[携帯モード] [URL送信]
142



 被っていた毛布を払い落としたその少女は、涙の跡を擦ってワゼスリータに向けて弾劾するように指を突き差した。
「ふざけないでよ!! あんたのせいで皆死ぬ思いしたのに、一人だけ被害者ぶって! 魔王の子供のくせに泣いてんじゃないわよ! あんたさえいなければこんな事にはならなかったわ! 出て行け! 出て行け! 出て行けー!!」
 その罵声を止めたのは、ぺちんという何とも軽い音だった。
 頬を叩かれたその少女は絶句して自分を打った相手を見上げる。それは先程体育館で全校生徒に向けて説明をしていた文部科学省の一人だった。
 少女は唇を震わせ涙を浮かべ、こんな酷いことはないと言わんばかりに打たれた頬を押さえて男を見上げる。
「……何よ……、あんな子の味方をする気なの……? わ、私のパパは財務省の第一執務局で働くエリートなのよ……!」
 少女を打った文科省員は重苦しくため息を吐く。
「ここに来た我々は全員、各省庁の第一執務局員だよ。それに」文科省員はアリシュアの胸の中から泣き顔を覗かせる少女を振り返る。「あの子のお母さんだってそうだ。さっきここに来ただろう? 会わなかったのかい?」
 それに乗っかるように、震えながらスティンズと打ち合わせをしていたファレスが続ける。
「しかもロブリーさんは部長職だしね。平の俺たちより偉いよ」
 少女は誰も自分の味方がいないと知ると癇癪を起して泣き叫んだ。女医や担任教師が慌てて駆け寄ってもその手を振り払う。暴れる少女に流れるように近づいた者がいた。
 突然倒れこんだ少女の姿に悲鳴が上がる。小さな体を支えたのはスティンズだ。
「ちょっと!」
 女医の慌てる声に大丈夫だとスティンズが被せる。彼は担任教師を振り返った。
「暴れると危ないので気絶させました。少しすれば目を覚ましますよ」
 横たえられた体に女医、校長、担任教師が駆け寄った。一先ず大丈夫だと確認して三人揃って男をねめつける。
 女医はスティンズに対して一頻り文句を言うと二人のサンテ人に対して謝罪した。
 思わぬ一騒動に速やかに身を退いた文科省員にアリシュアが声を掛ける。
「あんた良くやったわね。――――ええと……マイケル!」
 立てた親指が相手の癇に障ったようだ。
「誰だそれは! 勝手に名付けるな。マテウス・ミーロだ……というかお前、初めから我々の名前を確認もしなかっただろうが」
「そうだっけ?」
 ゴルデワに連絡をしに行ったモーリッツが戻ってきた。彼は一直線に赤毛の女の元に歩み寄る。
「落ち着いたか? なら帰るぞ」
 彼は当然のように言って床に落ちていた黒いコートを拾い上げる。そのコートの装飾にファレスや文科省員たちはギョッとした。先程すれ違った世界王と同じものだったからだ。
 しかし女の方は動こうとしなかった。
 力のない声でここにいると言うのだ。
「は? 何言ってる。こんなところじゃ碌に休めないだろ」
 けれど女は嫌がった。
「せめて子供たちが皆家に帰るまで、私は残る」
「残ったって何も出来やしない。後は東の連中に任せりゃいい」
「いやよ」
「ルシータ」
 モーリッツは低く女を呼ぶ。剣呑な雰囲気に生徒たちが震えた。
「ディレルでさえやられたんだぞ。自分の身も守れない、ましてや今にも気絶しそうなお前をこんなところに置いておけない。エーデに怒鳴られるぞ」
 女は駄々を捏ねるように頭を振る。長い髪がばさばさと揺れた。そんな僅かな動作にさえ彼女は息を上げる。
 端から見てもモーリッツが苛ついているのが分かる。そんな彼を宥めたのはスティンズだった。やや暫らく話していたが、最終的にモーリッツが引き下がったようだ。
 その様子を一部始終間近で見聞きしていたアリシュアが締めるように告げる。
「外務庁が責任を持ってお護り致します」
 モーリッツに鋭い視線で睨まれ、舌打ちされた。





[*前へ][次へ#]

22/30ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!