帝王院高等学校
囁く、それは皇帝の初恋であると。
「…要。」
「行きますよ、総長」
「へ?(=Д=)」

佑壱の呼び掛けに頷いた要が、窓辺に張り付いていた健吾諸共飛び降りた。悲鳴を飲み込んだ桜の隣で太陽が青冷めたが、カルマ幹部の要がそれくらいで死ぬ様な気がしないのですぐに心配を打ち消す。

「何見てんだコラァ!」

面倒臭げに仮面を外した佑壱が周囲を睨み付け、蜘蛛の子を散らす様に居なくなった部外者を見送り息を吐いた。

「総長すいません、失敗りました。あの野郎…」
「大丈夫にょ。やっぱり予想通りだったみたいなり」
「俊、カルメニアだかカルマニアだか使うのやめてー」

佑壱と俊が揃って振り返り、太陽の乾いた笑みを見るなり手を叩く。

「いや、今のはただの英語だぞ山田。但しスラング入ってっけどな」

その台詞で平凡二匹が赤く染まった。英語でも『にょにょ』言う俊はともかく、流暢過ぎる佑壱の英語は脳が交流拒否するのだ。

「僕ぅ、英語はちょっと自信あったんだけどなぁ…」
「桜に通じないんなら、俺に通じる訳ないやないか〜い」
「嵯峨崎先輩、見て見て、指輪さん貰ったにょ!」

自慢げに掌を突き付けたオタクに佑壱の目が瞬き、

「それがクロノスリングか。つか使い方判りますか?システム改造次第で幅広がるらしいっスよ」
「なるへそ…やっぱりエンジニアが必要にょ、サセキには。嵯峨崎先輩には無理ですね。機械音痴だから!未だにDSの使い方も知らないからっ」
「ふ、最近の俺は成長したんスよ!スーファミならイケます!」
「何と!」

勝ち誇る佑壱にオタクが眼鏡を輝かせ、家電ゲームと名の付く全てを得意とする太陽が塩っぱい顔をした。

「平成も末期にスーファミかい」
「舐めんな山田、セガサターンもイケんぞ俺は」
「はいはい、イチ先輩が生きる化石だって事が判りましたー。アンタ本当に平成産まれか」

指輪を見つめクネクネ踊り跳ねる俊に桜が付いていき、置いていかれそうな佑壱と太陽が走りながら後を追う。
幾つかのセキュリティドアを潜り、Sクラス一年フロアに辿り着いて漸くクネクネダンサーがぴたりと動きを止めた。くるっと振り返るなり拳を振り被り、

「最初はグーっ、じゃんけん、ぽんっ」
「負けた…!」

佑壱と何故かじゃんけん。
負けた佑壱が悔しげに壁を叩き、意味が判らない太陽と桜を余所にオタクが眼鏡を押し上げた。

「何で、…じゃんけん?」
「ちょっと僕、お着替えしてくるにょ。嵯峨崎先輩の子守り宜しくですっ」
「え?は?ちょ、俊?!」

しゅばっと走り去ったオタクに太陽が叫んだが、壁を無言で殴りまくる佑壱を必死で宥めている桜に涙目だ。

「イチ先輩、俺のルームメートを苛めないで下さいよ」
「喧しい、3939戦3939敗目だ畜生。何で負けんだこの拳は…!」

握り固めた右手に痛烈な叫びを与える佑壱の赤いコートを引っ張り引っ張り、むむっと首を捻った山田太陽は、


「イチ先輩。じゃんけん、ぽんっ」
「ンな阿呆な!」
「ぁ、太陽君の勝ちぃ」
「とりあえず、どうぞ入って下さいイチ先輩。帝君のアンタには狭い部屋でしょーが」

太陽にまで負けた佑壱が今にも死にそうな表情で太陽達の部屋に入り、何かに気付いた桜がキッチンに向かいながら顎に手を当てる。

「ぁ、もしかしてぇ」
「そゆコト。イチ先輩、勝つ為の法則は『ハサミ』ですよー」
「…どう言う意味だコラァ、山田バカアキ」
「桜、イチ先輩のお茶請けにさっき買って来たプリン出してあげてー。アハハ、嫌がらせだけど!」
「お前良い奴だったのか、山田。プリンは大好きです」

何処かのオタクに似た台詞で、俊の部屋の半分しかないリビングに上がった佑壱が素早く正座する。何の嫌がらせにもならなかった太陽が崩れ落ち、軍服姿で膝を抱えた。

「じゃんけんでグーしか出さないイチ先輩がプリン好き…不良なのにプリン好き…その顔でプリン好き…」
「喧しい山田、プリン舐めんな」
「はぁい、お待たせしましたぁ」

香ばしい日本茶の香りと共にやって来た桜が太陽のイジケ具合に苦笑し、全室共通で備え付けられているローテーブルにお盆を置いた。

「この匂い…玉露か?中々上等品じゃねぇか、ザクロモチ」
「桜餅ですぅ。…じゃなくてぇ、安部河桜ですよぅ。紅蓮の君はプリンでしたねぇ」
「そっちの葛切りは何だよ」
「太陽君の分ですぅ。太陽君、そんな所に居ないで、こっちおぃでぇ」

軍服姿の太陽を手招き、バスローブ一枚で部屋まで戻って来た事に今更気付いた桜が寝室に駆け込んだ。温かい湯呑みをズズっと啜った太陽が、葛切りの硝子器を凝視している佑壱に手を振る。

「食べたいならどーぞ。俺あんまりお菓子とか食べないから」
「そ、そうか、なら頂こう。…む、良い仕事してやがるぜ、これ作った店は…」

マジマジ器を眺めた佑壱が竹箸を手に取り、ぴんっと背筋を伸ばして頷いた。何のこっちゃと呆れ顔の太陽を余所に、透き通った葛切りを頬張った佑壱の目が見開かれる。

「イチ先輩?」
「な、何だこの、有り得ない透明感に決して劣らない涼やかな喉越し、軟らか過ぎず甘過ぎず、上品な甘さの黒蜜と甘露なハーモニーを織り成すこの絶妙な葛切りはっ!」
「コメンテーターか!」

愕然とした表情で一気に宣う佑壱へ、ツッコミ大佐が鋭く突っ込む。普段着のTシャツに着替えた桜が寝室から戻り、二人の異様な雰囲気に首を捻った。

「どぅしたのぉ、太陽君?」
「桜が作ったお菓子、イチ先輩がべた褒めしてたよー」
「何?これテメーが作ったんか、ザクロモチ!」
「ぇ?ぁ、はぃ、その葛切りなら確かに僕が…」

しゅばっと立ち上がった佑壱にビクッと震えた桜は、ローテーブルの上の硝子器を一瞥して涙目だ。何か失敗しただろうかと肩を震わせている。

「桜の家は安部河本舗なんですよ、イチ先輩。老舗中の老舗和菓子屋」
「テメー…いや、違う、何だっけな。あ、そうそう、安部河桜!」
「は、はぃっ、ごめ、ごめんなさ、」
「お前、いや、安部河桜を俺の和菓子師匠に認めてやる。つー訳で早速この葛切りの作り方教えやがれ」
「………ぇ?」

中央委員会の礼服であるコートを無造作に脱ぎ捨てた佑壱が袖を捲り、佑壱のコートを頭で受け止めてしまった太陽が硬直した。
中央委員会の統率符を現すバッジが目の前に見える、それはもう恐怖以外の何物でもない。

「…イチ先輩はミルフィーユ焼いてろよ」
「何かほざいたか山田」
「オカンは地獄耳…」
「ぇ、ぁの、でもぅ、」
「何か不満かよ安部河、授業料なら出すぞちゃんとよぉ」
「ぃぃぃ要りませんよぅ!僕のお菓子はまだ未熟でぇ、人様に教えるなんてとんでもなぃですぅ!」

箸でもう一口啜った佑壱が、チビチビ茶を舐めている太陽にも無理矢理食わせた。
それは『うふふ、はい、あーん』な光景ではなく、『コラ馬鹿息子、好き嫌いしないの!』な光景だったと明記しておく。親鳥が雛に餌をやる光景と似ていた。


「然し、美味いからな」
「本当だ、あんまり甘くなくて美味しー。桜、本当に料理上手だねー」
「ぇ、ぇへへ、有難ぅ、太陽君、紅蓮の君」

何だか意気投合して来た三人を奇妙な気配が襲ったのはその時だ。
太陽と桜を庇う様に腕を広げた佑壱が振り返り、



「何で俺の邪魔するの!付いてくるなって言ったのに!」
「お気になさらず、川南君」
「本当にもうっ、俺は北斗と違ってアンタが嫌いなの!殴り殺すよ!」
「あ、私はロイヤルミルクティーでお願いします、嵯峨崎君」


バルコニーに佇んでいた北緯と麗しい微笑を滲ませた男に、三人揃って痙き攣った。















「空に広がるは黒のスクリーン、つまりクロノスが闊歩するに相応しい夜だ」

自分のものではない銀色の髪を緩く撫で付けて、サングラスを手に取りながら窓の外を見やれば何処までも深い、漆黒。

夜まだ浅い空は星の光さえ呑み込んでしまったかの様に静寂していて、



「…俺はまた、夜に還るのか。自分から捨てておいて」

友達と笑いながら謳歌する学生生活。初めて知ったその些細な幸福は、だった一日でこんなにも束縛してしまう。それがなければ生きていけないと思わせてしまうくらいに、『依存』しているのだろうか。

「違う。…俺は『友達』を迎えに行くだけだ」

誰が聞いている訳でもないのに言い訳めいた台詞を口にするのは、後悔ではなくただの罪悪感だ。
自分の所為で捕まった隼人も、自分の所為で走り回る佑壱も健吾も、皆。酷く申し訳ない気分になるのに、でも。



「………あの男が俺を探しているんだ」

優越感にも似た昏い昏い愉悦には到底、適わない。あの何も彼もに恵まれた人間から、形はどうあれ求められている現実が見せる甘い甘い愉悦。

「そう、俺は許される。時を支配する天帝として。

  …違うにょ。マスタークロノスは僕だから、許してあげないにょ。

  愚かな。…所詮俺は、昼日中に歩ける人間じゃない。何故ならば闇の森羅万象を与えられた王だからだ」

窓ガラスに映った鏡像世界の自分が笑っている。何処までも何処までも無機質に、勝者の笑みを滲ませて、


「煩いにょ、負けた癖に!」

唇が叫んだ台詞を鼓膜が聞いた瞬間、拳が硝子を突き破った。奇跡的に擦り傷程度で済んだ拳を開いて、それに燦然と輝く指輪を眺める。

「俺は負けない。俺は闇に許された唯一の王。…逃げ出した弱者が、権利を吠えるな」
『友達百人作って、萌を探して、たまに勉強して、ご飯食べて…ずっと妄想してたんだ』
「延いては飼い犬を犠牲にしてまで、か。お前は目新しい友人を選ぶのだろう?3年も連れ添った仲間を捨てて」
『違う、違う違う違う!皆は知らないっ、俺の年も俺の私生活も俺の何も彼も!騙して得た絆が一生続く訳が無い!』
「言い訳なら、要らない」

砕け散った硝子に歪んだ自分が映っていた。他人から容赦無く嫌われる眼差しをサングラスで隠せば、外の夜空が益々闇の濃度を深めた。


「言い訳なら何度も繰り返して来ただろう?だからこそお前は、…俺は。昼間と夜を2つに分けたんだ」

分厚い眼鏡で自分を隠して、こそこそと生きていた昼間。登校する振りで何度も足を運んだ図書館、テストだけ受けに来るクラスメートになど全く構いもしない同級生、テストの成績だけで内申点を付ける教師も全部。
全部全部全部全部全部、大嫌いだった筈だ。


「メール、…日向からの。返信するのか、お前は」
『………』
「そして言うのか、今まで隠してきた全て。年も私生活も自分が左席委員会会長だと言う事も」
『何で、そんな酷い事を言うんだ』
「注がれる愛情を受ける事も拒絶する事もしなかった負け犬に、今更許されるものなど何もない」
『…何で、そんな酷い事を思い出させるんだ』
「愛していたからだろう?」

猫の様に擦り寄ってくる向日葵の様な小さな頭、犬の様に甘えてくるキャラメル色の瞳、対価を求めない無償の思慕が心地好かったのだ。
膝に抱き上げて額に口付けて、何度も何度も大好きだと囁いた。心から、誰よりも、大好きだと。


「イチに出会うより早く、日向は傍に居た」
『もう、イイ。…やめろ』
「人気の無い図書館はいつも静かで、窓際の特等席から見える『お城』に、日向は毎日やって来たんだ」

少しだけ高台にある図書館の裏手は、繁華街だ。友達の居ない小学生は折角の春休み最終日を楽しむ事もなく、間もなく迎える中学入学に苦痛すら感じていた。


「今考えれば変な話だ。中学生が何故、キャバクラに入って行くのか。何故いつも違う女性を連れていたのか」
『キラキラ、輝いてた』
「遠くても判る、綺麗な金髪。七回目には我慢出来ずに見に行っただろう、近くから」
『可愛くて綺麗で格好良くて、…憧れたから』
「不良だろうが極道の跡取りだろうが、少しでも近付きたかったんだろう?」
『もう、黙れ』


唇は笑っているのに拳が震える。
目は殺意を滲ませているのに、足は踊る様なステップを踏んだ。一人の人間とは思えない、体のあちらこちらが別人格の様だった。



「お前は始めから、日向の為にイチを利用したんだ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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