大空と錬金術師
ちっぽけな人間
三人はタッカーの悪行を東方司令部に報告し終わると、そのまま正面口の階段に座ってぼんやりしていた。空を覆い尽くす雲からとめどもなく落ちる雨が三人を濡らす。
ふとツナは雨雲を見上げた。
全てを洗い流すような雨。
しかしツナの心のわだかまりまでは流してくれない。
雨を顔面から浴びている間、ツナは太陽のような明るい笑顔を絶やさない彼の雨の守護者を思い出した。そしてそれに連なるように次々に浮かんでは消える仲間の顔。
ツナは俯いて膝の間に顔を埋める。
(……みんなに会いたいな……)
無性にツナは元の世界での仲間に会いたくなった。
「もしも“悪魔の所業”というものがこの世にあるのなら今回の件はまさにそれですね」
不意に後ろからリザの声が聞こえてきた。
「悪魔か……」
マスタングの声がそれに続く。
「身も蓋もない言い方をするならば我々国家錬金術師は軍属の人間兵器だ。一度事が起きれば召集され、命令されれば手を汚すことも辞さず―――人の命をどうこうするという点ではタッカー氏の行為も我々の立場も大した差はないということだ」
ツナは顔を上げてエドを見る。
ツナの位置からはエドの背中しか見えず、その表情を知ることはできない。
「それは大人の理屈です。大人ぶってはいてもあの子はまだ子供ですよ」
タッカーの悪行を止められなかったのは仕方なかった。
術を持たない自分がニーナを助けられないのは仕方がない。
そうやって割り切ることが出来ないのは、自分がまだ『子供』だからなのだろうか。
ツナは出そうにない答えを探しながら二人の会話に耳を傾け続ける。
「だが彼の選んだ道の先には恐らく今日以上の苦難と苦悩が待ち構えているだろう」
淡々とした声と規則的な足音がすぐそばを通り抜ける。
「無理矢理納得して進むしかないのさ」
青色の軍服を目の端でぼんやり追っていると、それはエドの背後で止まった。
「そうだろう、鋼の。いつまでそうやってへこんでいる気だね」
話しかけられたエドは一言悪態を吐くと、振り返ることなく黙り込む。マスタングはそんなエドに追い討ちをかけるように口を開く。
「軍の狗よ悪魔よと罵られてもその特権をフルに使って元の体に戻ると決めたのは君自身だ。これしきの事で立ち止まっているヒマがあるのかね?」
マスタングはエドの横を通り過ぎる。リザもエドを気にする様に見ながらそれに続いた。
「『これしき』かよ……」
エドが小さく呟く。
「ああそうだ。軍の狗だ悪魔だと罵られてもアルと二人、元の体に戻ってやるさ。だけどな俺達は悪魔でも、ましてや神でもない」
エドは立ち上がると悲痛な想いを叫ぶ。
「人間なんだよ!たった一人の小さな女の子すら助けてやれない!ちっぽけな、人間だ……!」
その叫びは、まるで泣いているように聞こえ、ツナは自然と拳を強く握りしめる。
「……風邪をひく。帰って休みなさい」
それだけ言うとマスタングはリザと共に去っていった。
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