ハイヱ ツチナ
5
「あんたと手合わせするのは久しいな」
「…貴様もこちらへ来ていたとは」
互いの刃が噛み合い弾いて、接近していた二人が離れる。
「蝶は相変わらずだな。いつも陰鬱な顔ばかりしていて」
鈍の牙がにかっと笑った。
「貴様は相変わらずヘラヘラしたままか、九尾」
蝶は表情を変えずに答えた。
異界に居た者同士、顔見知りというものがある。
元々仲睦まじくなるような生き物ではないため、牙として向き合っても互いを平気で攻撃するのだが。
九尾の元は猫である。蝶は蝶々であるように。
長い髪はボサボサと疎らだが、そこに立つ耳が隠れていた。ほぼ髪と同化している。
猫特有の目つき、尖った八重歯。
性格も猫らしく飄々としていた。
なぜ九尾と呼ばれるかというと、それは彼の武器に因る。
“九尾の猫”という古代の武具を象ったそれは、九叉の鞭だった。
それぞれにはあらゆる仕掛けがあるという。
「しかし九尾、貴様があのような餓鬼に入れ込むとはな」
牙としての役目を果たさなければ、強制的にも契約破棄という形が取られる。
つまり馬が合わなければ、牙側には逃げ道があるのだ。
「鈍のことはとやかく言うなって」
「はっ、あの餓鬼には何の力もない。言っとくが九尾、凛音は一瞬であの餓鬼を殺せるぞ。…まぁアイツは気に入ってるものを殺しはしないだろうが」
蝶が攻撃の手を止めて唇を歪める。
「凛音は強い。だから俺はアイツの牙としてそばに居るがな…今の貴様は主のせいで糞のように弱い」
鈍に力がないだけ、九尾も力を発揮できないのだ。
元がどれだけ強くとも。
「俺はまだ出せる力の四分の一さえも出していない。だが貴様はあと数分もすれば息が上がるな」
九尾がギッと歯を鳴らした。
蝶の言っていることは正しすぎる。
「今の貴様は、妙な道具が使える人間と変わらん。それでもあの餓鬼に何時までも従う気か」
「…当たり前だよ」
九尾は蝶を睨んだ。
「俺は鈍が死ぬまでそばに居るよ」
「…わからんな」
蝶は眉を寄せて溜め息をつく。
「蝶だって美丈夫さんに着いてくんだろ」「凛音が弱ければさっさと契約破棄しているがな」
飽くまでも強き凛音のために牙となっているのだと、蝶はそう言っていた。
「…お前にはわかんないんだよ」
唸った九尾だったが、ふいに体が重くなったのに気が付く。
「…終わったな。早い」
蝶は低く呟いた。
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