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 時間は少し戻って、事件の起きた小学校の体育館で校長が演説を始めた頃。フィーアスがゴルデワ人を複数伴って対策本部に戻ってきた。
「……………………」
「ただ今、戻りました」
 その凄まじい様相に会議室内は静まり返る。電話のベルやコピー機の稼働音だけが音の全てだった。
 本人は特に気にした様子も無く直属の上司へ挨拶と部下を残してきたことを報告すると、コルドの座る本部長席まで進み出、客人を紹介した。
「世界王東殿のザガート・ウィルッダさんです。その護衛のお二人と――」東殿の背後に控えた男たちが揃って一礼する。その更に後ろから一人進み出た。
「この度は当方が多大なるご迷惑をお掛けし、深くお詫び申し上げます。私、世界王西殿第八秘書官、キリアン・ワイアットと申します」
 どうにか自己紹介したものの、コルドでさえ立ち上がったまま二の句が継げずにいた。
 西殿以外の世界王の登場は勿論だが、何よりフィーアスの恰好である。本人が平気そうな分、余計に突っ込みづらい。
 しかしそこは直属の上司である、意を決してカウラが尋ねた。汚れた袖から覗く手首が赤黒い。
「……ロブリー、怪我をしてるのか?」
 けれどフィーアスは首を傾げる。
「大したことはありません」
 恐らくこの時、会議室内の全員の心境が一致した。その恰好の何処が大したことないのか、と。
「我々も着替えた方がいいと言ったのですが」
 コルドもカウラもびくりと肩を震わせる。世界王が苦笑していた。
「いいんです。このままで」
 頬の辺りから、白いシャツやタイトスカートの中程までをべっとりと汚しているそれは、アリシュアらが見た時よりもより黒っぽく変色している。紅隆の血です、と西殿秘書官が告げた。
「え!?」
 しかしそれはどう見ても血の色ではない。オレンジジュースを零したと言われた方がまだ納得出来る。
「先程はご配慮頂き、誠に有難うございます」
「え、あ……いえ……」
 シーズヒルへ人を遣るので通してほしいとフィーアスを通じて連絡があったのだ。
「事情説明をさせて頂きたく思うのですが……」
 申し訳なさそうに秘書官に声を掛けられ、一同ははっとする。コルドとカウラが頷き合って客人を応接室へ案内した。フィーアスは応接室の番号を聞くと茶の支度をしてくると言って給湯室へ向かってしまう。そんなことは人に任せて世界王との緩衝剤になって欲しいという上司たちの願いは全く届いていない。
 応接室で改めて挨拶を交わす。カウラはちらりとドアの前を見やった。
 当然のように付いてきた護衛たちは中に一人、外に一人の布陣を敷く。彼らを突破しなければここから出ることも、応援が駆け付けることも出来ない。
 手ぶらの世界王に対し、西殿秘書官はアタッシュケースを持参していた。彼はそこから端末と外部メモリを取り出し、起動したそれを二人に見せる。
「彼らは今日、近隣二十二ヶ所の次元口封鎖作業に出ていました」
 端末モニタにはここセルキンスを中心に複数の州を跨いだ広域地図が表示されている。地図上には赤と青の旗が不規則に立ち、数えてみると成程、二十二あった。
 これは外務庁長官にとってはとても聞き捨てならない台詞だった。
「外務庁は何も伺ってはおりませんが」
 眉を顰めて不愉快を表しても秘書官はけろりとしている。
「仰りたいことは分かりますが、正規ルートで申請しても通らないでしょう? 次元口の不正使用については紅隆も気合を入れて取り組んでいますから、それでは困るのです」
「通る通らないの問題ではありません。我が国で起きたことなら、どんな瑣事であれ我々が把握していなければならないのは当然ではありませんか」
 秘書官は首を傾げる。
 その動作がまるで「何をおかしなことを言っているんだ」とでもいうようでコルドは腹が立った。





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