126 真っ先に朝食を終えたのは当然のようにゾイドだった。ワゼスリータが差し出した食後のコーヒーを礼を言って受け取る。 出だしが遅かったフィーアスだが、ロゼヴァーマルビットの世話を焼いていて進まないディレルにそろそろ追いつきそうだ。予定が入っていると言うのに流石に申し訳なく、代わると申し出たのだがやはりやんわり押し留められた。 「うちの娘の時の予行練習ですから、お気遣いなく。――ほらロゼフ、あーん」 コーヒーを啜るゾイドが呆れた。 「気が早えよ。まだ生まれて二十期も経ってないだろ」 ようやくハイハイを始めたくらいである。辛うじて離乳食が始まっている。 この辺りがフィーアスには驚くべきことだが、サンテ人とゴルデワ人とでは胎児の母体内での成長の仕方が全く異なる。ゆっくりと成長するサンテ人に対し、ゴルデワ人は急激に体の組織が構成されるのだ。なので妊娠時期が同じでもサンテ人の女性とゴルデワ人の女性では見た目から違った。 ワゼスリータの妊娠中には城の医師たちが目の色を変えてフィーアスの周りを固めていた程だ。 そのために生まれた赤ん坊の成長速度もまた違った。 体がしっかりした状態で生まれるサンテ人の赤ん坊は、二十期にもなれば一人で立つことが出来るようになる。しかしゴルデワ人は首が座るまでに半期もかかる。二十期といえども推して知るべしであった。 「奥様に付いていなくてよろしいんですか?」 最初の子の時はどの親も勝手が分からないから右往左往する。そんな時に頼れる旦那様が側に居ないのは不安だろう。フィーアスがまさにそうだった。 しかしディレルの反応は鈍い。 「……いやぁ……、俺なんかよりもよっぽど頼りになる人がいて、そっちに入り浸っているので……」 ゾイドが説明してくれた。夫人はエーデの奥方を頼っていると言う。 「そもそもダルキエは連邦軍時代のエーデの部下で、自分の亭主よりも元上司に懐いてましてね。アニシーナさんは子育て経験豊富だし気さくで料理が巧くて美人でスタイル抜群、学ぶところは多いんでしょう」 ディレルはうんうんと頷くゾイドを睨む。 「旧姓で呼ぶな」 「だって名前は長いし、前に『ソフィ』って呼んだら実弾飛んで来たし、かと言って『キアサルチェ夫人』て呼んでも返事はしねーし、エーデがダルキエダルキエ言うからそっちの方が耳に残ってるしな」 「……俺だって超機嫌がいい時でなきゃ『ソフィ』なんて黙認されないんだぞ。酷い時は回し蹴りが飛んでくる……」 食卓に重い沈黙が降りた。 「…………どんな方なんですか?」 フィーアスはディレルの妻にも、話に上ったエーデの妻にも会ったことはない。挨拶をしたいと夫や西方の皆に申し出ても、誰一人良い顔をしないのだ。 この時も二人は互いに目配せをし合って意思疎通を図ると「まあ、良いじゃないですか」と締めた。 「ほら三人とも、さっさと食べないと間に合わんぞ。――ワージィ、お前もだ。片付けは俺がやっとくから学校行く準備しな」 それまでずっと台所で待機していたワゼスリータがか細い声で申し出を断ったが、ゾイドは聞かなかった。立ち上がって少女の元まで行く。 身長差の激しい二人はヒソヒソと何か話していたが、そのうちワゼスリータが台所を出て行った。 「…………何を話してたんだ」 ディレルが胡乱気な目を向けるが、ゾイドは毛程も感じていない。それどころか酷く憐れんだ目で自らの護るべき世界王を見下ろした。 「お前がどうしようもなく馬鹿だって話だよ」 「はあ?」 そこへゼノズグレイドの着替えをさせていたコーザが次女を伴って戻ってきた。 「まだ食ってんのか」 呆れた様子でゼノズグレイドと共にリビングのソファに転がってテレビを付ける。リモコンを操作して天気予報を表示した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |