ダセェ
◇
ヨウは携帯を眺めていた。
十五分ほど前に舎弟から電話が掛かってきたのだが、訳の分からない言葉を残して切れてしまった。
一体全体何の用だったのかと首を傾げていたが、気にすることも無いだろうとエアホッケーを楽しんでいた。
しかし、やはり不自然に切れてしまった電話に気掛かりを覚える。
順番待ちをしている間、ヨウは椅子に腰掛けて何度もケイに電話を掛けてみた。発信はしているものの、一向に繋がらない。
膝に肘を付いて、軽く吐息をついた。
気になって仕方がない。あの電話、一体なんだったのだろうか。
ヨウの様子に響子が微笑しながら「電池でも切れたんだろ」煙草を口に銜える。
「いやコールは掛かる。ケイの奴が取らないだけだ」
「何か急用でも出来たんだろ。ケイが来られるんだったら、エアホッケーの相手してもらいたいな。来れることは言っていたのか?」
「来たいとは言っていた。けど結局、ハッキリ返事せず切っちまいやがった。はぁー……あいつ一体何だったんだ」
「ヨウさんが気にすることありませんよぉおおー! あいつのことなんて!」
子犬のようにぴょんぴょんとヨウに纏わり付いてきたのはモトだった。
ヨウと同じ色をしている金髪に目をやりながら、響子は「随分な言い草だな」と悪態付く。
「ゲーム貸してもらったらしいじゃねえか。それでその言い草は道理に反するってもんじゃねえのか?」
「ウグッ、響子さん。いやでも! オレ! 舎弟は認めていませんけど、仲間としては……まあ。認めてやっても、いいけど…みたいなカンジ…ゲームは貸してもらいたいし」
唇を尖らせてそっぽ向くモトに、響子は呆れ返って言葉も出ないようだった。やり取りを眺めながら、ヨウは携帯に目を落とす。連絡はまだ無い。
響子は百円ライターを取り出して煙草の先端に火を付ける。
「ヨウ。ヤマト達の動きが最近、目立たなくなってきている。不可解だと思わないか? ハジメの件じゃ、あんな風にヤッてはくれたが」
「ヤマトのクソなんざ知るかよ。ハジメを……病院送りにしやがって」
「病院送りっつっても、入院するような大袈裟な怪我じゃねえんだ。そんなに熱くなるな。相手の思うツボだぞ。あんたの悪いところだぜ、それ」
「ウルセェよ」
ヨウは吐き捨て携帯を握り締める。
ヤマトのことを思い出しただけで反吐が出る。青のメッシュを入れた髪にも、ドクロのピアスにも、ヤマトの言動にも存在にも。
「ヤマトの奴、何をたくらんでいるんだろうな。読めねえ野郎だ」
「響子、それ以上奴の名前を出すな。胸糞悪い」
「……ったく、ガキみてぇな態度とるなよ。分かった、この話は仕舞いにする」
急降下していくヨウの機嫌に、モトが響子に視線を投げかけ余計なことを言うなと訴えるが、響子は何食わぬ顔で煙草をふかしていた。
様子を見ていたココロがおろおろとしながら、この空気をどうにかしようと口を開くが、何も言葉が出ずに自然と口を閉じてしまう。
欠伸を噛み締めているシズが助け舟を出すように、ヨウ達に声を掛けた。
「ホッケー。次は……ふぁ〜……誰だ? ……眠い」
「ヨウさん、オレとしましょうよ! オレと! オレと!」
「あー? 俺かよ」
「だってさっき負けましたし! リベンジです! 今度は勝ちますよオレ!」
「ったく、仕方ねぇな」
モトの気遣いに幾分明るくなった表情を滲ませるヨウは、携帯をポケットに捻り込んだ。
きっとその内、連絡が来るだろう。明日学校に行けば聞けるのだから。
自分に言い聞かせ、ヨウが腰を上げたその時、三階のフロアに誰かが上がってきた。
外に出ているワタルが戻ってきたのかと思ったが、上がってきたのは見るからに地味そうな少年だった。
顔を顰めて腹部を押さえている。
此処はよっぽどの事がない限り、彼のような人物が足を踏み込むことは無いのに。
間違って上がってきたのだろうか。不良の溜まり場になっていることを知らないのだろうか。
しかし、ヨウはあの少年を見たことがある。確かあの少年はいつもケイと一緒にいた……名前は知らないが、確か一緒に……。
フロアに足を付けた瞬間、少年はその場に膝を突く。
傍らにいたココロがおろおろしながら、少年に「大丈夫ですか」と声を掛ける。
少年は頷いて腹部を押さえながら、ヨウの元へ向かう。が、途中でまた膝を突く。自分に用があると察し、ヨウは少年に歩み寄って膝を折った。
此方が声を掛ける前に、少年が弾かれたようにヨウを見上げて腕を掴んで名乗ってきた。少年は利二というらしい。利二は縋るようにヨウを見つめた。
「田山。田山をッ、助けて下さい……田山をッ、」
血の気が引く。
たった今まで念頭に置いていた舎弟の話題を振られると思わなかった。
「ケイ……ケイに何かあったのか!」
「日賀野大和が田山を狙ってッ、あいつ、舎弟になれとか言われて、けど……あいつ、貴方を裏切れないからッ……舎弟を断って。あいつ、このままじゃ日賀野に、日賀野に殺されるッ……殺されてしまうッ」
息絶え絶えに言葉を紡ぐ利二を凝視して、ヨウは彼の両肩を掴んだ。
「ヤマトがケイを狙ってきたんだな! ヤマトの野郎ッ、舎弟に目を付けてきたんだな?!」
「さっき電話があったでしょう……あれッ、日賀野と一緒で」
じゃあ、あの時電話が不自然に切れたのは、ヤマトと何かあって……腕を握り締めてくる利二が苦言した。
「貴方をッ、裏切れないからって思って、あいつ、苦渋の選択の上で断って。そんなことしたらどうなるか分かっていたから……自分だけ逃がしてくれて……あいつ、このままじゃッ、助けてやって下さいッ! あいつ、あいつ、貴方のように喧嘩出来ないし、不良じゃないしッ、ハッキリ言って足手纏いかもしれません……だけど、貴方の顔に泥を塗らないようッ、何があっても自分で対処しようと努力しているんです。あいつ変なところでカッコつける馬鹿だから、不良相手でも自分で対処しようとしているんです」
言葉を吐き捨てた利二の両肩を掴んで、ヨウは真っ直ぐ彼を見据えた。
「ケイは、ケイは今何処にいる?!」
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