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中編
◆そこにあったのは、本能。
 

 翌朝ぼんやりと目が覚めると、既に帰り支度をしている啓介がいて一気に頭の中のモヤが晴れた。
 啓介はそんな俺を見て小さく笑う。



「おはよ。三坂に会いにな。まだ早いから寝てろよ」
「え、いま何時?」
「7時ちょい」
「……早起き」
「さっきメール来て起きたんだよ」
「……三坂も早起き」
「あいつは昔から早寝早起き」



 そう言って笑う啓介は、どこか胸を踊らせているみたいに機嫌が良くて。
 低血圧で寝起きが魔王みたいなレベルで最悪なこいつが、と本当に驚いたけれど、それほど三坂に会いたいのだろうなと納得することにした。

 随分仲が良かったのに疎遠になって、互いにフラストレーションが蓄積でもされてたんだろうか。


 二人の仲良し具合がどんなものかは知らないが、啓介がこんなに楽しそうなのだから良いかなとひとりで解決させ、寝床の提供に礼を述べつつ支度を終えた啓介を、未だに抜け出さずにいたベッドから、相談の礼を言って見送った。



 ドアが閉まる音がして、一気に静かになる部屋。
 昨日は色々話し込んで結局床についたのは日付が変わってからだったため、まだ眠気がウロウロとさ迷っている。
 明後日まで休みだし1日くらい長めに寝るのも良いか、と自分を甘やかし、そのまま布団に潜り込んだ。



 が。



「……」



 なんの嫌がらせなのか、頭の中でさっきまで無かった昨日の出来事が再び浮かび上がってきた。
 鮮明に、声も、言葉も、物音すらも、密着して間近にある端正な顔が視界いっぱいに広がったあの瞬間が、するすると流れてきて、誰も見ていないのを分かっていながら恥ずかしくなって布団を被る。


 言葉にならない唸りが出てきて、連休で良かったと心から思ったのだけど。


 - ヴー、ヴー、ヴー、



「っ!」



 悶々としていたせいで、枕元にあった携帯のバイブレーションに本気で体が跳ねてしまった。
 長い振動は着信の設定にしているので、携帯を取り慌てて通話を押した。相手も見ずに。



「は、はい、もしもし」
『……もしもし、悪い、起こしたか?』
「───…っ!?」



 耳からダイレクトに来た低い声に、思わずベッドに跳ね起きて息を飲んでしまい、答えられなかった。
 取り落としそうになりながらも一度携帯を離し画面を見ると、そこには倉科幸宏の文字がはっきりと出ている。

 寝起きの頭にさっきの思い出のせいもあり、混乱に混乱で言葉が出てこない。



『もしもし?すまん、かけ直そうか?』
「ッあ、い、いや!だいじょぶ、です…」
『早くに起こして悪い』
「いえ…ちょっと目が覚めてたので」



 なんだこれは。なんだこれは。
 昨日の今日で一体なにが起こっているんだろうか?

 そんなぐちゃぐちゃな頭で必死に受け答えをしていたけれど、やはり混乱していて俺は話を理解してなかったらしい。



『───じゃあ、場所は大体分かったから近くまで来たらまた電話する』
「……へ、あ、はい…」



 不穏な台詞を残してぶつりと切れた通話。
 呆然としつつ、ゆっくりと携帯をおろした。



「……え、こっち来んの…?」



 思わず出た声。そしてじわじわと襲い掛かってくるのはさっきまでの会話。



 …昨日は変なことして悪かった。ふざけてたわけじゃないんだ。

 …いえ、びっくりは、しましたけど、

 …だよな。ちゃんと話をしたいんだけど、今日の予定は?

 …特に、ないです。

 …これから会えないか?

 …え、え、あ、はい。大丈夫、です。

 …ありがとう。寝起きみたいだから近くまで車で迎えに行くけど、住所教えてくれないか?

 …いや、いや、大丈夫ですよそんな、

 …俺が会いたいから、気にするな。

 …っ、え、あ、じゃあ、すみません───

 …そこらへんか……、うん、じゃあ、場所は大体分かったから───




 次々に思い出されていく会話に自分の寝起きを憎んだ。
 そして、はっと我にかえり、時計を見ると電話終了から既に十分が過ぎていて、再び悶々としていた脳が覚醒した。




「〜〜う、っそ…やば!!」



 誰だ連休中で良かったとか安心したやつは。
 



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