帝王院高等学校
傷つき易いオカン心と俺の空!
「喰え」

恐ろしい表情で宣った裸エプロンを前に、三人は悲愴な表情で箸を手に取った。

「高坂ぁ、テメーは喰うな。殺すぞコラァ!」
「「「!」」」

然し赤毛の裸エプロンが瞬く間に用意した、純和食な朝ご飯へ箸をつけようとした三人は、ビクッと肩を震わせる。

「あー、違う、日向以外は喰って良し。ジジイ共、残したら死ぬより酷い目に遭わせてやるから、残すなよ?」
「わ、判ったよ、嬢ちゃん。…いや、この場合も嬢ちゃんっつーのか?」
「トヨちゃん、食事中に喋るとお母さんから叱られるぞ」

顔立ちこそ似通っているが、片方は胡座を掻き、片方はびしっと背を伸ばして正座している親子は、頂きますと声を揃えると、恐る恐る料理へと箸を伸ばしたのだ。

「俺は食事中に喋ったくらいで叱る様な小さい男じゃねえ。残さず喰えば好きにしろ。でも日向は喰うな、殺すぞ」
「何で俺だけ…」

どちらも最初に摘まんだのは卵焼きで、仁王立ちしている裸エプロンが小さく吹き出す。

「お前らの好きな色、黄色だろ」
「あ?…そりゃまぁ、黄金色っつーくらいだから、縁起物だろうが。任侠の世界じゃ、銭は山吹色って呼ばれるんだぜ嬢ちゃん。俺様ぁ、息子に黄金色の向日葵って名付けたが、ありゃ失敗だった。サツは桜田門、弁護士は向日葵ってな。俺様の期待に逆らってヤクザなんかになりやがって、あの馬鹿息子が」
「天の宮であらせられる兄上には、陽光の如し山吹色がようお似合いになられたものだ。何の才もなく弟として甘んじていた私にとって、兄上は金より輝いて見えた…」

まるで慰安旅行の宴会の様だ。
甚平姿の祖父と着物姿の曾祖父が、ベラベラ喋りながら卵焼きを完食する様を、高坂日向は静かに見守った。
食べてはいけないのであれば、どうして嵯峨崎佑壱そっくりな、然し若干年上に思える赤毛は、日向の分まで配膳したのか。悩んだ所で喰うなと睨まれれば、与えられた身としては何も出来ない。

「何だよ、アンタ息子を弁護士にしたかった訳だ?」
「まぁな。親父から継いだ家業たぁ言え、高坂組は俺様の代で終う腹積もりだったんだ。それをあの馬鹿、女房の遺言なんか素直に聞きやがって…」
「そうか、葵さんの遺言だったのか」
「自業自得たぁ言え、旦那を殺し掛ける様な女だったが、親父とは仲良くやってたもんな、アイツ。自分とこの親父が早死にしてたから、無理もねぇがなぁ…」
「私達が仲睦まじいのに嫉妬して、浮気なんぞするからだ。女と言うのはいつの世も恐ろしいと、父さんが何度も教えてやったろう?」

双子かクローンか、味噌汁を啜る動作や、副菜のタクアンを囓るタイミングまでも同じ二人は、着実に膳を減らしている。今にも腹が鳴りそうな日向は沈黙したまま、キラキラ光輝いて見える目の前の卵焼きを眺め続けた。

「む。嬢ちゃんや、この味噌は随分と甘めだな?」
「まぁな。塩辛いばっかが料理じゃねぇっつー事だ。ほんのり甘い中にも濃厚な出汁と貝の旨味とアサツキの香りが感動的な再会を果たした、俺的『史上最高の貝汁』だぜ」
「「うまい」」

ヤクザ親子は深々と頷きながら、ずびずびと汁を啜る。
日向の目の前にも、同じ漆器の茶碗があった。湯気を発てる茶碗からは、異常に食欲をそそる匂いが立ち上ぼり、無表情の中央委員会副会長も流石にそろそろ発狂しそうだ。

「いつの時代も、出来の良い兄貴が居ると苦労すんな」
「俺様にゃ妹が居たが、男が出来るなりとっとと出ていきやがった。よっぽど極道が嫌だったんだろうよ。ちっ、糞親父の所為だな」
「全ては仏の御心のままだ。私が帝王院から出た様に、幸恵が家を出ていったのは、誰の所為でもない」
「神だの仏だの簡単に口にする奴ほど、底が知れてるもんだ」

日向は頑なに隣の二人を見ない。仁王立ちの裸エプロンも見ない。幾らボーナスタイムでもそんなものを見たら色々大変な事になるからだ。
じっと、食べる事が許されない目前のお膳を見つめている。もしかしたら目を開けたまま寝ているのではないだろうか。頑なに動かなかった。

「へぇ。良い事言うじゃねぇか、嬢ちゃんよ。切った張ったの任侠に誇れるもんがあるとすりゃあ、義理を通す覚悟だけだ。人と人が作った世に、神だの仏だのの道理が通用する訳がねぇってなぁ」
「豊幸、お前は何と罰当たりな事を…」
「よう、赤毛の嬢ちゃん。この馬鹿親父が雲隠を毛嫌いしてた理由ってのは、笑えるほどしょっぺぇ理由なんだよ。おう、日向。この話は興味あるか?」

口数の少ない父親とは対照的に、日向の祖父は話口が滑らかだ。流石は死して尚、今の光華会を作り上げた二代目だと感心しない事もないが、そんな日向の腹が控え目に鳴る。
気の毒げな祖父と曾祖父の視線を浴びたが、日向は顔を上げなかった。恐ろしい目で睨んでくるエプロンが見えたからだ。

「此処の秀之の腹違いの兄貴は、テメェらが知るか知らんか判らんが、帝王院俊秀様だ。俊秀様と秀之の父親は帝王院寿之、皆からは寿の宮様って呼ばれてた、そりゃあ凄腕の地主様でな」
「…地主などあってない様な名だ。徳川に政権が譲られてからは、公家は肩身の狭い思いを強いられて来た。幕末の争いで華族と名を変えたが、間もなく制度廃止。下らん戦が始まった」

お代わり、と。
元気な死人親子は声を揃えた。
大鍋の蓋を開けた赤毛はうきうきと味噌汁を注いでやり、うきうきとご飯もよそってやる。然し日向には『絶対喰うな』と言う無言の威嚇はやめない。

「その頃、帝王院はまだ京都で暮らしてたんだ。俊秀様の母親は俊秀様が二歳の頃に亡くなって、後妻が秀之の母親になる冬月ふさ、冬月鶻の叔母に当たる」
「ああ、だから俊秀と鶻は『従兄弟』って事か…」
「そう言うこった。秀之を挟んでの関係だから、俊秀様と鶻は血は繋がってねぇ。基本的に、帝王院が草から娶る事はそれまでなかったそうだ。だから秀之は自分の血を呪ってる」

漸く口を開いた日向に、祖父豊幸は嬉しげな笑みを零す。
然し切ない孫の眼差しに見つめられては、二杯目の味噌汁を啜る事は出来なかった。

「俊秀様ってのは、そりゃあ凄い人だったらしい。この世のものではない何かを視る力があってな、馬鹿親父はその兄貴に心底陶酔してやがった」
「帝王院一族には代々そんな奴が産まれんだろ?変な力なんざ、ない方が良いじゃねぇか」
「そうもいかねぇ。寿公は俊秀様の力を畏れて、後妻の元に産まれた秀之を嫡男にしちまった。灰皇院からも異論の声があった様だが、分が悪い事に秀之の母親は冬月の娘だ。冬月はこれ幸いに秀之の後継を推した。秀之が継げば、冬月は皇の一頭になるっつー寸法よ」
「政権争いか、馬鹿らしい」
「全くだ。…日向、お前は見た目はトヨちゃんに似たが、考え方は私に近いのかも知れないな。どれ、曾祖父ちゃんのおかずを少し分けて、」

ぞくり。
日向に副菜の小鉢を分けてやろうと腰を浮かした秀之は、背筋に走った悪寒に震える。笑顔の赤毛がボキボキ拳を鳴らしており、突き立てた親指を笑顔のまま下へ差していた。
勝手な事するな殺すぞ・と言う、幻聴が聞こえてくる。

「…すまないな、ヒナちゃん」
「ひなちゃんはやめろ」
「どうしても兄貴に後を継がせたかった秀之は、冬月方に働き掛けた。冬月としては大殿が俊秀様だろうが秀之だろうが、最終的に冬月が雲隠を越せる立場を手に入れられれば良かった訳だ」
「それだよ、何で冬月はそんなに雲隠って家を憎んでんだ?」
「阿呆みてぇに賢いのが冬月で、阿呆みてぇに強いのが雲隠だったらしい。親父すら灰皇院の全貌を理解してた訳じゃねぇだろうが、区分けがあったのは当時、雲隠、榛原、冬月、明神だけだった。その他は例外なく纏めて、」
「十口、か」
「ああ。然し十口にも色んな派閥があった。他所の家から落ちこぼれた奴等ばっかで、当主と言える者が居ねぇ。然しそれが突如出てきちまった、名を十口焔」
「とくち、ほむら?」
「All right、雲隠の出来損ないだろ?」

暇なのか、日向の周りをうろうろしてはニヤニヤしていた赤毛が、鼻を鳴らす。馬鹿にした様な目だ。

「雲隠焔、子供の頃に片腕をなくしたって聞いてるぜ?」
「ほう…。流石は雲隠の末裔、良く知っているものだ。十口に主が誕生した事で、雲隠の勢力が増した事を冬月は畏れた。あの榛原が二番手に甘んじる雲隠は、帝王院当主直属の忍でもあったからだろう」
「おい、親父。俺様はそこまで聞いてねぇぞ?それについては誰も口外してねぇんじゃないか?」
「だから神のシナリオだっつったろ」

ぱちん、と。
日向の背後から小気味良い音が響き、どさりと、高坂秀幸の姿が黒い砂へと変わる。目を見開いた息子の豊幸もまた、体が半分、黒い砂へと変わっていく。

「何だ?!」
「幾ら試練だろうが、身内の殺し合いっつーのは偲びねぇなぁ、おい?弱きは滅せよが嵯峨崎の家訓だが、弱きは屠り殲滅せよ、但し家族は例外、が、俺の家訓だ」
「成程、な。…安心しろ、お嬢。俺様が可愛い孫を苛める様な糞ジジイに見えるか?」
「ああ、見えねぇから心が痛むぜ、義祖父様」
「…ちっ。良く言う餓鬼だな、ったく」

笑う豊幸の体が、全て砂へと変わる間際。
辛うじて形を保っていた彼の手が、日向へと伸ばされる。

「お家騒動なんざ阿呆らしいよなぁ、日向。だから祖父ちゃんは、若様の魂胆には賛成だ。でもやっぱ、可愛い孫を追い込まれるのは…嫌だな」
「祖父さ、」

さらり。
黒砂は、白い世界を埋め尽くした。最早二人の姿はない。



「ほら、空が見えてきたぞ、高坂」

笑う声が聞こえた気がする。
何故か腹の奥に沸き上がった怒りのまま振り返った日向の目に、微笑む唇が映り込んだのだ。

「恨まれようが罵られようが、空の青さを知ったらどうでも良くなっちまうもんだ」
「…」
「だし巻きだろうが味噌汁だろうが、喰いたかったらお前の俺に作って貰え。阿呆程甘いのを、な」

笑っていた赤毛が、さらさらと砂へと変わっていく。


「何だ、これ…」

まるで砂時計の如く落ちた砂を呆然と見つめていた日向の頭上で、カチカチと、時計が刻む音が聞こえた様な気がしたのだ。



















「…凄い自信だねぇ」

くすくすと、それは笑っている。
コンクリートの一部に穴が開いている所を見ると、彼女の右足首に嵌められた枷は、太く短い鎖でそこに繋がれていたのかも知れない。

「でも、良いなぁ。そんな風に堂々と言ってくれる人なんて、僕には居ないもの」
「テメーと総長は違う」
「…そうだよねぇ。僕だって判ってる筈なんだ。例え見た目と中身が同じでも、個体が違えばそれはもう、別人格なのに」
「あぁ、苛々するぜコラァ。俺が俺でお前はお前で、ファッキンうぜぇ…ぶぇっくしょい!とくらぁ!」

がりがりと首筋を掻いた嵯峨崎佑壱は、濡れては乾くを繰り返したからか、派手なくしゃみを放った。
くしゃみまでも男らしさに溢れていたが、佑壱は腐ってもカルマの副総長なので、俊や異性に向かってではなく、転がしている高坂日向へ唾を吹き飛ばす。

「つーか、話から察するに、テメーはテメーのアンドロイドに殺され掛けたっつー事か」
「そうだよ。コピーがオリジナルを疎むのは、AIが成長した証拠。技術班が喜びそうだよねぇ?ふふ、絶対教えないけど」

流石の赤毛もこれには『しまった』と思ったが、乾けば判らないだろうと、潔く知らんぷりだ。

「人間様が機械に消されるたぁ、実に近未来的じゃねぇか。機械に支配された世の中なんざごめんだぜ…ぶぇっくしゅっ、こん畜生め!」
「イチ、ほら、俺の紐でちーんしなさい」
「いえ、お気遣いなく!テメーから出たもんはテメーで始末します、ずびび!」

たらりと垂れた鼻水を、犬は凛々しい表情で吸い込む。
胸に巻いていたずぶ濡れの紐をしょんぼり巻き直した主人公と言えば、膝を抱えている女の足首を見つめては目を逸らし、いつも通り挙動不審だ。

「ファーストの事は通信でずっと見てたよ。初めから僕が人間じゃないって判ってたみたいだけど、どうして?」
「あぁ?ま、俺の近くにも居るからだろうな」
「え?」
「対外実働部の副部長は、技術班側…つまりシリウスデータの新型だ。まだモニター段階で、事務的な事しか出来ねぇがな」
「ネクサスってアンドロイドなの?わぁ、知らなかったなぁ」
「じゃなきゃ、何処のランクBが『裏切り者』に従うっつーんだ、馬鹿女が」

女だろうと贔屓はしない佑壱は、おろおろしている挙動不審な俊の意を的確に汲み…出来れば汲みたくなかったが、仕方なく嵌められている鉄の塊へと手を伸ばす。
ふんっ、と、彼が力を込めると、ピキピキと音が響いた。

「そっか。アビス=レイが君の代理として円卓に残るには、部署の全員が味方じゃないと無理だもんねぇ。副部長が忠実なアンドロイドなら、誰も逆らわないか」
「俺が中央委員会に放り込まれた年だ。四年前、俺は円卓から抜ける為に、親父にゃ他に魂胆がありそうだったが、代理の話が纏まった。ネクサスはその頃、サブマスターに就任したんだよ」
「レイ直属のアンドロイドなんだ。だからいつも君の近くに居るの?」
「うぜぇから姿は見せんなっつってんだがな、足軽部署の奴らはマスターの指示もねぇのに世界中飛び回りやがる。いい迷惑だ」

然し、佑壱の握力を以て奮闘しても、輪っかが外れる気配はない。
嫌に頑丈な作りだと舌打ちしたい気分だ。コンクリートに嵌め込まれた鎖が外れたのは、単に脆い接続部分だったかららしい。

「手厚い待遇を受けてんな。日頃の行いが悪ぃからだ、諦めろ」
「ふふ。外そうとしてくれて有難う。でもこのままで良いよ。どうせ僕は、見つかったら消えないといけないんだ」
「あ?」
「それが約束だったもの」

儚いほど美しく微笑んだ女に眉を寄せた佑壱の肩が、ぽんぽんと叩かれる。振り返れば未だに目線を彷徨わせている俊が、深く吸い込んだ息を吐いていた。

「イチ、ちょっと退きなさい」
「総長?」
「あ、あァ、あの、俺はその、決して疚しい気持ちなどございませんので、ご理解下さると非常に有り難く、出来れば訴訟は起こさないで頂きたいのでありますがァ…」

ぶつぶつ、何を言っているのか判らない男をポカンと見つめる二対の瞳。彼らの前でもぞもぞと手を伸ばした男は、全力で細い足首を見ない様に顔を逸らしたまま、金属の枷を手探った。

「てい!」

そして手探りのまま、勢い良く吐き出された声と共に、バキッと言う凄まじい音が響いたのだ。
声もなく目を限界まで見開いた女の傍ら、同じく目を見開いたカルマ副総長と言えば、総長がぽいっと投げた鉄屑を恐る恐る拾い、声もなく瞬いている。

「嘘…。ナイト、今の、どうやった、の?」
「お嬢さん、お怪我はございませんか?」
「マジか…レベルが違い過ぎるだろ…」

これはもう、人間業とは思えない。
言葉を失っている二人に気づかず、空気が読めないスキルを磨き続けてきた男は、次に日向へと目を向けた。

「俺の知らない間にこんなにも巨大化してたなんて…ピナタ、可愛いにゃんこだったお前はもう、何処にも居ない…」

悲しげな声と共に、眉間に皺を寄せて眠る日向の顔の上へ手を伸ばし、ぱちりと。酷くはっきりした音を、指が鳴らす。

「…あ?」
「おはよう、ピナタ」
「ああ、俺は甘くない味噌汁の方が好き………じゃねぇ!俊?!嵯峨崎?!何だ此処は、おい、何がどうなってやがる!」

流石は中央委員会副会長、目覚めが頗る良かった。
寝惚けたのはほんの一瞬で、起き上がり人形の如く飛び起きた男は、ルーターから差し込む僅かな光だけで現状把握に努めているらしい。
然し彼の聡明な頭脳を以ても、正確な把握には至らなかったのだろう。訳が判らないと顔に書いたまま、半裸の俊とはだけている佑壱を交互に見つめては、夢の続きか、などとほざいている。

「馬鹿猫、いつまで寝惚けてんだテメーは。つーか、テメー、厭らしい目で誰の総長を見てやがる!殺すぞホモ野郎がコラァ!」
「何を訳の判らん理由捏ねて因縁つけてんだテメェは!いつ俺様が俊をそんな目で見た?!帝王院と一緒にするんじゃねぇ、底抜けの馬鹿犬が!」

二人が立ち上がるには高さが足りない、恐らく1メートルを幾らか越えた程度の狭い空間で、いつも通り荒ぶった二匹は立ち上がろうとして、同時に天井の裁きを受けた。
声もなく崩れ落ち、震えながら頭を押さえる姿は似た者同士だ。

「コラコラ、喧嘩するのはやめなさい。お前達はどうしてもっと穏やかに仲良く出来ないんだ?」
「だってコイツが!」
「全くだ。犬の躾が出来てねぇぞ、俊」
「んだと高坂ぁ!テメー、気安く俺の総長を呼び捨てにしやがって!やんのかコラァ!」
「いつから俊がお前のもんになった!上等だ、泣いて吠え面掻くなよ嵯峨崎ぃ!」
「はァ」

乳首と下半身以外に防御力がない男は、胡座を掻いたまま睨み合う二人を前に、切ない溜息だ。クスクスと笑う唇へちらっと目を向けて、恥ずかしげに俯いている。余りにも童貞臭い仕草だ。

「本当に、仲良しなんだねぇ、日向」
「あ?」
「僕達の名前、教えてあげる。けど他の誰にも…特に二葉には、絶対言ったら駄目だよ」

隅に滑り飛んでいたノートパソコンを白い手で引き寄せ、彼女は蒼い目を細めた。

「僕のアンドロイドはタイプイブ、人格のスロットは3つ。一つ目のオリジナルは僕で、二つ目のアナスタシオスが、アレクセイ=ヴィーゼンバーグ。僕達四兄弟の、パパだよ」
「は?」
「あ?」
「ふぇ?」
「あ、駄目だ。電源入らないや。どうしよっかナイト、僕ね、君の為に帝王院の株式を独占しようと思ったんだけど、失敗しちゃった。ごめんね、死ぬから許してくれる?」

ふんわりと、微笑みながら投げ掛けられた台詞を聞いた誰もが、面白い表情だ。



















「あは」

煌めく王冠を頭に乗せられ、深紅のマントを羽織った男は、近年稀に見る晴れやかな笑顔だ。

「初代モテキング選手権はっ、神崎隼人の圧勝だ!」
「ま、当然?」

一年Sクラスの教室をそっくりそのまま転写した様なセットの中、くたりとそれぞれの机に崩れ落ちている男達には目も向けず、満面の笑みを浮かべた王者は立ち上がった。
壇上で顔を覆いながら叫んだ教師の元まで歩み寄ると、王様の出で立ちで現役モデルは勝ち誇った笑みのまま、言ったのだ。

「まずそこの冬月鶻君、君は経験人数二人の癖にこの隼人君に勝てると思ったのかねえ?え?出直してこい」
「!」
「次にユウさんそっくりな雲隠陽炎君、何でもかんでも暴力で片付くと思ったら大間違いですよお?女の子とまともに話す事も出来ない癖に隼人君に勝てると思ったなんてさあ、クリームドーナツより甘いんだよねえ」
「!」
「はいはい、次に十口不忠君。アンタ眼鏡のひとに全然似てないけど、性格が似てたから何かムカつく。幾ら初恋がお嫁さんだったからって経験人数一人とか、アンタそれで叶を名乗るなって感じだよねえ」
「!」
「榛原晴空君なんてさあ、笑えるほどサブボス体型なんですけどお?顔だってそこそこ見られるとは言っても平凡だしさあ、つーかチビ過ぎて相手になんないんだよねえ?それ何センチ?150cmあるの?あは!」
「!」
「最後に杜刹那君だっけ?明神って面倒臭そうだよねえ、声聞いただけで人の感情が見えるとか言っちゃって、そんなもん恋愛には何の役にも立たないからあ。狙った相手を落とすまでが楽しいのにさあ、狙う前からアイツの性格はこうだのああだの言ってたら、いつまで経っても楽しいエッチが始まんないよお?」
「!」

チョークを無駄に格好良く手に取った神崎隼人は、晴れやかな笑顔で黒板へ向かい、

「と言う訳でえ、全員0点!」

カカカッと、それはそれは歪んだ0を描いたのだ。
隼人は字が下手だった。

「それと帝王院せんせー、アンタ十口君より酷いんだけどお?経験人数お嫁さん一人はともかく、遠野夜刀せんせーが居なかったら告白する事も出来なくて、いっぺん振られた時に自殺しそうになって二度も病院に運ばれて、遠野夜刀せんせーから怒られて、そっから不死鳥の如く復活して猛アピールを始めたのはよいよ、うん」
「神崎君、先生の過去を暴露しないでちょーだい!」
「イケメンだし声渋いしよいよ、うん。でもねえ、デリシャスボスには全く勝ててないからあ!もっぺん死んで出直してこいっつーの!」

がくり。
燃え尽きた様に無言で崩れ落ちた教師は、よれよれの白衣の下、無言ではらはらと涙を流した。誰が見ても明らかに、隼人の勝ちだ。

「あは。モテない男が何人集まったってさあ、無駄だよねえ。この俺を誰だと思ってるんですかあ?神崎隼人君ですよお?あは。カルマで一番モテる足長隼人君に勝ちたかったらあ、」
「あ!俺達の教室があるよ、錦織君!」
「何故こんな所に教室が…」
「待って下さいハニー、ふぅ、ふぅ、やはり妊娠したのかも知れません。何だか動き辛くて…」

騒がしい声と足音と共に、ガラッと教室のドアが滑る。
隼人に大敗を喫し絶望に暮れていた面々は顔を上げ、ぽろっとチョークを落とした隼人は、頭に乗せていた『初代モテキング選手権』の優勝の証を落とした。

「サブボス?!カナメちゃん?!何で此処に居るの?!」
「おや?君は今さらっと私を無視しましたか、一年Sクラス2番神崎隼人君?」
「何か久し振りだねー、神崎君!ルーレットで甘党狐って出た時はもうね、お前さんと錦織君の運命を感じたものさ!」
「まだ言うんですか、君は!俺とハヤトにそんな運命なんてありませんよ!」

見慣れた三人はさらっと隼人の質問を無視し、ぞろぞろと勝手知ったる教室へ入ってくる。

「何故貴様が座っているんですか、変態野郎」
「おやおや、青蘭の前に座ってしまう罪深い私は三年Sクラス2番。ふぅ、これも定められた席順ですからねぇ」

隼人の席である二番目の机に腰掛けた叶二葉は何故か腹回りが分厚く、ベルトの辺りに派手なピンクが飛び出していたが、その意味を知るのは山田太陽と錦織要くらいだ。二人共一部始終を見ていたが、今に至るまで突っ込まずスルーしたらしい。

「あれ?俺の席に誰か座ってる」
「誰かじゃない、私は榛原晴空だ」
「あ、はい、初めましてー。でもそこ俺の席なんで、退いてくれるかなー?」

がたん、と。
ズレた着物の肩口から肩を出した男が、椅子から転がり落ちる。
これに驚いたのは隼人、要、二葉を除く全員だが、笑顔の太陽は「どーも」と呟いて己の席に座った。

「あはは。何か変だと思ったら、黒板があるよー。いつもプロジェクター兼用のホワイトボードだもんねー、Sクラスは」
「そうですねぇ。それよりハニー、これは何の授業なんですか?楽しい保健体育?」
「黙れ洋蘭。俺の前の席で振り向くな、喋るな、息をするな、そもそもそこはハヤトの席です、魔界に帰れ」
「あはははは、魔界に帰れ!いいよー、段々RPGが判ってきたみたいだねー、錦織君!」
「おや?ハニー、黒板に『初代モテキング選手権』と書いてありますよ?」
「ハヤトの字にしては上手すぎるな…。それにしても、あの嫌に歪んだ○は何ですか?」

マイペースな三人は揃って黒板を見つめ、マントを羽織った隼人は無言で外に出ようとしたが、にこにこと待ち構えていた曾祖父夫婦がドアを閉めてくれたので、諦める。
夢の中では何が起きても可笑しくはないのだ。

「ふ…ふふふ、次はてんめーらが隼人君への挑戦者かあ!」
「え?」
「はい?」
「何を言ってるんですかハヤト、とうとう頭が可笑しくなったのか?」
「ええい、喧しーい!苦労して手に入れたモテキングの座を、簡単に譲ると思わないでよねえ!第一問、今までヤった人数を答えよ!」

ビシッとチョークを三人へ突きつけた隼人の肩から、

「おや、ハニーの前で言える筈がないでしょう?高坂君よりはずっと少ないですとも、ええ」
「変な事を聞かないでくれますか。だからお前は馬鹿だと言ってるんです、ハヤト」
「んー、10000じゃ足りないかなー」

ずるりと、マントが落ちた。
因みに二葉の眼鏡も落ちた。要の顎も落ちた。なんやかんや色々落ちた。
ざわめいた教室中から恐ろしいものを見る目が突き刺さるが、机で頬杖をついている太陽は指折り数える。

「今まで殺った人数って言われても、毎日大体6時間は殺ってるからなー。あ、ラスボスだけなら500くらいかな?しぶといんだよねー、体力だけは多くてさー。俺いつもヘトヘトなんだよー」

ヤったの意味が違うなどと、一体誰が突っ込めただろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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