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 不審者を拘束する手錠のような黒い痣は非常に便利なものだった。
 食事やトイレなど、被拘束者本人が生理的欲求を満たそうとすれば勝手に外れる。けれどひとたび逃走を図ろうとすると忽ち磁力が発生し、被拘束者は顔面からの着地を迫られると言う寸法だ。
 クレウスも今朝だけで既に三回失敗している。アリシュアが顎に絆創膏を貼ってやる間、ぐちぐちと文句を垂れていた。
 アリシュアは日付が変わってから外務庁に戻ってきたが、流石にその頃にはもう誰もいなかった。無人の局内で出来る範囲の雑務と仕事を済ませてから小会議室に向かった。
 クレウスが寝ている時は痣の磁力は完全に切れていた。逃亡の恐れはないという事だろう。
 探査捕縛結界を張ったのは時間にして僅か十数分だった。その間にこれだけの仕掛けを組むあの魔術師の技術と実力に改めて感嘆する。同時に、また腹も立てた。
 お陰で大騒ぎだ。
 始業時間の直前に第一執務局に戻り経過報告を済ませたアリシュアは、ノート型端末と仕事のファイルを抱えて再び舞い戻る。
 コルドらが防衛庁に不審者の引き渡し及び看守を承認させるまでの間、アリシュアは小会議室でクレウスを見張る算段だ。
「お前、何処からこの国に侵入した」
「仲間はいるのか」
「お前にサンテ語の教育をしたのは誰だ」
「モスコドライブは誰が持っていた」
「ギデアインの目的は何だ」
「奴にどんなネタを流した」
「ヴィッシュ・アクターの他にどんな協力者がいる」
 アリシュアが投げかける問いに一々微かな反応を見せるばかりでクレウスはだんまりを決め込んでしまった。
 流石に儀堂の戦術諜報室部隊員の候補生までなっただけあって簡単には口を開かない。拷問も考えたが、防衛庁へ引き渡す事を考えれば不要な傷など無いに越したことはなかったし、アリシュア自身そう得意ではない。
 スカートのポケットから携帯端末を取り出して電話でランティスを呼びつける。手持ちのカードで傷を残さず速やかに情報を聞き出すならランティスしかいなかった。
 二時間後、不承不承という顔でようやく男は現れた。
「…………何だこいつは」
 第一声がそれだった。ここに来るまで宮殿職員たちのどこかビクビクした様子に合点がいく。
 アリシュアが手短に事情を説明したところ、ランティスは心当たりがあったようで手を叩いた。
「そういやセルファトゥスのやつ、一泡吹かせてやるとか言ってたな」
「…………黙認してたのかお前は」
「いや、だって……」
 面白そうだしと顔に出ている。アリシュアは殴り飛ばしたいのを堪えて資料と質問リスト、そしてボイスレコーダーをランティスに渡した。
「これを聞き出しておいてくれ」
 ずらずらと項目の連なる用紙にランティスは辟易する。何か勘違いしている様子の昔馴染みに告げた。
「俺は催眠術師じゃないんだぞ」
「似たようなこと出来るだろ」ボイスレコーダーを示して続ける。「歌は入れるな、被害が拡大する」
 隣にいるからとアリシュアは全てをランティスに押し付けて小会議室を出る。片付けなければならない仕事はまだあるのだ。
 小会議室の隣は多目的室になっている。しかしこの辺りは殆ど使われていないので、半倉庫のような有様だ。何とか電源と事務スペースを確保して、念のため耳栓をして仕事を再開する。
 ランティスが現れたのは一時間半後だった。随分かかったなと思ったが、ボイスレコーダーの中を確認して納得する。
 事態を正確に呑みこんだランティスは、アリシュアが提示した以上の質問をクレウスに答えさせていたのだ。
「…………」
「……これはここの政府だけじゃ処理しきれないんじゃないか?」
 クレウスは腐っても諜報員だった。サンテの情報も多量に仕入れていたが、自分の雇い主やその周辺についても耳をそばだてていたのだ。





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あきゅろす。
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