小説
『眠らせ屋』
“箱庭”パロディ
蜂→眠らせ屋
仙→寝れない人
眠らせ屋→なんかいるだけで周囲にいる人が寝ちゃうから、半分仕方なく蜂が始めた店
☆…☆…☆
天原仙里、仙は、怪しげな店の前にいた。
「…ボロい」
紹介された店は木造平屋建てで、なんというか…大きく左に傾いている。
ビー玉置いたら勢いよく左に転がるんじゃあるまいか。
一瞬悩んだが、背に腹は変えられない。
仙は、ガタピシいう引き戸に手をかけた。
☆…☆…☆
仙が睡眠に悩まされ始めたのは、今年に入ってからである。
とにかく眠れない。
夜だろうが朝だろうが昼だろうが、まったく眠れないのだ。
眠れたとしても明け方近くなってからで、半ば気絶するように眠るものだから、眠った気がしないし実際たいして眠れていない。
ありとあらゆる治療を試した。よもや鬱病かとも思ったが、それは違うと診断を受けた。
理由はわからず、けれど眠れないのは変わらない。
そんなある日、見兼ねた友人が店のことを教えてくれたのである。
一見さんお断りの、紹介がないと利用出来ない店。その名前を“眠らせ屋”、眠るためにある店だという。
「あ、もしかして天原さん? いらっしゃい」
「…どうも」
出迎えてくれたのは、予想に反して若い男だった。多分、仙とたいして年は変わらない。
「俺が店主の蜂須賀です。ま、長いから蜂って略されちゃうんだけど」
「天原仙里です。凍堂月雅の紹介で来ました」
「聞いてます。どうぞ奥へ」
やはり左に傾いた廊下を進み、通されたのはソファーが一つだけ置いてある部屋だった。
フローリングの床と薄い水色の壁紙の部屋。窓は南向きで、ぽかぽかと暖かい。
だからこそ、ソファーだけというのは実に奇妙だった。
「はい、座ってください。鞄と上着は預かります」
「…」
言われた通りに荷物を預けてソファーに座る。蜂須賀は廊下にあった籠に荷物を丁寧において、部屋に戻ると床に座った。
「あの」
「見た感じ多分同い年くらいですよね? 学生さんですか」
遮るように言われて、仙はいささかムッとした。
なにをするかも説明がなく、そのあとも脈絡のない(趣味や好きな映画、車の免許…)が続いて、だからだろうか。
「…?」
眠気が、やってきた。
あくびを噛み殺す仙を見て、蜂須賀がにっこりと笑う。
「そろそろきましたか」
「な、にを…?」
薬ではない。なにせなにも口にしていないのだ。カウンセリングでもない。それならば何回か経験した。手順から何から全て違う。
ただ話していただけだ。リラックスした気分とはほど遠い、むしろ怒りさえ感じているのに、なぜか眠くて仕方がない。
「眠ってください。大丈夫」
「……っ」
「大丈夫。起きる頃には、ちゃんと眠れるようになってるはずです」
いろいろ聞きたいことがあるというのに、仙はいつの間にか眠っていた。
☆…☆…☆
「…ん」
目を覚ますと、やたらと寝心地のいいソファーの上だった。起き上がれば、身体が軽い。
「あ、おはようございます」
「…蜂須賀さん」
「これどうぞ。喉乾いてるでしょう」
渡されたコップには冷たいレモン水が並々と入っていて、しかも美味しかった。
「あれから三時間てとこです。よく寝てましたよ」
「…なにか仕掛けがあるんですか、この家は」
「家? 特になにも。傾いてるのも、この部屋だけは別棟なんで直してあります。…って、月雅から聞いてませんか?」
話が飲み込めないでいると、蜂須賀があちゃあとうめいた。
「すいません。説明しなきゃあいけなかったんですね。あえて言えば、仕掛けは俺です」
「は?」
「いえね、なぜか俺が近くにいると、半強制的に皆寝ちゃうんですよ」
「……は?」
蜂須賀がそれに気づいたのは、中学に入った頃だと言う。
蜂須賀のいるクラスは、なぜか居眠りの多いクラスだった。
一時間目だろうが二時間目だろうが、体育や美術の授業でさえ居眠りをするクラスメイトが半数。場合によっては蜂須賀以外全滅。
職員室で嫌われたそのクラスメイト達は、クラス替えをして蜂須賀と離れた者に限りあっという間に変わった。
居眠りはまた同じクラスになったクラスメイトと、新しいクラスメイトに引き継がれた。
そこでまず、おやと思った。
なんとなく予感もあって、二年生にして強豪と名高い吹奏楽部に仮入部した。
結果、吹奏楽部では居眠りが続出した。あんなに厳しいと評判だったのに、顧問までもが眠った。
次に野球部に仮入部した。
その次にはバスケ部。
書道部。
そして、確信した。
「同じ空間にいると、俺は周りの眠気を引っ張りだすらしいんですよ。寝たいと思ってる人は特に」
「なんだそれ」
「いや理由はわかんないんですが、本当に。俺がみんな寝ちゃえーとか思ってると確実に寝ます。爆睡です」
「…」
「ついでに言うと俺が原因で一度眠ると、夜眠れなくなった人の睡眠状態が改善されるらしいんですよ。原因が睡眠時に無呼吸なっちゃうとか、身体的なものだと効果はないんですけどね」
なんだその医学書がひっくり返りそうになる事実は。
「…俺は今、眠くない」
「天原さんは眠気を欠片も持ってないし、俺は眠るなって思ってます。いろいろ試した結果、俺といて眠らない人はそういう状態です」
「…ちょっと待て」
そこで気づいた。
そんな片っ端から周りを眠くしてしまうと言うのは、ある意味危なくないだろうか。
「そうですねぇ…体育の器械体操は仮病で休みましたよ」
「人付き合いは?」
そう聞くと、少しだけ蜂須賀の笑顔がひきつった。
「仲良くなる前に寝ちゃうんですよねー…」
「月雅は」
「高校で知り合いました。俺の体質? が効かないんですよ。呆れるくらい早寝早起き徹底してるらしくて」
家族はと聞こうとしたが、なんとなく聞いてはいけない気がして、仙は黙った。
「なんか久しぶりにこんなに話しましたよ」
「客と話さないのか?」
「眠るために来るわけですからね。それが終わったら素早いですよ」
「…」
☆…☆…☆
蜂須賀は暇だった。
なぜ暇かと言えば今日が定休日だからだ。この体質では迂闊に出歩くこともできず、休日は昔から苦手だ。
本を用意しておいたりゲームを買っておいたり、最近流行りの自宅に届くレンタルDVDを頼んだりしておくのだが、今日に限って失念していた。
散歩はある意味で奥の手だが、今日は天気が悪い。
「…つまんねーの」
テレビでも見ようかと考えていたとき、玄関から戸の開く音がした。
定休日だというのに、いったい誰だろう。
「すいません」
「蜂ぃ〜」
「…あれ?」
聞き覚えのある声に玄関に急ぐと、そこにはやっぱり仙と月雅がいた。
「え、天原さん? てか月雅、お前さん大学は?」
「休講になったんだよねぇ。蜂は暇かなぁと思っていたら、仙も1限で終わりなんだって」
だから遊びに来たんだと、月雅は笑った。
「邪魔なら帰るよ?」
「いや、すっごい暇。でも」
仙は眠くなるのではとうかがうと、仙がずいと蜂須賀に何かを突きつけた。
「…“カフェイン配合強烈ミントガム”?」
「おかげさまで睡眠状態は良好だ。早寝早起きも心がけている。あんたと遊ぶのになんの問題もない」
「…ははっ」
なんとまあ、準備の良い。
蜂須賀は心底嬉しくなって、長年の友と新しい友を招き入れるのだった。
☆…☆…☆
〜屋というのが私は好きらしいです。今回は“眠らせ屋”。
新しい登場人物にしようかとも思ったのですが、蜂でやってみました。
補足としては、力の及ぶのは屋外なら蜂を中心に半径15m、屋内で扉が閉まっているならその中全て。
危なっかしくて車もバスも乗れません。電車は真ん中の車両に乗るようです。
結構気に入ってる設定です。
次は学園パロディでもやってみようかな…
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