楽園の紛糾
Love Songが聴こえる6
シヴァ軌道上に到着したセレスと大統領専用の大型シャトルは、ヘルヴェルト大統領の到着を待っていた。会見の予定時刻を三十分後に控えて、シャトル内の空気は緊張している。衛星シヴァを後方に置き、セレス艦長ウィル・バーグマンもまた、歴史上なし得なかった一幕への関与に緊張の色が隠せない。
全ての艦載機には、緊急発進に備えて待機命令が降りている。
「……ジェフ」
ウィルは前方に広がる漆黒の空間を眺めて、傍らに立つ副官に心境を告げた。
「わたしはこんな立場だから何も言えないのだが。本当にこれでいいのだろうかと、ついよけいな事を考えてしまうんだよ」
苦い感情を圧し殺してウィルはつぶやく。
「ハヤトなら許しはしないだろうと思うよ。我々にとっては大事だった先の戦闘では全く関与しなかった。なのに、いよいよ自分たちに火の粉が降りかかってくるとなれば、手のひら返しで共同を申し入れる。……なりふり構わないのもここまでくれば醜悪この上ない」
ウィルはらしくない批判を口にしてから、傍にあったジェフの肩にもたれかかった。
ジェフはウィルが相当のストレスを抱えている事を知った。
「戦場を知らない者に何を言っても伝わらない。そんな事は先刻承知だったはずなんだが……」
深く息をつく司令官のジレンマが伝わる。
「あの戦場で、多くの犠牲者が出たのだ。わたしは、それすら全て白紙に戻して和平を語るなど、どうしても許せない」
ウィルの声が震えていた。やり場のない怒りが、ブリッヂのオペレーターたちの心にも伝わってくる。
「――艦長」
「済まない……。ちょっと、グチをこぼしてみたくなっただけだよ。オフレコにしておいてくれ……」
そう伝えてから、ウィルは指令席に上がっていった。
自分たちの艦長は、自分たちの気持ちと同様だった。
オペレーターたちは、それを知っただけでも救われたような気持ちで、不本意な任務に耐えていた。
「大統領……いかがですか?」
大統領秘書官が大統領にコーヒーを差し出した。
「ああ。ありがとう」
テーブルに置かれたカップを持ち上げて、芳醇な薫りを楽しむ。
上品に整えられたロマンスグレイの口髭がわずかに浮かんだ笑みを飾る。その口元にカップを運んでからひとくちだけ含んで飲み下す。温かさが身体に沁みてゆくようで、彼はほっと一息ついた。
「セレスの動きはどうだ?」
「臨戦態勢で待機しております。万一の事がありましても、案ずる事はございません」
「そうか……」
「ある程度のリスクは抱えていても、それでも互いに魅力ある存在である事は否めません。彼等はエレメンツ115を欲しがっておりますし、我々はその開発技術が欲しい。これは魅力的な取引です」
秘書官の後押しが、ともすると二の足を踏みがちな大統領を決断させてきた。それは巧妙なやりかたで大統領を動かす。
「HEAVENの発展のため……。あのエネルギーを有効活用出来るようになれば、われわれの国家は飛躍的に外宇宙にむけて伸びて行く事でしょう。隣同士で牽制し合うなど、非生産的な事はもう止めなければ……」
もっともな理論に、大統領は沸き上がる感情を呑み込んでしまう。
これを、へルヴェルトを嫌っている聖が知ったら、どう言ってくるだろう。
そう考えると大統領は気が重かった。
6.Love Songが聴こえる
――終――
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