帝王院高等学校
それは宝石の様に煌めいた雫
その宝石はルビーよりも熟れた光で人を惑わし、その宝石はアクアマリンよりも深い光で人を弄ぶ。


(アレキサンドライトブラッド)
(血の様に赤い紅い真紅の宝石)

エメラルドよりも気高く、パールよりも煌めきながら。
ダイヤモンドよりも強く強く結合した魂の光は夜の闇に一筋の強烈な光の粒を放ち、

(それはまるで闇を切り裂く星の慟哭)

まるで呑み込むかの様に、人を殺すのだ。








(小さな嬌声を残して)







それは女だけの話ではない。








「サブ動力補助システム停止、メイン動力源活動再開しました」

恐らく佑壱の仕業だろう。ティアーズキャノンの照明系統が僅かばかり途切れ、二葉の権限によってすぐに復旧した。

「キャノンマザープログラム異常無し」
「セカンドは未だキャノン内部か」
「察するに、陛下の仰せの通りで間違いないものと。風紀役員はそれぞれ重要区域を警戒中です」

日向の回線が対応しなかったのは、察するに恐らく彼が校舎外に居た為だろう。それでなくとも彼はカルマに執着している。呑気に追い掛けるだけではなく、時には二葉さえ退ける知能で先回りを企てているからに違いない。

「光王子部隊の報告がありましたが、未だ捕獲には至っておりません」
「高坂の配下に私へ進言する間者が居ると知れれば、彼らに安寧は無かろう」
「然しながら閣下は常日頃、単独行動を好まれてございます。万一陛下を裏切る様な失態があれば、」
「それもまた、一興」

優秀な部下は使い方を間違えねば、信頼するに値する。幼い頃の教師が言った言葉を思い出したが、何の感慨も無かった。
元来、信頼も裏切りも興味が無い。忠誠を誓うならば良し、裏切るならばそれもまた良し。それが自分と言う、『依存欠如』の人間だ。

「あれが私を謀ると申すなら、敢えてその策に乗るも良かろう」
「然し陛下、」
「今朝までの興味が願いだったのか祈りだったのか、望みだったのか。…それすら思い出せぬ」
「はい?」
「いや、構うな。独り言だ」


思い出す灰色の夏。
夏は常に灰色だ。特に幼い頃は、肉眼で太陽を見た記憶が無い。常に光から逃れる様に、常に影を求めて、常に何かから逃げて逃げて逃げて、物心付いた時には最早、人の発する全ての物音が煩わしかった。

一目見ただけで凡その人間性が判る。
なのに大人は、表情と違う言葉を使う。哀れみの言葉を嘲笑う瞳で、平気だと宣いながら沈痛な涙を零し、遂には笑いながら人を殺すのだ。

「─────行動開始。
  ティアーズキャノン周辺の人員は、…全てリブラへ迎え」
「リブラ、ですか?」

人間は嘘ばかり口にする。
貴方を誰よりも愛しているのと言った女が、求めたのは心でも体でもなく、金だった様に。
例えば、

「奴らは必ずや神崎隼人の元へ辿り着くだろう。ならば敢えて受け渡せば良い」

それが母親だったとしても。

「成程、その際カイザーらが油断した所を捕えるのですね。畏まりました、その様に伝達致します」

折り目正しく頭を下げた役員が挨拶もそこそこに駆けていく。だから今更、『人間は嘘吐き』だと思い出した。



「捕らえずとも、構わんがな…」

思い出すのはこの腕に収まる暖かな体温。思い出すのはこの鼓膜を容赦無く支配する柔らかな声音。

『桃味の飴ちゃん、ちょーだい?』
「欲しいと望む餓えた子供が居るなら、与えてやれば良い」

愛ではない。何故ならば愛と言う感情を教えてくれる大人が存在しなかったからだ。

神は博愛する。森羅万象を等しく全て、慈悲と無慈悲の境で博愛しなければならない。
だからこそ神は全ての生命に目覚めを与え、全ての生命に眠りを与えた。誕生と、死を。



即ち創造と破壊。


「…高坂がアレに辿り着くなら、戯れ言は直ちに終了しよう。誰の手にも捕まらぬなら、流石我が盟友と言うだけだ」

巻き戻し再生するモニタに闇の皇帝、


『Open your eyes!』


スピーカーに覇者の咆哮。


『鬼ごっこしようか、…雑魚共。この俺を捕まえられたら、皇帝の称号は神にくれてやる』


けれどそのどれもが、






「やはり、…思い違いか」







ノイズでしかなかった。


















何故か蝉の声を思い出す。まだ春だ。
晴天だった四月の陽光を浴びたコンクリートが唸り、都会から離れた新緑がそれを封じ込め様と足掻いている様に見えた。つまりは、蒸し暑い(肌寒い)、




煩い。



「独りぼっちだった可哀想な、平凡君。」


煩い。


「俺が居なきゃ、『仲間』も『友達』も漫画の中だけの世界」


煩い。


「報われない初恋が深層心理に及ぼした影響は計り知れない、ってなァ」




黙ればイイのに。




「大好きな漫画の世界に、大好きな人の成長した姿を見付けました」



いや、違うか。



「大好きな人の生きる夜の世界に興味がありました。綿菓子の様な可愛らしい、…男の子。成長したならきっと、こうなるだろう、ってね」


黙らないなら、


「報われない、愚か者が。」







黙らせればイイ。





「Close your eyes」



甲高い破裂音。
砕け散った硝子の破片を踏みにじり、血が滴る拳を大きく振り払う。



「…ガタガタ煩ェんだよ、不良如きが」

魔法を掛けた。
眼鏡を掛けたら誰もから頼られる優等生になれるのだと。
サングラスを掛けたら誰もから頼られるリーダーになれるのだと。
だから、サングラスを叩き割れば優等生でも不良のリーダーでもない、ならば今の自分は、誰。

「随分好き勝手抜かしてくれたじゃねーかァ、俺如きが」

魔法を掛けただけだ。
ケースバイケース、場に応じた言葉遣いを覚えて臨機応変に、巧く立ち回れる様に。



魔法を掛けただけだ。
だから、魔法を掛けるだけだ。





「そろそろ、…健吾にゃ荷が重い頃だろうな」

一目見た人間の性格が判る。
少し会話をすれば口調もその特性も理解出来る。だから、真似するのも容易い。

「いや、イチの真似しても意味ねェか。アイツらは『俺』を探してやがる」

割れた窓から身を乗り出した。
離れた所に聳える校舎、大きな羅針盤が掲げられた時計台。
銀糸が風に舞う。偽物の、銀糸が。



「…ふむ。ならば良かろう、今宵は無礼講だ」

視界の端に重箱が映り込んだ。食欲をそそる匂いと、外には星の光すら覆い隠す黒のスクリーン。


今宵、月の化身が闊歩する。
シルバームーン、ゴールドムーン、








「…俺を捕まえてごらん、にゃんこ達。」



サングラスでも眼鏡でもなく、金色のコンタクトレンズ。






新しい魔法を掛けるだけだ。














『ボスー、隼人君ってばこのままじゃ犯されそうだからー、早く迎えに来てねえ!』

一触即発の雰囲気を晴れやかに打ち壊す声音が響き渡り、開け放したバルコニーの向こうで黄色い声が沸き上がるのを聞いていた。
北緯が呆れた様な溜め息を零し、自作自演かよ、と呟いたのを聞き止め何ともなく桜を見つめる。

小さく笑った桜も同じ事を考えた様だ。明らかに肩の力が抜けた佑壱は、恐らくこう考えているだろう。


総長に会いたい隼人の自作自演誘拐。


「何しに来やがった、セカンド」
「貴方に会いに」
「おぇ」
「とか、言ったら吐き気を及ぼしそうなのでやめておきましょうか、嵯峨崎君」

屈み込んだ佑壱の背を撫でながら痙き攣る桜の隣、不良すらビビる佑壱をおちょくりまくる二葉に太陽が深い溜め息を吐いた。
憤死寸前と言った風体の北緯がバタフライナイフを取り出したが、声にならない悲鳴を飲み込んだ太陽によって阻まれ、


「おや、今からバーベキューでもなさるのですか?川南弟君」
「ちっ、くそ!」
「あらー…」

る前に、あっさり二葉の足元に崩れ落ちた。
奪ったナイフをくるんと回した二葉の長い指先が踊って、ナイフの柄を掴む。勝負有りの状況に息を吐いた太陽の目前で、銀色の刄が空を切ったのだ。


「なっ」

垂直に。
二葉と太陽の中間、下には崩れ落ちた北緯が居ると言うにも関わらず、だ。

佑壱が双眸を見開いた。
桜が青冷めた表情で唇を開いた。
無意識に伸ばした掌は銀色の刄を掴む寸前で力強い手に奪われて、



ザクリ、と。



「んっ、」

足元の何かに刺さる音を聞きながら、今度は呼吸を奪われている。

「ぅん、んっ、ふぅ、んんん」

見開いた視界には蒼い蒼い、揶揄めいた眼差し。呆然とした精神を余所に口腔を這い回る舌、



「いい加減にしやがれっ、このド腐れがぁっ!」

凄まじい叫び声が鼓膜を突き破り、ついでに肩を突き飛ばした。

「痛っ」
「ひ、太陽君っ、大丈夫ぅ?!」
「重い。お前、このデブ!僕を踏むなっ」
「ぁ、ごめんなさぁい、川南先輩」

どうやら北緯の真横に突き刺さっていたらしいナイフを眺めながら、飛び付いてきた半泣きの桜を抱き締めつつ桜の足が北緯の細い背中を踏み付けているのに笑う。

「腐れ外道…」

太陽を突き飛ばし二葉の胸ぐらを掴んだ佑壱が凄まじい形相で立っているではないか。

「おや、どうなさいましたか嵯峨崎君。ああ、ジェラシーですね?勿論愛しい君へも情熱の口付けを、」
「ざっけんなっ、この腐れホモが!気色悪ぃモン見せ付けやがってコラァ!」
「おや、そう仰る君こそ私の高坂君に迸る愛の口付けをブチカマしたじゃありませんか。」

北緯の目が点になり、桜が頬を染め太陽が目を半開きにする。


「い、今…そこの眼鏡風紀鬼畜野郎は何と言いましたかー、イチ先輩?」
「幻聴だ山田、忘れとけ」
「私の知る限り、下半身こそ無節操な高坂君のお口は慎ましく奥床しい、言わば処女だったと言うにも関わらず…ああっ、震えるほど愉快!」

ゲラゲラ笑いだした二葉を呆然と眺め、膝を抱えた佑壱の肩を今にも吹き出しそうな太陽が叩いた。

「察するに、喧嘩の延長ですかイチ先輩…ぷ」
「…ブッ殺すぞ山田ぁ」
「ぷ、ファーストキスがまさかのイチ先輩…ぶふっ」

今にも笑い崩れそうだった太陽は、然し一瞬で現実逃避から帰る。
自分のファーストキスはまさかの陰険眼鏡、だ。笑えない。寧ろ同情を禁じえない。
きっ、と二葉を睨み据えた太陽が拳を握った。起き上がる北緯を横目に、


「…で、何しに来たんですかアンタ。俺に対する嫌がらせなら大成功、とっとと鬼畜の里に帰れ」
「酷い言われ様ではありませんか。折角吉報をお持ちしたと言うのに」
「吉報だぁ?」

佑壱の低い呟きに桜が震えたが、バルコニーを見やるなりその小さな瞳を丸く見開く。
まだ桜しか気付いていない。


「神崎隼人の居場所、…教えて差し上げましょうか?」

全てを凍り付かせる微笑に、佑壱から表情が消えた。青冷めた太陽が喉を鳴らし、長い指先に輝く中央委員会の指輪へ口付ける二葉に強気な北緯ですら後退るのだ。

「プライベートライン・オープン」

愉しげな愉しげな眼差しが、薄いレンズの向こうから見つめている。
虫も殺さない様な美貌で、蟻を踏み付ける子供より残酷な眼差しで、

「自作自演、ではなくて、残念でしたねぇ?」

隼人を担ぎ運ぶ複数の人間、それに紛れた正装の副会長に、随分ヨロヨロの北緯瓜二つな少年の姿が映し出される。

「北斗?!」

一気に毛を逆立てた佑壱を余所に北緯が目を見開き、

「私のノーサは随分苛められてしまいましたねぇ。流石はカルマ、と言った所でしょうか?」

クスクス笑う作り物めいた美貌が緩やかに振り返る。



「お入りなさい、セントラル」

深い緑の布が舞った。
バルコニーから闇に紛れて入ってきた長身の男に、二葉以外の警戒心が高まる。

「貴方も知らなかったでしょう?紹介致しますよ、ファースト=ノアグレアム殿下」

何処か呆然と佇む佑壱が、握り締めた拳から力を抜く気配。

「おい、まさか、」
「彼がサードシンフォニア、」
「グレアムは、『また』作りやがったのかよ…!」
「神のDNAを有した、三人目ですよ」

まるで狂った様に二葉へ殴り掛かった佑壱に、その凄まじい形相だけで誰も身動き出来ない。眼鏡を緩やかに押し上げる二葉の双眸が軽く瞬き、



「おやめなさい、CENTRAL。ファーストは陛下が最も寵愛する紅玉ですよ」
「………」

目を見開く佑壱の、恐らく二葉の腹を狙ったのだろう右拳が、グリーンの衣装で身を包む仮面の男の膝に阻まれた。
二葉の台詞で興味を失った様に佑壱の拳を振り払った男がくるりと背を向け、唖然とする太陽らを振り返る事なくバルコニーの向こうに消えれば、


「ん、な、………馬鹿な」
「身体能力はまずまずでしょう?まぁ、貴方や陛下には遠く及びませんがね」
「な、んだ、それ…」
「私は昔、貴方に言いましたよねぇ。


  もう孤独は嫌でしょう?」



ぴくり、と。
佑壱の肩が目に見えて震えた。理由が判らない皆が沈黙する中で、妖艶に笑んだ唇だけが音を放つ。


「いつまでも野良生活をしていないで、」
「………ぇ、」
「早くお帰りなさい、こちら側へ」
「…るせぇ、」
「言った筈ですよ。我々は貴方の仲間だと、…ずっと前から」
「煩ぇ!!!」

血を吐く叫びは透明な雫に変わる。
ひたひたと、宝石の様に床を濡らして、





「うちのワンコ泣かせやがったのはァ、何処のドイツだい?」


ドアを蹴り開け入って来た男のサングラスに、煌めきながら映った。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!