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Sakura tree
第三話 男らしく君を守る!
以前王子の忘れ物を届けに行って思ったのは、やっぱり男物の服が少ない。という事だった。

変質者のせいで、子供の登下校には必ず大人が付き添うという事になった。
女生徒に話し掛けて体を触ろうとしたから変質者と言われてはいるが、それを助けようとした方が刃物で切りつけられる事だって大いにある。
何があるかわからないから、徒歩ですぐの距離でも皐と王子の登下校時には誰かしらついていた。
そこで必要に迫られて、男物の服を何着か買うことになったのだ。

朝は中学と高校を順番に回っていたら間に合わないので、一人はママとの登校だ。
今朝は怜が皐の担当なのだが、怜はダイニングでまだ眠そうに野菜ジュースを飲んでいた。
男仕様の怜が黙っていると少しだけ恐く感じて、皐はいつも通り接する事が出来ない。
怜が中学に上がってピリピリし始めた頃、皐はやっと小学生になったばかりだったから、条件反射的に畏怖するのは仕方ない。

王子は少し前に出たばかりで、皐もそろそろ行かねばならないのだが、今怜を急かすと怒られそうな気がして言い出せずにいるのだ。

「行くかぁ……」

既に男スイッチが入っているらしい怜はだるそうに立ち上がると、飲み終えた野菜ジュースの紙パックを握り潰してゴミ箱へ投げた。

皐と王子の下校時刻を聞いて確かめながら靴をはき、怜はドアを開けると横に退いた。
そうして流した視線に皐は固まった。
苛立つくらいのんきな笑みと、隙だらけで嫌みを吐きたくなる様な軟弱な空気は何処にも無い。
ずっと憧れ、畏怖し、この方がいいに決まってると思い込んできた姿で目の前に立っていた。

眉を寄せ「早く」とあごをしゃくって急かされ、皐はのろのろと動いた。

数歩先を歩く別人の様な背を見つめ、皐は、やっぱりこの人は本当に男なんだと思った。
心は乙女だと言ってはいるが、あくまで乙女“寄り”であって、本人が言う通り、基本は男なのだという事実を心から理解した。

着いてきているか確認するように不意に怜が振り返ったから、皐はつい瞠目する。
そんな皐の様子を見て苦笑した怜は少し立ち止まって皐を待ち、隣に来ると軽くぽんぽんと背中を叩いた。

そうされて初めて皐は自分の態度が怜に気を使わせ、もしかしたら傷付けてもいたのかもしれないと気付いた。
だから「ごめん」と「もうしない」という意味を込めて、ふざけてじゃれるように装って怜に肩でどすっと体当たりした。

ハッとして皐を見て察すると、ふっと笑って怜もお返しに肩でぶつかった。
言葉は交わさなくとも、ギクシャクとしていた一つの隔たりが無くなっていた。


高校に近づくにつれて人が多くなり、集団登校する生徒は勿論。そこに付き添う保護者の視線までがただ一人金髪の青年へと注がれている。

「……変に目立ってごめんね」

こっそり皐に謝るが、大部分は奇異な目で見ているのとは違う事が皐にはわかった。

「いや、変な目立ち方とはまたちょっと違うと思うけど……」

顔を寄せ合って興奮気味に囁き合い、遠慮無く注がれる視線。
特に女子生徒などは友達と固まると途端に騒がしくなり、甲高い悲鳴すら聞こえてくる。
皐は呆れて溜息をついた。
さぞや本人も困っているだろうと思ったのに、そこには意外な表情を浮かべる怜が居た。

悲しげに伏せられた目。

側で見ると、長い睫毛や肌の綺麗さ、潤った唇が際立って、我が兄ながら綺麗だと認めるしかなかった。
だから悲しげな表情さえ何処か儚く美しくすらあり、反射的に周囲へ視線を走らせていた。
こんな顔をする訳よりもまず、誰かにこの顔を見られてはマズイと真っ先に思ってしまったのだ。
ひどく無防備で、これは自分がいつか覚悟を決めた時聞かねばならない過去の内に秘められた顔なのだと感じたから。
だからおずおずと名前を呼んだのは心配からではなかった。
けれどその声は届かなかったようで、人目に曝されていくのをどうしようも出来ずに見ているしかない。
そう思ってはたと気付く。
皐にとって興味本位の関心は鬱陶しく、呆れるだけのものだ。
それがただでさえ目を引く容貌なのに、その性質によって更に奇異の目で見られる怜ならどうか。

好意的に見る者ばかりではない事は皐でも知っているし、むしろ拒絶する者の方が多いだろうともわかる。
荒れだした頃から……、もしかしたらその前からずっと、怜はそういった批判的な関心に接してきたのだろうと。
気付いても結局、皐にはどうするべきかわからない。
せめて傍らに立ち、共に曝される他は。

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あきゅろす。
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