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虹の彼方 56






巨大なキングサイズのベッドを目の前にし、
困惑し切った顔で、突っ立っている私を余所に…
恭弥さんが話を続ける…。




「でもまぁ…僕達は恋人だし、おまけにもうすぐ結婚する予定なんだ。」
「…何の問題もないよね。」




(…っ!!…)







“いやっ!問題大アリですからっ!”と心の中で思いつつ
隣に立っている恭弥さんの顔を見上げると…




…何とも…妖艶な笑顔を向けられ…


ゆっくり動いて…私の正面に立ち、
スッと右手で顎を捉えられ…クィッと少し上を向かされた。




(…っ!!…)



急な事で驚き、為すがままにされていると
そのまま固定された状態で、顔を更に近づけて来て…

耳元で…低く響く美声で囁くように…




「…そうだろう?……優衣……。」




(…っ!!…)












超至近距離で…腰が蕩けるような美声で囁かれ
顎を捉えられた状態から、逃れる事も出来ない所か…
身動きひとつ出来ない。



完璧に固まってしまい…
直ぐ目の前にある…
恭弥さんの…澄んだ灰蒼色の瞳から目を離せない…

まるで全身が、ピシリッと凍りついたようになった。






声を出すことも、動く事も出来ずに
固まったままの私を見て、ニヤリとし…


「…どうしたんだい?」


と白々しい台詞の恭弥さん。






…解っているくせに…。
と、心の中では思うが…声には出来ない。



「…………。」










…物凄く…
時間が、ゆっくりと過ぎているように感じる…。

先程からずっと私を捉えていた、恭弥さんの美しい瞳が…
僅かに細められ、ゆっくりと顔が近寄って来た。



それを見て…思わずぎゅっ!と…
しっかり目を閉じた。




(…っ!…)













そのまま動かずにいたら…。



…いた、ら…。







……?……。





…ん?あれ?



てっきりキスをされると思って身構えたのに





…何も…感じない?







恐る恐るゆっくりと…目を開けると…。

目の前で停止し、私を覗き込んでいた恭弥さんが…
フッと軽く笑みを零す。



…そして…




「全く…酷い演技だね。…これじゃあ、話にならないな。」



と…クックッと小さく喉の奥で笑いつつ、
捉えていた顎を離してくれた。








未だに、茫然としたままの私に…


「映画やドラマや小説の知識は…どうしたんだい?」


如何にも面白いと言わんばかり言い方の言葉で
…からかられたのだと分かった…。





「…っ〜!!…」




色々と恥ずかしくて…俯いて何も言えなくなった。




やっぱり…私に恋人で婚約者の役なんて…
無理、かもしれない…。

恥ずかしさから…
真っ赤な顔になり、そのまま下を向いていると。







…小さな溜息が、近くで聞こえ…。



「最初のパーティに参加する予定の…3日後までに恋人らしくなれば良いよ。」




(…………。)




聞こえた声に、ゆっくりと顔を上げると…

如何にも、仕方ないな…と
妥協してくれた恭弥さんの少し優しい顔があった。




「…すみません。…頑張り…ます…。」


小さな声で返事をする。










私の返事を確認した後…


「さぁ、さっさと服をクローゼットに収納してしまおう。」



そう言いながら、
隣の衣裳部屋に移動する恭弥さんの背中を見つつ…



“これは…予想以上に大変な任務だったな”と…

これからの3か月を思い、深い深い溜息を吐いた。













全ての荷物を片付け終わり、
一息ついた後で、ややカジュアルタイプのドレスに着替える。

予約しているレストランのディナーに行く為だ。

これから行くお店の雰囲気に合わせて派手過ぎず、露出も多過ぎず…
ジュエリーも控え目な物にしてリビングに行くと…



「…うん。なかなか良いセンスだ。じゃあ、行こうか。」



そう言いつつお部屋のドアに向かい、
ドアを開けてくれた。

色々と悩んで決めた服装を褒められ、さっきまで沈んでいた心が
少しだけ…浮上したような気がする。
我ながら、なんて単純な性格なのだろうか…。







その後、さり気無く腕を出されたので…
ドキドキしつつ…そっと恭弥さんの腕に手を添えてみる。

予約済みのレストランに向かう為の車に乗る時も、降りる時も
そして…レストランの中や、お食事中も
何もかもが全て…完璧なエスコートだった。



失礼な言い方だけど、日本でいる時の恭弥さんからは
…想像もつかない程の…
完璧な…優しい紳士としての振る舞い。

終始レディファーストの…所謂、お姫様扱い。
…そして…
僅かではあるけれど、笑顔も見せる。


……凄い……。




とても『あの雲雀さん』と…同じ人物だとは思えない。
どこからどう見ても…
品の良さそうな『ごく普通の紳士』だ。









実は…恭弥さんの方こそ…
『普通の人に見える演技なんて出来るの?』と
心密かに思っていただけに、これは衝撃だ。

まるで別人だと言っても過言ではない程の完璧さ。



それに、ドイツ語も出来るとは聞いていたが…
予想以上に発音も上手だし、ほぼ完璧なドイツ語を話す。

メニューを見て注文する時も、
何かを尋ねる時も一切、困るような事はなかった。






一方、女優になろう!と決意をした私は…
自分でも解るぐらいに
まだまだ、どこかぎこちなさが残る。

言葉の面では十分に通じ、ホッとしたけれど…
これでは私が足を引っ張るのが目に見えている。



もう少し気合いを入れて
本気で演技に入らないとダメね!

心の中で…恭弥さんの変貌ぶりを感心して見つつ
自分も「なり切ろう」と…必死に演技を開始した。












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あきゅろす。
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