03-09
「――謝りたいことがあるんだよ。お前にしようとしたことにさ! ッ、利二!」
携帯から耳を離して利二に向かって叫ぶ。
俺の声を合図に弾かれたように利二は素早く立ち上がって俺のチャリに跨ると、顔を歪ませながらペダルを漕いで自販機から去って行く。
無事に逃げてくれよ、利二。
片眉を軽くつり上げる日賀野の前に立って、俺は残念でしたと携帯の電源を切った。
「貴方様の舎弟、俺には荷が重過ぎます。一つで手一杯ですし」
「ククッ、ほんとオモシレェなプレインボーイ。やっぱこういう選択をすると思ったぜ。簡単に事が運ぶとは思わねぇからな」
すべて計算のうちだったと肩を竦める日賀野に軽く頭にきた。
結局、日賀野の掌で踊らされていただけかよ。
利二を怪我させたのも、俺が苦悩することも、全部、こいつの計算のうちだったのかよ。逃げた利二を追わなかったのはわざとか。わざと見逃したってことか。
鼻を鳴らしてせせら笑う日賀野が俺を捉える。
「一つだけ計算外だったことがある。舎兄に助けを求めねぇってことだ」
「それは不良を頼るのが恐いから……じゃなくて、ピンチの時だけヨウにヘコヘコと頼る舎弟にだけはなりたくないもので」
「ッハ、泣かせる台詞。そんなお前に免じて荒川とっての苦痛を、もう一つ教えてやるよ」
それはな、信頼を寄せていた奴が傷付くことだ。
前回の騒動で知っただろ? アイツは単細胞だからな、喧嘩に巻き込まれていると知っただけでソイツのもとに突っ走る。日賀野がそう俺に言った。
「呼べばアイツは直ぐに来てくれただろうにな。惜しいことをしたな、プレインボーイ」
「俺、成り行き舎弟なもので。不良でもないし」
別に俺はモトみたいにアイツを尊敬しているわけじゃないし。
アイツのことをビビッてる俺が、こういう時にだけ助けを求めるなんて筋違いだ。っつーか俺がカッコ悪い。もともとカッコ悪いんだけどさ、俺にだってプライドくらいあるぜ。ちっさいプライドだけどさ。
「さてと、ま、話はこれくらいにして、どーするかな」
「……ッ、ど、どーするつもりだよ! い、言っとくけど俺! あんたに負ける自覚はあっても覚悟は出来てねぇからな!」
「ククッ、オモシレェことばっか言うな。まあビビるなって。俺にも情くらいあるぜ? そう大安売りみてぇに手や足を出さねぇぜ」
どの口がンなことを言っているんだよ。笑っている時点で信用ならねぇって。
「ま、ゲームは面白くなきゃな。俺と知り合っちまったラッキープレインボーイ、いや……ケイ。これから色々諸々仲良くしてくれよな。俺を楽しませろよ」
日賀野が一歩足を前に出してきた。
俺は逃げ腰になる。
これから何をされるのか、こっちたらぁ想像が付いているんだよ。チックショウ、恐ぇっつーの!
獲物を狙うような眼差しを向けられて、俺、メッチャビビッている。
足が竦むっていうか感覚が無い。逃げるって言っても足じゃきっと追いつかれるよなぁ。参ったね、これ。
「質問だプレインボーイ。チャリを取られたらお前、何が残る? 俺に勝てそうなもの、あるか?」
ホーラきた!
『そう大安売りみてぇに手や足を出さねぇぜ』と言った手前にこれだもんなぁ! ヤになっちまう! 歪んだ笑いを浮かべてくる日賀野に、俺は怯えながらも反論した。
「勝てそうなもの、ひ、ひひひひ一つだけある!」
「ほぉー、それは何だ?」
「習字、中二までしていたもんで」
冷汗を流しながらも俺は舌を出した。これでも大真面目に言い返したつもり。
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