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08-13



「どちらにせよ、私達も使いを頼まれている。アキラ、今回は引き下がる」

「了解じゃい」

ニシシッ。
嫌味たっらしい笑声を漏らし、魚住がブレザーのポケットに手を突っ込んだ。

その手をすぐに取り出し、素早く物を投げてくる。

片手でキャッチした俺はおずおずと手の平を開いた。
それは半透明な袋に入っている小さな個包装のなにか。一体何か、俺には用途が掴めない。背後から覗き込んでくるココロも首を傾げた。


はて、これはいったい。


俺達の反応に大爆笑したのは魚住だ。ヒィヒィ腹を抱えて、膝小僧を叩いている。

憮然と鼻を鳴らす帆奈美さんは、呆れた男だと素っ気無い態度を見せた。
構わずキャツは指笛を鳴らし、「えろゴムじゃい!」涙目になりながら笑い転げる。鈍感で無知な俺達はようやく察した。

これがなんなのか、どういう時に使用するのかを。
名前こそ聞いたことがある、その避妊具に俺達は絶句するしかない。

「えろいことしたいじゃろうけん、プレゼントじゃい」

囃し立てるようにからかい、魚住は帆奈美さんと共にその場を去った。
残された俺達はただただ言葉を失くすしかない。

こんなものを投げ渡されても困る。
なによりも、ショックだった――ココロとそういう関係に見られてしまったことに、とても。

「け、け、ケイさん。ど、どうしましょう。これ! わ、私達、ごごご誤解されています!」

半べそになっているココロの声によって我に返る。

「すすす捨てよう! えっとゴミ箱、ゴミ箱ッ、チックショウ! こ、こんなの渡してくるなよー! 意味わかんねー!」

投げ渡されたコンドームに悲鳴を上げつつ、俺達は慌ててそれをポケットティッシュに包んでコンビニ前の屑篭に捨てに走った。

これが仮に気遣いだとしても、冗談だとしても、どっちにしてもタチが悪い! ……ホンットにタチが悪いよ。


屑篭の前で言いようのない悔しさを噛み締める俺は俯いてしまっているココロを流し目にし、ぎこちなく視線を戻した。

なんと声を掛ければいいのか分からない。

俺達はそういう関係に見えるのだろうか?
それとも魚住は俺の気持ちを察して、ココロをダシにからかったのだろうか?

もし、彼女にこの気持ちが気付かれたら、きっともう元には戻れないだろう。

それだけ魚住のからかいは俺やココロにダメージを与えた。

もしもココロに負のイメージを抱かれたら、多少ならず俺は傷付くのだろう。

そしてヨウを想う彼女もまた、傷付くに違いない。否、もう傷付いてしまっているのかもしれない。




その後の俺達は始終、無口だった。


和気藹々と会話していた時間がうそのよう。

互いに素っ気無い態度を貫き、まるで事件をなかったかのように振る舞った。俺達は子供だった。

ああいうちょっかいに慣れていない。
だから変に意識をしてしまい、必要以上に距離を置きたがった。置かないと自分の中でも感情が処理できなかったんだ。


「お、戻ってきたな」


たむろ場に戻ると、のらりくらり勉強をしていたヨウ達が迎え入れてくれた。

その面持ちはどこか意味深で、魚住の出来事を思い出させてくれる。

そうだ、ヨウ達も送り出す時にからかいの眼を……出発の際のやり取りを思い出した俺達の態度は、もはや落ち込みレベルである。

買って来たルーズリーフや菓子類を適当な場所に置くと、俺とココロはダンマリのまま各々窓辺に放置していた通学鞄を手に取る。気持ちは完全に上の空だ。

「お、おい。ケイ、ココロ。どうしたんだよ。勉強しようぜ。ヨウ達に教えてもらわねぇと、うちとハジメだけじゃ辛いんだ。な?」

身支度をする俺達に響子さんが動揺を見せる。が、俺やココロも一杯いっぱいだ。

「すみません用事を思い出したので」

ココロが先に返事し、

「俺も急用ができましたんで」

今日のところはおいとますると俺は肩を竦める。
ヨウ達に魚住達と出くわした報告もせず(べつに何もなかったから報告する必要はないと思っている)、ただただ帰る旨を伝えた。

彼女と視線がかち合う。
素知らぬ顔で互いにそっぽ向いて、「あ、おい!」響子さんの呼びとめも無視し、そそくさとたむろ場から退散した。

表向きは冷然としている俺だけど、内心は落ち込んでいた。

だからこそたむろ場にいない方がいい。余計な気を遣わせそうだから。

ココロとは入り口で別れ、俺はチャリを取りに行くために倉庫裏へ。
人目のない場所まで足を運んだ俺は、ようやく積まれている木材に腰掛けて大いに落ち込むことができた。


(さ、最悪だ。ココロとそういう関係に見られたとかっ、見られたとか!)


頭を抱えて身悶える俺の心は雨天模様だ。

変に意識せずとも、冗談で受け流せば良いことなのに、どうしても俺にはできなかった。

芽生え始めた感情に自覚しつつあるからこそ、そういうからかいが受け流しきれない……ココロは一件をどう思ったのだろう?

絶望にも似た気持ちを抱きつつ、膝に肘をついて頬杖をつく。

暫くの間はココロと視線を合わせることも無理そうだ。





「ケイ……なんか遭ったな。むっちゃ落ち込んでやがる。響子、ココロの方はどうだ?」

「出入り口のところで、『意識しすぎたかな。ケイさんに浅ましい女だと思われちゃったらどうしよう』だってよ……落ち込んでやがる。何が遭ったんだよ。ああくそっ、はじめてのお使い作戦が失敗するなんて。あれで親密度を上げる作戦がっ! リーダーどうすりゃいい! リーダー!」

「まじか。これ、リーダーの出番か?」

「そうだ、これはチームの問題だぜ!」

「……リーダーの俺大変だなおい」 

倉庫内のとある、会話。




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