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MONSTER HUNTER*anecdote
光明
「みんなっ!!」

血生ぐさい臭いが立ち込めるシュレイド城内。そこに駆け付けたアリスが目の当たりにしたものは、すっかり困憊し果てたエース達の姿だった。

大地に崩れ落ちた彼らの身体は、乱れた呼吸に上下する肩以外、指一本たりとも動かない。視線だけはかろうじて黒龍に向けられたままでいるが、その眼には先程まで輝いていたはずの覇気が無かった。

彼らは、アリス達が舞い戻った事に気付いている。だが、それを喜ぶ声はどこからも上がらなかった。誰が来たってどうせ勝てる見込みは無いのだと、闇に囚われた心が自棄になってしまったのだ。

「黒龍……」

ジェナは目前の龍を見上げた。
傷付いた翼を大きく広げ、ピンと背を伸ばし、二本の後ろ脚でそそり立つ黒龍。その全身からおどろおどろしい気配が漂い、見る者全てを威圧する。
怒りによって引き起こされた闘争の本能が、その瞳を、その身体を、その思考を、完全に支配していた。

つい数時間前までは傍に寄り添っていたはずなのに。今はもう、その鼻先に触れる事すら敵わない。この声も届いていないのだと思うと、眼の奥が痛いほど熱くなった。

ジェナにとって、こうして互いの牙を向け合って争うる事は全く以て不本意である。だが、戦って勝たなければ、ここに居るハンター全員が助からないだろう。今更、シュレイドからの退却を見逃してくれるはずもない。

他に方法は無いんだと。ジェナは黒龍を見つめながら改めて自分に言い聞かせた。

「……人間は愚かだ。己の懐を満たす為に、他者の屍の上を歩く。許してくれとは言わないよ。お前の怒りは、罪と共に私が背負う」

スラリと彼女の背から太刀が引き抜かれる。美しく輝く、磨き抜かれた刃。その峰には蒼い炎を象った飾りが幾重にも連なる。名工が作り上げた至高の業物・龍刀【朧火】。それは数々の古龍を共に討ち取って来た、ジェナの半身たる一振りであった。

「私が先陣を切る。ラビ、援護を頼む。アリスとヨモギは無理せず私の後に続いて来い」

「……了解」

「うん!」

「が、頑張るニャ!」

それぞれが応え、戦いに備えて身構えた。

アリスはゴクリと息を呑み、ジェナの背中越しに黒龍を見据える。拘束されている間、ずっと目の前で繰り広げられていた戦い。それによって、黒龍の偉大なる力は嫌という程思い知らされている。

エース達が束になっても、敵わなかった相手だ。まだまだ未熟な自分が一矢を報いる事など、果たして可能なのだろうか?

――……大丈夫。できるよ。

アリスは高鳴る胸に手を当てて、ふっと息を吐き出した。

「行くぞ!」

太刀を手に、高い位置で結わえた紫色の髪をたなびかせながら、勇猛と駆け出したジェナ。その気高き剣客の背中を追って、アリスは暗き闇の中を走り出した。

黒龍は長い首を高らかにもたげて息を吸い込むと、走り込むハンター達に向けて燃え盛る炎の球を吐き出す。一直線に飛んで来るそれを身を翻して避ける事は容易であったが、やり過ごした後に残る高熱の余韻がピリピリと肌を焼く。

アリスは額にじわりと浮かんだ汗を感じながら、更に走り続けた。

先を行くジェナは黒龍の隙をついて背後に回り込み、素早く後ろ脚を斬りつけていく。流れる様な斬撃は、歴戦の中で洗練された彼女流の剣技である。

“生まれながらにしての天才”と称される事の多いジェナだが、その実は惜しみない努力の賜物だ。アリスは、彼女がどんなに疲れている時にも鍛練を怠らなかった日々をこの目で見てきた。だからこそジェナに憧れ、目標としていたのである。

ジェナと共に、ハンターとして狩場に立つというアリスの夢。それは皮肉にもこのような形で叶う事となった。もっとも、相手が黒龍でなければ素直に喜べたであろう。

頭の片隅でそんな事を考えながら、アリスは黒龍の向きが変わった瞬間に一気に後ろ脚との間合いを詰めた。ジェナに倣って慎重に斬り込み、黒龍の身体に触れてしまわぬよう敏速に退避する。少しでもその鋭爪にかかれば致命傷は免れないという状況にもかかわらず、老山龍戦の時の様な恐怖心は不思議と沸き上がっては来なかった。

アリスは大剣を再び担ぎ直し、息を整えながら辺りを見回す。

憧れた背中が、すぐそこにある。

小さな相棒が、勇気を振り絞って戦っている。

いつも優しく差し延べられた手が、皆を支える引き金を引く。

……アリスは次に、地に伏せたままの仲間達を見遣った。

動けなくなってしまった彼らの心境。それがいかなるものかは想像がつく。アリスには今の彼らの姿が、老山龍戦での自分の姿と重なって見えたのであった。

立ち上がる為に必要なものは何か。それは、彼女自身が1番良く知っている。

――今度は私が支えなきゃ。

そう強く心に決めて、アリスは額から頬に流れた汗を拭い取った。
そしてきつく拳を握り締めると、再度黒龍に向かって走り出したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


……心を折られるというのは、こういう感覚なのだろうか。

絶え間無くボウガンを撃ち続けていたラビはふと手を止めると、スコープを覗いていた顔を上げて小さな溜息をついた。

全力は尽くした。だが、圧倒的な力を前に、いかにそれが微力だったかを思い知らされた気がしてならない。
築き上げて来た自信や誇りを無慈悲に奪い取られて、自分の身体の中が空っぽになってしまったような感覚だ。

ラビの背後には、ゼエゼエと息を切らすヨモギが倒れている。そして目の前には、地に突き刺した太刀で崩れ落ちそうになる身体を懸命に支えるジェナがいる。彼女は悲しみや苦しみに歪んだ唇を噛み、必死に何かに耐えている様子だった。

きっと二人も、エース達も、自分と同じ気持ちなのだろう。

終わりの見えない張り詰めた戦いに、心労は限界に近付いていた。黒龍はまだ倒れない。もしや不死身ではないのだろうかと、非現実的な考えさえ脳裏を過ぎった。

……少しだけ、視界が霞む。

ラビはアイテムポーチの中に手を入れて、中にあるボウガンの弾を指先で数える。もう一瞬で把握できるほどの数しか無い状態に、苦笑いが零れた。

――ここまで、か。……なら、最期にやるべき事があるな。

黒龍は白い息を吐きながら、静かに佇んでいる。これから消えゆく脆弱な命を弄ぶように舌なめずりをして、ハンター達を眺めていた。

ラビはヘビィボウガンを畳んで担ぎ直すと、煤けたコートの内ポケットから小さな手帳を取り出した。そして、一旦戦線を離れて剣を研いでいた少女の姿を近くに見つけると、迷う事無く彼女の元へと向かって行ったのだった。

「……アリス」

名を呼ぶと、彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべて振り向いた。いち早く戦線に戻る為、素早く研ぎあげる事に集中していたのだろう。間近に迫るまで、ラビの気配に気付かなかったようだ。

「どうしたの?」

きょとんと丸く見開かれた空色の瞳が、彼の頭から爪先までを上下する。どこか怪我でもしたのかと心配している様子が、明らかに見て取れた。

ラビは何も言わずに古びた手帳を差し出す。アリスは素直にそれを受け取ったが、彼の行動が何を意味しているのかが直ぐには分からなかった。

この手帳が、彼の大切な記録帳であるとアリスは知っている。狩りの合間や休日に、丁寧に見聞をしたためて来たラビの宝物だ。

それをなぜ、今ここで自分に渡すのだろう。……よくよく考えてみれば、もはや嫌な予感しかしなかった。

「黒龍の事を記してある。それを持って、君が得た情報と共に、ドンドルマの書士隊に届けてくれ」

「……ねぇ待って。それ、どういう意味?」

アリスの嫌な予感は当たった。だが、彼女は不機嫌をあらわにしながらも、敢えて意図が読み取れないといった素振りでラビに問いただしたのだ。

「ここから逃げろという意味だ。……もう残弾数も少ない。だが、君を逃がす時間くらいは稼げるだろう」

「行け」と、目で城門の方を指したラビは、アリスに背を向けて再びヘビィボウガンを組み広げた。そして残された弾を装填すると、手帳を握り締めたまま動かぬアリスに向けて「早く行け!」と叫んだ。

「ふざけないで……そんなの、私が納得するとでも思うの!?」

「君がこの戦いの記録を持ち帰れば、次に誰かが黒龍と対峙する時の助けになる。多くのハンターの命を救う、貴重な情報なんだ。それが分からないのか!?」

「だったら、自分で持って行きなさいよ!」

アリスはラビの前に立ち塞がると、無理矢理彼の手の中に手帳を押し付けた。

「私は嫌。一人だけ逃げるなんて、絶対に嫌だから!」

「アリス……分かってくれ、俺は……!」

「分かってるよ!生き延びて欲しいって、そう思ってくれている事くらい、分かってる!でもそれは、私に仲間を見捨てろって言ってるのと同じなんだよ!?」

アリスはぶんと剣を一振りすると、切っ先を黒龍に向けて身構えた。研ぎ終えたばかりの大剣・ブラッシュデイムの刃は、始まりの希望を象徴する桜花の如く、美しく輝いている。

「“守る”って……やっぱり難しいね。自分を犠牲にしても、誰かが犠牲になっても、それはとても悲しい事なんだもん。……誰ひとり欠けて欲しくない。皆と一緒じゃなきゃ嫌。甘い考えかもしれないし、欲張りなのかもしれないけど、私は皆と生きていきたい。手と手を繋いで、助け合っていきたい!」

その瞬間。ザァッ…と強い風が城内に吹き荒れた。寒冷期には吹くはずのない、暖かな風だった。

空を覆っていた分厚い黒雲が流されて、闇夜に燦然と輝く星々が姿を現す。無数の小さな煌めきは、明るくシュレイド城を照らしてくれた。

……辺りを包んでいた空気が変わった。先程までの重苦しい気配は嘘であったかのようだ。
夜空がこんなにも澄みきっていたなんて、もう随分と長い間忘れていたような気がする。

まだ、諦めるには早いんじゃないだろうか?

一斉に空を見上げたハンター達の、失われていた戦いの意欲が甦る。それはまるで、悪い夢から呼び覚まされていくようだった。

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あきゅろす。
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