小説
【欠けた歯車】
※思いつき。細かい設定なし。読んでくださる方の解釈しだい。
☆…☆…☆
「どうしよ、これ」
ケラスィヤは首を傾げて呟いた。目の前に横たわるのは、白銀の甲冑を身に付けた男だ。
血塗れで、片腕などとうに身体から離れている。
これを仕出かしたのは、ケラスィヤが従っている“魔王”を冠する魔人だ。
「まさか生きてるとはねぇ」
そう、生きている。
心臓はぎりぎり動き、微かだが呼吸もある。出血がとまっているのは空になったことが理由ではなく、傷が塞がっているからだった。
「ツメが甘いっつーか、うわ人間マジしぶといみたいな?」
ケラスィヤは、人間の傍らにしゃがんで、その顔を見ていた。
かれこれ三時間はたつ。
だが生きている。
ついでに言えば、人間が“魔王”に“殺された”のは今さっきというわけではない。
実は、二日前である。
ケラスィヤという魔人は、興味があることや、本当に重要と感じること以外すぐに忘れる。
“魔王”に地下迷宮の片付けを命じられたことも忘れていて、再び命じられたから忘れないうちにと来たのだ。
そうしたら、生きていた。
「…そんなにこの人間が好きなわけ?」
問えば、人間が見にまとった甲冑から剣、更には人間の周りを飛び交う精霊が口々に言う。
かけがえのない、唯一の存在であると。
「…うーん」
ケラスィヤにはよく解らない。
魔人に、魔物に感情がないということではない。ケラスィヤというのは、そういう奴なのだ。
大事だと思うものは存在いるし、執着することもある。
ただこの魔人、どうにもいろいろずれていた。
なくなってしまうものは仕方がないと、何に対しても割りきれてしまうのだ。
しかもそれは平等に働くらしく、自分の命さえそうだ。
むしろ、いつ死んでもなんら問題はないとさえ思っている。
だから、わからない。
人間が生に執着する理由も、自分たちの力を尽くして、仮死状態を維持している輩も。
「……見逃してくれって、言われてもなぁ」
確かに“魔王”は殺した気でいるし(ふりではない。なにせ、全く興味をうしなっている)、この有り様では驚異にならない。
だが。
「命令なんだよなぁ…」
請われたからいるとは言えど、ケラスィヤにも忠誠心めいたものは一応微妙にある。
いくら手下がいない時期だったとはいえ、物好きだなぁと当時は思ったものだ。
「そこをなんとか、ねぇ」
うなるケラスィヤの耳もとで、一際力のある精霊が口を開いた。
―― 面白いものが、見れるかもしれませんよ?
「…ふーん?」
自分の命に本当の意味で執着がないケラスィヤだからこそ、決めていることがあった。
楽しく過ごすこと。そのための苦労を惜しまないこと。
実は大変なことだ。
何も考えずにいたら、それはできないのである。
周りをよく見て、昨日とは違う何かを探し、興味を持ち、それに面白さを探す。
「…じゃあ、ついてってやろうかな。興味でてきたし」
人間の身体を背負い、地下迷宮の抜け道へ向かった。
その頭の中に、“魔王”への忠誠心は既にない。忘れた。
ケラスィヤの興味は、背中の人間にしっかり向いていた。
「えっとー…もう“勇者”とは呼べないよなー。負けたわけだし。でも名前わからないし」
じゃあつけようと思いつくのに、そう時間はかからなかった。失ったのなら、また考えればいいことだと。
そこからして、やっぱりどこかずれているのだが。
執着や愛着や、共感が欠片もないわけだが、それに呆れて突っ込みをいれる輩はいない。
「…ナシタでいっか。新しく生まれるよーなもんだし」
ナシタ。意味は誕生。
全て失って新しく歩き出すのなら、それがいい。
そんなことを考えながら、ケラスィヤは歩いていった。
☆…☆…☆
ケラスィヤという魔人がいる。
この魔人、魔力や腕力はそう強くなかったのだが、唯一魔王が望んで配下に加えた魔人であった。
力はない。特技もない。
記憶力は偏り、どこか壊れていたのか、突拍子もないことをよくした。
しかし、立場が上な者ほど、ケラスィヤに構い、親しくしていた。
―― ケラスィヤは、風を巻き起こす。
魔王が、「なぜケラスィヤを重用するのか」という疑問にそう答えた。
力はない。特技もなければ、頑丈でもない。
しかしケラスィヤは、不思議な風を背負っていた。
人間相手にもう駄目だという局面に至ったとき、偶然ケラスィヤが通りかかった。
いきなりあちこちで(自陣でも多少)問題がおき、戦況がひっくり返ったのだ。
しかも、それは一度だけではなかった。
魔王は自ら出向いてケラスィヤを配下に望んだ。面倒くさがりで、忘れっぽいケラスィヤは、「飽きさせない」という言葉につられて来た。
ここぞというとき以外にケラスィヤは城から出さなかった。本がうずたかく積まれた部屋を与え、本当にまずいときにのみ、使いと称して戦場に送り込んだ。
それだけで、だいぶ戦いは楽になった。
驚異である勇者はいない。さて次はどうしようか。“風”はどこで用いようか。
魔王が重臣たちと相談しているそのころに、
「あ、起きたぁ?」
「……ぅ…ぁ」
ケラスィヤが“元”勇者と世界の裏側にいることなど、
この世の誰一人、思ってもいない。
【了】
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