■それぞれの、形
10
次の日、午前の会議が終わり、午後の会議までの休憩の間、早速久実に連絡を入れる。
『雅恵、ロンドンにいるの?行く行く!』
久実は即答でそう言うが、リカルドは大丈夫なの?
『この週末はリカルドもロンドンだもん。それに、雅恵と一緒なら、リカルドも何も言わないって。私より信用してるみたいだし。』
久実はそう言って、クスクス笑う。
「じゃあ、また週末に。土曜の予定がまだあやふやだから、はっきりしたら連絡するから。」
そう言って電話を切る。そして顔を上げると、目の前には支社長が。
「永井さん、さすが本社、海外事業部の有望株だねえ。朝の会議の内容は、すばらしかったよ。午後からも、その調子で頼むね。」
ニコニコと話しかけてくる。
仕事のことで褒められると、普通に嬉しい。
「ところで、電話の相手は、庄田さんかい?」
支社長・・・どこから話を聞いていたのか・・・。まあ、支社長自体、久実と面識あって、本社勤務の頃、久実と一緒に仕事したこともあるし、支社長としてロンドンに来てからも、久実のロンドン出張の時には顔を会わせていたはずだし。
「彼女が会社を辞めたのは、残念だったなあ。永井さん、庄田さんにロンドンに来た時は、ロンドン支社に顔をだしてと、私が言ってたと伝えといてくれないか。・・・でも、彼女の場合、退職の理由が理由だから、来たくはないだろうけどねぇ。」
本当に、残念そうに支社長は言う。・・・て言うか、この人、どこまで情報通なんだか。
このロンドン支社長だけじゃないけど、会社の上層部に、久実は気に入られていたからなあ。
「永井さん、庄田さんの結婚式行ったんだって?どうだった?」
そんなことまで知ってるんだ。
「いやあ、すごかったですよ、国際色豊かで。久実はとても綺麗でしたし。」
私が言うと、本当に残念そうな顔をする。この人、まさか本気で狙ってたんじゃ・・・?
「いやいや。でも彼女が幸せなのが何よりだ。ちょっと気の毒な辞め方だったしな。」
私と支社長が、久実の話題で話しこんでいるとマイクが姿を見せる。
〈ウォーレンくん。午後からも頼むよ。〉
支社長はマイクに向かってそう声を掛けて、
「じゃ、永井さん。午後も期待してるから、よろしく。」
そう言って去っていく。
〈支社長と盛り上がっていたけど、なに話してたの?〉
日本語のみで話していたので、会話の内容は聞かれていない。
〈本社にいた時の話をね。〉
久実の話を詳しくして、興味持たれたりしたら、後々面倒なことになりそうだから、とりあえずそうごまかした。
〈午後の会議が無事終われば、部長が食事連れて行ってくれるって。〉
マイクはそう言うけど、それはそれでありがたいような、めんどくさいような・・・。かといって断るような立場ではないんだな、これが。
その午後からの会議は、午前中のものと比べると、すんなりとは行かなかった。
ロンドン支社をあげてのプロジェクトなんだけど、やはり反対派はいるわけで、午後からの会議はその反対派が出席。細かい所までチェックを入れてくる。
まあ、前もって準備はしてあるので、うろたえることではないけど、こういう場面でのマイクの頭の回転の速さは、見事。上手く話を返すことができる。
ただ、応答が多くなってくると、だんだん強引に物事を進めようとするようになるが。
山下さんがここまで進めてきたプロジェクトを、変な形で進められるのは、嫌だ。もちろん、潰すわけにはいかない。
反対派って言ったって、このプロジェクトをマイクの所属するチームが進めることに納得いかない・・・ってだけで、プロジェクト事態に反対してるわけではない。結局はロンドン支社内の派閥争いのようなものよ・・・と、ロンドン支社の女の子からの、事前情報も入っている。
マイクの発言の隙を見て、話に割り込み、後は私が話を進める。
ロンドン支社に関係のない私が出たほうが、話がうまく収まるから。
山下さんだと、こういう時に上手くまとめるんだけどなぁ・・・。
何とか無事、会議も終わり、後は明日の取引先関係者を含め、最終プレゼンで終了。明日は形式だけ・・・みたいなものだから、とりあえずプロジェクトは9割方成功したようなもの。
それもあって、マイクの上司からの、食事のお誘いなんだけどね。
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