帝王院高等学校
オカンが走ってた時、オトンは
サウナは好きじゃない、などとほざいた眼鏡が、チラチラサウナルーム方面を盗み見ている事に気付いた要が軽く眉を跳ね上げ、

「猊下、どうかなさいましたか?」
「さっきのイケメン、サインくれるかしら…。何だかとっても晴れやかな笑顔と日焼けしたお肌が素敵でした!」

有名な美形サッカー部長がサウナルームに入って行く様を見ていた桜が笑う。

「野崎先輩だよぅ、俊君。KGコンツェルン副社長の次男でぇ、加賀城トラストの分家なんだって」

帝王院の裕福な子息を思わせる桜の言葉に、経済新聞なんか読んだ記憶もないオタクがきょとりと首を傾げた。

「カガシロ?カガシロ、カガシロー…どっかで聞いたよ〜な…」
「Aクラスの加賀城獅楼君が本家の跡取りでぇ、将来的には加賀城トラストの会長になるんだねぇ」
「カガシロシロー?何だか白髪だらけのおじいちゃんみたいなお名前なりん」
「猊下、獅楼ならご存じでしょう?」

桜を警戒しているのか暗号めいた眼差しを向けてくる要に、やはりオタクは首を傾げる。

「遅漏、は、…違う気がします。どっちかと言えば、僕は堪え性のない意気地無しウジ眼鏡なので…」
「しゅ、俊君…」
「早過ぎるのも考えものですにょ。高速ETCは便利ですが、童貞の光速発射は眼鏡に余るものがありますにょ」

眼鏡を曇らせるオタクの早漏発言に桜が頬を染め、見えない尻尾を振り回す要がぎゅむっと抱き付いた。

「いやぁっ、錦織様っ」
「やめてぇ!」
「錦織様が…!」
「抱くならボクを抱いて下さいっ」
「おのれ錦織…!我らの遠野様に何たる無礼、何たる破廉恥!」
「羨ましい事だよ錦織君、やっぱり30万のシャンパンしか用意出来ない僕には真似出来ない」
「ボクの創作意欲が溢れ出て止まらない。…遠野様、曇った眼鏡もまた素敵です」

きゃー、やら、ぎゃー、やら、黄色く茶色い悲鳴が轟く。

「大丈夫です、精一杯頑張ります。はい、精も根も尽き果てて下さいっ、遠野君!」
「錦鯉きゅん、攻めは早漏禁止にょ。でも錦鯉きゅんは美人受けもイケそ〜なので、早くてもイイと思います」
「猊下…、そんなに俺の顔をお気に召して頂けたのですか?」
「カルマで一番美人さんなのは、錦鯉きゅんだと思いますっ!」

聞いていた周囲が賛同の雄叫びを上げ、ワンセグで見ていたらしいカルマ総長VS中央委員会の逃走劇へ熱中の拍車が掛かる。ぽややん、と頬を染めた要があらぬ方向を見つめ密かに拳を握り、周囲の関心が離れた事を確かめた桜が俊の耳元に唇を寄せた。

「でもぅ、本当に大丈夫なのぅ?中央委員会の皆様が追っかけてるんだよぉ?」
「うちの総長は容易く捕まりはしません。…それより、君は随分馴れ馴れしいですね」

頭半分高い位置から要の冷たい目で睨め付けられた桜は、最早可哀想なくらい涙目だ。眼鏡を妖しく光らせた俊が『カナサク』などと呟いているが、今にも零れそうな涙をぶわっと増やす桜を助ける気配は見られない。

「いつから君は俺に話し掛けられる様になったんでしょうか」
「ぁ、ぁの、」
「第一、」
「…お前さん何しとんじゃい」

バコン、と言う音が要の頭で響いた。ひくっと喉を痙き攣らせた桜がポロッと涙を一粒零し、こっそりデジカメを光らせていた俊が無言で正座する。

「何を、」

凄まじい眼光の要が背後を振り返り、


「桜に何してたのかなー、錦織君。」
「ど、どうも、山田君。これはまた、ファッショナブルですね…」
「ありがとよ」

着ている、と言うより着られた感がある太陽の出で立ちは、凄かった。


まず頭。フェイクファー付きのテンガロン。何だか西部映画チックだとオタクは心のメモに明記した。因みに左席副会長は風紀以上に規律に煩いA型なので、風呂での撮影は控える事にする。

次に体。テンガロンハットにはもう全く似合わない、軍服デザインのレプリカつなぎ。上下ダークブラウンのぴったりした軍服は、ズボンの裾がレザーブーツの中にインしてある。昔の刑事ドラマで良く見たレイバンのサングラスは大き目で、太陽の小さい顔にはサイズが合っていない。


「俊、袋の中に救急道具入ってるから」
「タイヨー大佐、ご苦労様ですっ!」
「髪まだ濡れてるから乾かしておいで、俊。俺が居なくても良い子にしてたかい?」
「勿論にょ」

俊お手製の副会長ハチマキを腕に巻いて、偉そうに腕を組んでいる様は何とも『可愛らしい』。

「じゃ、…デジカメ出してごらん」
「!」

然し大佐はやっぱり鋭かった。眼鏡を涙で濡らしたオタクが素直にデジカメを差し出し、プルプル震えながら鼻を啜る。
要が同情からか同じく涙目になり、俊から受け取った紙袋の中身を取り出して先程まで睨み付けていた桜を窺った。何だか可哀想になったらしい桜が太陽の肩を叩き、

「太陽君、カメラ返してあげよぅ?俊君は隠し撮りなんかしてないからさぁ」
「桜がそう言うなら、…今回だけだからねー」
「ふぇ、桜餅、うぇ、有難うございますっ!錦鯉きゅん、早速桜餅のお腹にサロンパスをっ」
「良かったですね猊下!」

桜をキラキラした眼差しで見つめた俊と要に、がっくり肩を落とした太陽が乾いた笑みを滲ませた。


「スコーピオに現れたカルマ総長を、光王子閣下が討伐に向かったらしいよ。監視カメラの一部がイチ先輩に乗っ取られてて、向こうの状況は判らないそうだけど」

周囲の視線に晒されている事に早くから気付いていた太陽がテンガロンハットを桜に被らせ、頭を掻きながら白々しく宣う。

「わらわらわらわら、中央委員会の皆様が走り回ってた。聞き耳立ててみたけど、今動いてる役員は副会長だけみたいだねー」

手早く桜の手当てを終えた要が太陽を振り返り、口元に手を当てる。要から手当てを受けた桜は恥ずかしげに礼を述べたが、紙袋からおやつのプリンを発見したオタクに呼ばれ、二人仲良く頂きますだ。

「白百合の動きは判りませんでしたか、やはり」
「あー、うん。俺も実はそっちが気になったんだけど、…四天王に全出動命令が出てるって事くらいしか聞けなかった」
「何ですって?」

目を見開いた要が俊を振り返り、ほぼ一口でプリンをご馳走様したらしい眼鏡が首を傾げた。


「カナタ、四天王の最後の一人は誰も知らないんだったな」

太陽とプリンを頬張っていた桜が同時に動きを止めたのは、鼓膜を震わせた囁きが日本語ではなかったからだろう。表情を曇らせた要が悔しげに唇を噛み、

「…はい」
「お前にも調べられなかったんだよな。イチを裏切った振りしてまで二重スパイしたのに」
「総長」
「言っても良かったんだぞ、カナタ。寂しがり屋のイチは、きっと誰よりもカナタを信頼してるからなァ」
「初めに裏切ったのは、…隠しきれない事実ですから」
「考え過ぎるのはお前の悪い癖だな、簡単な事じゃねェか」

何語か判らない太陽と桜が瞬きながら、然し要と俊の動向を窺う。

「錦織要に於いて、ルーク=フェインとファースト。どちらが大切か。お前は答える事が出来る」
「…俺は、陛下の手駒でした。それは今も尚」
「そう、答えはいつも一つ限りだ。錦織要に於いて、ルーク=フェインと俺。どちらが大切か」

ロビーに続く出口に向かう背中を追い掛けながら、やってきた時とは真逆に人気の減ったラウンジでドリンクバー付近のソファに腰掛け、



「答えたくありません」


日本語ではっきりと告げた要に、眼鏡の下で唇が歪んだ。それはまるで嘲笑う様に、然し眼差しは隠されたまま、最後に。



「Which do you like king or dog?(錦織要に於いて、飼い主と犬。どちらが大切か?)」

太陽や桜にも理解出来る英語は何故かゆったり、まるで皆に理解させる様な響きを帯びて。


「I'm kings pet dog.(俺は『王』の犬です)」

諦めた様に笑う要が目を伏せれば、俊の手が深海色の髪を撫でた。

「そう答える様に俺が躾たんだ」
「…」
「俺がイチを、イチがお前を。そう答える様に、そう答えねばならない様に。…だからお前は何も悪くないよ、要」

ぎゅ、と拳を握り締めた要がどんな表情をしているのかは判らない。伏せられた表情は隠されたまま、片方の耳に鬱血が見られ太陽の目が丸くなる。

「桜、紙袋に絆創膏と傷薬が入ってるから、取ってくんないかな」
「ぇ?ぁ、ぅん、これ?」
「ありがと」

ついでにレイバンのサングラスを外した太陽が要の隣、俊とは逆側に腰掛けて足を組み、サングラスを要に無理矢理掛けさせてから傷薬のキャップを開ける。

「ピアスなんかしてっから血が出るんだよ、不良め」

顔を伏せたまま肩を震わせる要に構わずオキシドールを噴射し、絆創膏を貼ってバシンと背中を叩いた。

「つーか、さっきの何語だったのー、俊?」
「カルメニア語にょ」
「何だい、そのファンタジーな単語は」
「嵯峨崎先輩が考えた、カルメンの言葉なりん」

全く意味が判らない太陽の唇が痙き攣り、薬を直した桜が皆の分のお茶を注いで持ってきた。が、会話の内容までは聞いていなかったらしく、何の話だろうと不思議そうだ。

「イチ先輩は何者なんだい。…ちょい待て、それってテストに出たりする?」
「カルマ入隊試験には出ますよ、当然」

ダサいサングラスをぽいっと外した要がいつもの冷静な表情で吐き捨て、太陽の肩が落ちる。

「…アハハ、不良に試験なんてあるんだー」
「今の世の中、極道も大学卒が基本。実際我が校にも現役が居るじゃないですか」
「は?」
「光華会、高坂組若頭。…次期組長候補の優等生がね」
「マジで?!」

愕然とした太陽を鼻で笑った要が俊を見やれば、何がどうなったのか、当のオタクは桜に膝枕を強請っていたらしい。


「ぷに枕、低反発にょ」
「俊君、おっきい耳垢があったよぅ」
「どれ?ふむ、まだまだこんなもんじゃないにょ。この二ヶ月耳掃除サボってた僕のお耳には、スイートテンダイヤモンドにも勝る耳クソがっ、きっとあるにょ!」
「ふぅふぅ。はぃ、次は左側だよぅ」

然も耳掃除させてる。
抜かりないオタクに要と太陽が同時に溜め息を零せば、何やら露天風呂方面が騒がしくなった。


「何だろ?」
「近付いてきますね」

黄色い声やら叫び声やら、とにかく騒がしい音源が徐々に近付き、

「隊長っ、落ち着いて下さいっス!」
「勝手に動いたら閣下から怒られるっスよ!」
「煩いな、これが落ち着いてられっか!」

バタバタやってくる半裸集団にオタクが飛び起き、綿棒を落とした桜がソファから転げ落ちる。慌てた太陽から抱き起こされながら、

「か、加賀城君だぁ。何でAクラスの加賀城君が此処にぃ?」
「ぷはーんにょーん!美形裸っ、不良攻めじゃアアア!はーだーかー!!!」
「本当だ、周りの奴らも紅蓮の君親衛隊じゃんか…」
「獅楼!」

腰にタオルを巻いただけの長身美形に、悶えまくるオタクがうっかりデジカメを光らせたが、要が鋭く叫べば騒ぎの元が揃ってこちらへ振り返る。

「ここっち見たぁ」
「不良だらけの親衛隊がこっち見てるー!空気になれ、空気になるんだ桜!俺達には出来る…っ」

怯んだ桜と太陽が無意識に抱き合い、オタクがソファをバシバシ叩きながら歓喜の涙だ。

「イケメン不良の裸と平凡受けの熱い抱擁っ!ハァハァ、朝から晩まで萌が止まりませんっ!これ以上鼻血吹いたらギネスに載っちゃうんじゃないかしら僕っ」
「カナメさ、…おわっ!」

叫んだ俊が景気良く鼻血を吹き出し、犬の様に駆け寄ってきた半裸不良に降り掛かった。

「カナメさん、…このオタッキー苛めて良いっスか?」
「黙りなさい、何を騒ぎ立てているんですか貴方は。カルマの名を辱めるなら奈落に沈めますよ」
「だって総長がテレビに映ってて、ユーさんが中央委員会から苛められてるって!知らないんスか?!」
「貴方には関係ない話です」
「なっ、」

興奮状態の赤髪が濡れた裸体を惜し気もなく晒しながら要に詰め寄り、親衛隊達から鼻血を拭われている。

「戻りなさい。獅楼はSクラスではないでしょう?」
「でもカナメさ、」
「…シロ?赤なのに、シロ?」


オタクの呟きで、事態は変化した。


「嵯峨崎先輩二号にょ」


直後、狼から追われるオタクの悲鳴が轟いたのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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