命ーミコトー
5
「え…蓮見の、家?あの、でっかい家?」
「ああ、さすがに本館には俺の一存では置いてやれないが、はなれなら部屋も余ってるし。」
確かに、昨日行った時、客間がいくつかあったけど。でも、アレは実際蓮見の部屋なんであって…。
「でも、それってどうなの?教師と生徒が一つ屋根の下とかって。」
藤家が少し顔をしかめながら言う。
「勉強合宿とでも思えばいいんじゃないか?」
蓮見が飄々と言ってのける。
「いやいや、問題はそこじゃなくってさ。」
藤家がチラリと横目で私を見る。
「あ?」
蓮見も私を見る。な、何だ。すると、蓮見が声を上げて笑い出した。
「ないないない!藤家は俺がこいつに何かするのかって心配しているんだと思うけど、それはないって!」
「ちょっと!あったら困るけど、そんなに『ないない』連発しないでよ!」
「だって、8つも下なんだぞ?」
その言葉にチクリとなぜか胸が痛んだ。
「もちろん、俺のところにいるんだから、数学の勉強もきっちりしてもらうけどな。」
「げえっ。」
藤家は私と蓮見の様子をじっと見つめていた。少し何だか考えている様子で。
「決めた。」
小さな声で藤家がつぶやいた。
「決めたって、何が?」
「俺も先生ん所に榊がいる間泊まる。」
「え?」
「そうは言っても色々心配だし、俺が見張る。」
うんうん、と一人納得している藤家。蓮見がニヤニヤと笑う。
「藤家、お前分かりやすいな。」
「何が?」
冷ややかな目で藤家は蓮見を見る。蓮見はニヤニヤしたままだ。
「お前が何かするってことはないのか?」
藤家がチラリと私を横目で見る。分かっている、どうせまた『ないない』言われるのだろう。
「榊。」
「な、何?」
藤家がじっと私を見つめる。少し私はたじろいでしまう。
「カギをちゃんと閉めていれば大丈夫。」
何が大丈夫なんだ。何に対して大丈夫なんだ?予想外の返答にポカン、としてしまう。向かいで蓮見は大爆笑している。
い、意味がわからない…
「で、でも、藤家お家は大丈夫なの?」
「問題ない。誰も俺には逆らえないから。」
無表情でそう言う藤家の表情は少し物悲しく、怖くもあった。
「まあ、俺は別に部屋はあるんだし。かまわないけど。」
「蓮見のご両親は大丈夫なの?他人を勝手に家にあげても。」
「ん?別に。どうせあの人たちいつも出歩いているからな。色々付き合いがあるんだろう。分からねえよ。」
こんな風にして、私の居候生活は始まったのだった。
私と藤家、それぞれに貸された部屋は、立派なものだった。藤家の言うカギもちゃんと付いているし。
「こんな立派な部屋。本当に借りていいの?」
「ああ。どうせ使ってないんだし。部屋としても、使ってもらった方がいいだろう。」
「そんなものか。」
荷物だけ置いて、私たちは蓮見の部屋に集合した。
「蓮見、やっぱりこんだけ家がすごかったら、本当に知られたらひどいことになるね。」
「考えさせるな、想像しただけで恐ろしいから。でも、これは別に親の金によるものであって、俺のじゃないから。もう少ししたらここから独り立ちしたいと思ってるし。」
「ああ、先生もう25だもんね。」
「藤家、何かいつも癪に障る言い方するよな。」
蓮見と藤家はお互いにらみ合っている。仲が良いのか、悪いのか。
「それにしても、昨日の声。『これで終わりではない、これから、始まるのだ』って、一体何が起きるって言うんだ?」
蓮見がベッドに寝そべりながら言った。私も少し考えていたのだ。
昨日の出来事よりも、もっと凄いことが起こるのだろうか。
ゾクゾクッ
悪寒が背筋を走った。そして、ガタガタと体中が震えだす。
寒いわけではないのに、震えが止まらない。指先に力が入らない。
「榊、どうしたの!?」
「わ、分かんない。分からない、けど。」
そう言う声も震えて、思うように言葉が紡げない。
藤家が私の指先にそっと触れる。すると、だんだん落ち着いてきて、しばらくして震えは嘘のようにピタリと止まった。
「大丈夫か、榊。」
「う、うん。もう大丈夫。」
さっきのは何だったのだろうか。でも、これはアレが近づく予感だったのかもしれない。変化はきっともうすぐ訪れる。
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