シリーズ・短篇
4
「だんな様っ」
マヘスとミオスに特別に可愛がってもらってるとはいえ、彼らの顔に泥を塗るわけにはいかないので、人前では線を引いて振る舞っている。
立場をわきまえて、身の程にあった振る舞いを。
「何故ここに…!失礼、うちの者が何か……?」
ミオスはテトを見て驚きの声をあげたが、すぐに彼へ謝った。
「いや。彼はわたしを見て率直に褒めてくれただけなのだ。悪気は無かったのだから、叱ってやらないでほしい」
彼はテトが思わず感じた事を口にしてしまっただけだと察してくれたのだ。
それをわかったとしても、こうしてさらりと許してくれる人は恐らく少ない。
テトは嬉しくなって、ぱっと顔を綻ばせた。
彼はそんなテトをまた見下ろしたが、やはりそこに表情の変化はなかった。
見た目もかもし出す雰囲気も神様のようだと思ったが、心までそのようだとテトは感じた。
彼は、テトに対して侮蔑も嫌悪も寄越さなかった。
そこに見えるものを真っ直ぐに見て、正当に評価してくれる。
彼とミオスは改めて自己紹介をして、握手をして別れた。
ルティといった彼を、テトは忘れないでおこうと思った。
それからテトはミオスに外に倒れている黒猫の獣人について話した。
ミオスは喜んで手助けしようと言ってくれたが、外に出るともうそこには彼はいなくなっていた。
その日、館は静かだった。
テトは庭の落ち葉を一人ですべてきれいに掃除するようにと言われ、大きなほうきを使って何時間も必死になって掃除していた。
とても静かなことに気付いたのは、言いつけられた仕事がすべて終わってからだった。
使用人頭に報告に行こうとしたが、何処を探しても誰の姿も見えない。
みんなが何も言わずに消えてしまって、テトはさびしくなった。
そして不気味さを覚え、恐くもなった。
あちこち歩き回った挙げ句、ミオスの部屋で待とうと考えた。
使用人用の小さな部屋を一室与えられていたが、そこには戻らなかった。
サボって休んでいたと言われるのが目に見えていたからだ。
テトがミオスの部屋のドアノブに手をのばした時だ。
「テト……」
広く長い廊下に、その人を見つけた。
「ミオス!お帰りなさい。ねぇ。みんな急に居なくなっちゃったの。どこいっちゃったの?」
聞いても答えは返ってこない。
ミオスは離れた場所で立ち尽くしていた。
テトは様子がおかしいと思い、そばへ行ってじっと見上げた。
「ぼく、何かいけないことしちゃった?」
ミオスが怒ってるのかと心配になり、テトは水色の綺麗な目を潤ませた。
そばでよく見ると、ミオスの顔の毛が少し濡れて乱れたようになっているのがわかった。
どうしたの?と口を開くより前に、ミオスが言葉を発した。
それはテトの問いに対する答えではなかったが、彼の様子がおかしい理由はわかった。
「テト……。お前は誰にも、何も聞かされていないのだな……?」
発せられた声は、微かに震えていた。
彼は、泣いたのだ。
その事実だけで、テトは悲しくて泣きそうになった。
「ぼく……ぼく、庭のお掃除をしなさいって言われて……。そしたら、いつのまにかみんな居なくって……」
テトの声も泣きそうに揺らぐ。
「何故…!必ずお前を一緒に連れて来るようにと言ったのに…!すぐわかるような嘘をついて、わたしに背いてまで…っ。そこまでお前をいとうか…!」
怒りで牙をむき唸るように言うと、ミオスは震える手で目元を押さえた。
ぼくなら大丈夫。のけ者にされるのなんて、今更全然気にしない。
そう言えればよかったのだが、ミオスが言葉を続けたのでタイミングを逸した。
「テト。よく聞きなさい。今日、父上が亡くなられた」
ミオスが言ったその言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「事故で……。打ち所が悪かったらしい。すぐに家に連絡して執事にお前を連れて来るようにと命じたが……。うちの者は皆お前が父上を看取るのを嫌ったようだな」
嫌われてるのはわかっていた。
分不相応の立場を与えられ、愛情に恵まれ。
うとまれていた。
けれどテトを拾って愛してくれたマヘスの最期くらい……。
いや、最期だからこそ。彼らはテトを近づけたくなかったのかもしれない。
高貴な血統。偉大なる王者の最期ぐらい。
テトに汚されたくなかったのだ。
「マヘスが……」
道端で飢えて死にそうだったテトを拾い、助けてくれた。
高貴な血に恵まれ、王者の地位に恵まれてもなお、それを“呪い”だと言った。
マヘスが、もうこの世には居ない。
「ぅわぁあああんっ!」
声を上げて泣き出したテトを、ミオスはいつまでも抱き締めてくれていた。
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