小説 月の陰〜第ニ話〜 〜歯車〜 見渡す限り、草原しかないこの場所にただ一人少女が佇む。 あるといえば、闇夜に浮かぶ馬鹿でかい月のみ。 (またこの夢・・) 夢と自覚はしているが、どうも夢で終わらせる事が出来ないほどリアルな夢だ。 そう感じるのには訳がある。 風が吹けば寒いと感じ、月のほのかな明かりで周りの様子も分かる。 それに、地面に立っているという感覚さえあるのだ。 (私・・・何でこんな場所に立ってるんだろう…) この少女の名前は水草紗良(みずくささら)。 ここ数日同じ夢ばかり見ている。 原因は全く分からない・・・というより身に覚えがないのだ。 考えに耽っていると一陣の突風が紗良を襲う。 (ぅ・・この風が吹いたあと・・・確か・・・) 風が弱まり、前方に目を向けるとそこには先ほどまで居なかったはずの人が立っている。 こちらを向いてはいるが月明かりが上手く当たっておらず、陰になり顔が見えない。 ただ、その人物は何か言っているようだ。 (この人は誰なんだろう・・何を私に言ってるの?) その人物の声が届く場所まで近づこうとした瞬間にどこからかチリリリリリリリー!と音がした・・ バっと飛び起き、枕元にある目覚ましを止める。 さっきの音はアラームの音だったらしい。 「はぁ・・・また分からなかったなー。」 眠気眼の目を擦りながらさっきの夢について考えていた。 (いつもあのシーンで目が覚めちゃう。あの人は誰で私に何が言いたいのかが、まったく分からない。 でも…何だろ、あの人が誰で何を言っているのかが分かったらいけない気がする・・・何か悪いことが・・) それ以上考えようとしたが、リビングから母親の声が聞こえた為、考えるのをやめた。 ж 身支度も済ませ、母親に「行って来ます」と伝えた後、学校へと向かった。 その道中、誰かに後ろから飛びつかれた。 「ふぇ?!」 急な事に驚き、変な声が出た後、後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。 その笑い声を聞いて、紗良は誰かが分かり、振り向きざまちょっと怒った感じで相手に話しかける。 「桃香!後ろからそういう風にするのやめてって前にも言ったのに!」 「うふふふ!ごめんごめん!でも、あんたの反応面白いのよ!」 「もぅ・・・今度はしないでね?」 「はいは〜い!」 「はいは一回でしょ?」 「は〜い!」 「よろしい!」 そんな他愛もないやりとりをした後、一緒に歩き始める。 「あ、そういえば、桃香!また大活躍だったんだね!」 「ん?何が〜?」 「何って、昨日!放火犯の人捕まえたんでしょ!」 「あ〜、それね。捕まえたわよ〜」 「やっぱり!名前は出てなかったけど、新聞やニュースで出てたから、桃香だと思って!」 「あら?そうなの?まぁ、すっごく弱かったけど」 「ぇ?そうなの?新聞にはかなり強かったって書いてあったけど・・」 「あーないない、それはないわ。ただ、見出し的に大袈裟にしたかっただけでしょ。」 「そうなのかなぁ。」 「そうよ〜。まぁ、私的には殴れればそれでいいんだけど。」 「相変わらずだね、桃香は。」 「ふふ、これが私だからね〜!はぁ〜あ、それにしては骨のある奴が居なさ過ぎて体鈍るわ〜。」 腕を挙げ、いかにも鈍ってますと言わんばかりに身体を伸ばす。 「さ・て・と・・・」 伸ばし終え、ゆっくりと後方を振り向く。 心なしか、口元に弧を描いているように見える。 紗良はその行動に首を傾げ、同じく桃香が見ている方向を見た。 パッと見ただけだが、誰も何もない。 いつもの通学路の風景・・・と思ったが、良く見ると今居る位置からそんなに離れていない曲がり角に影が見えた。 しかも、一瞬何か光った気もする。 慌てて、桃香の後ろに行き、耳打ちする。 「と、桃香?あ、あそこに誰か・・・」 「あら?紗良も気づいたの?」 「気付いたって・・・あれって、もしかしてふ、不審者?」 「もしかしなくても確実に不審者よ。こんな朝っぱらからこんなか弱い乙女を狙うなんて悪い奴ね〜。」 一瞬、か弱い?に違和感を感じた紗良だが、あえてスルーする事にした。 「っと、紗良はここにいなさ〜い。とっとと、ボコって警察に突き出してくるから。」 ふふっと心底嬉しそうな顔をしながら、紗良に告げる。 そんな桃香に呆れつつもやはり心配もある為、もう一度耳元で話しかける。 「う、うん。でも、怪我しないでね?」 「あんな弱い奴が私に傷ひとつでもつけられるわけ無いわよ!じゃ!行って来るわ!」 そう言った数秒後、憐れな不審者はボコボコのギタギタにされ、すぐさま警察に突き出された。 * 「いやー・・・いつもいつも協力感謝するよ。桃香ちゃん。」 桃香の目の前には気の良さそうな警察官が申し訳なさそうに礼を言っている。 今、桃香が居るのは交番。 不審者を見つけ、すぐに撃退した後、そのまま引きずるように馴染みのあるこの交番にやってきた。 「別に礼を言われる程の事じゃないわ〜、私がただ暴れたいだけだから・・・あ、はい、これ不審者、あげるわ。」 瀕死状態に近い不審者は桃香に無造作に投げられ、地面に顔面から挨拶をかます。 「あーっと、もう少し優しくね?」 「大丈夫大丈夫、生きてるから!」 「いや、でも痛いと思うな〜?」 苦笑いを浮かべつつ、桃香に軽く注意をする。 ちなみにこの警察官、こんなやりとりを5年もしている為、ある程度の事には慣れてしまっている。 「っと、今回もありがとうね?でも、桃香ちゃんも女の子なんだから、あまり無茶しないように。」 「ぇ゛ー・・・」 「お巡りさんからのお願いじゃ駄目かな?」 「むー、まぁ、後処理してもらってるから、頑張ってはみるわ〜。」 「あはは、ありがと。あ、そろそろ学校行かないとまずくないかい?後、お友達も待ってるだろうし。」 「あ、そういえば学校あったわね。」 「・・・忘れちゃってたんだね。」 「まぁ、紗良待ってるだろうから、そろそろ行くわ〜!じゃあ、後、よろしくね〜!」 手を振りながら、紗良が待っている場所へと走り去っていく桃香を優しく微笑みながら、手を振り返す警察官、そして、若干放置されている不審者だけが交番に残った。 * 「桃香、お前また朝から暴れてたな?」 教室に紗良と入るなり、そう声をかけてきたのは徹だった。 「あら?いいじゃない。準備運動ってことで!」 「いや、よくねぇーだろ!つか、準備運動って何する気だ?!」 「何って、乱闘?」 「やめろ」 間髪入れずにツッコム。 そんな徹に紗良は 「で、でもね?桃香のおかげで私、普通に登校出来る様になったし、他の人にも被害がないから、今回の事はあまり怒らないであげてほしいかな?」 困り顔で徹にお願いをする紗良に徹は溜息を一つ溢しながら 「あまり、大事にしないようにしてくれよ。」 「大丈夫よ!私がそんなヘマするように見える?」 「見えるから言ってんだ。」 「ぇ゛ー!」 「”ぇ゛ー”じゃない!」 「け、喧嘩は駄目だってば〜!」 「もう、紗良に免じて今日はこれぐらいにしておいてあげるわ!」 「お前は何様何だよ・・」 「何様って桃香様よ!」 「はぁ・・・」 「ほ、ほら、席座ろ?」 紗良に促され、各自、自分の席に座り、徹も席に座った後、右隣に朝から通学してからずっと寝ている猛がむくっと起き、徹に一言。 「・・・結構、幸せ・・逃げたな・・」 「誰の所為だ、誰の。」 徹がまた、溜息をついた数秒後、始業のベルが鳴った。 * 今日一日の授業が終わり、部活に精を出す者、帰宅して行く者、それぞれがそれぞれの行くべき場所へと向かう。 そんな中、紗良は校門の前で一人立っていた。 遡る事数十分前、桃香は先生にお呼出をくらい、職員室へ行く事に。 いつも帰りは一緒に帰っている為、桃香が来るまで待つと告げ、そして、現在に至る。 (塒勾先生に呼ばれたみたいだけど・・・提出物とかかな?それに徹君や猛君も呼ばれてたみたいだけど・・) そんな事を考えつつ校門の外にある塀に凭れながら、桃香を待ち続ける。 数十分経ち、部活のない生徒が少なくなってきた。 まだ、時間がかかるのかと思い、腕時計を確認しているとふと、自分の前に影が差す。 桃香かと思い、顔を上げた直後、紗良の顔が強張る。 目の前に居たのは朝、桃香が交番に届けたはずのあの不審者だった。 困惑している紗良を他所に不審者は手に持っているナイフで紗良に切りかかろうと振りかざし始めている。 その様子にハッ気付き、慌ててその場から逃げ出す。 間一髪、避けれたが相手は紗良を追いかけてくる。 追いかけてきている事に気付いた紗良は必死で逃げ始めた。 どれぐらい走っただろうか? 後ろを振り返れば、遠いがまだ追いかけてきている。 半ば、何で、学校に逃げ込まなかったのかと悔やみつつ泣きそうになりながらも、もう一つ希望がある目的の場所へ足を運ぶ。 その後も走り続けていた所為か息も切れ、足も覚束無くなってきた。だが、後はこの道を右へ曲がれば。と自分を鼓舞し、走り続ける。 そして、目的の場所が見えてきた。 そう、そこは馴染みのある交番だった。 飛び込むように交番に入った来た紗良に驚く警察官。 「ど、どうしたんだい?」 「はぁ・・はぁ・・あ、朝の!・・・ふ、不審・・者・・・・が!」 「え?どこに居るんだい?」 「そ・・そこに!」 紗良の指した方向を確認した後、紗良の両肩に手を置き、相手を安心させるように優しい声音で話しかける。 「一旦、落ち着こう・・ね?大丈夫。お巡りさんが今から見てくるから。大丈夫大丈夫。」 ポンポンと肩を叩き、交番の外に出て様子を伺う。 だが、辺りを見渡しても紗良が言う不審者は居ない。 もう一度だけ確認した後、交番に入り、縮こまって震えている紗良に声をかける。 「紗良ちゃん、今見てきたけど、不審者は居なかったよ?」 「そ、そんなはずはな・・・い・・・!?」 「?どうしたの?」 「う・・うし・・後ろ・・」 カタカタと震えながら、警察官の後ろを指差す。 警察官は指されている自分の後ろを見る・・・が何事もなかったかのように紗良に微笑みかける。 「・・・ぇ?・・・お巡さん?何で?」 「何でって・・何がかな?」 「何がって・・・後ろ!不審者の人が居るの!」 息を荒げながら、必死に訴えかける紗良。 だが、そんな必死な様子を目の当たりにしているにも関わらず、ただ微笑んでいるだけで捕まえようともしない警察官。 そこで紗良は違和感に気付く。 ずっとお巡りさんと会話をしているが、警察官の後ろに立っている不審者は何もしてこない。 いや、してこないのではなく何か指示を待っているようにも感じる。 それに、自分の逃げ場をなくすかのように意図的に入り口に立ってはいないだろうか? その瞬間、嫌な予感がした・・ 聞きたくはない・・でも・・・ 「お、お巡りさん・・。」 「何だい?紗良ちゃん?」 相変わらず、微笑みを崩さない。 返って、それが嫌な予感を増す。 「お巡りさんの後ろにちゃんと人は居るよね?・・・その後ろに立ってる人は、ふ、不審者だよね?お巡りさんにとっては悪い人だよね?」 数秒の沈黙の後、警察官は後ろに立っている男をチラッと見た後、紗良を見る。 「んー・・・紗良ちゃん。」 「な、何ですか?」 「不審者は居ないよ?」 「・・・ぇ?」 「そう、不審者は居ない。でもね?後ろに立ってる奴は存在してる・・・この意味分かるかな?」 「そんな・・う、嘘ですよね?」 「今の状況で嘘何て言う必要はあるかな?無いよね?」 どうやら、嫌な予感が当たってしまったらしい・・。 自分が陥っている状況に身体がまた震え始める。 「そう、彼はお巡りさんのお友達。そのお友達に君を一人にするように依頼してたんだ。なのに彼女がいつもいつも君の傍に居る所為でこんなに年数もかかっちゃったし、やっと一人になっている事がわかってもここに誘導できるが不安だったんだけどさ?僕自身も驚くぐらい上手い事、お友達が動いてくれたおかげでこうやって、君を捕まえる事ができたよ。」 震える身体で出来るだけ目の前に居る男から逃げようと後ずさるが思うように身体が動いてくれない。 「そろそろ茶番劇は終わりにして・・一緒に来てもらうよ?水草紗良ちゃん?」 その言葉を聞き終えるか終えないかの所で口を布で塞がれる。 暫くもしないうちに、意識が飛び始める。 (誰か・・・たすけ・・・て・・桃香・・) 最後に意識が飛ぶ前に見たものは善人の皮を被り、今尚、微笑みを浮かべている悪人だった・・ to be continue... |