小説 『彼の行動理由』 『彼女の存在証明』、シンデレラの後半です。 そいでは、 はじまりはじまり。 ☆…☆…☆ 溜息ばっかり王子様 なにをそんなに嫌がるの? 無理やりやってる舞踏会 何もかもが嫌だけど 逃げるわけにもいきません ☆…☆…☆ 『彼の行動理由』 ☆…☆…☆ 隣国の王子は、突然駆け出した親友の王子を追ってホールにおりた。 「調子のいいやつ…」 初めて合う相手から婚約者を選べるかと、あんなに腐っていたのが嘘のようだ。 「あとは、あの御令嬢の返答しだいか…」 「まあ、イリアス殿下ではありませんか」 「あ?」 隣国の王子・イリアスは、聞き覚えのある声に振り返った。そこにいたのは肩までの黒髪に、緋色のドレスを着た娘。 イリアスが贔屓にしている仕立屋、マナ・エバンスだった。 「エバンス…なぜだかお前がグランチェスカより年上に見えるんだか。お前ら同い年だよな」 「母国と違ってこちらでは無名ですから。年齢も信用を得るためには重要なものです」 「いろいろ考えてんだな」 「それより、殿下」 「なんだ?」 マナ・エバンスが珍しく口ごもった。イリアスの知る限り、相手が国王だろうが、容赦なく言いたいことを言う娘である。 「なんだよ。この国の王子にも服を作りたくなったか?」 「いえ…ロラン王子も作りがいがありそうですが、金髪の男性は既に最良の方が」 「じゃあ、なんなんだよ」 そこでマナ・エバンスの顔に浮かんだのは、困りきった“どうしよう”という表情だ。 嬉しそうに笑いながら“どうしよう”と言うのは見慣れているが、それ以外はない。 「…エバンス?」 「実はロラン王子がダンスに誘っているのは、わたくしの連れなのです」 「…友達か?」 職人仲間ならば、確かに不味いような気もする。だが、マナ・エバンスは首を横にふった。 「シンディ様…いえ、バルドレル家の末娘、シンデレラ様。グレンシアを助けてくださった方です」 「富豪の娘か。招待されていないのか?」 「なんともうしますか、シンディ様はどうやら難しい立場の方のようで…。いえそれよりも問題なことがございます」 ものすごく言いにくそうに、マナ・エバンスは小さな声で言った。 「シンディ様…グレンシアの料理が目当てでいらっしゃったのです」 目が点になるとは、まさにこのことだった。 ☆…☆…☆ 話を聞いてイリアスは頭を抱えそうになった。 「まさか…王子目当てじゃない招待客がいるとは」 「申し訳ありません。わたくしがお誘いしたのです」 「いや待て! あのロランが一目惚れだぞ? もしかしたらシンディ嬢も…」 見れば、なかなか楽しそうに二人は踊っている。 「…どうでしょう」 「そこは同意してくれ」 「それがぬか喜びになる可能性がありますわ。同意はできません」 服のこととなると空飛ぶ勢いではっちゃけるというのに、それ以外のマナ・エバンスは冷静だった。 「…あれでフラれてみろ、絶対に二度と舞踏会に出なくなるぞ」 「そんなことを言われても、わたくしではどうしようも…」 「頼む、どうにか」 りーんごーん… 「あら、鐘が…」 「12時か」 「わたくしはそろそろ失礼します。シンディ様を」 「お待ちください!」 「?」 イリアスとマナ・エバンスが振り返ると。 「…シンディ様っ?」 脱兎のごとく王子を振り切って逃げるシンデレラの姿があった。 ☆…☆…☆ グレンシアは料理人である。 その腕はなかなかのもので、東へ西へ北へ南へ、まさに世界中からお呼びがかかる。 「あ゛〜…疲れた」 今日は全部1人で作るのではないとはいえ、量は多いし気疲れもあって息苦しく、こっそり中庭で休憩をとっていた。 「お待ちください!」 「ん?」 「…っ」 中庭に現れ、そしてグレンシアと目があったのはシンディ。 かなり慌てている。 「…」 これ助けないとマナにしばかれるんじゃあるまいか。 グレンシアは手を伸ばすとシンディの腕を掴んで引き寄せ、そのまま抱き抱えて生垣に飛び込んだ。 「あ…」 「ロラン!」 「…素早い方だ。靴を片方残して逃げていかれた」 「あー、その、なんだ」 「捜す」 「え」 「捜すさ。…戻ろう、舞踏会はまだ終わっていない」 隠れたものの、この後はどうしたものか。 「シンディ嬢、とりあえず」 「グレン、いるのでしょう? わたくし以外はいませんから、出ていらっしゃいな」 「マナ」 シンディを抱えたまま生垣から出ると、マナ・エバンスが待っていた。 「あ、あのグランチェスカさん。大丈夫ですから…」 「ああ、悪いな」 シンディをおろすと、マナ・エバンスがにっこり笑った。 「本当に助かりましたわ。あのままでは見つかってしまいましたから」 「マナさん、その…」 「グレンシア、あなた裏口を知っていますね?」 とりあえずそこから帰りましょうと促され、三人は中庭をあとにした。 ☆…☆…☆ マナ・エバンスの店につくと、シンディは床に座り込んだ。 「シンディ様?」 「どうしよう…」 「…求婚されたのですね」 マナ・エバンスの言葉に顔が真っ赤になる。 「気が早くないか?」 「婚約者探しの舞踏会ですもの」 「だってまさか…私が? ご飯目当てで行ったのに…」 「落ち着いてくださいな。大丈夫、しばらく猶予がありますわ」 猶予ということは、つまり見つかるのは確実なのか。 ガックリきたが、相手は王子。そればかりは仕方がない。 「貴女の、シンディ様の言葉で、思うままにお応えすればよろしいのです。再会までに、それを考えておきましょう?」 「マナさん…」 「さ、お屋敷にお送りしますわ」 にっこり笑ったマナ・エバンスにつられて、シンディも笑った。 第一印象からはうってかわって、とても頼もしい“魔法使い”だと思った。 ☆…☆…☆ ロラン王子が靴を手がかりにシンディを探し始めたのは、舞踏会が終わってすぐのことだった。 舞踏会に履いていく靴というのは、好みや何かにもよるけれど、総じて有名な職人の手掛ける物が多い。 その靴もその例に漏れず、なおかつ特定の容易い品だった。 この国でその職人の靴を店においていたのは、仕立屋エバンスのみだったのである。 「シンデレラですか…?」 「王子がお望みなのだ。早くしないか!」 「ですが、あの娘は…」 継母は言いよどんだ。 シンディは今日もメイドのような格好で、とてもロラン王子に会わせられるものではない。 しかし。 「シンデレラはここにおります」 「…!」 扉を開けて、玄関ホールにシンディが現れた。 王子に一礼し、歩み寄る。 「シンデレラ、あなたがなぜ王子様と…」 「お許しください、お母様。あの晩、私も舞踏会に出席したのです」 「招待状もないのにどうやって!」 大丈夫と、笑ってくれたマナ・エバンスを思い出す。“魔法使い”、確かにマナ・エバンスはその名に相応しい。 「お礼にと、連れていってくださった方がいたのです」 「…そして、その貴女に俺は生涯隣にいてほしいと言った」 継母がぽかんと口を開けた。 遠回しに言われたそれは、つまりプロポーズだ。 「あの晩にもらえなかった返事を、もらえないだろうか」「…」 向けられた眼差しには真っ直ぐな想いだけがあって、この人は誠実な人なのだろうとシンディは思った。 ならば、シンディはその想いに正直に応えなければならない。相手が誰であろうと、言葉を尽くして想いを伝えなければならない。 「殿下、私は“はい”と答えることができません。それは殿下のことが嫌いだからではなく、殿下と、ロラン様とお会いしたばかりだからです。それに、私は招待客でさえなかった」 会えたことからして偶然だった。“魔法使い”がいなければシンディは城にさえいなかったのだ。 「私は富豪の娘ではありますが、御覧のとおり、普段は灰をかぶり掃除をする娘です。…その言葉に答えるには、力不足ではないかと思います」 だからと言おうとしたシンディを、ロランがとめた。 「断られた理由は、俺達が出会ったばかりであることと、身分を気にしているということで良いのだろうか」 「…はい」 「では、これからも貴女を訪ねてきて良いだろうか」 「え?」 シンディは耳を疑った。 怒るわけでもなく、むしろ納得したような表情で、ロランはシンディを見ている。 「俺も、まさか自分が一目惚れをするとは思わなかった。だから貴女にも、一目惚れを期待したり、無理に好意を持ってもらおうとは思わない」 焦っていたようだと、ロランは笑った。 「どうか、貴女を訪ねることを許してほしい。俺のことを知って、そのうえで、また返事をもらえないだろうか。たとえ返事が先ほどと同じでも、俺は誓って恨みはしないから」 だから決着はまだつけないでほしい。そう言われて、シンディはなぜだか顔が熱くなった。 だから、俯きながら頷いた。 ロラン王子とシンデレラが、国中に祝福されて結婚したのは、それから二年ほどしてからのことである。 【了】 [*前へ][次へ#] |