小説 月の陰〜第四話〜 〜古書物管理者〜 紗良が攫われるという事件から数日経ったある日の事・・いくつものモニターを背に椅子に腰掛けた白衣の男は今、自分が手にしている薄汚れた本が巻き起こすであろう事件を想像し、口元に笑みを浮かべていた。 ж 「それで?今回は何の任務だ?」 「誰かをぶっ飛ばす任務よね!」 「・・・・・眠い。」 上から徹、桃香、猛の順番に思い思いの事を言っているが、まともな事を言っているのは徹だけだろう。 そんな事には気にも留めず、表紙は所々剥がれ、恐らく紙事体も黄ばんでいるであろう本を皆に見せつつ、話始める塒勾。 「ん〜、今回はね。これを読む事の出来るあの子の所に行って来て欲しいんだよね〜。」 「あの子?・・・って、誰よ?」 「そのボロボロな本を読む事の出来る奴は・・」 「・・・・・霖汢か?」 「猛君、ご名答〜!ケラケラ」 手を叩きつつケラケラ笑い出す塒勾。 「うわぁ〜・・私パーッス!」 会う相手が霖汢だと分かると桃香は片手を挙げ、手をひらひらさせつつ任務放棄を告げる。 「あれ〜?桃香ちゃんは彼の事、苦手だっけ〜?」 「苦手よ!何で、あんなつまらない場所にずっと居られるわけ?!つか、じっとしてるなんて言うのがありえないわ!」 「お前とは正反対だからな。」 「・・・・体育会系と・・・・文化系。」 「あ、あのー・・」 話が一旦区切られたのを見計らって、ここに居る理由が分からなかった紗良が声をかける。 「ん〜?どうしたんだい?紗良ちゃん?」 「え、えと、ここに私が居ていいのかな?と思って・・」 恐る恐る聞く紗良に対して、桃香は即答する。 「私が許す!」 「おい」 「私に決定権があるのよ!」 「いや、ねぇーよ。・・・っと、桃香の言う通り、ここに居てくれて構わないというより前回の事があるから出来るだけ一緒に行動をしてほしいからな。」 「そ、そうだったんだね。」 「まぁ、安心しなさい!徹達がこの任務に行っている間は私が紗良を守っておくから!」 「って、勝手に決めるな!」 会話が終了したと判断した塒勾が大袈裟にナヨナヨし出す。 「ん〜、弱ったね。彼にはこの本を読んでもらうのともう一つお願いがあるんだよね。」 「お願い?」 「塒勾せんせぇ〜い、そのお願いって何?」 「うん、【巫女】について知ってる事を何でもいいから聞いてきてほしんだよねぇ。」 「【巫女】って、紗良の事よね。」 きょとんと顔を見合わせる桃香と紗良。 それに対して、疑問をぶつける徹。 「なぜ、あいつに聞く必要があるんだ?」 「んー、それはねー。僕が調べた情報では限界があるんだよー。」 「限界?」 「うん、断片的な情報しかないから、どう対応したら良いのかが今の状況では分からないんだよねー。だから、そういう資料を持っている可能性のある彼に会って、もっと詳しい情報を貰ってきてほしいってこと。」 「なるほど、そういうことか。・・・そういえば、情報で思い出したが、あの”札”はどこまで分かった?」 「あー、持った人に力が宿っちゃうあの札だよねー。う゛ーん、これもまだまだ調べ切れてないんだよー。 一応、屡雨勾君とおやっさんとあの二人に調べては貰ってるんだけどねー。」 「そうか・・・。」 「まぁ、確実に誰が絡んでいるのかは検討はつきそうだけど。」 「・・・そうだな。」 「さて、その件はもう少し待っててねー。分かり次第、すぐ連絡するから。とまぁ、そういうことで、今回の任務よろしくねー。あ、でも桃香ちゃんは彼が苦手みたいだから、今回の【巫女】についての任務は無「行く!!」しで・・・、あ、行ってくれるんだねぇ。ケラケラ じゃあ、頑張ってねぇ〜。」 と、【巫女】という言葉を強調した事で案の定、桃香が食いついた事に満面の笑みを浮かべつついってらっしゃいという風に手を振り出す塒勾。 その笑みからわざと強調した事を悟り、呆れたように肩を落とした徹と眠気と軽く戦っている猛の姿と上手い事乗せられ、一人意気込む桃香・・そして、今の状況に戸惑っている紗良の姿があった。 ж 「それにしても、あいつって基本何処に居たっけ。」 「・・・・・確か、図書館とかじゃなかったか?」 「テキトーに探せば見つかるでしょ!」 「いや、それは時間かかるぞ。」 塒勾に強制的に見送られ、ぼつぼつと歩きつつ今回のターゲットの場所を話しあっていた。 「ね、ねぇ?桃香。」 「ん?何〜?」 「さっき、塒勾先生と話していた時に話題に上がった、えと、霖汢君だっけ?その人ってどんな人なの?」 「そういえば、紗良は知らなかったな。」 話を聞いた徹が入ってくる。 「うん、本が好きっていうのは分かるんだけど・・」 「一応、簡単なプロフィール伝えとくか。」 「っていうか、紗良は別に知らなくてもいいわよ!」 「いや、一応知っておかないと不味いだろ。」 「・・・・んー・・霖汢は仲間の一人だ・・」 眠たそうにしながらも会話に入る猛 「あー!何言ってんのよ!」 「・・仲間のこと・・話すのは・・当たり前・・」 「ふん!あんな文化系なんて知らないわよ!」 「はぁ・・とまぁ、猛の言う通り、霖汢はオレ達の仲間の一人で代々受け継がれている古い書物の管理者であり、その家の当主なんだ。」 「そ、そんな凄い人なの?」 「ああ、あいつは記憶力も良いし、頭は切れるし、こういう調べ物に関しては一番役に立ってくれるんだ。」 「そうなんだ〜。」 「あ、ちなみにそいつ、私達より一個年下よ。」 「え?!そうなの?」 「でも、大人びてるからなー・・」 「そんなに凄い人に会うなんてちょっと緊張するなー。」 「まぁ、その前にどっかの図書館に居る生意気な文化系を見つけないといけないんだけど、ね!」 若干、不機嫌な桃香をスルーする徹。 「図書館って言っても結構この地区は何箇所もあるからな・・・」 「・・・一個一個、当たってみるしかないんじゃないか?」 「やっぱり、そうなるよな。」 「え゛ー!めんどくさい!」 桃香の反感を又、綺麗に流しつつ、膨大な溜息をついてから目の前に見え始めた1件目の図書館を目指し、重い足取りを進めるのであった。 あれから、数時間。 5,6件目になるであろう図書館に足を踏み入れていた。 「全然、見当たらないんだが・・。」 「・・・・眠い。」 「ねぇ、誰でもいいから殴っていい?」 「と、桃香!喧嘩は駄目だよー!」 「はぁ・・それだけはやめてくれ。」 寝そうな猛を叩き起こし、桃香を紗良と一緒に押さえつつ、図書館内を見渡すとある人物に目が留まった。 「・・・・おい、猛、桃香、紗良。」 「・・・ん・・何?」 「何よー。」 「ど、どうしたの?」 「居た。」 「ぇ?」 「ん〜・・・どこ?」 「居た?どこ?つか、散々探させといて悠々と本読んでるの見てたら腹がたってきたから、殴ってくるわ。」 「桃香、それはやめろ。っと、猛、紗良、そこだ。」 小声で話しながら、桃香に注意をしつつ、徹が指を指した方へ目を向ける猛と紗良。 そこには白と水色の中間ぐらいの髪色の眼鏡をかけた男が真剣に本を読んでいる姿があった。 「絶対、気付いてないな。」 「・・・・たぶん。」 「じゃあ、このまま殺s「だから、やめろ」 四人は本を読んでいる男に近づいた。 まだ、気付いていない様子の男に声をかけようとしたが、先に声をかけられた。 「・・・お「気付いてる。」ぃ・・そ、そうか・・。」 徹の最後の方の言葉が消え行く中、本から目を離し、徹と猛と桃香と紗良を順番に見やった後、口を開いた。 「っで?俺に何か用か?」 「ああ、実は、塒勾からこれを預っててな。」 そういうと、気を取り直した徹は目の前の男にぼろぼろの本を渡した。 どうやら、この男が霖汢らしい。 霖汢は本を受け取ると嬉しそうに話し始めた。 「・・・あの男から、こうやって渡される本は俺も読んだことのない本とかがあるからな。」 「本当に本が好きだな、お前。」 「三度の飯より本だ。」 「・・・・飯は、食えよ・・?」 「ちゃんと食べてる。って、話ずれてる。んで?この本をどうすればいい?」 「ああ、どうやら、塒勾はその本の中身を調べてほしいらしい。」 「中身か・・・」 ピラピラと中身をめくりながら溜息をつく。 「どうした?」 「どうしたもこうしたも・・・中身を調べろっつったって、これ何も記載されてないんだが?」 本を広げ、白紙であることを四人に見せる。 「・・・。」 「・・・。」 「・・・。」 「・・・?」 「はぁ・・・まぁ、こういった書物は何か仕掛けがあるかもしれないが。」 「・・・仕掛け・・?」 「確か、火で炙ったりとか水に濡らしたりとか・・・そういう条件を満たすと文字が浮かび上がってくるってやつか?」 「ああ、たぶんな。ただ…この紙の性質的に火や水では文字は浮かび上がってはこないかもしれないな。」 「そんなことまで分かるのか?」 「まぁな。・・・だが、あくまでも推測だけどな。」 「・・・でも・・火、水じゃなかったら・・何で文字が浮かぶんだ?」 「それを今から調べる。」 「じゃあ、悪いが頼む。」 「って!それもあるけど!【巫女】についてもあんた、調べなさいよ!」 「【巫女】?本についてはだいたい、分かったが、【巫女】について調べろとはどういうことだ?」 「何よ、あんた情報収集専門の癖に知らないわけ?」 「・・・・・。」 何かを考え込むかのように黙っている霖汢を巫女の事を知らないと判断した桃香は相手を見下しながら、話し続ける。 「あっきれた!本なんかずっと読んでるから、手に入るはずの情報も得られないのよ!だいたい!何でそんなに本ばかり読めるのよ!字ばっかりじゃない!」 すぐ目の前で騒がれている事に気にも留めず、考え続ける霖汢。 数秒後、答えが出たのか、口を開く。 「・・・もしかして、巫女っていうのはそこに居る女のことか?」 「そうよ!・・・って、よく分かったわね。」 虚をつかれ、少し驚く桃香。 そんな事は気にせず、淡々と話を続ける。 「そりゃ、お前がそれだけ必死になるってことは、身近な人間がその【巫女】に関係があるってことになる。俺が知ってる限りの情報でいくと、一番身近なのは親友である奴、つまり水草紗良になるだろう?それに、少しだけその【巫女】っていう言葉には聞き覚えがあるからな。」 「そうなのか?」 「ああ、だが、聞き覚えがあるだけで詳細までは調べてみないと分からない。」 「そうか・・・。悪いんだが、それも調べてもらえるか?」 「まぁ、暇つぶし程度に調べてみる。それにお前からの依頼なら受けないといけないしな。」 「悪いな。」 徹との話が終わる中、先程すぐに答えを導き出した霖汢に驚く紗良に対して、不満があるのか桃香は不貞腐れた声で愚痴を言い出す。 「本当にそういう所がむかつくわー」 「お前よりかは頭は良いからな。」 「はぁ?年下の癖に舐めてるんじゃないわよ。」 「舐めてなんかない。俺は事実を言ったまでだ。」 「・・・あ゛ぁ?」 段々と空気が悪くなっていくこの状況に気がつく、徹と紗良と猛。 だが、猛は我関せずといった感じで若干寝始めている。 そんな猛に溜息をつきながらも、どうやって、この二人を止めようか考えている徹だが、その考えている間にもどんどん口喧嘩がヒートアップしていく二人。 数分のやり取りの中、ついに怒りのボルテージがかなり溜まってきた桃香がメリケンサックを常備し出す。 その事に気付いた霖汢は呆れながら、メリケンサックを指差す。 「・・・それに、そのメリケンサック。自分が言い返せないからといって、何でも暴力で解決しようとする事、事体が馬鹿丸出しなんだ。」 「ば、馬鹿ですってぇ?!」 「馬鹿じゃなきゃ、阿呆か?」 「なっ・・・・」 「否定しないのか?なら、阿呆決定だn・・」 最後の一文字を言う前にメリケンサックを常備した拳を突き出す桃香。 それを予測していたかのように椅子から滑るように机下に避難する霖汢。 座っていた人が居なくなった椅子に拳が当たり、見るも無残に砕け散る憐れな椅子。 舌打ちをした後、机の下に隠れている霖汢にもう一発叩き込もうとした時、徹に腕を掴まれた。 邪魔をした徹に文句を言おうとしたが、その前に遮られる。 「ちょっと!邪魔しないd・・「はぁ、あのなー・・お前ら、ここ図書館だってこと忘れてないか?」 「・・・・。」 「・・・・。」 「・・・忘れてたのかよ。」 ガックリと項垂れる徹。 そんな事はお構いなしに徹に掴まれている腕を振り払い、霖汢に牙を剥き続ける桃香。 「知らないわよ!というか!だいたい、あっちから振ってきたんでしょ!それに私は売られた喧嘩は買う主義なの!」 「いやいや、だからって買うな。そんな主義とかマジでいらないから。」 「私だから良いのよ!」 「なんでそうなる・・。」 事態が若干終息したのに気付いて猛が眠たそうな顔をしながら、霖汢が持っている本を指差しながら尋ねる。 「・・それより・・それ・・・調べないのか?」 「ああ、調べるが・・どっかの阿呆が絡んでくるから、調べたくても動けない。」 猛に言われ、霖汢は呆れたといった雰囲気で、ちらっと桃香を見る。 それに気付いた桃香がまた殴りにかかろうとするが、その前に徹にまた止められてしまう。 「ちょっとぉ!また邪魔しないでよ!こいつ、本気でぶっ叩かないと気がすまないわ!」 「俺は誰の所為で動けないとは言ってないのにも関わらず、今、反応して動いたって事は原因は自分だっていう自覚があるんだよな?」 「あ゛ぁ?」 「自分じゃないのなら、ここまで反応はしないだろ?」 「と、桃香・・・お、落ち着いて?り、霖汢君?も・・・ね?」 紗良がオロオロしだし、また桃香が暴れだしそうなのを見兼ねた徹が溜息をつきながら、二人の仲裁に入る。 「たく、二人ともいい加減にしろ。毎度毎度会う度に喧嘩するな。」 「だって、さっきも言ったけど、こいつからふっかけてくるのよ?!」 「それはお前にも原因があるだろ。霖汢の事が苦手なのは分かるが、あからさまな態度をとってたら、相手も不快になるだろ。だから、桃香はもう少し、感情を抑えるようにしろ。」 「・・やっぱり、阿呆だな。」 「ッ!!」 「桃香、落ち着け。・・・霖汢、お前も原因があるぞ。」 「俺は真実を言ってるだけだが?」 「それだ。」 「それ?」 「真実を言う事だ。」 「真実を言う事が駄目なのか?なら、嘘を付けと言う事か?」 「いや、そういう訳じゃなくてだな。お前のそういう所は寧ろ羨ましいが、何でも真実を言っていいって事はないんだ。その真実を知って傷つくものもいる。だから、相手の事を考えて話してほしい。」 「俺はちゃんと相手の事を思って言ってるだけだが?」 「それは分かってる。だが、お前の言い方は少し、きつ過ぎるんだ。だから、もう少し柔らかく言って欲しい。」 「・・・・。」 「オレ達は仲間なんだ、それだけは忘れないでくれ。それにこんな事で仲違いしてしまっていたら、万が一の場合に動こうにも動けなくなってしまうだろ。」 「・・・分かった。努力はする。」 「ありがとな、霖汢」 「ほ、ほら桃香も!」 「むー・・」 「桃香?」 「あーもー!分かったわよ!私も出来るだけ努力はしてみるわよ!」 「サンキュー、桃香。」 何とか事態が収拾したのを見計らって、霖汢に再度声をかける徹。 「っと、依頼するまでにちょっとごちゃごちゃしたが、情報収集を頼む。」 「ああ、分かり次第連絡する。」 「やっと、終わったわねー!」 「えと、こ、これで終わりなの?」 「そうよー?あ、今からご飯行きましょー!」 「え?う、うん。」 霖汢の了承を得、桃香は紗良とご飯に行く話しをし出し、横に立っている猛があまりの眠さに若干ふらふらしだしているのを見兼ねて、各自解散しようと声をかけようとするが猛がほとんど寝始めていることに気付く。 「・・・眠い。」 「・・・・・うん、もう解散するから帰って寝てくれていいぞ、猛。」 「・・・zzzz」 「いや、ここで寝るなよ。」 揺さぶって起こしているが中々起きない猛を見て、霖汢は呆れながら自分の家に来るように促す。 「・・・はぁ。俺の家がここから近い。そこで休んでいけ。お前らも飯がまだなら、俺の家で食ってけ。」 「あら?いいの?」 「そ、そんなお邪魔していいのかな?」 「ああ・・・一応、さっきの侘びだ。」 「・・・私も悪かったわね。」 「別に。」 そんなやり取りを見て、笑みが零れつつ礼を言う徹。 「悪いな。大人数になるがお邪魔させてもらう。」 ж 猛を引きずりながら何とか霖汢の家に着いた徹、恐る恐る付いてきた紗良、上機嫌な桃香は目の前にそびえ立つ大きな屋敷の前に着いていた。 「着いたぞ?」 「す、凄い大きなお家だね!」 「そうか?」 「う、うん!私、初めてみたよ!」 「そうか。」 「まぁ、あんたの家みたいなのってここら辺じゃ少ないしー、あってもここまで年期のある家何て少ないんじゃない?」 「確かに、そういわれてみれば、霖汢の家はかなり古そうだが、何時からあるんだ?」 「確か、平安時代から建ってるとかっていうのを爺様から聞いたことはあるな。」 「平安時代・・」 「そ、そんな昔からあるの?」 「若干、嘘臭いわね。」 「俺も胡散臭い話だったし、爺様も若干ボケてたからな、自分で調べてみたら、前にその事について記載されている書物を見たことがあるから、本当の事だろう。」 「つか、そんな書物が残ってる事自体が凄いんだが。」 「そりゃあ、オレは第33代目古書物管理者だからな。書物関連の管理は万全だ。」 「33代目?」 「かなり長い事繁栄してるのねー。」 「さすがだな。」 「まぁな。それよりもさっさと中に入るぞ。」 「あ、ああ。」 「おっ邪魔しまーす!」 「お、お邪魔しまーす・・」 5人は門をくぐり抜け、玄関に立っていた使用人に霖汢が飯の用意をするように伝え、入り口から見える長い廊下をひたすら、霖汢を先頭に歩き続け、何度か角を曲がり、ある襖の前に行き着く。 その襖を開け、中に入ると部屋一面には数々の本がびっしりと所狭しと並んであった。 本の多さに驚いている3人に気にも留めず、目的の本を次々と取り出しつつ、3人に指示を出す。 「飯が出来るまで寛いで居てくれ。あと、寝てるそいつはそこのソファーにでも寝かせといてくれればいい。」 「ああ、了解した。」 「あ、あの」 「ん?何だ?」 「少しだけこの部屋見ても良いかな?」 「まぁ、別に手にとって読んでくれても構わないが?」 「いいの?」 「ああ。」 「えと、ありがと!」 「どう致しまして。」 「私はここでメリケンサックを磨いとくわー」 「分かった。」 指示を聞いた3人は各々のしたいことをし始める。 一方の霖汢は書物のある部屋の隣の部屋に片っ端からとっていった本を持ちこんでいた。 徹は片隅にあるソファーに寝ている猛を放り投げ、霖汢の手伝いをしに、隣の部屋に移動する。 霖汢を見つけた徹は何か手伝う事がないかどうかということと、思っていた疑問をぶつける。 「オレも手伝う。」 「別に休んでてくれて構わないぞ?」 「いや、折角ここに着たんだ、手伝える事は手伝っておきたい」 「そうか。」 「それで、どうやって調べるんだ?」 「・・・そうだな。一度、俺が知っている全てのやり方を試してみようかとは思っているが・・。」 「・・・かなり時間がかかるな。」 「仕方ないだろ、そもそもこの紙に使われている繊維は初めてみるもんだからな。」 「そうなのか?」 「ああ。それに本自体がかなり古い。火なんかで炙ったりすりゃ、簡単に燃えちまうだろうな。」 「これはまた面倒な事を押し付けてきたな、塒勾の奴。」 「まぁな。だが、こういうのを調べたりするのは俺の管轄内だ。」 そう言った後、霖汢は本を開き、手を紙に置いた後、ゆっくりと目を閉じ、何かを探るように手を動かし始める。 数分、紙に手をかざし終えた霖汢は徹に隣の部屋にある本を取ってきてほしいと伝える。 「部屋に入ってすぐの本棚の上から二段目、左から16番目にある本とそこからさらに三段下にある右から7番目の緑色の背表紙の本、後は反対側の右から五つ目本棚の下から二段目一番左の本をとってきてくれないか?」 「ああ、三冊でいいんだな?」 「今はな。」 「分かった。少し待っててくれ。」 指定された本を取りに行く徹はよく、たくさんある本の中で自分が欲しい本がどこにあるのかを適格に伝えてくる霖汢に驚きつつも言われた本をとっていく。 二冊目まで本を取り出せた徹は残り一冊をとりに行くため、反対側に行くがその本が見当たらない。 首を傾げ、辺りを見渡すとその本を紗良が持っていた。 「本、読むの好きなのか?」 「へっ?え、えと普通かな?」 急に話しかけられ、若干どもるが、質問に答える紗良。 「そうか。結構熱心に読んでいたから、好きなのかと思ってな。」 「あ、ううん。良く分からないんだけど、この本を読まなきゃいけない気がして・・」 「読まなきゃいけない気がする?」 「うん、そんな気がして、読んではいるんだけど…特に何もなくて・・・。」 苦笑交じりに徹に答える紗良。 「そうか。まぁ、少しでも何か感じた事があれば言ってほしい。力になれるかもしれないからな。」 「う、うん。何かあればすぐに言うね?」 「ああ、頼む・・っと、悪い。その本、ちょっと借りたいんだが?」 「え?あ、ごめんね!えと、私にも何か手伝える事があれば言ってね?」 「その時は頼むよ。」 「うん!」 紗良から本を受け取り、霖汢の元へ戻る徹。 その間も霖汢は事前に持ってきていた本を開いてはそこに記されている方法を次々と試していた。 「っと、霖汢。頼まれた本を持ってきたんだが・・」 「ああ、悪い、そこに置いといてくれ。」 「分かった。他にすることはあるか?」 「今は・・・特にないな。」 「そうか」 動かす手は止める事なく、淡々と作業を続けながら、会話を続ける。 「いや・・少しお前の力で試したい事がある。」 「オレの力?」 「ああ。」 「だが、オレの力は火でその紙の性質上、違うかもしれないんだろ?」 「確かにこの紙は今調べている段階では性質上火でも水でもないが、だが、それが“ただの火”だったらの話だ。」 「ただの火?・・・もしかして、“あっちの火”の事か?」 「ああ、お前だけが使えるあの火だ。」 「・・・。」 「まぁ、力が力だからな。安心しろ。そんなに力を使うつもりはない。」 「そうか。なら、試す時に言ってくれ。」 「ああ、その時になったら、頼む。」 二人の話が終わったのを見計らって、隣に居る紗良がひょこっと顔を出しながら、おずおずと二人に話しかける。 「え、えと・・今、話しかけても大丈夫かな?」 「ああ、大丈夫だが?」 「どうした?」 「あ、あのね?今、お付きの人?がご飯できましたって伝えてくれたんだけど・・どうしたらいいかな?」 「なら、二人で先に飯に行ってくれて構わないぞ?」 「え、でも徹君と霖汢君は?」 「オレ達も後から猛を叩き起こして行くよ。」 「休憩もかねてな。」 「う、うん、じゃあ桃香と先に行ってるね?」 「ああ。」 そう告げた後、紗良は桃香と一緒にお付きの人に連れられ部屋を後にした。 一方、徹と霖汢は目の前の本の性質を調べ始める。 「さっき、お前が持ってきてくれた本をざっと読んで、あらかた試す方法が揃った。」 「って、あの数分の間に読んだのかよ・・」 「読んだというより、覚えているからな。ただの最終確認だけだ。」 「そうか。(あれだけの数の本の内容覚えてる事自体凄いんだけどな・・・。)」 心の中でそう思いながら、霖汢の指示を待つ徹。 「徹、いきなりで悪いが、普通の火で上から翳す感じでやってくれないか?」 「普通ので良いのか?」 「今はな。」 「分かった。」 そう答えた徹は掌に小さな火玉・・”蛍火”を出す。 そして、その火を紙に触れないように翳す。 「どうだ?」 「・・・もう少し、火力を上げれるか?」 「??ああ、これぐらいで良いか?」 先ほどの火より一層、赤みが増した火を翳す徹。 「・・・・。」 「まだ、上げた方がいいか?」 じっと見ている霖汢に声をかける徹。 「いや、火はもういい。」 「良いのか?」 「ああ、どうも、これは火じゃないらしい。」 「どういう事だ?」 「さっきから、かなりの火力のある火を翳しているにも関わらず、この紙、焦げ目すらも付いてない。」 「!?」 そう言われ、徹も紙を見るが確かに焦げ目も何もついていない。 それ所か、何か見えない力で火を拒絶されているように見える。 「霖汢、これは?」 「何か、結界らしきものを張られてるな。」 「結界?」 「ああ、この本を簡単に読めないように術をかけられてるようだな。」 「それを解かないと読めないということか。」 「ああ・・・それにしても、どうやら、お前の言った通り、今回の依頼はとてつもなく面倒くさい事かもしれないな。」 「わ、悪いな。」 「いや、別に気にしてはない。反対にこれをどうやって解くかを考えるだけで、少し楽しくなってきたからな。」 そう言った後、口元に孤を描きつつ笑う霖汢。 「さて、まずはこの結界をどうにかする所からだな。」 手元にあった本を開き、結界を解く方法を探し始めた。 ж ж ж 霖汢と徹が本で調べものをしている頃、霖汢の使用人の一人が玄関に誰か来ている事に気付く。 「そこのお方、申し訳ありませんが、当お屋敷にどのようなご用件でしょうか?」 そう尋ねる使用人に対して、その訪問者は答える。 「ああ、勝手にすみません。本日、こちらの当主様とお話をさせていただく事になっておりまして・・・お聞きされてませんかねー?」 愛想のいい笑顔で、答える訪問者。 「いいえ、本日は何もお聞きしておりませんが・・」 困ったように話す使用人に訪問者は首を傾げる。 「おかしいですねー。・・・本当にお聞きされてませんか?」 愛想の良い笑顔のままでスッと目を細め、腕を前に出し、指をパチンと鳴らす。 その音を聞いた瞬間、使用人の目から生気がなくなる。 「もう一度、お聞きしますが、本日、お約束させていただいていましたよね?」 笑顔のままで質問をする訪問者に対し、使用人は何かに操られたように固い動作で返答する。 「はい…本日、お約束いただいておりました・・・。こちらへ、どうぞ・・・」 そう言った後、ゆっくりと歩き出す使用人の後を着いていく訪問者。 その口元には不適な笑みをこさえたままで。 ж ж ж 先に昼食をとるために使用人に着いていった紗良と桃香。 あれから、昼食の置いてある部屋に着き、先に食べ始めているが、中々来ない徹達が気になる紗良。 一方の桃香はそんなことは気に留めず、食べ続けている。 「ね、ねぇ?桃香」 「んー?何〜?」 「徹君達、来ないね。」 「そうねー」 「あとで行くって言ってくれてたけど、何かあったのかな?」 「大丈夫よー、どうせ、調べものに時間かかってるだけでしょ。」 「けど、折角のご飯冷めちゃうし・・私、呼んでくるね?」 「別に呼びに行かなくてもいいんじゃない?早く来なかったあいつらが悪いんだし。」 「でも、やっぱり。呼んでくるね!あ、すれ違っちゃったら、ダメだから、桃香はここにいてね!」 「って、ちょっと!紗良?!」 そう言った後、徹達を迎えに部屋を出る紗良。 置いてけぼりをくらった桃香は、しぶしぶ一人で部屋で待つ事になった。 使用人に連れられて歩いてきた道をうろ覚えの記憶を頼りに徹達の居る部屋へと向かう紗良。 暫く、歩いていたが、どうも迷ったようだ。 「ど、どうしよ・・迎えに行くって桃香に行っちゃったけど、その前に部屋、どこだっけ・・」 広すぎる屋敷はどこもかしこも同じように見え、今どこに居るのかも分からなくなっている。 「だ、誰か、使用人さんに会えないかな・・そうしたら、道聞けるんだけど・・・」 きょろきょろと辺りを見渡すが、誰も見当たらず。 「ど、どうしよう・・・さっき歩いてきた道を戻ったらいいかな・・で、でもまた間違えて、さらに迷っちゃったらダメだし・・」 一人で悩んでいると目の前の十字路を使用人とお客らしき男が通って行くのが見えた。 「あ、使用人さん!で、でも今お客さん居たよね・・・だったら、邪魔しちゃダメだし・・・」 声をかけるのを躊躇っているとお客らしき男が紗良に気付き、こちらへ向かって歩いてくる。 「どうかされたんですか?」 「へっ?あ、えと、その・・」 「ああ、すみません。急にお声をおかけしてしまいまして。」 「え、いいえ!大丈夫です!そ、その・・・」 「はい?」 「そこに居られる使用人さんとお話させていただいてもい、良いですか?」 「??ええ、良いですよ?って、私この家の者じゃないので、そんなこと言えないですけど。」 「い、いいえ、こちらこそ、案内していただいている途中にすみません!」 苦笑交じりに笑う相手に慌ててぺこりとお辞儀をした紗良は使用人に声をかける。 「あ、あの、霖汢さんのお部屋を教えていただけませんか?ご飯できてるってことを伝えたくて・・・」 霖汢という名前にピクリと反応を示す男だったがそのことに気付いていない紗良。 「はい、こちらに居られるお客様も霖汢様にお会いされますので、ご一緒に・・・」 「あ!ありがとうございます!」 ぱぁっ!っと顔を輝かせ、使用人の後に続く紗良だが、お客が居る事に改めて気づき、申し訳なさそうに一緒に行動することを伝える。 「あ、すみません。着くまでご一緒させてもらいますね?」 「ええ、構いませんよー。」 ニコリと微笑み、歩き出した使用人と紗良の後ろから着いて歩き始めた。 数分歩き続け、ある部屋の前で止まる使用人。 そこは先ほど、通された部屋、つまり徹達が居る部屋だった。 何とか着けたことに安堵し、使用人が中に居る霖汢に声をかけるのを待つ。 コンコンッと数回襖の固い部分をノックする。 それに答えるかのように、中から霖汢が「入れ」と声をかける・・・ ж ж ж 結界が張られている事が分かり、あらゆる本を調べ、解除する方法を探し続けていた徹と霖汢。 だが、中々方法が見つからず、どうするかと考えている時にノックする音が聞こえる。 徹は霖汢の顔を見て、傾げる動作をするが霖汢は、入れと伝えている。 伝えた後、二人は入り口のある部屋に向かい、襖を開け、廊下で待つ使用人を見つける。 よく、見ると紗良が見える・・どうやら、来るのが遅いから呼びに来たと推測し、紗良に声をかけようと近づく徹。 一方の霖汢は入れと言ったはずの使用人が廊下で待っている事に首を傾げつつも声をかける。 「おぃ、中に入ってくれていいと言ったはずだが?」 「いえ、先にお客様がお見えになられていることをお伝えしようかと思いましたので・・」 「お客?そんな予定は今日はないはずだが?」 「いいえ・・・本日、お客様が見えられておられます。」 「いや、だから、今日は何も予定はない。」 「お客様が見えられておられます・・」 「人の話を聞いているのか?」 「お客様が見えられておられます・・」 「・・・お前、どうした。」 あまりにもおかしな言動を続ける使用人に気付いた霖汢が質問しようとした時、ゆっくりと使用人が倒れていく。 「!?」 「!?」 ドサッと音を立て、倒れたまま動かない使用人。 異様な事態に気付いた徹は廊下に居る紗良に目を向ける。 「紗良・・・?!」 紗良にこちらに入るように伝えようとしたが、紗良の後ろに誰か居る事に気付く。 「お前・・誰だ?」 紗良の背後に居る相手に睨みを利かせながら、問う徹。 その問いに答えるように紗良の前に現れた男は愛想の良い笑みを浮かべながら自己紹介を始める。 「ああ、すみません。驚かせてしまいましたねー。私は先程、使用人さんにお伝えしていただいたお客ですよ?」 「客?さっきも言ったが、俺宛の客人は予定にない。何者だ?あんた。」 霖汢も睨みながら、相手を見る。 相手は不適な笑みを浮かべながら、客だと言い張る。 「嫌ですねー、今日、お会いする予定ではなかったじゃないですか。・・・・公文霖汢様?」 相手の狙いが霖汢だと分かった徹は霖汢を守るように徹の背後に庇う。 その様子を楽しんでいるかのように笑みを浮かべながら、徹に声をかける。 「ああ、ご友人の方もおられたんですねー。それはすみません。ですが、ご予定を入れさせていただいていますので、暫く席を外していただけませんか?」 「・・悪いが、その予定とやらは、入っていないみたいだぞ?それに、話し合いって訳でもなさそうだからな。」 「ふむ、中々、感の良いご友人とお見受けしますが、席を外していただけないというのでしたら・・・こちらに居られるお嬢さんがどうなってもよろしいということですかね?」 いつの間にか背後に居た紗良を腕の中に捕えている男に内心で舌打ちをする徹。 「そいつは関係ないだろ。」 「関係ない?ですか・・・いえ、それがそうでもないんですよねー。」 「・・どういうことだ?」 「どういう事と言われましても、あなた方も知っておられる事だと思いますよ?」 そう言われた徹は嫌な予感を感じる。 「まさか、お前・・」 「はい、今回、お客として見えさせていただいたのは今、私の腕の中に居られるこの【巫女】様とそちらに居られる当主公文霖汢様の力とある本をいただきに訪問させていただきました。」 ニコリと微笑んだ笑みは徹達を黙らせるには十分な効果があった。 「っと、私もあまり時間はありませんので、早急に訪問させていただいた要件を終わらせたいのですが?」 紗良を捕えていない反対の腕を伸ばし、手を差し出し、要求の物を催促する男。 この状況をどうやって、打開するかを目まぐるしい速さで頭の中で考えている徹。 そんな中、霖汢は隣の部屋に行き、相手が言っている本を取りに行き、そして、相手に渡すために徐々に距離を縮める。 その行動に驚いている徹を後目に、手を伸ばせば本を渡せる距離にまでたどり着いていた。 一度、紗良を観た後、霖汢が口を開く。 「おい、この本の事か?」 「ええ、その本で間違いはありませんよ。」 「・・・・。」 「でわ、渡していただきましょうか?あ、後、一緒にきていただきますよ?」 「・・・渡しても構わないが、この本、今の段階では何も記されてないぞ。それでも良いのか?」 「ええ、構いません。どちらにしても霖汢様にきていただくので、問題はないと思っておりますので。」 「・・・なら。」 本を差し出そうとする霖汢に慌てて声をかける徹。 「霖汢!」 「・・・・。」 一瞬、徹に目線を向けたが、男に目線を戻し、そのまま無言で手渡そうとした霖汢がピタっと渡す手を止める。 その行動に疑問を浮かべる男。 「なぁ?」 「なんでしょうか?」 「渡すのはいいが・・お前、どうやって受け取るつもりだ?」 その事にまた首を傾げる男。 「どうやってって、おかしな事を聞きますね。こちらの空いている手で受け取りますが?」 「へぇ?その凍ってしまっている手でか?」 相手を見据えつつニヤリと笑う霖汢に慌てて、自分の手を見る。 だが、手に異常は見られなかった。 相手の目線が外れた、その一瞬の隙を見逃さず、霖汢は指示を出す。 「今だ!」 指示が出されたと同時にいつの間に起きていたのか猛が男の背後に回り、紗良を捕えている腕に一発撃ち込む。 撃たれた衝撃で腕の力が抜けた事を確認した後、霖汢は紗良を自分の方へと引っ張り、その場からすぐさま離れる。 一瞬の隙をつかれ、腕をやられた男が霖汢と紗良を捕まえようとするが、左側から突如襲った打撃に吹っ飛ばされる。 「くっ・・・」 何とか受身を取り、床に着地した男は吹っ飛ばした相手を見ようと顔を上げたが見えたのは拳に銀色の何か鈍く光るものとピンク色の髪だった。 そのままかなり遠くにある廊下の突き当りまで飛ばされ、衝撃が緩和されることなく、壁は壊れ、外に放り出される。 男を吹っ飛ばした桃香はすぐさま霖汢の近くに居る紗良へ走り寄る。 「ちょっと!紗良!大丈夫?!どっか怪我は?何もされてない?!つか、さっきの奴は何?!」 弾丸の如く、言葉を投げかける桃香に紗良は対応出来ずにいた。 「え、えと・・」 見かねた霖汢が紗良のフォローをしつつ本を懐へ仕舞う。 「こいつは大丈夫だ。怪我する前に助け出せたしな。それとさっきの奴は簡潔に言えば、敵だ。」 「そう、紗良は大丈夫なのね。それを聞けて安心したわー。っで、敵って事は殺って良いのよね?」 目の錯覚かと思える程、桃香の背後に黒いオーラが見える気がした霖汢。 だが、そこで静止の声がかかる。 「ん・・・それは不味いんじゃないか?」 声をかけたのはまだ、眠たいのか目を擦っている猛だった。 「なんでよ。」 「・・・情報・・もらえるのなら・・もらわないと・・」 「別にいいじゃない!紗良にあんな事したんだし!」 「いや、猛の言う通り、情報を貰えるのなら貰っておくべきだと俺は思う。」 「でも!」 「奴から【巫女】・・・つまり、紗良についても聞けるかもしれないが?それに、その情報を得られるチャンスを見逃す訳にはいかないだろ。」 「・・分かったわよ。」 「・・それより、早く・・さっきの奴の所に行った方が・・良くないか?」 「・・・あ゛ーー!!忘れてたわ!つか、さっきの奴何処に行った訳?!」 「落ち着け。さっき吹っ飛ばした先は中庭だ。それに、徹がもう行ってる。」 「はぁ?!何時の間に移動してるのよ!てか、私を置いて先に行くとかどういう事!?」 「・・・んー・・捕らえる為じゃないのか・・?」 「それでも私を置いて先に行くのはむかつくわ!」 「と、桃香、お、落ち着いて?」 少し落ち着きを取り戻した紗良は荒れ狂う桃香を宥め始める。 それを横目に倒れている使用人の様子を確認し、気絶しているだけと分かった霖汢は他に待機している使用人を呼ぶ為に懐に持っていた呼び鈴を鳴らす。 鳴らして数分も経たぬ内に2人の使用人が慌てて霖汢の元へ行き、手短に事の次第を聞いた後、気絶している使用人を運んで行った。 使用人が運ばれた事を見届けた後、移動する前に猛が霖汢に問う。 「・・・そういえば・・・始めから・・こうする事を・・打ち合わせてた?」 「はぁ?!打ち合わせてた?!」 「ああ。といっても、即興でだがな。」 「で、でも徹君と話してないよね?」 「そうか、あんたは知らなかったな。」 「??」 「それについては中庭に向かいながら、話す。そろそろ移動しないとな。」 「う、うん。」 「大丈夫よ!私が紗良を守るから!」 「ありがとう、桃香!」 「行くぞ。」 話が落ち着き、4人は霖汢を先頭に中庭へ向かい始める。 жжж 一方、先に中庭に向かっていた徹は男と対峙していた。 「いやー、先程の彼女の一発は効きましたねー。ある程度、策を考えてきていましたが、そちらの方が一枚上手だったようですね。」 口の中が切れたのか、口端から伝う血を拭いながら、にこやかに笑う相手に徹は問いかける。 「なぜ、紗良の事、本の事、そして霖汢について知っていた?」 「んー、さて、なんででしょうねー?」 「誰に聞いた?」 「さてさて、誰でしょうか?」 「何をするつもりだ?」 「さぁ?」 「答えろ。」 「答える義務はないと思いますがねー?」 中々答えない相手に徹は違う質問を投げかける。 「なら、先程の使用人にあんたはいったい何をした?」 「ふむ、質問を変えてきましたか。ですが、それもノーコメントでお願いしますよー?」 「・・・はぁ。」 溜息を付き、どうしようかと考えていると男が反対に問いかけてきた。 「そういえば、貴方は何者ですか?公文霖汢様のただのご友人にしては冷静過ぎますねー。ぱっと見た所では、DCではないようですが?」 「あんたが答えないのにオレが答えるとでも?」 「ああ、そうでしたねー。でわ、一つだけご質問の回答をさせていただきましょうかね。」 「・・・・。」 「ふむ、そうですねー。巫女と本、そして霖汢様を知っていたのはある方がお教えくださったからですよ。」 「そのある方ってのは誰だ?」 「おおっと、一つだけと言いましたよねー?こちらは答えましたので貴方にもお答えいただきましょうかね?」 「・・・・。」 「だんまりですか。まぁ、別にあなたから聴こうと思えば、何時でも聴けるんですけどねー。」 「どういうことだ?」 「質問の回答は一つだけですよ?」 ニコリと笑った男は猛に撃たれていない右腕を前に出し、徹に向かって指を鳴らす。 パチンッと音が聞こえたかと思うと、目の前が暗くなっていく。 このままでは拙いと感じた徹は咄嗟に拳を握り、掌に爪を食い込ませ痛みで意識が飛ばないようにし始めた。 その様子を見ていた男が首を傾げる。 「おかしいですねー。普通の方でしたら、既に私の言いなりになっているはずなんですがね?本当に貴方は何者ですか?」 質問を投げつつ右手を上げたまま、意識が飛ばされないようにしている徹との距離を詰め、目の前で止まり、徹に顔を近づけ、耳元に囁きかける。 「堕ちてしまえば、楽になれますよー?」 その言葉に徹は相手を睨むが、顔を遠ざけた後、不敵な笑みを浮かべながら、男はもう一度、耳元で指を鳴らす。 音が鳴ったと同時にグラッと視界が歪み、目の前がさらに暗くなる。 目の前が暗い所為か平衡感覚が狂い、徹は立っているのか倒れているのかが分からなくなっている。 徐々に徹の目から生気が無くなっている事を確認した男は先程、問いかけていた事を聞き始める。 「さて、貴方の事を教えていただけますか?」 「・・・オレ・・は・・」 徹は問いかけに答える気はないのに、口が勝手に動く。 「貴方は?」 「オレ・・は・・」 相手の質問に反応して答えようとしているという事に気づいた徹は勝手に動く口を閉じようとするが、体が言う事を聞かない。 「オ・・レは・・夜g・・」 そして、己の正体を言う一歩手前まで来た時、後ろつまり徹の後頭部に軽い衝撃が走った。 жжж 徹が男と対峙している時、霖汢、猛、桃香、紗良も中庭へ向かっていた。 その道中、桃香が霖汢に話しかける。 「っで?先に打ち合わせしてたのって、あいつのあの力でやり取りしてたわけ?」 「ああ、あいつのあの能力である程度の事は話してたからな。」 「・・・俺も、一応・・話には入ってた・・」 「ふーん、それは分かったわ。でも!猛も入ってて、何で私は入ってないのよ!!」 「お前の居た場所が遠かったからだろ。」 「そこは何とかして会話に入れなさいよ!あの馬鹿徹!」 「・・いや・・それは・・無理がある・・・」 「気合で何とかなるわ!」 「いや、ならないだろ。」 「あ、えと・・徹君に何かあるの?」 「あら?言ってなかった?」 「うん、聴いてないよ?」 「そうねー、何ていえばいいかしら・・・うん、バレずに周りと会話出来るのよ!あいつには。」 「え、えと・・ど、どうやって?」 「どうやってって、心の中で会話が出来るのよ。」 「??」 「・・・それだけじゃ・・簡潔過ぎて・・分からない・・」 「だったら、あんたが説明しなさいよ!」 「・・んー・・・霖汢が説明してくれる・・」 「確かに俺が説明すると言ったからな。」 「ご、ごめんね?」 「いや、あいつの事を知っておくのも悪くないしな。さて、あいつの力だが、簡潔に言えば、さっき桃香が言っていた通り、心の中で会話が出来る力を持ってる。まぁ、言わばテレパシーに近いものだな。」 「で、でも、テレパシーって片方だけが話しかけられるっていうのじゃなかったかな?」 「ああ、だから、近いものだと言った。」 「あ・・ご、ごめんね?」 「いや、今のは言い方がキツかったな。・・・話は戻すが、紗良はDCに属性があるのは知ってるな?」 「う、うん。」 「ちなみに徹の属性は知っているのか?」 「確か、火?だったよね?」 「ああ、そうだ。あいつの属性は火だが、今回使用したのは風だ。」 「か、風?」 「ああ、風だ。」 「で、でも確かDCの属性って一人に一つの属性しか持てないんじゃなかったかな?」 「確かに、あんたの言う通り、本来は一人に一属性が当たり前だが、極稀に二つの属性を持つ者も居る。」 「じゃ、じゃあ、徹君は二つの属性を持ってるって事なの?」 「二つ・・ねー。」 「え?ち、違うの?桃香?」 「う゛ーん、何て言えばいいのかしら・・はい!説明上手なあんたに任せるわ!」 「・・・あいつが溜息をつきたくなる気持ちが少し分かった。」 「何?何か言った?」 「別に。話は戻すが、あいつは少し特別で、二つ以上の力・・いや、全属性を使えるんだ。」 「へっ?そ、そうなの?」 「ああ、だが・・・いやこの話はあいつ本人から言ってもらった方が良いか。」 「??」 「まぁ、その風の力を応用して心の声を相手つまり俺や猛に送り届けている仕組みになる。あいつはこの力を“心声(しんせい)”と呼んでるがな。」 「でも、それって、他の人に聞こえたりしないの?」 「その辺りは大丈夫だ。」 「ど、どうして?」 「この力は信頼している者同士でしか使えないものだからな。」 「そ、そうなんだ。」 「だが、欠点はさっきも話していたがある程度近くに居ないとこの力は使えない。」 「あ、だからさっき桃香が自分も混ぜてって言ってたのはそういう事なんだね。」 「ああ。(もう少し、力を強めれば出来ない事はなかったんだが、あれ以上は・・。)」 「霖汢君?」 「あ、ああ悪い。大まかな説明はこれぐらいにして、そろそろ中庭に着く。」 霖汢が言ってから、すぐ中庭が見え始める。 「今度こそ、殺ってやるわ。」 「・・・・情報収集・・忘れてない・・よな?」 「・・・。」 「忘れてた・・?」 「う、うっさいわね!ほら、あそこ!徹見えたわよ!」 「・・?ね、ねぇ、徹君の様子おかしくない?」 「・・・言われてみれば何かおかしいわね・・」 「・・徹?」 「(あいつから意思的なのを感じない・・・まさか!?)おぃ!猛!お前の銃であいつの頭撃て!」 「・・・ん?」 「良いから、早くしろ!嫌な予感がする。」 「・・・分かった。」 全員、その場に足を止め、猛はいつの間に用意していたのかは分からない銃を構え、徹の頭に狙いを定め、引き金を引いた。 жжж 目の前で倒れ行く徹に何が起こっているのかをまだ理解できていない男。 その隙に中庭に辿り着いた猛と桃香が徹を庇うように立ち塞がる。 後方には同じく中庭に辿り着いた霖汢と紗良が徹の様子を見ている。 一通り、目の前に居る猛達を見回した後、分析した事を確認する為に問いかけ始める。 「ふむ、どうやらそちらに居られる方が撃った雷の属性の力でそこに居る彼を気絶させた様ですね。」 「・・・分析・・早いな・・」 「いえ、それ程でもありませんよ?それにしても、いやはや、後もう少しで彼の正体について知れそうだったんですがね。」 にこりと微笑む男に銃を構え直す猛とメリケンサックを常備し、何時でも殴りかかれる状態にしている桃香。 「まぁ、良いでしょう。貴方方に聴くという手もありますが、今は貴方方の後ろに居るお二方と本を貰い受けましょうか?」 先程、徹にしたように怪我をしていない右腕を上げ、指鳴らす。 その瞬間に猛と桃香がグラつく。 それを見ていた霖汢は猛に呼びかける。 「猛!放電しろ!」 「・・・ん・・・ちょっと・・待って・・」 グラついた体と意識を何とか戻し、自分の脇腹に銃口を向け、一発撃ち込む猛。 一方の桃香はメリケンサックで自分の左腕を殴り、その痛みでグラつく意識を取り戻していた。 「そこに倒れている方といい、貴方方といい、本当に何者ですか?」 先程より警戒を強めた男は猛と桃香を見据える。 「はん!何者かですって?ただの喧嘩好きの木水桃香様よ!」 「・・・・ただの一般人・・・」 「それは無理があるだろ。」 間髪入れずにツッコム霖汢。 「ふむ、木水桃香・・ですか。あの方から巫女と霖汢様の近くには“少し”腕の立つ仲間が居ると話は聞いていましたが、ここまでの怪力だとは思っていませんでしたよ。それと銃を使う…一般人だと言っている貴方も中々の力量とお見受けしました。些か、貴方方を甘くみていたようですね。先程もお伝えした通り、私には時間がありません。少々本気を出させていただきましょうかね?」 言い終えるか否か、指を鳴らしてもいないにも関わらず、意識が飛びそうになる猛と桃香。 そればかりか後ろに居る霖汢と紗良にも影響が出ている。 紗良は耐え切れずにすぐに気絶してしまったが、霖汢はまだ耐えていた。 猛が膝を付き、桃香もグラつき始めたのを見計らい霖汢と紗良を捕らえる為に一歩ずつ歩を歩め始める男。 近づけまいとグラつく体と意識に叱咤し、一発男に叩き込もうとするが、難なくかわされてしまう桃香。 猛も動けない状態だということを確認した後、男はさらに歩みを近づけようとするが踏み出した足をその場で踏み留める。 それを見た霖汢は軽く舌打ちをする。 「チッ・・」 「いやはや、気付くのが少し遅れていたら私は確実に貴方の技を食らう事になっていましたよ。」 にこやかに笑う男が立ち止まった場所から少し離れた先の地面を良く見るとうっすらと霜が降りていた。 この霜に気付いた男に対して、霖汢は己の属性が“氷”である事が知られていると気付く。 「お前、猛の属性を当ててる事から、その様子だと俺の属性についても端から知ってたって事か。」 「さぁ?どうでしょうね?」 「答えろ。」 「嫌ですよー?」 「・・・。」 答えない相手に睨みを利かすが気にも止めない様子で、にこやかに笑う男。 「さて、お話はこれぐらいにして、そろそろ来ていただきましょうか?」 完璧に意識を飛ばそうともう一度、腕を伸ばし指を鳴らそうとした瞬間、目の前にフワリと蛍の様な光がチラつく。 それに一瞬気を取られた男は下からの蹴りに気付くのが遅れ、モロに腹に衝撃を受ける。 「ぐっ・・まさか、もうお目覚めとは思いませんでしたよ。」 じっと蹴りを入れた相手…徹を見据える。 一方の徹は若干足元が覚束無いようだが、意識はしっかりとしているようで、霖汢に話しかけていた。 「っ・・と、霖汢、無事か?」 「ああ、俺は平気だが、紗良が気絶してる。んで、二人もあまり良い状態とは言えないな。」 「・・・猛、桃香。お前らは少し下がってろ。」 「何言って・・んのよ!私は全然・・へ、いきよ!」 「・・・・俺も・・。」 「はぁ、そんな見え見えの嘘を付くな。それよりも、霖汢と紗良を守れ。」 「・・・もう、分かったわよ!」 「・・・無理・・するなよ?」 「ああ。」 二人が霖汢と紗良の元に行き、守りの態勢に入った事を確認した後、目の前の男を見据える。 「さて、反撃と行くか」 「反撃・・ですか。どうやら、貴方はDCであるにも関わらず、何らかの方法で力を隠しておられるようですねー?」 「・・・。」 「まぁ、良いでしょう。貴方が何者かどうかを調べる時間がありませんので、早急に目的を果たさせていただきますよ?」 「・・・さっきから、聞いてると、あんたはやたらと時間を気にしてるな。」 「ええ、迅速に終わらせてしまえば、後の事がスムーズに事が運びますからね」 「それ以外にあるだろ。」 「なぜ、そう思われるのですかね?」 「ただの感だが、もしかして、何かリミットがあるとか・・・例えば、あんたの力のタイムリミットとか。」 「・・・さぁ?どうでしょうかね?」 「また、惚けるのか。」 「ええ、貴方に言う事ではありませんからね。さて、本当に時間が惜しくなってきましたので、早急に貴方を倒して、そちらの巫女様と霖汢様、本をいただきますよ?」 言い終えるか言い終えないかの間に指を徹達に向け、鳴らす男。 先程と同じく、目の前が暗くなりかける。 徹の後ろに居る桃香、猛、霖汢は意識が飛ばないようにするのが精一杯だった。 「まだ、倒れませんか・・・でわ、これでどうですかね?」 更に力が強くなったのか、さっきよりも意識が飛びそうになる。 もう少しで堕ちると判断し、紗良と霖汢を捕らえる為にその場から動こうとするが、目の前に倒れる事なく立ち塞がる徹の姿を見つけ、驚きのあまり立ち止まる。 「なぜ、貴方はまだ倒れないのですか?普通ならば、もう倒れていてもおかしくは無い状況のはずなんですがね?」 一瞬、考え込む仕草を見せた男はすぐに徹に問いかける。 「・・・そういえば、先程もすぐに回復して、私に蹴りを入れましたよね?・・・何をしたんですか?」 じっと徹を見詰める男に対して、徹は頭を軽く振りながら、相手を見据える。 その見据えた瞳を見た男は息を呑む。 「貴方、その目の色は・・・添うでしたか、貴方はあの夜幻だったのですね。だから、力を隠す事も私の攻撃を受けてもまだ立っていられたというわけですか・・。」 男が言う様に徹の目の色が変わっていた。 そう、黒から銀色へと。 元からある程度の情報、即ち【漆黒の瞳から白銀の瞳へ変わる者・・・その人物こそ夜幻】という情報を持っていた男は徹が夜幻だと判断がついたが、それでも、未だに立ち続けている状態に疑問が沸く。 「ですが、それでも、これほど、攻撃を食らっているにも関わらず、立っていられる事への疑問は拭えませんね?」 徹は相手の問いに答える。 「っ・・何をしたか?か・・、簡単に言えば、あんたの能力が何かっていうのが分かったからそれに対処しただけだ。」 「!?・・・私の能力が分かったというのですか?」 「ああ、初めに受けた攻撃からある属性ではないかと疑ってた。」 「ある属性・・・ですか?」 「そうだ。その属性は“風”。」 「・・・。」 「風と言っても、少しあんたのは特別なようだが。」 「ちょっと・・・それ、どういう事よ。」 先程より意識が回復してきたのか桃香が徹に問いかける。 「風とは言ったがこの男が使った力は“音”の方だ。」 「はぁ?音?」 「・・・成程、音か。」 「・・・ん・・・そういうこと・・・」 「って、何であんたら二人は分かってんのよ!」 「・・・・説明は徹から・・・」 「もう!ほら!さっさと私に分かるように説明しなさいよ!」 「分かりやすくか・・・あの男は音、つまり超音波でオレ達を気絶させていたんだ。」 「それだけ?」 「それだけだ。」 「何よそれ!ってか、音なんて聴こえてないわよ!」 その台詞を聴き、ガックリと肩を落とす徹。 徹の様子に同情したのか霖汢がフォローを入れる。 「はぁ。超音波っていうのは人間には聴こえない高い音の事だ。」 「あ、そうなの?」 「お前、習ってるだろ。」 「しーらなーい」 「おぃ。」 「っで、結局は何であんた立ってられてるわけ?」 「・・・徹は・・その超音波の・・周波数と同じ音を風で作り出して・・・相殺させた・・・から、立ってられる・・」 「空気を振動させてな。」 「成程、添ういう事でしたか・・。」 徹達の会話から、自分の攻撃を見抜れた理由を理解した男は、力を見抜かれた時の為に用意していたナイフを懐から出した。 「遅かれ早かれ見抜かれるのはわかってはいましたが、よもやその攻撃を相殺という形で防がれるとは思いもしませんでしたよ・・こうなった場合、直に攻撃するしかないですね!」 男は目的を果たす為に、一番、やっかいだと判断した徹に向かって攻撃をしようと構える。 それに対抗する為に身構える徹。 だが、男が攻撃を繰り出そうと一歩動いた瞬間、手に持っていたナイフを落とし、その場に崩れ落ち始める。 そして、背を丸めながら咳き込み、その場に血反吐を吐く男。 その状況に驚き、目を見開いている徹達。 男は咳き込みながらも徹を見て、自嘲した笑みを浮かべながら、悔しそうに話し出す。 「ゲホッ…あぁ、残念です。ここで時間切れの様ですねー。」 話す度に口からは血が溢れ続ける。 それでも話すをの止めない男。 「いやー、運が良かったですねー、夜幻さん?ああ、今は徹さんでしたねー。ゴホッ・・・」 「あんた、まさか・・。」 「・・・ええ、思っておられる通りですよ?私は元々身体が弱く、何時死んでもおかしくない状況でした・・・真っ白い病室で寝たきり、周りが全て白・・・気が狂いそうでしたよ。病室から出る事も出来ない身ですので、楽しみ等を何も知らない・・・しかも、毎日が死へのカウントダウン・・この身、朽ち果てるその日まで死という恐怖に怯えてね?でも、そんな日々にある日、あの方は現れたんですよ。」 その時の事を思い出すかの様に遠くを見つめる男。 「あの方は、『このまま死にゆく運命ならば、その残りの命、私の為に使わないか?その代わりにお前が望みを叶えてやろう』と手を差し述べてくれたんですよー。こんな死に掛けの奴にね?あの真っ白な場所から私をこうやって外に連れ出して下さったあの方の為にも今回受けた役目を果たしたかったのですが…いやはや、あの方に延命して頂いても、私の身体は保たなかったようですね。」 「延命って・・」 「ええ、この札のおかげで・・ですが。」 そう言った男の胸元で長方形に光るものが見えた。 「何で、そんなものを・・」 「それ程までに、“生”を実感したかったんですよ・・まぁ、普通に生きている方からしてみれば、分からない事でしょうけどね。」 「他にも方法があっただろ。」 「いいえ、ありませんよ。色んな方に診てもらいましたが、治る方法など一つもありませんでした。それに、医師からも見放される程でしたからねー。」 「っ・・・。」 「さて・・・、折角ですので一つ良い事をお教えしましょう。」 「?」 「あの方はそこに居られる巫女を手に入れる為に勢力を上げておられます。つまり・・・私以上の力を持つDCが貴方方の前に現れますよ?貴方は何処まで守れ・・切・れ・・・ます・・・か・・・・?」 フッと笑った後、男はその場に倒れ、動かなくなった。 倒れて数秒も経たない内に男の左胸にある札が光り出し、その光は男を包み込み、包み込み終えると霧散して消えてしまった。 その場所は先程とは打って変わり、何事もなかったかのように時が流れていた。 後味の悪い空気が漂うの中、その空気を壊すかのように桃香が苛立ち気に叫ぶ。 「あ゛ー!もう!何なのよ!こいつ!医者に見離された?だからって、悪に手染めるとか意味分かんないわよ!」 怒りが抑えきれないのか身体がフルフルと震えている。 その様子を見ていた霖汢が話し出す。 「だが、さっき、あの男が言っていた通り、普通に生きている俺達からじゃ、分からない事もあるのかもしれないな。」 「だからって、頼る奴がおかしいじゃない!」 「それでも、生きていたかったんだろう。」 「でも!」 「あの男の立場が自分だったら?」 「っ・・」 「いつ死ぬかも分からない、閉鎖的空間の中でずっと一人で居続けたら?」 「・・・」 「人というのは弱い生き物だ。誰も一人で何て生きていけない。一人で生きている何ていうのは間違ってる。誰かの助けが合ってこそ生きていける。あの男にとって、その助けは奴だったって事なんだろう。」 「やっぱり・・・分かんないわよ。」 「・・・実際に身に起きない限り、俺達には分からない事だろうな。」 桃香はふと徹に目を向け、問い始める。 「・・・徹。あんたはどうなの?」 「・・・」 「あんたも・・・」 「オレは・・・」 徹が言い掛け始めた所で紗良が目を覚ました。 それに気付いた桃香はすぐに紗良の元へ駆け寄る。 「ぅ・・」 「紗良!大丈夫?!」 「う・・うん。大丈夫だよ」 「良かったー。」 ホッと胸を撫で降ろす桃香。 まだ、さっきの影響が抜けきっていないのか少しボーっとしている紗良がふと、霖汢の懐、つまり、例の本が入っている場所を見詰め始めた。 その様子に気付いた霖汢は首を傾げる。 「どうした?」 「ん・・んと、そこから糸みたいなのが見えてて・・」 「「糸?」」 霖汢と桃香の声が被る。 「う、うん。とても細い糸で・・それが向こうの方へ続いてるんだけど・・」 そう言って指を指す方向は中庭へ向かうために通った廊下だった。 その様子を見つつ、懐から本を取り出す霖汢。 本を取り出した事を確認した徹は紗良に疑問をぶつける。 「紗良、ちなみにそれはまだ奥の方へ続いてたりするか?」 「あ、えと・・・うん、続いてるよ?」 「・・・紗良以外に見える奴は?」 徹に問いに紗良以外が首を横に振る。 「まさかとは思うが・・・」 「徹・・・もしかして・・・」 「ああ、猛。お前が思ってることで合ってる。」 「・・・さっきのが・・・きっかけ・・・」 「かもな。」 「って、さっきから何言ってんのよ!」 「おい、徹、猛。」 「霖汢も分かったか。」 「チッ…面倒な事をしやがって。」 「な、何?私、変な事言っちゃった・・?」 オロオロする紗良を安心させるかの様に桃香が頭を撫でる。 「ある意味では言ってるな。」 「・・・うん・・・言ってる」 「え・・え゛ぇ?!」 「ちょっと!何が変な事を言ってるってなるのよ!」 「オレ達には見えない糸が紗良には見えている。」 「ただの目の錯覚じゃないの?」 「いや、その霖汢が持っている本は塒勾から預った本だ。何かあってもおかしくはない。」 「現にこの本には結界が張られているからな。」 「はぁ?!じゃあ、紗良にはその本から出てる力か何かが見えてる訳?!」 「で、でも、私、何も力なんて・・」 紗良が“ない”と言い掛けた所で桃香が何が原因か分かり、叫ぶ。 「・・・あ゛ー!?もしかして“巫女”の力?!」 「そうだ。」 「でも、さっきまで何とも無かったじゃない!」 「恐らく、さっきの男の攻撃が引き金となって、力が覚醒してしまったのかもしれないな。」 「わ、私どうしたら・・」 「ともかく、まずはその糸を辿ろう。」 「ぇ・・?」 「何か・・・意味が・・あるはず・・」 「い、意味って・・」 「今の時点では分からない事が多い。それを確かめる為にもその糸を辿る方が良いだろう。」 「で、でも・・」 「まぁ、大丈夫よ。例え、何かあっても今度も私がちゃんと守るわよ!」 「う、うん。」 「じゃあ、行くか」 霖汢の合図で、不安を抱えつつも5人は紗良が見える糸を辿り始めた。 暫く、廊下を歩いていると紗良がある部屋で立ち止まる。 「ここか?」 「う、うん。この部屋に糸が続いてるの」 「ここって・・・」 「霖汢の・・部屋・・?」 そこは初めに通された部屋・・つまり霖汢の書斎部屋だった。 「この部屋で間違いはないんだな?」 霖汢が紗良に尋ねるとコクコクと頷く。 「・・・入って・・みる?」 「そりゃあ、入らなきゃ分かるものも分からないしな」 「なら、開けるぞ?」 徹が引き戸に手をかけ、ゆっくりと襖を開ける。 襖を開け、部屋を覗くが、特に変わった様子は見受けられない。 あるのは部屋を埋め尽くす大量の本だけだった。 だが、紗良は一点を見詰め、ゆっくりとその場所へと歩いていく。 それに気付いた徹達も後を追う。 紗良がゆっくりと歩き、立ち止まった場所は霖汢と徹が先程、古びた本の調査をしていた部屋だった。 「紗良、この部屋に糸が続いてるのか?」 「え・・あ、うん。」 「どこに続いてる?」 「え、えと・・・あ、あれかな?」 スッと腕を上げ、指を指した方角には、徹が霖汢に頼まれて持ち込んだ本があった。 「あれ・・・なのか?」 「う、うん。あの積み上げてる本の・・・えと、上から二番目の本だよ。」 「・・上から二番目だな」 言い終える前に紗良が言った本を取りに行く霖汢。 その本を引っ張り出し、中身を見るが、特に変わった様子は見受けられない。 「本当にこれか?」 「うん、そこから糸が出てるよ?糸の色も濃くなってるし・・・」 「でも、見た感じ、何もないわねー。」 「・・・・ん・・・普通の・・・本・・」 「だが、紗良がそこから糸が見えると言っている以上、何かその本にはあるのかもしれないな。それにこの本、さっき紗良が気になるって言ってた本じゃないか?」 「へっ?あ、ホントだ・・・」 「なら、もう少し見てみる価値はあるな。」 もう一度、パラパラと紙を捲るが、どう探しても何かがあるように見えない。 霖汢が難しい顔をし始めた時に桃香が何か閃いた様で、霖汢から本を奪う。 「あ、おぃ!」 「んふふふふ!ちょっと良い事思いついたから、借りるわよ!」 「借りる前に奪うな・・。」 「あら、いいじゃない。」 「・・良くない・・と思う・・」 「もう、心が狭いわね。」 「はぁ、もういい。っで?何を思いついたんだ?」 「ふふふふふ、そ・れ・は!糸が見えてる紗良に渡せば何か起こるんじゃないかと思ったのよ!」 「へっ?わ、私?!」 「・・・確かに、それは使える手だな。」 「うん・・・・実際に・・見えてるの・・紗良だけ・・だし・・」 「悪いが、紗良。一回、紗良自身でその本を確認してくれないか?」 「え・・でも、霖汢君でも見つけられなかったのに、私なんかが・・・」 「やってみるだけやってみて、駄目だったら駄目でいいのよ!駄目なら、また専門のそいつに任せれば良い話よ!」 「まぁ、駄目元でやってみてくれないか?」 「う、うん・・分かった。」 了承を得、桃香が紗良に本を渡す。 受け取った紗良は、ゆっくりと本を開き、一枚ずつページを捲っていく。 数分の間、その作業が続き、最後のページになった。 これもゆっくりと確認しながら、最後のページを捲るが、何もない。 やはり、何も見つからないかと皆が判断する中、紗良が首を傾げる。 その様子に気付いた徹が声を掛ける。 「どうした?紗良。」 「へっ?あ、えと・・あ、あのね。この本の裏表紙?から糸が出てて・・・もしかして、この裏表紙に何かあるのかなーって。」 「裏表紙?」 「う、うん。でも、破いちゃったら駄目だし・・ど、どうしよう?」 「・・・どうする?霖汢。」 「・・・。」 「無類の本好きからしたら、かなり酷かしら?」 「・・・本・・破る・・・?」 「・・・はぁ。」 一つ溜息を付くと、紗良から本を返して貰い、その場で裏表紙を破り始める霖汢。 その行動に全員、一瞬驚くが、そんな事は気にせずに破り続けている。 そして、破った裏表紙から出てきたのは、透明な石の欠片だった。 「・・・何?これ?」 「分からん。」 「・・・・でも、紗良・・お手柄。」 「え?た、たまたまだよ!」 「だが、唯一見えていたのは紗良だけだったしな。」 「さっすが!紗良!」 「あ、えと・・や、役に立てたのかな?」 「ああ。かなりな。」 「え?そうなの?」 「どういう事だ?霖汢」 「どうもこうも、この欠片良く見ると欠片の中に“解”と書いてある。」 「ちょ!見せなさい!」 バッと霖汢から欠片を奪い、中を良く見ると確かに“解”という文字が浮かび上がっている。 「本当だわー。」 「ということは、これが塒勾から渡された本の鍵か?」 「恐らくな。」 「だったら、早く開けなさいよ!」 「開けろ、か・・・」 「どうした?」 「何か・・ある・・?」 「一応、危惧してんのは、開けた瞬間にトラップとか発動しねーかっていう点だな。」 「はぁ?!トラップ?!ここまで来て、トラップとかないわ!てか、いらないわよ!」 「あのなー・・・こういう厳重に結界が張られてるって事はかなり重要な事が記載されている事が多い。もしくは悪用されれば、世界が滅亡・・っていうのもありえるかもしれない。」 「またまたー、そんな大袈裟な話あるわけ・・「それが過去に・・俺の先祖の3代目当主が実際に体験している。」・・え?」 「実際に起こったのか?」 「ああ、どこの誰かまでは分からないが力を求めた馬鹿が“災厄”を封じた巻物を開き、かなりの被害を出したらしい。」 「そんな事が・・」 「その一件で、俺の先祖は死んだらしいがな。」 「なっ・・だったら、開かない方がいいんじゃないの?!」 「だが、開かないと任務を遂行できないからな。」 「う゛ー・・・開いたら、最悪の結果になるかもしれないし、開かないと塒勾先生の依頼がこなせないのね・・」 その場で唸る桃香を横目に霖汢は開ける準備を始める。 「そんなに唸らなくてもいい。仮に何かあってもここは公文家の領地だ。封印術も至る箇所に設置してある。何かあれば、その術が発動して力を封じてくれるだろう。それに、あくまで例えばの話だからな。」 「じゃあ、開けるしかないわね。」 「ん・・開けて・・みる?」 「ああ。」 「桃香、念の為に紗良の近くに居ておいてくれ。」 「分かったわ。」 「猛とオレは万が一に備えていつでも動けるようにしておくぞ。」 「・・了解・・。」 「霖汢、頼む。」 「じゃあ、開くぞ。」 徹の指示で桃香が紗良の近くに控え、猛と徹はいつでも動ける様にし、霖汢は先程見つけた欠片を塒勾から預った本に翳す。 翳して数秒も経たない内に欠片から淡く仄かな光を放ち始める。 その光に引き寄せられるように本から結界が現れ始める。 結界の為に記された文字や記号がいくつも現れては消え、現れては消えを繰り返し、最後の結界を解除した後、欠片は役目を終えたようにパリンと音を立て、霧散していった。 一部始終の流れを見た後、徹達は暫し、何か起こるかもしれないと警戒をしていたが、数分経っても何も起きない事から、霖汢はゆっくりと解除された本を開ける。 「どうだ?霖汢。」 「どうやら、俺の杞憂で終わったみたいだ。」 「なら・・・何も・・起こらない・・って事・・?」 「ああ。」 「っで?肝心の本はちゃんと中、読めるようになってるんでしょうね?」 「そこは問題ないみたいだ。」 ニッと笑いながら霖汢は徹達に本の中を見せる。 そこには解除するまでは何も記されず、黄ばんだ紙しかなかったページに文字が記されている。 「はぁ・・・無事に解除出来て、依頼もこなせたな。」 「まぁ、まだ中身を読んでないから、依頼完了とまではいかないがな。」 「あー・・・そうだったな。」 「ん・・どうする・・?」 「霖汢、悪いが、今見てる限り、オレ達には読めなさそうな文字だ。このまま、お前に預けて解読を頼んでいいか?」 「ああ、任せろ。」 「頼んだ。」 一通りの話が終わったのを見計らって、桃香が大きく伸びをし出す。 「んー!やぁぁぁぁっと!終わったわね!」 「えと、終わったの?」 「そうよ?後はこの文化系に任せておけば、後から連絡くれると思うわ。」 「そ、そうなんだ。えと、霖汢君、よろしくね?」 「ああ、分かり次第、お前らに連絡する。」 「報告待ってる。・・・さてと、一応、塒勾には今から報告しに行っておかないとな。」 「じゃあ・・・俺も行く・・・」 「分かった。桃香、紗良を家まで送ってくれ。」 「まっかせなさい!はい!じゃあ、帰るわよー!!」 「へっ?あ、ちょっと待って!桃香ー!」 先に歩き始めてしまった桃香の後を慌てて追う紗良を苦笑いしながら、見送った徹と猛と霖汢。 見送った後、徹と猛も塒勾に報告する為に、霖汢の家を後にした・・・ to be continue... |