Sakura tree 4 望のシャツの裾を掴んで口ごもる今の怜に、寝起きの男らしさは欠片も無い。 「でも……。いや」 ぷぅっと頬を膨らませて、なおも拒絶する怜は我儘で小憎たらしい。けれど望には可愛くて仕方ない弟だった。 「なぁにが、いや?」 あごに手をかけて顔を上げさせ、片頬で意地悪に笑う。 「いいのっ。やなの!」 反抗的に顔を背けたのにカチンときて、望はその細いあごを掴んで顔を戻す。 「人が優しく下手に出たのに、何だコラァ。家族は皆オッケーなんだよ。あとはお前の返事次第なんだよ。その状態で何年返事引っ張ってんだよ、あぁん!?」 「だから私はイ・ヤ!って返事してるじゃないのよ!いやぁん、痛いっ。放してぇ」 素晴らしき兄弟愛のキラキラした感動的なシーンが繰り広げられたかと思いきや、結局は今回も玉砕に終わった。 まぁまぁとなだめられて落ち着くと、矢嶋マネージャーは手帳を出し、「しょうがないわね」と取り敢えず現状の把握を始めた。 「じゃあ、怜君は今、彼氏は?」 「はぁ!?この流れでまだ諦めません!?」 「当たり前じゃないの!何年口説き続けてるとお思い!?まだまだしぶとく食い下がるわよ〜!」 これに付き合わないと帰らなさそうだと思った怜は、強敵に根負けして質問に答える事にした。 うんざりして彼氏は居ないと答えるが、こういう事を聞かれるのは好きではない。 冗談などでそういう話題は出るけれども、真面目に質問されると困る。 恋人が出来た事がないからではなく、性やアイデンティティーといった深い問題に関わってくるからだ。 そこに口を閉ざすのは、恐らくのんちゃんの言う通り、自分に自信が無いからだろうと思う。 「確認だけど、体の工事はする気は無いのよね?」 「まったく悪気無くズバッと聞くわね!矢嶋さんのそういうところは好きなのよねー」 「なのにしつこくスカウトするのが残念、みたいな言い方しない!ほら、答え!」 王子の前で躊躇無く聞くあたり、本当に遠慮が無い。 「あ・り・ま・せ・ん!両親が泣くの!そもそも、言わなかった?私『同性』が好きって」 こうなったら開き直ってぶちまけて黙らせるしかない。 後々深く後悔しようとも、だ。 しかし矢嶋さんは平然と手帳に何かをメモしている。 「そう。都合がいいわ。性質は乙女寄りでも一応男なのね」 何が「都合がいい」か。 どういう形でデビューさせる気でいるのか知らないが、察するに、恐らく男として使う気でいるようだ。 「で、怜君はどういう男性がタイプなの?」 「君ってのやめ……。ん、まぁ、もういいわ。タイプ?んな事知ってどうす…………。ハッ!まさか!好みの男性を近付かせて私を騙して芸能界デビューさせようって魂胆ね!?」 「んな訳あるか!ふざけてごまかそうとすんな」 うまく流れるかなと思ったのに、のんちゃんにはバレていたらしい。 内心でチッ!と舌打ちをして、しぶしぶ考え始める。 「じゃあ……パパみたいな人っ」 うふ。とぶりっこをして、おふざけ第二段を繰り出すが、矢嶋さんの冷めた目が「ふざけるな」と言っている。 いっそ呆れて帰ってくれ、と心底願う。 が、窮地を救ったのはたった今話題に出た人物だった。 「れ…っ、怜ちゃん!パパは……パパは…!」 ふるふると感動しているらしいパパは怜の両手を掴んだ。 「パパは、夢だったんだ!娘が出来たら、将来パパみたいな人と結婚するねって言われるのが…!」 「あら……そうだったの?」 まさか逃げる口実に使ったとは言えない。 「怜ちゃんはうちの可愛い可愛いお姫様だよ。女の子が出来たら、ママの芸名と同じく『姫』って漢字をつけようね?って話してたんだよ」 それを聞いて矢嶋さんが猛烈に食いつき、今度はそのエピソードを手帳にメモし始めた。 パパも聞いてくれるのが嬉しくなって、あれこれ話す。 「三人目が出来たって聞いた時、僕が一人で『女の子だ』って盛り上がっちゃってね。それで名前まで『怜姫』って決めちゃったんだよ」 「レキ!素晴らしいお名前じゃないですかぁ!李姫さんのお嬢さんにぴったり!それ、頂きました」 すかさず書き留めるのを見て嫌な予感がした。 「それ!私の芸名にするつもりでしょ!」 李姫の話に夢中で助かったと思いきや、油断できない。 「ローマ字表記なら、男で使えるわ!」 「イヤァ!男でデビューさせる気満々!」 何度断ってもキリがない。 一体この攻防はいつまで続くのかとふと時計に目をやって、はたと仕事を思い出す。 「わあ!時間…!メイクまだなのにぃ!」 会う度にこのしつこさには参る。 さっさと部屋に戻り、諦めませんからね!という宣言は聞こえない振りをした。 こっちだって、何を言われても頷くつもりはありませんからね! [*前へ][次へ#] [戻る] |