発狂するべきか。無愛想な顔立ちの眉間に幾らか皺を刻んだ裕也は、エメラルドの瞳を眇め、健吾の額にデコピンを放つ。

「痛っ!テメ、」
「オメーに今、Aカップに頭打ち付けて植物人間になる呪いを掛けた」
「ひょ?!ちょ、縁起でもねぇ呪い掛けんなって!Σ(´□`;)」
「オレはオメーほど欲望に忠実な奴を知らねーぜ」
「な、何か珍しくキレてる感じ?何にキレんの?お前こそ生理始まったんじゃね?(*´Q`*)」
「毎日毎日毎日毎日、凝りもせずカナメに張り付いてたかと思えば、いつの間にか乳がデケーだけの女に走り始めやがって。オメーなんか力士のケツの谷間で溺れ死ね」
「ユーヤ君、ケツの谷間ってのは、ウンコ出てくる危なげなダンジョンなんだぞぇ?(´`)」
「面食いの癖に乳がデケーだけのブスにも勃起してんじゃねー、ヤリチンが」
「な」

高野健吾は感電した。
圧倒的に経験人数で負けている相棒に、まさかそんな有り難迷惑にも程がある称号を投げつけられるとは、夢にも思っていなかったからだ。これが夢なら夢にも思っていたのかも知れないが、そんな自滅でしかない揚げ足は取るまい。

「おま、ヤリチンっつーのはオメーとかハヤトの事を言うんだっつーの!後は中一までのユウさんな?!(;´Д⊂)」
「うっせー、オメーなんか叶の顔見ながら安部河の乳でも揉んでろ」
「何でスネてんだよ!キレてるなら判り易くキレろっつーの、怒り方が下手過ぎるっしょ!(>´ω` <)」

がくりと目に見えて肩を落とした健吾は、起き上がったものの胡座を掻いて座り込んだままの裕也に合わせる為、屈み込む。ご機嫌伺いの様に覗き込めば、ぷいっと顔を逸らされた。

「…はぁ、一人っ子気質満点かよ。俺にムカついてんならムカついてる理由を言えや。別に何言われても怒んねーから(ヾノ・ω・`)」
「うっせー、夢の中まで兄貴面すんな」
「確かに夢の中だけど…なんて言ってたら話が終わんねーべ?(;´Д⊂) あのよ、この際言っとくけどな、そろそろカナメをハブるのやめろし」
「…んだと?」
「俺を思ってやってくれてんのは判ってっけどな、オメーとカナメが知らんぷりしてんの、結構ツレーんだわ」

訳が判らないと言わんばかりに目を見開いた裕也を認め、健吾は艶やかな髪を掻き毟る。

「あーあ、言っちまった。起きたら絶対言わねぇぞ、んな事は(ノД`)」
「ツラいって、何で?」
「あのさー、俺が初めて話し掛けた時の事、ユーヤはどんだけ覚えてる?あの時お前らさ、顔突き合わせてんのに、馬鹿みてぇな大声で騒いでたんだぜ?(//∀//)」

照れ臭さを誤魔化す様に鼻を掻いた健吾の視線が、足元へ落ちた。
躊躇わず踏みつけている薔薇は、足の下で潰れてしまっただろうか。改めて考えてみると、酷い事をしたと思う。

「嬉しそうにさ。ガキに出来る事なんざ殆どある筈ねぇのによ、二人だけの島だか国だかに行こうとか言っちゃってんの。いやー、あん時は迂闊にも、笑い死ぬかと思ったっしょ(//∀//)」

けれど、人間なんてものはいつもそうだ。
目に見えないものには罪悪感を抱かない。例えば毎日何万匹の微生物を潰しているのか、何万の植物が産み出してくれた酸素を無駄に消費しているのか。考えればきっと、果てしない。

「判っか?俺ぁ別に、お前やカナメと友達になろうと思って話し掛けた訳じゃねーっつー事っしょ」
「…」
「出来る筈がない事を出来るつもりで話してる同世代のガキが、本当に叶えられるのかやっぱり無理で泣き喚くのか、そんなアホみたいな好奇心で近づいただけ。…何、寝耳に水かよ?(・∀・)」
「いや」
「無理すんなって。俺は俺がどんだけ捻くれてっか、大昔から知ってっからな(´▽`)」

からりと笑う健吾に対し、然し諦めた様に息を吐いた裕也は、ふるりと頭を振った。

「馬鹿かよ。オメーは大事な部分をはしょってるぜ」
「あん?大事な部分?(´°ω°`)」
「オレは最初、オメーが嫌いだった」

何の感慨もなく吐き出した裕也は、それきりまた顔を背ける。
片や目を丸めた健吾は、四方に視線を一回り巡らせると、ぱちんと手を叩いたのだ。

「あー!そうだった、俺オメーからすっげー嫌われてたっしょ!病院で目が覚めて、目の前にオメーが居た時にゃ、飛び起きて貧血で倒れたんだっけか?!(*゚Д゚(*゚Д゚*)゚Д゚*) うひゃひゃ、すっかり忘れてたwww」
「オレより頭良い癖に、底抜けの馬鹿だぜ」
「ちょw褒めんなw」
「褒めてねー」
「照れんなってwそんな健吾きゅんを愛してる癖にwww」
「わりーかよ」

はたり。
唇を尖らせながら吐き捨てた裕也も、冗談が冗談と言うには本気のトーンで返された健吾も、計った様に固まった。カチンカチンだ。釘を打てば、恐らく釘の方が曲がってしまうのではないだろうか。

「「…」」

普段は煩いと叱られても騒いでいる癖に、わざとらしい沈黙は余りにも長い。

「しゅ…趣味が悪すぎだべ?」
「個人の自由だぜ」
「ま、そうだけどよ。あーあ、健全な吾輩と書いて健吾君も流石にテンパっちまったじゃねーか、今ならABSOLUTELYとタイマンで勝てる気がするっしょ(ヾノ・ω・`)」
「それは無理だろ」
「一人だけ冷静な振りすんな、裏切り者」

そっぽ向いたまま、いつまでも目を合わせようとしない男の胸ぐらを掴む。最後の記憶では、シャツを脱いでブレザーだけを纏っていた筈だが、今はいつも通り、ノーネクタイ状態の制服姿だ。


「っ」

ああ、驚いた瞳が限界まで見開かれたのが見える。
ざまーみろと言わんばかりに目元に笑みを刻み、くっつけた唇を引き離した。

「ほら、先払いしてやったんだから、シカトやめろし」
「先払い、って、何のだよ」
「知るか。夢の中の寝言に意味を求めんなし!」
「夢の中までオメーはオメーのままかよ。やってらんねーぜ」
「馬鹿ユーヤ、夢の中くらい開き直らねぇと大人は色々大変なんだよ」
「オメーもオレも15歳だろーが」
「藤倉君、確かにケツとオッパイの谷間は似てるっしょ(°д°)」

いつになく真剣な表情で宣った男を見つめ、藤倉君は目を細める。話が急展開し過ぎて、軽々しく唇を奪われた数秒前を失念しそうだ。

「オメーはいっぺん出家しやがれ」
「本音を言うと、尾てい骨からケツの切れ目までのラインが好きなんだ」
「…あ?」
「誰かさんがゲルマンの美尻を惜しみなくプリプリ見せてくっから、最近じゃハヤトのケツも良くね?…とか、思ってるなう」

混乱の余り訳が判らなくなったのは、恐らく裕也だけではないだろう。宣った本人も、自分が何を言っているのか判っていない表情だ。

「とりあえず、なうから引き返せ。今なら間に合うぜ、…多分」
「大体な!俯せで寝るオメーが悪いんだべ?!健全な男の子の前でプリプリプリプリ見せつけてきやがって、あんなけしからんテンピュールが誘ってきたら、そりゃ頭乗せちまうだろ?!」
「あー…確かにオレの尻枕で良く寝てんな、オメー」
「神父様。…実は一度だけ、ルームメートの尻を噛んだ事があります。風呂上がりにパンツ一枚で寝てたんで、つい…(´`)」

何の懺悔だ。
左右の指と指を重ねて許しを乞うルームメートを前に、身に覚えがない被害者は真顔で己の尻を撫でる。いつの話かは判らないが、可愛らしい顔をしている癖に、何と狼なのだ。流石はカルマ、などと言っている場合なのだろうか。

ああ、何も彼も判らない。

「次から、噛む時はそのルームメートに許可を取るようにしなさい。神はいつでも人の行いを見ておられます」
「マジで?!許可取れば齧り放題って事なん?!(*゚Д゚(*゚Д゚*)゚Д゚*)」
「おい、懺悔してたんじゃねーのかよ」
「良し。そうなったらいつまでもンな所で立ち止まってらんねーわ、行くぞユーヤ、オメーのケツは俺が守ってやっからな!(ヾノ・ω・`)」

いまだかつてなく輝いた表情の高野健吾は、跳ねる様に立ち上がると、ストレッチを始めた。
尻だけかよ、と無表情で呟いた男も仕方なく立ち上がり、真っ赤だった花畑が、白や黄色に変化しているのを見たのだ。

「これ、いつ変わった?」
「何が?…あー、花?さっき変わったの見たっしょ」
「薔薇じゃねーのは間違いねーな。他の花の名前なんか知らねーぜ」
「…貧乏草」
「あ?」
「菊の花畑なんざ縁起悪すぎっしょ。とっとと行こうぜ、ユーヤ(*´3`)」

いつもの通りの笑みを浮かべた健吾が、ざくりと花畑を踏みしめた音が、酷く耳についた。











約束を覚えているかい。


家族を助けてくれと願ったお前の魂は、お前を友と呼んだ人の子の願いで都へ返しておいたよ。

お前は全てを忘れ、帝王院天元と言う新たな名を得た。
けれどそれは、妻を娶り子を成して尚、虚しさから逃れられなかったお前が、都から旅立った後の話だ。

お前は死ぬまで何かを探し続けていた。
それが何かさえ忘れてしまったのに何故、それでも探し続けたのだろう。人であるお前の家族は同じ人であるべきだ。俺はお前の幸せを望んだが、お前は最後まで幸せではなかったらしい。


輪廻は繰り返される。
何度も何度も、ただ一つの例外なく、お前は失い続けた。お前の子孫もまた、輪廻に縛られる。血に記憶を宿したからだ。



ああ。
お前の血に刻まれた呪いを俺は、断ち切ろうと思う。
それがお前達の幸せを願ったあの子が、人だった時に遺した、遺言だ。



約束を覚えているかい、いつか人の王だった子。
俺はお前を新たな王として産み出そうと思う。俺と言う空に呑まれ、到底人とは違う歪んだ魂へと変わり果ててしまったお前を、虚に頼んで人として作り替えて貰うから。

その代わりに俺は、俺が描いてきた物語以外の全てを虚に差し出し、永遠に酷似した遥かに長い寿命と引き換えに、人の腹から産まれようと思う。



俺は恐怖を知ってしまった。
俺は絶望を知ってしまった。
余りにも長く人の世界を眺めていた所為で、俺は自分の使命を淘汰しようと思ってしまった。

光の下に。
夜の下に。
世界の中に。
どうか俺を失った貴方が嘆く事がない様に祈りながら、記憶も感情も全てを貴方に差し出すと誓うから、許して欲しい。
未だに戻らない短針も長針も、どうか、許して欲しい。
俺と言う文字盤が消えてもきっと、世界から時間が消える事はないだろう。

寂しがりやな貴方はきっと、新しい時計を作るだろう?
そう、初めから俺が居なくなっても困らないのだろう?

俺はそれに気づいた時に初めて、恐怖と絶望を知ってしまった。



俺とは違う俺を産み出した貴方が何を思うのか、その答えを知る事が出来ない事だけが心残りだ。けれど人として産み落ちた俺にはどうせ、その記憶すらない。
貴方を思い出す事も、貴方の元へ戻る事も、ないだろう。






俺ではない俺が刻む時間は、虚を裏切った俺を、やはり許さないのだろうか。












「そっかー…」

ぐすっと鼻を啜った男は、派手なパッションピンクのシーツをぎゅっと握り締め、そのシーツでちーん!と鼻をかんだ。
汚いな・と、痙き攣ったのは長話を終えた錦織要だけで、自棄に真剣な表情で山田太陽が汚したシーツを睨んでいる叶二葉が何を思っているのかまでは、誰も判らない。

「深層心理の具現化って奴だね。人ってのは産まれた時から見聞きしたものは、思い出そうとしないだけで覚えてるもんなんだ。って、二葉先輩が言ってたんだよねー」
「認めたくないんですが、それしか説明出来ませんね。母親にしても父親にしても、数える程しか会った事はないんですが」
「苦労したんだね、錦織君。ずびずび。俺、今まで錦織君のこと誤解してたかも…」
「同情を誘う為にした話ではないので、泣くのはやめて下さい」
「うっうっ。二葉先輩が錦織君を助けてくれなかったらと思うと、俺の涙腺はプレパラートのカバーガラスみたいに壊れてたよ!」
「変ですね、俺は洋蘭に助けられた覚えが全くないんですが?」

何故かシーツがなくなっており、嫌にブレザーのボタンがパツンパツンな二葉のネクタイで涙を拭った太陽は、すたんとベッドから飛び降りた。

「錦織君、微力ながら俺も協力するからっ。表と裏を繋げよう!」
「は?」
「符の系譜の対は、緋の系譜。錦織君の運命の相手は誰かなー、ルーレットカモン!」

嫌に着太りしている二葉を誰も見なかったのは単に、鳴らない指をスカッと鳴らしたつもりの太陽の目の前に、ルーレット盤が現れたからだ。

「闇から二葉が抜けたから、光からも一人抜けた筈なんだよねー。さーて、誰が余ってるかなー?」

酷く楽しげな太陽は、ぐるぐる回っているルーレットが止まった瞬間、全ての表情を削げ落とす。



「つまんないの。やっぱ、何も変わらないんだ」

彼らしくない、乾いた声だった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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