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大空と錬金術師
人の命

タッカーの家を訪ねる最後の日がやってきた。

今日の分の資料を読めば、とりあえず関連資料は全て目を通したことになる。

後は自分の持つ知識と今までの研究成果とを持ち合わせて元に戻る道を探すのだと言っていたが、エドによると核心に迫る資料は今回見付かっていないらしい。

「まあ簡単に見つかるとは思ってなかったし、今回得た知識が次に役立つかもしれないから」

ツナが暗い顔をしていると、そう言ってアルは笑っていた。


もはや行き慣れた道を歩き、タッカーの家に向かう。

明日からはまた手がかりを探して別の土地に行く。

それにより獄寺達を探しに行ける、という喜びもあったが、自分達を兄のように慕ってくれるニーナと別れるのはやはり寂しかった。

そんなツナの心を表すかのように、大空は厚い暗雲に覆われ、暗く湿った空気を落としていた。


「そう言えば……」

タッカーの家が見えてきた頃、不意にエドは思い出したように口を開く。

「昨日大佐から連絡あったんだけど……ツナの探してる仲間は憲兵にはお世話になってないってさ」

その言葉に「そっか」とツナは肩を落として応えた。

「そんな落ち込むなって。憲兵や軍にお世話になってないってことはツナみたいに危ない事に巻き込まれてないって事だろ?」

そんなツナを励ますようにエドは肩を叩く。

エドの言葉に少し元気が出たツナは「そうだよね」と頷いた。


やがてタッカー宅に辿り着く。

アルは玄関に付いている呼び鈴を鳴らした。

呼び鈴の音とちょうど同じタイミングで、雲に覆われた空が低く唸る。

「今日は降るな、こりゃ」

そんな空を見上げてエドは呟いた。

「こんにちはー。タッカーさん今日もよろしくお願いします」

いつものようにアルはドアを開いて中に声をかける。

しかし、いつもならすぐにかけてくるニーナもアレキサンダーも今日に限ってはやって来なかった。

それどころか家は静まり返り、誰もアルに返事を返さない。

「あれ……?」

いつもと違う様子にアルは不思議そうに首をかしげた。

ツナもアル越しに家の中を覗く。


(……なんだろう……)


ツナは胸元の服を握りしめる。

服の下では、心臓が嫌に大きく鼓動を打っていた。

(……なんか、嫌な予感がする……)

しかしツナはその考えを振り払い、動悸を落ち着かせようとする。

(勘違い……だよね?)

無理矢理自分を納得させたツナはエドとアルを見やる。

「……とりあえず入るか」

エドの言葉に頷いて三人は玄関へ入っていった。

「タッカーさーん?ニーナー?」

呼び掛けてもやはり返事はない。

「誰もいないのかな?」

口ではそう言いつつ、鍵が開いていたことに疑問を持った三人はタッカーとニーナの名前を呼び続ける。

「タッカーさん?」

「タッカーさーん」

「ニーナ?」

資料室や研究室など、二人のいそうな部屋を中心に探してみる。

また、どの部屋も明かりは点いておらず、名前を呼んでも返事はない。


ふと、エドは一つだけ扉が開いている部屋に気付いた。


三人はその部屋に駆け足で近付く。

中を覗いてみると、そこにはタッカーがしゃがんでいるのが見えた。

「なんだ、いるじゃないか」

エドは安堵の表情を浮かべる。

「ああ、君達か」

それまで真剣な顔で何かを見ていた、タッカーは三人に気付くと笑顔になった。


ツナはその笑顔を見た瞬間、背筋に寒気を感じた。

悪寒の正体が分からず、ツナは一人戸惑う。

しかしそんなツナに気付くはずのないタッカーは三人を部屋に呼び寄せた。


「見てくれ、完成品だ―――人語を理解する合成獣だよ」


部屋の中に入ると、そこには犬のような形の合成獣が座っていた。


エドはそれを見て目を丸くする。

「見ててごらん」

しかしそんなことを気にした様子もなく、タッカーは合成獣の方に向き合った。

「良いかい?この人はエドワード」

タッカーに話しかけられた合成獣はエドを見つめ、首をかしげた。


「えど、わーど?」


合成獣の口から発せられたのは紛れもなくエドの名前。

タッカーは合成獣を頭を撫でて褒める。

「そうだ、よくできたね」

そんなタッカーの言葉をも、まるでオウムのようにたどたどしく繰り返す。


「信じらんねー本当に喋ってる……」

エドは合成獣の近くまで寄ると、目を丸くしながら合成獣が喋るのを見つめた。

その後ろでツナとアルも合成獣を見つめている。

「あー査定に間に合ってよかった」

エドの隣でタッカーは胸を撫で下ろす。

「これで首が繋がった。また当分研究費用の心配はしなくて済むよ」


タッカーの何気ないその言葉。

誰が聞いても違和感のないはずのその言葉に、ツナは心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。

(……なんなんだ……?)

超直感は紛れもなく自分に何かを訴えている。

昨日と今日の間に、合成獣が生まれた以外に何かあったのだろうか。


そう思い、ツナは辺りを見渡した。


(……あれ?)


そこで気付く。

本来なら一番にタッカーに祝福の言葉をかけ、笑顔を浮かべているはずの存在。

そして常に側に寄り添っているもう一つの存在。


「えどわーど、えどわーど」

ツナはエドの名前を一生懸命呼んでいる合成獣に目を向けた。

「えど、わーど。えどわーど」


合成獣の姿を見る。

声を聞く。


「……お、にい、ちゃ……」


そして確信する。


―――この子はニーナなのだ、と。


「タッカーさん。人語を理解する合成獣の研究が認められて資格を取ったのいつだっけ?」

エドが合成獣の側に座りながらタッカーに声をかける。

その後ろ姿に、ツナはエドが自分と同じことに勘づいたことを悟る。

「ええと……二年前だね」

タッカーは顎に手を当てながら答える。

「奥さんがいなくなったのは?」

「……二年前だね」

そう答えるタッカーの顔に一瞬陰が降りたのをツナは見逃さなかった。

「もう一つ質問いいかな」

そっと合成獣を撫でながらエドはゆっくり振り返った。


「ニーナとアレキサンダーどこに行った?」


アルがエドの言いたいことに気付いて肩を揺らす。


「……君のような勘の良いガキは嫌いだよ」


そう言葉を発したタッカーに、昨日までの人の良さは欠片も残っていなかった。


エドはタッカーの胸ぐらを掴むとその勢いのまま壁に叩きつける。

「兄さん!!」

叫び声を上げるアルにエドは目をつり上げて頷いた。

「ああそういうことだ!!」

エドは左腕一本でタッカーの首がを絞め上げる。

「この野郎……やりやがったなこの野郎!!二年前はてめぇの妻を!!そして今度は娘と犬を使って合成獣を錬成しやがった!!」

アルはエドの言葉に思わず合成獣を―――ニーナとアレキサンダーだった存在を振り返る。


「そうだよな、動物実験にも限界があるからな。人間を使えば楽だよなあ。ああ!?」

鬼の剣幕で怒鳴り付けるエドにタッカーは嘲るように言い返す。

「は……何を怒ることがある?医学に代表されるように人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろう?君も科学者なら……」

しかしタッカーの言葉は激昂したエドの声にかき消される。

「ふざけんな!!こんなことが許されると思っているのか!?こんな……人の命をもてあそぶような事が!!」

タッカーは自分の言葉が遮られたことを気にもせず、今度こそエドを嘲り笑った。

「人の命!?はは!!そう、人の命ね!鋼の錬金術師!!きみのその手足と弟!!それも君が言う“人の命をもてあそんだ”結果だろう!?」

次の瞬間エドはタッカーを鋼の右腕で殴っていた。

タッカーの眼鏡が飛び、唇から血が吹き出す。

「がふっ……はははは!同じだよ、君も私も!!」

「ちがう!」

タッカーとエドが睨み合う。

タッカーは唇を歪めて口を開く。

「違わないさ!目の前に可能性があったから試した!」

「違う!」

「例えそれが禁忌であると知っていても試さずにはいられなかった!」

「違う!!」

エドは再びタッカーの顔面を殴り付けた。

エドは何かを恐れるように顔を歪ませる。

そしてそれを振り払うかのようにタッカーを何度も何度も殴り付けた。

「俺達錬金術師は……こんなこと……俺は……俺は……!」

ガッと固いもの同士がぶつかり合う音が部屋に響く。

音と共にエドは動きをピタリと止めた。

「エド……もう良いから」

「兄さん、それ以上やったら死んでしまう」

エドを止めたのはツナとアルの二人だった。

息を荒くしたエドは、やりきれない顔をしつつも、俯いてタッカーから手を話す。

エドはそのままアルに引かれてニーナの方へと離れていった。

入れ違うようにして、ツナはタッカーの近くへ寄る。

そしてツナはボロボロになったタッカーに正面から向き合った。

「タッカーさん。ニーナはあなたが大好きだったんだ……」

ツナは静かに口を開く。

思い出すのは、いつも笑顔のニーナとアレキサンダーの姿。

タッカーの事を聞くといつも嬉しそうに、そして誇らしげに答えてくれた幼い少女。

「あなただって愛していたんじゃないんですか?奥さんの事も……ニーナの事も……!」

人の想いを感じ取ることが出来る超直感を持つツナは、昨日まで二人の家族の間にあった絆が偽りではないことを感じ取っていた。

だからこそ、ツナには分からなかった。

愛するものをこんな姿にしてまで成し遂げたい研究だったのだろうか。

「貴方の大事な……守るべきものを材料にして……それで得たものってあったんですか!?……こんなの……貴方が一人になっただけじゃないですか……!」

今にも泣きそうな表情でツナはタッカーに詰め寄る。

しかしそんなツナを一瞥すると、タッカーは弱く嘲笑った。


「綺麗事だけでやっていけるかよ……」


タッカーは唇を歪め、死んだような目でツナにそう言い放った。

「綺麗事って……」

ツナはタッカーの言葉に悲しげに眉を歪める。

そんなツナの手をアルが握った。

「もう良いよ、ツナ」

アルは首を振ってツナを引き、エドの時と同じようにタッカーから離した。

ツナは俯いてアルについていく。

そんな二人にタッカーが後ろから声をかける。

「君達だっていつか分かるときが来るさ……」

その言葉にアルは前を向いたままタッカーの名前を呼んだ。

タッカーは言葉を止める。

アルは静かに、そしてゆっくりと振り返った。


「それ以上喋ったら今度は僕がブチ切れる」


静かに煮えたぎった怒りを感じさせる声にタッカーは押し黙る。


ツナとアルはニーナとエドの近くへ寄った。

アルはニーナの前にしゃがみこむ。

「ごめんね。僕達の今の技術では君を元に戻してあげられない」

アルは優しくニーナの頬に触れると何度も何度も謝った。

「……ごめんね……ごめんね」

胸を締め付けられるような声に、アルが泣いているのが分かった。

その隣でエドは唇を噛み締める。

「あそ、ぼう」

ニーナはアルに擦り寄るように首を動かした。

「……あそぼうよ……あそぼうよ」

誰も口を開かない。

外から聞こえてくる雨音がやけに大きく聞こえてくる。

そんな雨音に混じって、ニーナの声が、静かに屋敷に響いていた。



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あきゅろす。
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