帝王院高等学校
男には戦わねばならぬ時があるなり!
無人の筈の教室に、人の影があった。
つまりは受け持ちの生徒だろうが、これはまた酷く珍しい生徒だと短く笑う。





「一番乗りが神崎とは、想像外やったな」
「…初めましてー、紫水の君。父と義兄がお世話になってますー?」

優しげな目尻を益々和らげて、これ以上無い微笑を滲ませる少年に首を傾げた。

これが本当に15歳だろうか、と。



「西指宿議員は、俺やなくうちの親父の知り合いやさかい、挨拶する相手間違っとるで?」
「あーね、…うちのパパさんは西指宿って言うんだっけ?」

揶揄いめいた笑みが途切れ、長身の生徒が腰掛けていた席に、表情にこそ現わさなかったものの狼狽した。
基本的に出席番号順で配置されているSクラスの席は、一番前の席、つまりそれこそが帝君の机である。席替えしたならまだしも、神崎隼人の机はその後ろ、二番目だ。



なのに、彼は帝君の机の上に腰掛けていた。
見ただけで判る。隼人が帝君などと言う称号に未練など持ち合わせていない事は。ならば、彼の興味が注がれているのは、帝君ではなく、『外部生』と言う事だろう。


何故、こうも次から次に。
あの見た目に反して異常に冷めた山田太陽だけではなく、見た目通り他人を拒絶している嵯峨崎佑壱に高坂日向、加えてあの謎めいた神の子まで惹き付けて、



「義兄さんは相変わらず出来損ないみたいだねえ。去年、アンタが面倒見たんでしょー、東雲センセ?」
「王呀の君は優秀な生徒やで?まぁ、紅蓮の君や清廉の君には届かんでも、二学年三番は優秀や」
「ならさあ、─────何であのオッサン、未だに隼人君を欲しがるのかなあ?
  毎回毎回、嫌だってゆってるんだよお、隼人君はさー」


ま、いっか。
小さく呟いた長身が立ち上がり、無機質な机を長い指で撫でる。



「センスは無いけど、隼人君好みの顔はしてたねえ。センセ、天の君は何点で合格したのー?隼人君さー、今回頭ン中ぐっちゃぐちゃでえ、手抜き出来なかった筈なんだけどなー」
「9教科総計、881点。…ほんまに恐ろしい賢さやな、神崎」
「平均98点かー。まあ、東大は楽勝かなー。…で、天の君はもっと上だよねえ」

特別何が、と言う訳ではない。
880点の錦織要も素晴らしく、805点の太陽もこのクラスでは順位こそ落ちるが、国立大学進学には十分だ。





「9教科、1800点満点」
「…何、それ」
「外部入学は、9教科二倍のテストを受けなあかんねん。編入試験のがよっぽど簡単やな」
「へえ、満点かあ」

けれど、僅かに驚きを見せた隼人とは違い、自分は全く驚きはしない。
満点合格の人間を知っている。もう一人、自分以外に。





9教科、2000点を叩き出した怪物を。発見されていない公式を用いて学会に名を連ねた若き教授を。









  ─────知っている。


















「…愛してるんだ」
「誰もに言った使い古しの言葉なんか、
  ─────要らない」

真剣な眼差しで見つめてくる男の視線から逃れる様に、彼は小さく頭を振った。

「今もこれからも、本心から求めたのはお前だけしか居ない。…どうすれは信じてくれるんだ」
「抱き締めて、キスして。…なんて、もう言い飽きたんだ、カイ。…俺はもう、疲れたよ」
「欲のままに本能のままに求める事は罪じゃない。…俺はお前が欲しいんだ、俊………しまった」


「「はい、ブー」」


バーテンがシェイカーを凄まじく格好良い仕草で構えながら、無表情で肩を落とす。

『樹海に舞う天使の翼』と言う、緑茶青汁牛乳を蜂蜜とシェイクした何とも言えないカクテルを気に入ったらしい太陽が、冷めた、と言うより死んだ魚の様な目でバーテンとオタク客を見つめていた。


破局カップルしりとりも僕の勝ちにょ!さっきの俺様カップルしりとりも僕が勝ったにょ!」
「毎回、俊の名前で負けてるよねー、カイ君…」
「俊、口頭だけでは不利な様だ。口を除いた四感の使用も許可してくれないか」
「仕方ありませんね…。じゃあ第三ラウンドっ、熱愛カップルしりとり、レディー…ゴーヒロミ!」

シェイカーを静かに手放したバーテンが、プラチナブロンドを掻き上げ、獲物を前にした狙撃手の様な目を向ける。

ぞくりと背を震わせた太陽が目を逸らし、全く動じていないオタクに感嘆の息を漏らした。



この二人が一体どう言う知り合い方をしたのか、想像すら出来ない。



「きゃーっ!」
「え?」

あまりに露骨な台詞回しから目だけではなく耳まで塞いでいたらしい太陽が、一見抹茶ミルクの様な液体で満ちたグラスを置いて顔を上げた。


「グフ」

そして、ローテーブルでゴンッとデコを打ち付けた様だ。



「…疾しい事が無いなら、その身を以て証明すれば良い」
「いやーっ、犯されるーっ!」

バナナクッションの上で押し倒される俊がジタバタと暴れているが、襲い掛かるバーテンはびくともしない。
今にもシャツを剥ぎ取られそうなオタクは、眼鏡をしていても判るくらいに狼狽していた。曇りまくった眼鏡から今にも大雨が降り始めそうな勢いだ。

「ルビーよりも赤く熟れたその唇に、…愛の数だけ口付けを捧げたい」
「いやーっ、オタク受け美形攻めなんて大好物ですがァ、キャストが間違ってませんかーっ!」
「快楽に堕ちる様はさぞ芸術的だろう。…この身に宿る熱情ごと、お前に貪り尽くされれば…」

貞操を守るのに必死なオタクと、平然としりとりを続けるバーテンは今にもベッドでメイクラブに励みそうだった。


「ば?!ば、ば、ば…っ、バナナはおやつに入りませんっ!…はふん」
「あ、俊の負けー」
「もう、しまいか」

物足りなそうな神威が渋々俊の上から離れ、バナナを尻に敷いたオタクが眼鏡を曇らせて膝を抱える。



「初めて負けちゃったにょ…」

手が早いバーテンによってボタン全開にされてしまったシャツもそのままに、熱愛カップルしりとりに負けてしまった事を悲しんでいるオタクは、しゅばっと立ち上がった。



「次はカイちゃんVSタイヨーにょ!」
「アハハ、断る。」
「ちぇ、つまんないにょ」
「然し、皆遅いなー」

不貞腐れた俊が尻をぷりぷりさせたが、太陽は戸口を見つめ何処と無く淋しげに囁く。
カクテル製作に飽きたらしい神威が『本日閉店』の札をローテーブルに立てて、シャツを緩めながら俊を抱き上げた。



「どうした、覇気が無いな」
「タイヨーが淋しそうにょ。桜餅もセクシーホクロきゅんもユーヤンも帰って来ないから、きっと悲しいにょ」
「ふむ。…ならば、迎えに行けば良い。どの途、4時にはHRだ」
「そうだなー、もう3時回ったし」

神威の言葉に太陽が腕時計を見つめる。

「もうおやつの時間にょ!」
「どんだけー。おやつは我慢しなさいね、HR終わったら夕飯の時間になるしー」
「じゅるり。ハァハァ、レストランに行くのかしら!」
「レストランみたいな食堂には行くよー」
「そこで俺様会長がタイヨーにプロポーズするなり!見つめあうタイヨーと俺様会長っ、ハァハァ、涎が止まりませんっ!」
「はい、残念でしたー」

俊に貰ったジャケット入りの紙袋を小脇に、立ち上がった太陽が満面の笑みを滲ませた。



「中央委員会は、生徒の混乱を懸念して学生食堂の入場が制限されるんだって」
「ふぇ?」
「だから、中央委員会は一般フロアの食堂には入れないんだよ。中二階になってる特設フロアで食事してるんだってさー。俺も高等部のレストランは見た事ないけど」
「な、何で!」
「だから、皆が混乱するからー…俊?」

愕然とした表情のオタクが眼鏡を曇らせたまま崩れ落ちる。
カタカタ震える様が恐ろしい。



「カイ、カイ、カイちゃん、ふぇ、中央委員会が憎いにょ!」

ビト、とバーテンから裕也の制服に着替えた神威に張り付き、オタクは眼鏡から嵐を起こした。

「うぇ、二葉先生が居ない食事なんか考えられないにょ!ぐす、俺様副会長でも我慢するから、ひっく、萌えをオカズにご飯五杯食べたいですっ!めそり」
「…叶二葉が好みなのか?」
「ハァハァ、僕はさっきの握手会で二葉先生のファンになりましたっ!眼鏡なのにあの反アキバ系プロポーションっ、ターンの切れ味!ハァハァ、どれを取っても羨ましいにょ!」
「………そうか。」
「握手会って何ー…」

何だか低気圧を巻き起こしている美形に太陽の唇が痙き攣る。
眼鏡を輝かせたオタクがデジカメからプリントアウトしたらしい白百合ショットを眺め、ハァハァ忙しい様だ。



「俺は、白百合閣下よりよっぽどカイ君の方がイケメンだと思うよー」

言いながら玄関の扉を開けた太陽は、揶揄めいた笑みを浮かべたまま扉を閉めた。
どうやら裕也達が出ていった際、脱ぎ散らかした俊の靴を噛んだらしい扉が、僅かに開いていた様だが。





「おや、今とても残念なお顔が見えた様な気がしますが」

扉一枚隔てた向こうから、聞きたくない声が聞こえてくる。
冷や汗を浮かべた太陽はインターホンを連打する気配と共に、響き渡るピンポンに心臓を押さえた。


「タイヨー、どうしたにょ?」
「来客の様だ」

神威が風呂で洗ったらしいボサボサの黒髪をオールバックに整えてやり、俊はぽてぽてと近付いた太陽を抱き抱え扉を開けた。



「はふん」
「ご機嫌よう、天の君。おや、山田太陽君を抱えて何処かへお出掛けですか?」
「二葉先生、こんにちは」

風紀、と印されたバッジを掲げた生徒を引き連れた二葉が、眼鏡を押し上げながら唇に微笑を滲ませる。
手にしていた一枚の紙を差し出し、



「左席委員会就任、おめでとうございます天皇猊下。つきましては、こちらの書類にサインを頂きたいと思います」
「えっと、あにょ、」

書類と言う紙には事細かに記入欄があった。会長の欄には既に遠野俊と言う名が記入されてあり、副会長以下が空欄である。

「勿論、左席委員会は機密ですので、この書類を中央委員会、つまり我々へ提出する義務はありません。然し、─────理事会には提出する義務があります」
「卑怯だぞ!」

俊の腕の中から太陽が叫んだ。首を傾げる俊の背後で、黒縁眼鏡を押し上げた神威が一歩進み出る。

「正規の書類ならば致し方あるまい。…然し、氏名を律儀に記載する義務はなかろう?」
「おやおや、これはまた面白い伏兵がいらっしゃる」

神威を一瞥した二葉が笑みを深め、太陽が僅かに眉を寄せた。
知り合いみたいな印象を受けたからだ。

「氏名を律儀に記載する義務がない、って…あ、そう言う事か」
「救い様が無いお馬鹿さん、では無かった様ですねぇ、山田太陽君。」
「…お誉めに与りまして光栄です、叶風紀長サマ。」
「ハァハァ、タイヨーと二葉先生が見つめあうと素直にお喋り出来ない状況にょ!ハァハァ、ついつい憎まれ口を叩いてしまう強気平凡受けに、ハァハァ、そんな受けが可愛くて堪らない鬼畜攻めっ!」
「俊、ちょっと黙ってなさいねー」
「随分、仲良しさんになりましたねぇ、お二人共」

揶揄う、とは少し違う声音を睨み付けた太陽が、然し見たのはしなやかな背中だ。
それを見る度に奇妙な感覚に襲われるのだが、去ろうとする背を引き止めたりはしない。





「タイヨー?」
「それ、後で書けば良いよ。…でも、先に書いておきたい空欄があるんだよねー」


『氏名を律儀に記載する義務は無い』書類へ、鞄から取り出したボールペンでサラサラと何かを記入する。
満足げに息を吐いた太陽を眺め、最早姿の無い二葉を追う様に視線を注いだ神威が、眼鏡の下で目を細めた。





(───相手が悪い様だな、叶。)





左席委員会生徒副会長、山田太陽。



「さ、安部河の役職は会計だから、名前決めておかなきゃな」
「名前?」
「俊が天皇猊下、俺が口内炎閣下、安部河はどうしようかなー。あと、カイ君の名前も考えないと」
「ふぇ?お名前…ハンドルネームみたいなものかしら?」



俊が太陽から奪ったボールペンを緩やかに奪い、



「考えるまでもない」
「ふぇ?」
「え、ちょ、本名は書くなよ?!理事会には神帝が居るんだから、」



左席委員会庶務、神の威。

凄い皮肉だ、と痙き攣る笑みを浮かべた太陽は、然し耐え切れず腹を抱える。



「あは、あはははは!良いなそれ、中央委員会に喧嘩吹っ掛けてるみたいで!」
「ふぇ?ふぇ?ふぇ?中央委員会と痴話喧嘩?」
「みたい、ではなく、挑むんだ。古今東西、革命に争いは必然的に寄り添う」
「ああ、そうとも!今はまだクーデターかも知れないけど、反乱が革命に変わるんだ!俺は今の帝王院に不満があるっ」

拳を握り締めた太陽が、立ち去った二葉を思い描き吠えた。





「不良が怖くて新作ゲーム発売前日の真夜中から並べるか!」
「カッコいいにょ、タイヨー!」
「おうっ、敵は中央委員会に有ーりっ!俊、カイ君っ、円陣組むぞ円陣っ」


視界に肩を組む二人が映り込んだ。



「早く、カイちゃん!僕、円陣組むの初めてですっ」
「気合い入れていくぞっ」






(さぁ、挑むならばいつでも)


(私を跪かせられるものならば)




(…その全身全霊を懸けて。)








「「おーっ!」」




(臨むが良かろう、…脆弱な生き物よ)


←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!