楽園の紛糾 Love Songが聴こえる5 枕を重ねたヘッドボードに上体を預けて、火をつけた煙草をゆっくりと味わいながら、傍らにまどろむ沢口の髪を撫でる。 心地よい疲労も満ち足りた心も、全ては沢口と共に在るから……と、杉崎は甘美な心の束縛を予感した。 いつからこんな感情でいたのか、はっきりと自覚していた訳ではない。 ただ、立川はずっと以前から気づいていたようで、上官としては行き過ぎの可愛がりようは、やはり潜在的にそういう意味だったのかと考えさせられる。 もしかしたら、沢口自身も朧げながらそれに気づいていたのかと思える。けれど、自分が愛される訳が無いと、無意識のうちにそれを否定してきたのだろう。 永遠の別れがふたりの始まりだったのかもしれない。 失って初めて気づいた存在に強く惹かれていた。 例え、ふたたび別れの時が来たとしても、永い時を経て育ってきたこの想いだけは残って。多分、自分はこれからもずっとこの若者を愛し続ける事だろう。 杉崎は、今思えば宝物のようだった過去を思い出して、胸の奥が甘く疼くような喜びに満たされた。 「――あれから……。初めて出会ってから、何年経ったんだろう」 煙草の火を消してつぶやいた杉崎の言葉に沢口が反応した。 「五年です。……入隊して、もう五年になります」 長い時が経過した。沢口は感慨深い表情で杉崎を見上げた。 「いや。あれは、おまえがまだ中等部の頃だった」 過去に思いを馳せる杉崎の言葉を聞いて、沢口は驚いて上体を起こした。 「どうして……」 驚きのあまり茫然として、大きく見開かれた瞳は真実を求めていた。 「どうしてって言われても。俺がおまえに出会ったのは、あの時だと記憶していたんだが」 もしかして違ったのかと、いささか自信がなくなる。 「覚えていてくれたの?……俺のこと……覚えて」 潤んでゆらめく瞳が喜びを伝えてくる。杉崎は事実を知って安堵した。 「じゃあ、入隊したときには……もう」 「うん。……知っていた学生が直属の部下になるってのは、すこし照れ臭くもあったが。おまえの成長した姿はなかなか頼もしかった」 杉崎の告白は沢口を切なくさせる。 信じられない程の嬉しい事実を知って、まつげに涙が滲んできた。 その、あえかな情に気付いた杉崎は、沢口の身体を組み伏せるように抱き寄せて、目立つ鎖骨に接吻を贈った。 「また、中坊の頃みたいに痩せてしまったな」 ぬくもりに絆されて、沢口の感情が止めようもなくあふれてきた。 「――九年です」 杉崎を見つめる瞳が涙に潤んで、視界を歪ませる。 困ったように笑顔を見せるその優しい顔がよく見えない。 なのに、目が離せない。 杉崎は、自分の成長をずっと見守っていてくれた。 そんな事は自分にとっては奇跡だと思える。 「あなたが、ずっと好きだった時間でした。……覚えていてくれて、嬉しいです」 涙に咽ぶ甘い声が、切なく苦しかった思いを告げた。 淡い初恋だった。 ずっと心にしまっておくはずだった想いは、ふたたびフェニックスで出会ってから、本物の恋におちた。 成長したのは自分だけではない。 初めて出会ったあの日、まだ若くしなやかな身体と少年の面影を残していた彼は、一人前の逞しい男に成長して自分の前に現れた。 今は、さらに逞しくなったその胸に抱かれて、この上ない喜びに涙があふれてくる。 涙に濡れた微笑みで応えた沢口は、ふたたび杉崎に求められて波のように乱れたシーツの中に身体を沈めた。 贈られる接吻は情熱的で、沢口の幼い性感を高めてゆく。 与えられる愛撫に否が応にも身体が反応して、杉崎を求めて焦れていた。 「愛してる」 ささやきが耳元にそっと贈られて、沢口の奥に残った熾火が熱を放つ。 「――愛している、俊」 初めて呼ばれた名前に想いを添えられて、痛いほどの切なさが込み上げる。 沢口は堰を切ったように泣き出して、夢中で杉崎に縋りついた。 「杉崎さん」 「俊。今だけでもいい……俺の名を呼んでくれ」 沢口の頬を手のひらで包んで杉崎が求める。 そんなささやかな願いで、杉崎の思いを知る。 年の差とか、階級とか。こだわればこだわる程、ふたりの間には壁のような境界線が出来て。 けれど、それは杉崎が取り払ってくれた。 愛し合うもの同士として、対等な存在であると示してくれたようで嬉しい。 「志、郎さん」 なんだか、とても大胆な事をしているような気がする。 「うん……。いいな、こういうの」 ふたたび沢口を抱き締めて、杉崎は満足そうに微笑みを浮かべた。 「俊……。俺は」 無償の愛を貫く強い意志が、強い力になる。 それは、早乙女と響姫が教えてくれた。 「これからは、おまえと共に生きたいと思う」 驚きに固まった泣き顔を見て、思わず笑った杉崎は、その唇にキスを寄せた。 甘い世迷いごとと嘲笑されるかもしれない。 けれど杉崎には、そうして生きることに大きな意味があると思えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |