帝王院高等学校
友情を裏切るにはど〜するにょ
いっそ清々しいほど横柄ですねぇ。
呆れた様な台詞を、然し見事な愛想笑いのまま宣った二葉を余所に、判り易く悶えている日向が素早く立ち上がった。

「急ぐな、高坂。罠と言う可能性も捨て切れまい」
「テメェと違って、アイツはンな事しねぇよ。おい、手が空いてる奴は付いてこい!」

役員を引き連れて颯爽と去っていった日向に、二葉が声を発てて笑う。スクリーンに映し出されたカルマ皇帝とその忠実な部下を横目に、右手で口元を押さえた。

「ファーストの現在地は」
「スコーピオ。紛れもなくアレは、嵯峨崎君ですよ」
「そうか」

佑壱が刃向かうのはいつもの事だ。
それよりもその隣、帝王院全域を見下す時計台の上の男に息を吐く。何の因果か、時計台を選んだのが意図的であれただの偶然であれ、黒い感情を腸から競り上がってくるのをコントロールする事は出来ない。

「…クロノスを駆ける針の尾、スコーピオは奴の玉座ではない」
「初代左席会長を讃えて建てられたものですからねぇ、今やあれは遠野君のもの、ですか」
「セントラルライン・オープン。総員、スコーピオ周辺に向かえ」

未だ立ち上がる気配の無い二葉が艶然と微笑み、首を傾げながら眼鏡を外した。

「そんなに彼が大切ですか、陛下。待ちに待った皇帝に再会すると言うのに」
「何の話だ」
「貴方に『唯一』など必要ありません。貴方自身が『唯一』である限り、神に唯一など必要無い」
「唯一など、この命より他に存在しない」
「その言葉、忘れないで下さいね。貴方が貴方である限り、私は貴方の障害になるもの全てを躊躇い無く排除出来る」

いつになく饒舌な二葉が黒衣を羽織り、青銅の仮面を手に取る。
優雅に立ち上がったしなやかな体躯がゆっくりと隣を通り過ぎて、白檀の香りが漂った。

「貴方が神である限り、他の何も私に入り込まず済む」
「お前が、唯一を畏れているのではないか」

扉のノブを回す気配。


「その瞳を隠し始めたのは、7つの夏だったな」

無言で出ていった二葉の気配が遠ざかる。完全防音の空間では、動物並みの聴覚でもノイズは聞こえない。


「サファイア、グレアムの証を誰よりも憎んでいるのはそなた自身ではないか、セカンド」

スクリーンから居なくなった佑壱の、燃える様な赤い瞳を思い出した。あの偽りの赤の下には、正反対の色が隠されているのだ。

「因果なものよ。私が呪った赤を、お前は好んで身に纏う。私が求めたサファイアを宿しながら、それをお前は厭う」

無人の執務室で仮面を外した。
窓ガラスに映る美貌を眺め、穢れたものを見た様に目を伏せる。


「クロノスライン・オープン」
『セキュリティ発動、クロノス反応を感知しました。排除しますか?』
「セキュリティ排除、クロノスライン・オープン。コード『マスタークロノス』の状況を報せろ」

女性の機械音声が途切れ、スクリーンに浮かび上がった十字架が掻き消えた。代わりに現われた荘厳な羅針盤が、クルクルと針を回す。

『マスターをラウンジゲート内部、室内浴場に確認。コード:アクエリアス、コード:ジェミニと共に入浴中』
「山田太陽と安部河桜、か。羨ましいものだな、俺が割り込めば忽ち混乱に陥るだろう」
『回線を接続しますか?』
「いや、それこそ生徒の混乱を招く。クロノスライン・クローズ」

羅針盤が消えると同時に十字架が再び姿を現した。絶対なるクラウンの証は、羅針盤とは常に相容れない正反対の位置にあるのだ。

「父上が初代猊下を喰い殺したと言う話は、誠やも知れんな」

首に掛けたチェーンに、指輪が一つ増えた。プラチナリングと、シルバーリング。
そのどちらをも持つ人間など、許される筈が無い。これはただの職権濫用だ。





「…俺が喰い殺しそうだ」


呟いて窓ガラスの向こうを眺める。
最早時計台の上には誰も存在しない、闇が渦巻いているだけだ。

















「はー?カルマの総長が現われただって?!」
「ひ、太陽君、声が大きいよぅ」
「あ、悪い悪い…」

頭の上から落ちたタオルを急いで拾い上げた太陽が、びしょびしょタオルを浴槽の外で絞りながら声を潜める。

「って、どう言うコトなんだ?…だって俊は此処に、」
「ぅん、さっきから何だか洗い場が賑やかだもんねぇ。錦織君と俊君の声、響いてるし…」

だだっ広い浴槽の隅っこで寛ぐ太陽の地味さはともかく、その隣に躯を沈ませた桜は体操座りで息を吐きながら、先程サウナルームで見たものを小さい声で繰り返した。


「って、感じかなぁ。神帝陛下の声がして、その後すぐテレビに紅蓮の君と暗黒皇帝の姿が…」
「イチ先輩が居たなら、少なくても悪戯の可能性は低いけど…」

呟いて周囲を見回した太陽は、浴室独特の騒めきと周囲の無関心さに声を益々潜め、桜の耳元に唇を寄せた。

「さっさと上がって、様子見に行かない?錦織と俊が此処に居るって事は、イチ先輩とは別行動ってコトじゃん?」
「ぇ、でもぅ、制服クリーニングに出しちゃったからぁ」
「無駄遣いとか言ってる場合じゃない、バスローブ買おう。桜、さっきのバスローブ貸してくれない?もう一着仕入れて来るから」
「ぇ、バスローブで出歩くのぉ?!」
「恥より好奇心が勝る。ゲーマー舐めんな、風呂上がりトランクス一丁で徹夜RPGするから、俺ー」

何の自慢にもならない事を吐き捨てた太陽が浴槽から出ると、手早く体を拭いて手摺りに掛けていた桜のバスローブを羽織る。

「ぁの、どうせなら購買フロアでお洋服買った方が良いんじゃ…」
「あ、それもそっか。あっちから出たらマーケットだったな。すぐ戻るから!」
「ぃ、行ってらっしゃぃ」

何だか賑やかしい洗い場には見向きもせず飛び出して行った太陽を見送り、中々に男らしいなと痙き攣った桜は、背後からぎゅむっと抱き締められて飛び上がった。

「きゃっ、」
「桜餅、見っけ!タイヨーはどうしたにょ?僕の可愛いタイヨーは何処の俺様攻めに押し倒されてるのかしら!」

桜より背が高い俊が眼鏡を輝かせ覗き込んでくる。

「サウナに行ったのかねィ…。僕ってば、あんまりサウナ好きじゃないにょ」

洗いたての濡れた髪を掻き上げながら、壁に押し付けた桜を余所に辺りを見回し、眼鏡を外して目を眇めていた。太陽を探しているらしい真剣な横顔を呆然と見上げた桜は、不意にこちらへ視線を落とした俊と目が合い腰を抜かす。

「桜餅?」
「しゅ、しゅ、俊君…っ、ちょっとこっちに来て…っ」

引き締まった俊の腹筋にすら真っ赤になった桜が立ち上がり、周囲の視線を集めている俊の腕を掴んだまま、ロッカールームを横切る。

「え、あにょ、僕まだお風呂入ってないにょ、」
「こっち!」

トイレすら一流ホテル並みの帝王院は、個室に五人くらい籠もれそうな広さだ。

「はぁ、はぁ。此処なら誰も居ない、かなぁ?」
「えっと、あにょ、こんな密室に二人っきりなんて…そにょ、うっかり僕が狼になってしまったらごめんなさい、責任は取ります…」

俊が絶賛した大理石の上にちょこんと鎮座した便座は煌びやかで、それにタオルを巻いただけの桜が腰掛け、びしょびしょの俊が腰に巻いたタオルで拭くべきか悩みまくる。
拭きたいのは山々だが、外したらとんでもないものが桜に丸見えだ。童貞の謙虚さで大人しい息子だが、万一暴走したらマズい。初体験がホテル並みのトイレだなんて、セレブだがかなり残念だ。

「さ、さ、さ、桜餅っ、幸せにするからねィ!あっあっ、でもやっぱりお布団の上の方が、身も心も盛り上がるんじゃないかしらとか、思ったり」
「さっき、紅蓮の君と俊君がテレビに映ってたよぅ」

混乱最高潮のオタクを余所に、何から話して良いのか判らない桜が疲れた様に口を開く。

「太陽君なんて、イキイキした表情で走って行っちゃうしぃ…バスローブだけで…」

きょとん、と沈黙したオタクは見上げてくる桜に首を傾げ、短い息を吐いた。


「それはまた、異常にそそる格好だな」
「そんな事ゆってる場合じゃ、」
「大丈夫、あれは俺じゃない」
「ぃや、それは判ってるんだけどぉ、だったらさっきの総長さんは誰なのぅ?」
「まァ、その内判る。俺は予定時間まで精々寛ぐだけだ」
「ちょ、」

眼鏡を押し上げた俊が出ていくのを追い掛け損ねて、まだ濡れたままの前髪から滴る水滴に手を伸ばした。



「陛下に本当に喧嘩売っちゃうなんて、…凄過ぎるよぅ」

このまま俊の傍らに居たら、自分もABSOLUTELYの敵として睨まれるのだろうか。
このまま大好きな幼馴染みとは一生、仲直り出来ずに。


「セイちゃん…」

嫌だな、と思った。
このまま俊がカルマ総長なのだと中央委員会に報告すれば、幼馴染みは偉いなと誉めてくれるのではないか。そうしたらまた、昔みたいに仲良く手を繋いで映画館に行けるのではないかとか。

醜い事を考えてしまう自分が嫌だな、と。泣きたくなった。

学園通信を映すそこかしこに備えられたモニタで、新しい退学者の名前を掲示しているのを見た。
それは部室からレストランに向かう間に、何度も何度も。


不良から殴られた腹は、触ればまだ痛い。サウナに入って赤く染まった腹は、殴られた部分だけ紫色を濃くさせた。

学園通信の風紀欄。液晶画面に掲示された退学者の名前に、見覚えがあった。自分を殴った生徒の名前もあったからだ。
それを無関心げに眺めた太陽が密かに拳を握り締め、親指を立てたのを知っている。全治二週間の怪我にも同情したが、それよりも極度の精神異常の方が重傷だそうだ。何があったんだろうと噂しあう生徒達に、わざとらしく声を上げた太陽が言った。

『天罰が下ったんだろ、な、天皇猊下ー』
『天神様が怒ったら、帰って来れなくなっちゃうにょ。だから悪い事しちゃ、めー』
『はーい、イイコで頑張りまーす』

俊の肩を抱き、笑う太陽が振り返って手招きする。何食べようかと笑いながら、俊の奢りだからと嬉しげに、嬉しげに、


「出来っこないよぅ」

俊が左席役員の入力画面に、桜の名前を打ち込む【振り】をしていたのを気付いていた。
賢い帝君の頭脳で、自分が裏切るかも知れない事に気付いていたのだろうか。だから、太陽には話せても、ABSOLUTELYと繋がっている自分には話せないのだろうか。

中央委員会に通告したら、友達を犠牲にして幼馴染みとの日々を取り戻せるかも知れない。
悩む事など無い筈だった。



「桜餅、まだトイレに居たにょ?ぽんぽん痛い?」

鍵が開いたままのドアから、制服に着替えた俊が入って来る。風呂はどうしたのだろうかと瞬いて、その手に大きなバスローブがある事に気付いた。

「錦織きゅんのバスローブ剥いで来たにょ。メガネーズの人が、タイヨーも桜餅もクリーニングに制服出したって言ってたから」
「錦織君から?」

ふわり、と。羽織らせてくるバスローブを掻き寄せて、ゆっくり立ち上がった。

「今頃チワワに襲われてたらイイにょ」
「ぁ」

頷いた俊が何を思ったのか屈み込み、殴られた腹の傷に手を伸ばす。

「クロノスライン、通常スピーカー接続。コード『アクエリアス』に繋いでくれ」
『ぅわっと、何だー?何だ今の?!』

トイレ中に響く太陽の声に小さく笑えば、体が宙に浮いた。何事かと固まり、すぐ近くに俊の眼鏡を見付けて沈黙する。
どうやらお姫様抱っこされているらしい。

「タイヨー、サロンパスとおやつ買って来て欲しいにょ」
『俊?もしかして俊の声かい?』
「そ〜にょ。あんまり冷たくないサロンパスがイイと思いますっ、ぽんぽん冷やさないサロンパス!」
『腹を冷やさないって………ああ、そっか、判ったー。びっくりするから、今度はメールで宜しくねー』
「はーい」

朗らかな二人の会話が途切れ、個室から出てすぐに制服姿の要が入り口を塞ぐ様に立っていて。


「…猊下、あんな所で良くも素っ裸にして下さいましたね」
「カナタ、チワワは?」
「殴り倒して来ましたよ、勿論」
「はァ、鬼畜攻めを襲い受けてくれそ〜な勇者チワワ、何処に居るのかしら。ねね、桜餅」



やっぱり、裏切るなんて無理。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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