03-08
答えを出した俺は日賀野を見据えた。
返答を待っている日賀野が俺の心を見透かしたように目を細めてくる。何考えているか分からない眼に臆しながら、重たい口を開いた。
瞬間、胸倉を引っ掴まれた。日賀野に掴まれたんじゃない、腹部を押さえ悶えていた利二に掴まれた。
「フザけるな。許さない、お前の考えている返答は絶対に」
「と、利二」
「おいおい。邪魔をするのはナンセンスじゃねえのッ、か、!」
日賀野が利二の横っ面に拳を入れた後、腹部を思い切り蹴り飛ばす。
倒れる利二に思わず俺は肩に乗っている日賀野の手を振り払って利二に駆け寄った。蹲っている利二を抱き起こせば、キッと怒りの含んだ眼差しを俺に向けて胸倉を掴んでくる。
唇が切れたのか、それとも口の中が切れたのか、口端から血が出ている。それに構わず利二は擦れた声を振り絞ってきた。
「日賀野の、望んでいる……答えを選べば、お前は……ただの腰抜けだ」
「このままじゃ関係ないお前がッ、今以上に怪我するんだぞ! 分かっているのかよ!」
「分かってないのは……お前だ、田山! ……どちらを選ぶべきかッ、馬鹿でも分かるだろ」
掴んでくる手が震えている。
利二、やっぱお前やせ我慢しているじゃないか。日賀野に次どんなことをされるか、スッゲービビってるじゃないか、スッゲー怯えているじゃないか。
「馬鹿はどっちだよ。この場を乗り切る方が先決だろ。どうせ、俺、成り行きで舎弟になっただけだ。日賀野の舎弟になろうとも、ヨウの舎弟になろうとも変わりやしないッ、俺は別にどっちの舎弟でも」
「それで、お前は良いのか? ……良くないだろ……後悔するぞ、絶対に。カッコつけるな」
「かッ、カッコつけているのはどっちだよ!」
手ぇ震えているくせに、俺と同じように怯えているクセに、何が“後悔するぞ”だよ。
不良恐いだろ、お前……痛い蹴り喰らってるだろ。これ以上、怪我したくないだろ。なのに何で止めるんだよ。決心鈍るじゃないか。
俺だって本当は日賀野の望んでいる答えを出したくなんかないぜ。出したくない。出したくないけどさ。
「後悔するのはお前だけじゃない……」
利二が胸倉を掴んでいる手を握り直す。
「自分も後悔する……絶対に、ぜったいに」
上擦った利二の声を耳にした俺は目を見開いた。
言っている意味を理解して俺は思わず泣き笑い。
利二の気遣いと優しさと我が儘と勝手さと、色んな感情を向けられて俺の気持ちは混乱に近い。困惑に近いっつーのかな。途方に暮れているっつーか。
どうすれば良いか分からないって感じ。何が正しくて何が間違いなのか、今の俺には分からない。
ただ一つだけ、ヤラなきゃいけないことがある。日賀野に聞こえないように声を窄める。
「利二。チャリ、鍵掛けっぱなしだから。俺に構うな……」
「た、ッ、待て」
掴まれている手を払って俺は立ち上がると、日賀野を見据えた。
「終わったか?」
目論見を含んだ不気味な笑みに目を背ける。利二の声が聞こえたけど無視した。
態度で答えが分かったのか、日賀野が携帯をポケットから取り出して中を開く。
よくよくその携帯を見ると、アレ、俺の……てッ、嘘だろ。いつ盗られたんだよ! ロックを掛けていないから、簡単に中を開ける。凄く焦って返すよう言ったんだけど、日賀野は「エロ画像でもあんのか?」って俺の焦りようを鼻で笑ってくる。
そ……そんなのはねえけど、いや、そういう系サイト光喜と見たことは……って、チガウ! 人様に携帯弄くられるって良い気分しねぇじゃんかよ! っつーか泥棒だよお前!
取り返そうとしたその瞬間、俺に携帯を突きつけてきた。
「今、荒川の携帯にかけた」
「なぁああッ、ちょ、イキナリ、」
「荒川と貫名が、俺のテリトリーで暴れたみてぇでな。応酬してやりてぇから荒川を此処に呼び出せ」
携帯を押し付けられる。小さな器具から聞こえてくるのは舎兄の声。
俺は深呼吸をして恐る恐る携帯に耳を当てる。携帯越しから聞こえてくる喧しいBGM。ヨウは駅前のゲーセンにいるみたいだ。
このまま成り行きに任せて日賀野の言うとおりにしていれば、俺の想像する最悪の事態は避けられる。
呼び出せば、ヨウを此処に呼び出せば俺の恐れている最悪の事態は逃れられる。
『ケイ、ケーイ。何だよ』
舎兄の声がゲーセンの喧騒に消されそうになる。
「あ、おう、悪い悪い。ヨウ。今イイか? 声聞こえ辛ぇな……駅前のゲーセンにいるのか」
『ああ。今、シズとエアホッケーしている途中なんだよ。用件なら手短に……ってか、お前も来るか? っつーか来いよ。お前が来ると盛り上がる』
「俺が来るって、いやー……」
呼び出す筈が、呼び出されちまった。あれ? どうしてこんな流れになっちまうんだ?
俺は真剣に悩んで日賀野を横目で一瞥。
日賀野は「適当に呼び出せよ」と命令してくる。
利二にも一瞥。蹴りを喰らった腹部を擦っている。
二度も痛烈な蹴りを喰らったんだ、そう簡単には回復できないと思う。鋭い利二の視線に、俺は視線を返して背を向けた。
「行きたいけど、その前に俺の用件イイ?」
『あーそうだそうだ。お前、何しに電話を掛けてきたんだ』
「うーん……それがさ」
苦笑が漏れた。
なんでかなー。やっぱ俺、お前を裏切れねぇよ。利二のおかげで、お前に背を向けようとした一時的な気持ちが消えちまった。
友達をこれ以上巻き込みたくない一心で腹括ったのに、決めた筈なのに、情けねぇよな俺。
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