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Sakura tree

望のシャツの裾を掴んで口ごもる今の怜に、寝起きの男らしさは欠片も無い。

「でも……。いや」

ぷぅっと頬を膨らませて、なおも拒絶する怜は我儘で小憎たらしい。けれど望には可愛くて仕方ない弟だった。

「なぁにが、いや?」

あごに手をかけて顔を上げさせ、片頬で意地悪に笑う。

「いいのっ。やなの!」

反抗的に顔を背けたのにカチンときて、望はその細いあごを掴んで顔を戻す。

「人が優しく下手に出たのに、何だコラァ。家族は皆オッケーなんだよ。あとはお前の返事次第なんだよ。その状態で何年返事引っ張ってんだよ、あぁん!?」
「だから私はイ・ヤ!って返事してるじゃないのよ!いやぁん、痛いっ。放してぇ」

素晴らしき兄弟愛のキラキラした感動的なシーンが繰り広げられたかと思いきや、結局は今回も玉砕に終わった。
まぁまぁとなだめられて落ち着くと、矢嶋マネージャーは手帳を出し、「しょうがないわね」と取り敢えず現状の把握を始めた。

「じゃあ、怜君は今、彼氏は?」
「はぁ!?この流れでまだ諦めません!?」
「当たり前じゃないの!何年口説き続けてるとお思い!?まだまだしぶとく食い下がるわよ〜!」

これに付き合わないと帰らなさそうだと思った怜は、強敵に根負けして質問に答える事にした。


うんざりして彼氏は居ないと答えるが、こういう事を聞かれるのは好きではない。
冗談などでそういう話題は出るけれども、真面目に質問されると困る。
恋人が出来た事がないからではなく、性やアイデンティティーといった深い問題に関わってくるからだ。
そこに口を閉ざすのは、恐らくのんちゃんの言う通り、自分に自信が無いからだろうと思う。

「確認だけど、体の工事はする気は無いのよね?」
「まったく悪気無くズバッと聞くわね!矢嶋さんのそういうところは好きなのよねー」
「なのにしつこくスカウトするのが残念、みたいな言い方しない!ほら、答え!」

王子の前で躊躇無く聞くあたり、本当に遠慮が無い。

「あ・り・ま・せ・ん!両親が泣くの!そもそも、言わなかった?私『同性』が好きって」

こうなったら開き直ってぶちまけて黙らせるしかない。
後々深く後悔しようとも、だ。
しかし矢嶋さんは平然と手帳に何かをメモしている。

「そう。都合がいいわ。性質は乙女寄りでも一応男なのね」

何が「都合がいい」か。
どういう形でデビューさせる気でいるのか知らないが、察するに、恐らく男として使う気でいるようだ。

「で、怜君はどういう男性がタイプなの?」
「君ってのやめ……。ん、まぁ、もういいわ。タイプ?んな事知ってどうす…………。ハッ!まさか!好みの男性を近付かせて私を騙して芸能界デビューさせようって魂胆ね!?」
「んな訳あるか!ふざけてごまかそうとすんな」

うまく流れるかなと思ったのに、のんちゃんにはバレていたらしい。
内心でチッ!と舌打ちをして、しぶしぶ考え始める。

「じゃあ……パパみたいな人っ」

うふ。とぶりっこをして、おふざけ第二段を繰り出すが、矢嶋さんの冷めた目が「ふざけるな」と言っている。
いっそ呆れて帰ってくれ、と心底願う。
が、窮地を救ったのはたった今話題に出た人物だった。

「れ…っ、怜ちゃん!パパは……パパは…!」

ふるふると感動しているらしいパパは怜の両手を掴んだ。

「パパは、夢だったんだ!娘が出来たら、将来パパみたいな人と結婚するねって言われるのが…!」
「あら……そうだったの?」

まさか逃げる口実に使ったとは言えない。

「怜ちゃんはうちの可愛い可愛いお姫様だよ。女の子が出来たら、ママの芸名と同じく『姫』って漢字をつけようね?って話してたんだよ」

それを聞いて矢嶋さんが猛烈に食いつき、今度はそのエピソードを手帳にメモし始めた。
パパも聞いてくれるのが嬉しくなって、あれこれ話す。

「三人目が出来たって聞いた時、僕が一人で『女の子だ』って盛り上がっちゃってね。それで名前まで『怜姫』って決めちゃったんだよ」
「レキ!素晴らしいお名前じゃないですかぁ!李姫さんのお嬢さんにぴったり!それ、頂きました」

すかさず書き留めるのを見て嫌な予感がした。

「それ!私の芸名にするつもりでしょ!」

李姫の話に夢中で助かったと思いきや、油断できない。

「ローマ字表記なら、男で使えるわ!」
「イヤァ!男でデビューさせる気満々!」

何度断ってもキリがない。
一体この攻防はいつまで続くのかとふと時計に目をやって、はたと仕事を思い出す。

「わあ!時間…!メイクまだなのにぃ!」

会う度にこのしつこさには参る。
さっさと部屋に戻り、諦めませんからね!という宣言は聞こえない振りをした。

こっちだって、何を言われても頷くつもりはありませんからね!

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あきゅろす。
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