■それぞれの、形 9 〈雅恵、久しぶりー!!〉 そう声がかかったと思いきや、いきなりジョアンは私に抱きついてきた。 〈もう!ジョアン、びっくりするじゃない。久しぶり、元気そうね。〉 〈雅恵こそ。あれ?今日は山下は一緒じゃないの?〉 私ら、ニコイチかい。恋人でもない、ただの同僚なのに。 〈山下さんは、ポルトガルへ長期出張。で、彼が山下さんの後を引き継いで、今一緒に仕事しているマイク。ウチのロンドン支社の、有望株なんだって。〉 ジョアンとマイクはお互いに『よろしく』と軽くあいさつをかわす。 〈久実とは会うの?僕もしばらくあの2人に会ってないけど。〉 〈んー、今回はこっちにいる間、オフがとれるかわからないのよねー。久実をロンドンに呼びつけると、リカルドがうるさそうだし。〉 私が言うと、ジョアンは大笑い。 〈わかるわかる。あいつ、若いくせに、久実のお父さんみたいだしさ。〉 それでも、リカルドは『行っておいで』って言うんだ、きっと。でも、久実が1人で動くことを、ものすごく心配する。しかも、マンチェスターとロンドンでは、結構距離あるし。で、久実は久実で、そんなリカルドに気を使うだろうから、こっちが気兼ねしてします。 〈雅恵、こっちに友達多いんだな。〉 マイクはそう言うが、友達ってもともと久実だけで、そこから広がった人たちなのに 〈久実はもと同僚よ。ロンドンにも何度も来てたしさ。今は結婚して、マンチェスターに住んでるけど。ジョアンは、その久実の旦那さんの友人だし。〉 普通に生活してたら、まず知り合わないような人たちだね。ポルトガル人で、しかもプロのサッカー選手だもん。 店内にいる他のお客さんも、ジョアンに気づいた人がいるようで、ちらほら、こっちを見てる人がいる。さすが、有名人。まあ、目の前のマイクは気づいてないみたいだけど。 それからは、たわいもない話を3人でして、1時間ほどで、 〈じゃ、僕はそろそろ帰るよ、明日もあることだし。〉 と、ジョアンが切り出したので、 〈あ、私も。明日、大事な会議だし。〉 と同調して、帰ろうとすると、 〈えー、まだこんな時間なのに。〉 と、不服そうなマイク。あんたも同じ会議に出るでしょうが。まあ、マイクは私より2つ下の25歳。まだ若いし、少々夜更かししても大丈夫かもしれない。でも、私はそうは行かないのよ。山下さんが居ない分、今回の仕事の責任がかかってくるのだし。 元々乗り気じゃなかったので、ここは強引に帰ろう、と思い、マイクを1人残して、ジョアンと一緒に店を出た。 〈送っていくよ、近くに車止めてるから。〉 ジョアンはそう言うけど、乗せてもらっていいのかなぁ。 〈大丈夫、まだ彼女いないし。〉 そう言って笑うので、遠慮なく送ってもらおう。 〈今週は僕、ホームゲームだから、ずっとロンドンにいるんだよ。週末はたしか、リカルドもロンドンで試合するはずだから、もしかしたら、久実も来るかもね。時間があえば、みんなで会いたいなあ。〉 ジョアンがそういうので、 〈ほんと?じゃあ、久実に予定聞いてみる。土曜はまだこっちにいるよ、私も。〉 きっと、マイクが居たので、店内では言わなかったのだろう。マイクの前でこの話をしたら、来るっていいそうだし。 ホテル前まで送ってもらって、私は車を降りた。 〈じゃ、また連絡する、おやすみ。〉 そうジョアンは言って、高そうなスポーツカーを走らせて帰っていった。 ・・・もてると思うんだけどねぇ・・・。忙しいだけで、彼女に振られたっていうのは、気の毒だわ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |