小説
『旅狼と迷子兎』
童話風味?
☆…☆…☆
旅狼と迷子兎
☆…☆…☆
昔々あるところに、仲間から離れて1人旅する、無口で無愛想な狼がおりました。
狼というのは、群れで生きるものです。仲間と協力して狩りをし、協力して生きるものですが、この狼は1人でした。
さてある日のこと、旅狼が何時ものように1人歩いていると、道の真ん中に白い塊が落ちていました。
「…?」
「…ぅう」
近くまで寄ってみると、なんだかくたびれきった白兎です。
「…おい」
「…あ?」
ぎろりと、赤い目が旅狼を見上げました。兎のくせに、なにやらガラが悪いです。
「生きてるか?」
「…死んでるように見えるかよ」
「ならいいが」
じゃあな、と歩き去ろうとすると、がしりと旅狼の足を掴む白兎。
「迷子のか弱い兎をおいてけぼりにする気かアンタ」
「……」
か弱くはなかろうと思いつつ、実は困っている生き物をほうっておけない旅狼は、白兎を背負って歩きだしました。
☆…☆…☆
白兎こと迷子兎は、旅狼が用意した人参をばりぼり食べ続けています。
「ほへふぃふぃへほ、ふぁふぁっふぁほほほふぃ…」
「食い終わってから言え」
迷子兎は人参の欠片を呑み込むと、ふぅと息をはきました。
「それにしても変わった狼だな。普通食っちゃわないか?」
「ガリガリの兎なんぞ、食っても仕方ない」
「失礼な! これでも地元じゃ有名な美兎なんだぞっ」
「見えないな」
「ぐぬぬぬぬ…」
話によるとこの迷子兎、どうしても見たいものがあって村を出たものの、道に迷って行き倒れてしまったそうです。
「あんた旅狼ってくらいだから旅得意なんだろ。つれてってくれよ」
「…は?」
「お礼は目的地でするから」
強引な迷子兎に押しきられ、奇妙な旅が始まりました。
☆…☆…☆
迷子兎は好奇心旺盛でした。面白そうと思うと直ぐにそっちに行ってしまい、旅はなかなか進みません。
「お前、本当に目的地に行きたいのか?」
「行きたいよ」
「そもそも、目的地には何があるんだ?」
「秘密だっての!」
毛繕いのたびにそんな問答を繰り返し、それが普通になってきました。
時折、本当に時折、お腹がすきすぎたときに、旅狼は迷子兎が美味しそうに見えます。
けど、なんだかんだで楽しい旅を終わらせるのが嫌で、旅狼は我慢しました。
☆…☆…☆
迷子兎の様子がおかしくなってきたのは、目的地まであと少しとなった時でした。
毛並みが悪く、人参を食べる量がガクンと減りました。足取りも重く、明らかに具合が悪そうです。
「…休もう」
「やなこった。あと何日かで着くんだろ?」
そんな問答を何回したでしょうか。明日やっと目的地という場所で、迷子兎は倒れてしまいました。
☆…☆…☆
小さい頃から身体が弱かったのだと、迷子兎は言いました。
「多分大人にはなれないって、言われたんだ」
兎に限らず、多くの生き物は、身体が弱い子どもよりも強い子どもを優先して育てます。
迷子兎も、小さい頃から邪険に扱われ、1人で育ったようなものだったといいます。
そして、いよいよ期限とされてきた歳が近づいてきました。とある日のこと、旅兎という兎が村に来たそうです。
「その兎に、聞いたんだ。綺麗な場所の話」
どうしてもそこに行きたくて、いよいよ弱ってきた身体に鞭をうち、旅に出た。それが、迷子兎だったのです。
「頼むよ、旅狼。あの場所まで連れてって」
☆…☆…☆
その場所まで、旅狼は迷子兎を背負って行きました。
今にも息をとめてしまうんじゃないかと、旅狼は心配でなりませんでした。
「ついたぞ」
「…ああ」
顔を上げて、迷子兎は前の景色に見いっています。
この場所に来るために、迷子兎は命さえ縮めたのでした。
見渡す限りの、紅葉の赤。
織り織り重なるそれはどれひとつ同じ色のものはないほどで、なるほど綺麗な場所でした。
「旅狼に、お礼しないと」
「…」
「これから冬になる。冬は越えられない、食べてしまっていいよ」
迷子兎の“お礼”を予想していた旅狼は、首を横にふりました。
お礼ならば、もうたくさんもらっていたのです。仲間と共に過ごすことができず、ずっと一匹だった旅狼に、迷子兎は楽しい時間をくれました。変わり者の旅狼には、それで十分過ぎるほどでした。
「…本当に、アンタって」
変わった狼だなと呟くと、迷子兎は目を閉じました。
冷たくなった迷子兎を、旅狼は深くほった穴に埋めて、その上に大きな石を起きました。
☆…☆…☆
すっかり若葉の芽吹いた紅葉の木の下を、旅狼は一匹で歩いていました。
さっきまで、迷子兎のお墓参りをしていたのです。
一匹の旅に、なんだか最近味気無さを感じています。迷子兎が騒がしかったからでしょう。
「…?」
紅葉の木が途切れた場所に、なにやら白い塊が落ちています。どこかで見た光景に、旅狼は首をかしげました。
近づいてみると、なんとまあようやく自力で歩けるようになった子兎です。
「…生きてるか?」
声をかけると赤い目が開いて、旅狼を見上げました。
「みればわかるだろ」
「一匹か」
「たべてもおいしくないからな!」
「…迷子か?」
「うるさい!」
噛みつくような言葉が、なぜか懐かしく。
「俺と一緒に来るか?」
「…たべないのか」
「ガリガリの兎なんぞ、興味はない。一匹旅も飽きた」
「…いく」
旅狼は笑うと子兎を背負い、紅葉の下をぬけていきました。
「旅兎だな」
「は?」
旅狼は今日もどこかで、小さな旅兎と旅をしています。
【了】
☆…☆…☆
狼は一匹で狩りをするのがあまり上手ではなく、群れのチームワークがものをいいます。
でもって兎は可愛いくせにたまに狂暴。弱い子どもは気をつけないとすぐ死んでしまう。
というのから変わり者の旅狼と身体が弱い迷子兎。
旅兎のお話はいつかまた。
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