帝王院高等学校
あっちこっちでワンコパラダイス
時、遡る事PM6時。
携帯片手に廊下を全力疾走した彼は、周囲をキョロキョロ見回し警戒しながらその部屋のネームプレートの裏側へ手を突っ込んだ。


「えっと、…お、あったあった(ТωT)」

すぐに指先に触れた小さなチップの様なものを摘み出して、もう一度辺りを見回す。

「『最強伽屡眞夜露死苦』」

指先のマイクロチップを、扉の脇にあるキーパネルの赤外線センサー部分に引っ付けたまま、ボソボソと携帯を見つめながら囁いた。
カチャリ、と言う小さな音と共に開いた部屋の中へ素早く入り込み、靴を脱いでいそいそとリビングへ。


「はー…、焦った(~Д~) 誰にも見られてねぇよな、多分」

巨大なバナナクッションに倒れ込み、桜から拝借して来た黒縁眼鏡を外し息を吐いた。

「然しハヤト凄ぇな、こんな小さなSDで中央委員会でもないのに他人の部屋入れるなんて(´`)」

隼人の犯罪スレスレの発明、いや、佑壱のIDカードに内臓されているマイクロチップの複製は、データを入力する事でマスターキーとなる優れ物だ。
総長の家政夫気取りの佑壱が、手っ取り早く俊の部屋へ上がり込む為だけに忍ばせた合鍵、と言えようか。ストーカーギリギリだが、左席会長の部屋を開けられるのは本人か理事長のみ、佑壱のリング権限を以てしても出来ないのだから仕方ない。

「…さてと、シャワー浴びてぇとこだけど(~Д~) サクサク着替えっか」

投げ出した携帯は受信メールを表示させたままだ。差出人は佑壱、件名は『総長命令』である。

「ったく、何かポチポチやってると思ったら、…ユウさんにメールしてんだもんな、総長(`‐´)」

俊からメールが来る事など稀だ。
俊から電話なんてまず有り得ない。何せ、カルマの誰もが総長の電話番号を知らないのだから。


そう、佑壱以外。



「たまにゃ頼られてぇなっつーのは、ペット如きには贅沢なんかねぇ(´Д`)」

シャツを脱ぎクローゼットを覗き込みながら、人知れず切ない溜め息を零す。
然し30分後、鏡を見つめた彼が発狂寸前に陥るとは、誰も予想していなかった。














「はー…」

サウナルームからのそりと現れた長身が、腰にバスタオルを巻き付け、頭にフェイスタオルを載せたまま息を吐いた。
小柄な生徒達がその筋肉美を眺め目を輝かせていたが、コーヒー牛乳片手にロッカールームの片隅で暗んだ空を眺めている長身に近付こうとはしない。

「もう真っ暗じゃんか。そんな入ってたっけなぁ」

ゴクゴク喉を鳴らしながら瓶を空にした男がフェイスタオルを首に引っ掛け、何ともなく大浴場へ足を向ける。

「これ、捨てといて」
「あ、は、はいっ!お任せ下さいっ」

通り掛かった見知らぬ生徒に空瓶を渡し、お願いすればまず誰も嫌がらない。その端整な美貌と、極度の脱色で痛んでいるもののワイルドなワインレッドの髪に逆らう気力が生まれないのだろうか。

「って言うか、たまたま入れたけど。やっぱコレの所為だよなぁ」

呟くなり右手に嵌めたシルバーリングを見つめ、辺りをキョロキョロ見回した。
彼、加賀城獅楼がこの指輪を与えられたのは僅か半年前の事だ。成長期が来る前、まだ意気地無しで大人の言いなりだった気弱な自分が、初めて非行の道に走った後。

「結局、ハヤトさんの舎弟になれって意味だったのかなぁ」

幹部メンバーの中でも飛び抜けてド派手な隼人が、新入りの自分に話し掛けて来た時の事を思い出した。
隼人が帝君である事は中等部入学の時から知っていたものの、どうやら向こうは自分が同級生だと言う事も知らなかったらしい。

『あー、カガシローだあ。お前、帝王院生だったんだねえ。偉い偉い』

あの頃、まだ170cmあるかないかくらいだった加賀城より20cm近く背が高かった隼人は、いつもの食えない笑みを浮かべたまま校舎内で話し掛けてきた。

『カガシローはー、ユウさんに憧れて入ったんだったっけー。でもさあ、親衛隊に入っちゃうなんてやり過ぎじゃないかなあ』
『え、あの、その、』

佑壱の追っ掛けだった自分の首を掴み、ストーカーなの?なんて無邪気に笑いながら、今、指に嵌めているシルバーリングを差し出し、

『ユウさんにチクられたくないならー、隼人君のお手伝いしてくれるよねえ?』

寧ろ口調よりその眼差しの方がずっと饒舌だった気がする。逆らえば判ってんだろうなあ、と言う無言の威圧に負けてコクコク頷けば、隼人は指輪と真新しい携帯を押し付けて去っていった。
あの日以来、隼人が話し掛けて来る事は無いが、何故か性格最悪で有名な川南弟や鬼委員長で有名な東條と接点が出来てしまい、一応カルマの不良である自分は済し崩しに友人が減った。

「Sクラスしか入れないラウンジゲートにも入れて、ユウさんの部屋にも行けちゃうのは嬉しいんだけどなぁ」

成長期なのか慌しく伸びた身長も付いてきた筋肉も、チワワな少年に付き纏われる要因だ。
雄の頂点に君臨する佑壱(少なくとも加賀城は本気でそう思っている)に誉められるならまだしも、女の子とデートすらした事もない、外見に反して奥手な加賀城少年にホモの趣味は無い。頬を染めた可愛い子に迫られ様が、可愛らしい便箋に恋文をしたためられ様が、根が純情平凡な彼には全くこれっぽっちも意味はないのである。

「はー…、露天風呂は恥ずかしいから、広いお風呂でのんびりして、ユーさんの部屋に行こっ」

最近ずっと不機嫌な佑壱は夜毎何処かに出歩いているらしく帰って来ないが、佑壱の部屋の前で膝を抱えて待っているだけでも十分楽しいから良いのだ。
朝方帰って来ようが、待っている自分へ『何だテメェ』と睨み付けられようが、膝を抱えて待っている加賀城を『捨てられた子犬みたい』と噂している生徒が増えてようが、


「いつか、ユーさんの部屋でユーさんの作ったオムライスが食べれたら良いなぁ」

見た目マフィアかホストか、佑壱と並んで見劣りしない色男は、然しそれを四割減させる呟きを零しながら頭を掻いた。














ぼーっとしていた男はプルプルと頭を振り、何処に向かっているのか判らないエレベーターのボタンを押しまくった。

「早くタイヨーと桜餅の所に帰んないとっ、二人のお風呂シーンを撮り逃しちゃうにょ!」

然し押しても連打しても無反応なエレベーターは、動いているのか居ないのか判らないくらい静かに沈黙している。
どうしたものかと眼鏡を曇らせた俊は、顎に手を当てて自分の手を見た。

「えっと、クロノススクエア・オープン」
『マスタークロノスを確認、ご用件をどうぞ』
「タイヨー達の所に帰りたいにょ。でも今、エレベーターが壊れてるなりん。どーしたらイイですかっ」
『コード:宝瓶宮の現在地を検索、リブラ内に確認』

エレベーターの照明が消え、天秤の図柄を点灯させていたパネルに王冠のマークが現れる。
それを眺めていたら、照明が消えた天井から緑色の光が降り注ぎ、その中に寮の断面図の様なものが浮かび上がった。

『エレベーター到着点はラウンジゲート内部である事を確認しました』

その中に一際大きな点が現れ、建物の地下を凄い早さで横に進んでいる。masterと言うスペルが点滅しているが、エレベーターに乗っている自分が横に進んでいる訳がない。どう言う意味だろうかと首を傾げたが、尋ねる相手は居なかった。
何とも言い難い表情の神威を思い出して、無意識に触れた唇は湿っぽい。

『セントラルシステム起動中、エレベーターの権限を剥奪しますか?』
「えっと、タイヨー達の所に行くなら、それでイイなり」
『了解、スクエアのご利用を続けられる場合はご用件をどうぞ。終了される場合はシステムクローズをご命令下さい』
「クロノススクエア・クローズ」

機械音声が途切れ、エレベーターの照明が復活すればもうする事は何もない。
パネルに天秤のマークが現れ、そうか天秤座はリブラだからこのマークは寮を現しているのか、などと頷きながら、湿っぽい唇の理由に頬を染める。


「…今日だけで一生分のチューしちゃった気がする」

不良仲間がセクシーな女の子の肩を抱き、挨拶代わりのキスをしている光景を何度も見てきた。
中には物好きな女の子も居て、『今夜も素敵ね』なんて囁きながら頬にキスしてくれた人もいた。その度に佑壱が呆れ顔で言うのだ。


『お前ら程度で総長が落とせっかよ』
『ひっどーい、もう佑壱とは寝てあげないんだから』
『あー、そら残念。ま、抜くだけの相手なら不自由してねーから』
『最っ低』

悪怯れない佑壱も、最低と言いながら楽しそうな露出の激しい女の子も。まるでテレビの中の様だった。

『ねぇ総長、一回で良いから遊んでよ』

腕を巻き付けてくる女の香水の匂い、唇を寄せてくる光景、柔らかな胸を押しつけられた背中、サングラスの下で硬直した自分の酷い狼狽を悟られていたなら、それはきっと揶揄い以外の何物でもなかった筈だ。

『隼人も佑壱も呆れるくらい適当なんだもん。健吾じゃこっちが引き立て役になっちゃうじゃん』
『適当で悪かったな』
『あは、隼人君は誰にも本気になんないのー。ボスから離れなさい女狐ー』
『俺の方こそ淫乱お断りだっちゅーの(´Д`)』
『あーあ、ユーヤも本命出来ちゃって、あっちの王子様も最近大人しいし。貴公子様は相手にもしてくんない、つまんないの』

懐かしい記憶を思い出した。確か、そうだ、中2の夏。中3の佑壱は呆れるくらい大人びていて、中2の隼人も裕也も健吾も要も、自分とはまるで違う世界の人間だったと思う。
そうだ、あの時から嫌っていたのかも知れない。

『あっちの王様は、物凄い美形なんだって。ほら、セリナって子居たじゃん、おっぱいデカイ』
『あー、ユウさんに捨てられてカナメちゃんに迫ってた馬鹿女ねえ』
『カナメの好みドンピシャな、年上巨乳!(∀) アレ食ったの?ねーねー、カナメ(´Д`*)』
『ケンゴ、鼻の下が伸び切ってますよ、みっともない』
『でさ、セリナってばあっちの王様に媚薬飲ませて迫ったんだって。馬鹿だよね、あの子』

まだ顔も知らなかった時。いや、見掛けた事は何度もあったが、いつも仮面に隠れていた顔を見た事は無くて、勿論話した事も無ければ、その名前さえ知らなかった時だ。

『触るな、って跳ね飛ばされたんだってさ。で、下っ端に食われたらしーよ、数人掛かりで』
『わお、乱交パーティー。あっちはえげつないねえ』
『振られた事なさそーな嬢ちゃんだったからなぁ、あの子(∀) うちも副長と幹部長の二人揃って喰われてやがっし(´Д`*)』
『黙らせますよ、ケンゴ』

皆、その女の子が受けた仕打ちには無関心だった。
処女じゃなかったら辱めを受けても良い、なんて道理許せなくて。媚薬を飲ませてしまうくらいその女の子は男の事が好きなんだ、と。考えたら益々腹が立ってきたのを思い出した。


『ね、アタシが総長に媚薬飲ませたらさ、遊んでくれる?』

揶揄めいた笑みを滲ませサングラスを奪った女が、すぐに怯えた表情を浮かべた事も。
笑っていた仲間が一様に口を閉ざした事も、曖昧に思い出せる。



『俺なら、…身も心も溶けるくらい愛してあげるな』


捧げられた想いを容易に振り払った男を、だから嫌いになったのはその時からだ。その時はまだ、モテない自分の僻みだと自嘲していた。
決定打は中3の夏休み。仮面から覗く飴色の眼差しは、恵まれた男の美貌を教えていた。



『何に怯えている、お前は』

囁く様な声を思い出して、また、唇に手を当てる。湿っぽさがいつの間にか乾いて、先程の余韻は何処にも存在しない。



「…そんな、馬鹿な」

似てる気がする、などと。呟き掛けた唇が零したのは、それを否定する言葉だ。
名前だって違う、学年だって違う、あの人を見下した男とは違い、彼は自分をちゃんと人間扱いしてくれて、


「そんな、筈がねェ。…馬鹿かよ、俺は」

携帯が音を発てた。
聞き慣れた着信音に眼鏡を押し上げて、


「イチ」
『準備が整いました。どうするっスか、総長』

楽しそうな佑壱の声に、一言囁けば良いのだ。



「征こう、神の元へ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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