帝王院高等学校
囚われのお姫様は凶暴でした。
「あちらは随分娯しそうですね」

外の賑わいを聞きながら、忌々しげに吐き捨てた男が苛々と指を噛む。

「混乱に乗じて間者を潜らせる。…本当にカルマの皇帝が現れれば、神帝に隙が生まれるやも知れない」
「いえ、神帝への復讐は次の機会を待ちましょう。今はまだ、刻ではありません」

その隣で携帯を操っていた黒装束の男が、口元を覆っていた布を外し目を向けた。

「王、今回の失態は我の責任だ。次こそこの命を以て彼奴の首を、」
「無駄だぜ」

二人以外誰も居ない筈の室内に、第三者の声が割り込む。バチバチと火花が散る様な音が響き渡り、電子ロックを掛けていた戸口が開いた。
神威が強制的に入って来た時とは違う、明らかに無理矢理セキュリティを破った侵入者。警戒を顕に背を正した李が美月を背後に庇い、その奇妙な人影へ恫喝した。

「何者だ!」
「マジェスティからの命令だ。
  Question and answer、何時如何なる時でも我が命に背けば容赦しない」



奇妙な男、だった。

その声が性別だけを辛うじて教えていたものの、その全身をモスグリーンの軍服で包み、エメラルドに似た翡翠色の仮面と漆黒のマントでその表情も体格も隠している。


「神帝の手駒か」
「吾が城に足を踏み入れた事、後悔させてあげましょう」
「悪いが、戦闘命令は出てない。俺が動くのは『稀』だ。お前達はただ、素直に従えば良い」

美月が懐に隠していた鉄製の扇を素早く開き、戸口の男に投げ付けた。
然し軽く横に動いただけでそれを躱した男は、やはり感情の窺えない言葉で先を促す。

「統率符に逆らう人間は排除する。マジェスティからの言付けは以上だ、じゃあな」
「貴様、」
「待て、王。…汝、ただの手駒ではないな?」

背を向けた漆黒のマントがひらりと舞った。緩く肩越しに振り返った翡翠の仮面から覗く眼差しが、


「…俺は『駒』じゃねぇ。ビショップ、それをお前は知ってる筈だぜ、祭美月」
「成程、…貴様が四天王の最後の一人と言う訳ですか。東から昇る【光】にはイースト、決して光を得られない【宵】にはノースサウス、日が沈む【昏】にはウエスト」

艶やかな黒髪を撫で上げながら、その鋭利な美貌に嘲笑を滲ませた男が別の扇で口元を覆う。



「東西南北の【中央】、神の御膝にセントラル。…貴様が憎き神帝の飼い狗だとは」
「…下んねぇお喋りが好きな奴だ。勘違いすんなよ、今夜が新月だから俺は此処に来た」

戸口に突き刺さる鉄扇を引き抜いた男が無駄の無い動きでそれわ放り、黒装束の李がパシリと受け取った。

「俺には神も人間も同じ。お前が陛下に楯突く冒涜の使徒だろうが、…興味ねぇ」

その無関心な囁きを聞いていた美月から嘲笑が消え去ると、忽ち世界は歪む。


「吾は非常に機嫌が悪い。…次にその様な無礼を働けば、吾の忠実な下僕であるFクラス一同が貴様らの寝首を掻きに行きますよ」

背を向けた漆黒のマントに銀のメスを音もなく投げ付けた美月の視界から、その背中は忽ち掻き消える。

「逃げたか。…王、」
「構いません。捨て置きなさい」

追い掛けるべきか目だけで問い掛けて来た李を片手で制し、神帝に並ぶ知能と美貌を持ちながら、まるで正反対に君臨する闇の王は密かに笑った。



「あの忌々しい男が彼様に執着する人間、…やはり天皇は使えますね、李」
「王、」

その時、帝王院全域に響いた部外者の声で、美月の美貌は益々麗しい笑みを滲ませたのだ。


「ああ、やはり神は彼の皇帝にこそ相応しい…」
「まさか、本当に現れるとは…」

スクリーンセーバ画面だったパソコンに映し出された映像を眺め、



「あの凛然とした立ち振舞い、吾を捕らえて離さぬあの方に良く似ている。…ああ、彼の人は何処に居られるのだろう、吾は再びお会いするべく日本へ戻ったのですよ、






  ─────吾の唯一神、ナイト様。」
















「ウエスト、そろそろ8時だよ〜、出番系〜」
「ノックぐらいしやがれ、ドリフターズかよ」

ノックも無しに開いたドアから可愛らしい少年が飛び込んできた。不機嫌が顔に出ているだろうが隠すつもりもなく、ズカズカ近付いてくる少年に纏っていたバスローブを投げ付ける。

「チンコ丸見え系、隠してよね〜」
「キタさん、その面でチンコ言うなや。全校男子が泣くぜ」
「え〜?だって局長以外の男なんて殆ど害虫みたいなものだし〜?あ、何か美味しそう系なエビフライだ〜」
「オラ、勝手に食うな!」

山盛りのエビフライに手を伸ばした川南北斗の手を叩き落とし、素早く着替えながら北斗の膨れっ面を軽く睨む。

「ケチ。君がそんなに心が狭い男だとは思わなかった系だよ、チンコ男」
「だから下ネタやめろっつってんだろーが、キタさん」
「ふん。おやおやおや、そっちの美少年はセーエキの君?」
「ブッ飛ばすぞ、オラ。うちの可愛い弟に何ほざいてくれちゃってんだよ、テメー」
「セーエキ兄、うっさい。起きちゃったらどうすんの」

北斗が小脇にしていた紙袋からスプレーやその他諸々を取り出しつつ、ベッドに近付いていく北斗を睨み付けた。

「見ても良いが触るなよ」
「冗談じゃない、あの北緯を顎で使うとんでもない系クレイジーなんか、頼まれても起こしたくないし」

四天王で最も権限を持つのは西指宿だが、可愛い顔をした核爆弾である北斗を出来るなら敵に回したくない。

「どっちがクレイジーだ、どっちが。その天使の寝顔見てもそれ言えたら、逆に尊敬するわ」
「兄馬鹿にも程がある系。ん〜、どれどれ〜?」

相手の黒子の数から殺した蚊の数まで調べ上げている、などとまことしやかに噂されている北斗は、味方だからこそ頼もしい情報係だ。

「へーぇ、やっぱ綺っ麗な顔してんね〜神崎隼人。兄弟揃って」
「まーな」
「チンコ、謙遜を覚えた方が良さげ系。チンコは所詮チンコ、局長の綺麗さの前ではウンコ系」
「いつから俺の名前はチンコになったんだよ。…ったく、セントラルマスターもあの口でセックス言うかんな。信じらんねー」

呆れながら無駄の無い動きで身繕いを終えた西指宿が、紙袋の底に入っていた赤銅色の仮面を面倒臭げに被り、


「あーあ、堅苦しいこの格好は、やっぱ面倒臭ぇな…」
「へぇ、チンコにも衣装。そうしてたらちょっとマシに見える系じゃん」
「良い加減チンコから離れろよ」
「チンコって呼ばれたくなけりゃ、たまには頑張ってサブマジェスティの代理を、」

北斗の背後が蠢いたのは、その時だ。


「ふわ〜、…チンコに服着せたら風邪引きそうだねえ、逆にー」
「「………」」

ベッドに背を向けていた北斗が硬直し、北斗を見ていた西指宿も硬直した。

「あー、良く寝たなー。ナミオ、夜明けのコーヒーとかっぱえびせん持って来てー」

伸び伸び腕を伸ばした隼人が大きな欠伸を発てながら起き上がり、ゴシゴシ目を擦る。

「ユウさん叩き起こしてー、メープルたっぷりのパンケーキ焼かせよっかー。寝起きは甘いもの食べないとねえ、頭が働かないってボスがゆってたしー…」

何処となく頼りない物言いは寝起き独特のものだ。もう一度欠伸を発てた隼人が漸くこちらへ目を向け、





「あ、一発で目ぇ醒めたわ。」



ぱちっと目を開いて、起き抜けとは思えない素早さで北斗を組み伏せる。


「ノーサ!」
「ぐ、油断した系…!」
「油断してなかろうがー、隼人君ってば強いからごめんねえ。
  つかさあ、何でアンタが居るのかなー、オージ先輩。あのくっそムカつくキモ眼鏡、何処行ったのー?」

四天王の中でも武道派ではない北斗が、然し余りに容易く馬乗りにされてしまった事に西指宿が舌打ちし、どうしたものかと策を巡らせた。

「この隼人君を一発でヤっちゃうなんてさー、相変わらずくっそムカつく奴だよねえ。あ、今ちょっと隼人君ってば思っちゃったんだけどー、あいつ不細工好きでしょー?
  だから隼人君の超絶美形なお顔に暴力振るえるんだよお、きっとー。馬っ鹿だよねー、眼科行けってかんじー」

爛々と目を輝かせている隼人はお世辞でも可愛いとは言えない。

「ねえ、オージ先輩。あの八つ裂きにしても足りないクソ野郎、何処ー?」

小柄な北斗の両腕を絞め上げながら、いつ西指宿へ殴り掛かろうかと好機を窺っているのが目に見えて判った。


まるで狼だ。


「ほらー、早く答えないとー、ナミオ2号の骨折っちゃうよお?隼人君ってば寝起きあんま良くないタチだからー、手加減できそーにないってゆーかー」
「サ、ブ、マジェスティ!とっとと行きなよ!カイザー引っ捕まえて、ぐっ!」

鈍い嫌な音がした。
優しげな笑みを掻き消した隼人が無表情で北斗を見下しながら、ゆらりと立ち上がり首を傾げる。


「うちのボスが、何だって?」

無機質な眼差しが射抜く。
北斗が入って来た時のまま開いていたらしいドアから、仲間が騒ぎを聞き付け駆け込んできた。
これで有利だと安堵するより早く、不意に天井を見上げた隼人が目を細め、


「クロノスセクション・ジェネラルオープン、…あの目障りなクラウンをブッ壊せ」
『声紋認識、…98%。システム自動書き換え終了。コード:スコーピオ確認、セントラルセキュリティ強制解除します』

決して消えない筈の十字架が、大きな蠍の尾に破壊尽くされていく。
怯んだ仲間が悲鳴に似た惨めな声を放ち、天井だけではなく部屋中を駆け回る無数の蠍が、ざわざわと描く巨大な時計で空間は支配されていった。


「書き換えたっつー事は、あのオタクがクロノスリング手に入れたんだねえ。…ま、俺の前では全く意味ねぇがな」
『マスタースコーピオ、ご命令を。マスタースコーピオ、ご命令を。マスタースコーピオ、ご命令を。マスタースコーピオ、ご命令を。マスタースコーピオ、ご命令を。
  クロノスは全て貴方の忠実な下僕です、マスタースコーピオ』

狂った様に命令を求める女性の機械音声に、不利な筈の隼人が溶ける様な笑みを滲ませた、


「クロノススクエア・ジェネラルオープン、敷地内に侵入者が居たら教えろ」
『セントラルデータをハッキングしました。現在、ティアーズキャノンスコーピオにカルマカオスカイザー、並びに統率符「黄昏」を確認、』
「カイザーじゃなくて、シーザー。次に間違えたらマザーコンピュータごとブッ壊すぞ、あ?」
『了解、データ書き換え終了。カルマカオスシーザー並びに統率符「黄昏」を確認、中央委員会が出動しています。発見時の映像を再生します』

苦しげに起き上がった北斗を認め、今だと駆け寄った一同が隼人を拘束するが、何の抵抗も見せず捕まった隼人はただただ微笑んだまま、天井に映し出された映像を眺めていた。


「クロノスライン・オーバードライブ、俺の声を全校にブッ放せ」
『喜んで従います、マスタースコーピオ』


まるで尊いものを見るかの様に。
まるで母親を見付けた幼子の様に。
まるで恋人を見つめるかの様に。

甘く甘く何処までも溶ける様な声と眼差し、無抵抗で両腕を縛られながら、寧ろ自分から縛らせた様な余裕を滲ませたまま、




「ボスー、隼人君ってばこのままじゃ犯されそうだからー、早く迎えに来てねえ!」



とんでもない台詞付きで。

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